言う - みる会図書館


検索対象: 海の向こうで戦争が始まる
155件見つかりました。

1. 海の向こうで戦争が始まる

104 「ええ、そ、つですよ、駅に行くと何かわかるだろうって、そう言いました」 「それで、駅に行ったのかい ? 」 「それは知らないよ、どうですかねえ、行ったのかも知れないな」 「駅なんか行けやしないだろう、この混雑だ、どこにも行けやしないよ」 「でも、こんなに人が増えたのはついさっきなんですよ、はんの十分くらい前です、その、おし いさんと俺が会った頃はこんなしゃなかったですよ」 「どっちに行ったのか、わからないのね ? 」 「俺は見てないよ、こうやって座って一日中肉を切ってるだけだから、しばらくそのおじいさん と話してて、目を上げるともういなかったんですよ」 「どっちに行ったのかわからないのね」 「ええ、何か悪いんですけどね」 五歳の息子は話をはとんど聞いていない。プリキ皿の肉塊とライオンを交互に見ている。 息子は衛兵の背中から降りた。蠅のたかっている肉の塊に近づく。気付いた少年が、ライオン に肉をやりたいかい ? と五歳の息子に聞いた。息子は驚いて首を振る。大丈夫だよ、噛んだり はしないさ、こいつら人間に慣れてるからね。息子は衛兵の方を見る。両親は、これからどうす るか、 ~ 具剣な顔で話し合っている。駅に行ってみるか、いやひょっとしたらもう宀豕に帰っている

2. 海の向こうで戦争が始まる

プローディガンに会った。「二つ目の本に この作品を書きあげた夜、あるバーでリチャード・ なる小説を書いたよ」そう言うと、プローディガンは「ふうん」と横を向いた。この野郎、おめ でとうくらい言ったらどうだ、と田 5 ったが、 彼はその時機嫌が悪かったらしい。もう一度僕に向 きなおるなり、 「大事なのはね、三作目だ」と短く言った。 「処女作なんて体験で書けるだろ ? 一一作目は、一作目で習得した技術と想像力で書ける。体験 想像力を使い果たしたところから作家の戦いは始まるんだから」 脱稿の酔いが、あっと一言う間に醒めてしまった。そのハーからの帰り、昔の友達のことを思い 出した。「俺が生きてる時は注射針が腕に刺さっている時だけだ。残りは全く死んでいる。残りは カ 注射器の中に入れる白い粉を得るために使うんだ」歩きながら、小説は麻薬とそっくりだと あ 田 5 った。 、め AJ が医

3. 海の向こうで戦争が始まる

「大の肉はどうかな ? 」 「大の肉がどうしたんだ」 「売れないかな、あいつ大の肉を買うやつを紹介してくれないかな」 「そうだな、桃もあまり見つからないしな、俺、オヤジから聞いたけど、赤い大の肉はどこかに 売れるって言ってたな」 「今なら捕まえられると思わないか ? あいつら楽しんでるんだからさ」 「あの毛の赤い大きな牝にしようぜ」 「殺さなきゃいけないんだろう ? 」 ョットのシャツの少年は脇に捨てられていた重そうな鉄の棒を拾った。 「頭の骨を割るのは大変だよ、俺、昔、映画で見たんだ」 そう言ったのは靴下をはいていない少年で、彼は錆びかかった鋏の片方を見つけ、針金で角材 に固定した。 「一発で殺す時はこうやるんだ、血だらけで暴れられるといやな気分になるだろう ? 」 「お前、やるか ? 」 鋏のついた角材を構えた一人は、ゆっくり大の群れへ近づいていく。大達は逃げない。 「あいつ、さっきオートバイに乗った奴の話してただろう、オートバイの男が嫌いだって言った

4. 海の向こうで戦争が始まる

そう言った衛兵の妻の声は震えていた。彼女はこの種の男達との話し方を知らない。変に怯え た態度をとると、こういう男はかえって嫌味な返事をするものである。 「何だい、おばちゃん」 「その棒は私達がここに忘れたんです、返して貰えないでしようか」 「あんた何を言ってるんだい そう一言ったのはもう一人の方で、その男は酒焼けした顔の前歯が一一本折れていた。 「その棒なんですが」 「棒がどうしたの ? 」 「あたしの子供のものです、返して下さい」 一一人の男は突然抱き合って笑い始めた。口を大きく開け相手の肩を叩き合って笑い転げる。 おい聞いたかい ? 棒を返せってよ棒だってよ。 「返して下さい、お願いします」 前歯の折れた男はその隙間から大粒の唾をとばして、体を折って笑っている。返せって言われ てもこの棒は俺のからだにくつついてるんだしなあおいこのおばちゃん何を言ってんだろうな。 衛兵の妻は頭の中が熱くなってきた。酔っ払いに何を言ってもだめだ、早く棒を取り返して戻ら 、ンチングの男が掴んだ。 なければ、そう思った彼女が黙って棒を取ろうと伸ばした腕を、

5. 海の向こうで戦争が始まる

140 いって、ひどく不安でねえ、お前がすーっと離れていってしまうのよ、おかあさんその時何か寝 言で言わなかった、叫ばなかった ? 「いいや、何も言わなかったよ」 「そう、そうならいいんだけど、鏡 ? 割れてしまったの ? 」 「うん、ごめんね」 「いいのよ、後で取って来て頂だい、玄関の横のところにおかあさんの鏡がもう一つあるから、 あとで持ってきてね」 「ああ、持って来る」 「あれ、使っているの ? お前達が使ってるんならどうしましよう」 「いいんだよ、使ってないからあとで持ってくるよ」 ーンって音が聞こえたもの、夢の中でも、そ 「そうなの、あれ鏡の割れる音だったのねえ、 の後夢がカラーになったのよ、色がついていてねえ、恐い夢だったわえ」 「そう、後で俺が新しい鏡を持って来るよ、あ、おかあさん、からだを引っ掻いちゃだめだよ」 看護婦が白いプラスチックの容器に入った灰色の軟膏を持って来た。 「これで痒みは止まりますか ? 」 「少しは楽になるはすです」

6. 海の向こうで戦争が始まる

話してただろう ? 口が動くのが見えたよ、あの衛兵は何か言ったか ? 「枯れた葉っぱの上を裸足で歩くと気持ちがいいわよってそれだけだわ」 「枯れた葉っぱと白熊の敷き皮か」 軍服の男はそう呟くと、灰皿の上で燃えている煙草に目をやったまま、ピンクの酒を飲み干 し、少し噎せた 「きようは早起きしたの ? 」 女はちょっと一則と同じことを聞いた。しばらく間をおいて男は話しだす。何でそんなバカげた 同しことを聞くんだ ? その間に一一度咳をし、ヾ / イオリンは急降下の旋律を奏でた。 小さい頃、鳥を見ただろう ? 昔は 」さい頃みたいにな、 「私は鳥を見ようと思っていたんだ、ハ る 鳥を見ると心が落ちついたものさ」 軍服の男の爪の間には赤黒い汚れが詰まっている。あれは血だ。 争 「きよう、島は見えたの ? 」 で 「見たよ、木の上で餌を食べてた、しかし、もうどうということもない、鳥を見てもどうという のことはないよ」 海 この男は人を殺したことがあると言っていた、何人も殺したことがあると。この部屋の隅に大 れきながラス瓶があってアルコール漬けの白いグニャグニヤしたものが何個も入っている。この軍

7. 海の向こうで戦争が始まる

気がするのだ。 不具になるためには熱に犯される必要がある、砲弾や走ってい 不具になるのは自然ではない、 る車や皮膚を壊死させる冷気やウイルスや骨を腐らせる化合物や遺伝子をねじ曲げる血が必要 だ。だから不具者には、その熱を憎む正当な権利がある。しかし、正常に機能している人間が母 親のようになるのに、熱は必要ではない。生物が体内で誕生すればいいのだ。ウイルスが癌を形 。洋服屋は医者から気やすめに聞かされたある癌患者の話を思い出した。癌 成すればそれでいし 細胞と共存して十六年も生きた男の話だ。その男の場合、癌細胞は増えもせす、減りもせす、一 定量の栄養を奪って、ある時などはどう考えても延命の手助けをしたとしか思えないような事も るあったと言う。血圧、心圧など共に生きられる状態から離れた数値を示していてもうだめだと全 始ての医者は見離したのが、奇跡的に生き延びた。その直後、調べてみると癌細胞の減少が見られ 争たと言うのだ。こういう場合、その患者より肉体を支配しているのは癌細胞であって、まるで思 で考力さえあるような感しがし、気持ちが悪くなったと医者はそう一言い、そういう例もあるので気 こを落とさないで下さいと慰めた。妻にその男の話をすると、それは医者が元気をつけさすために のウソをついたのよ、と否定したが、洋服屋は、そうか、共存者が現われると人間は歩けなくなる のだな、と考えた。別の生物が入り込むのだから活動が制限されるのは当たり前だ。しかも、そ の生物は独立していて、共通する意味も目的も何もない、弱るのは当たり前だ。癌細胞には意

8. 海の向こうで戦争が始まる

患者から離れ、看護婦に何か指示した医者は洋服屋に話しかけた。 「は ? 何でしようか ? 」 「プサーを押したのは」 「ええ、私です」 「いや、どうもどうも大変でしたね」 「いつもこんなに時間がかかるんでしようか」 「何がです ? 」 「ブザーなんですが、押してからあなた方が見えるまでにこのくらい 「いや、きようは所員が少ないんです、祭で浮かれてるわけではないのですが、魚が採れたのは 始御存知ですか ? 」 争「魚ですか、それは知っていますけど」 で「港しや大変らしいですよ、大変な騒ぎらしいんですよ、運ばれてきますよ、もういい ししなあしし・刀、、 、、日成にして欲しいですよ全く」医者 くらい怪我人や失神した奴がね、なあ君、もう、 向 のはそう言って、移動寝台に患者を移していた看護婦の方を向き、看護婦は少しだけこちらを見 て、ええとうなすくように笑い、死んだ患者の棒みたいな枯れた足首を握って、他のもう一人に、 、ドのシーツを取り替えるように命じた。

9. 海の向こうで戦争が始まる

太陽はまだはとんど真上だ。オレンジ色の砂浜は焼けるように熱い 「小さい頃から絵が上手だったの ? 」 「今だって上手かどうかわからないよ」 才きたくない ? ・ 「あたしを描いてくれない ? 「今かい ? 今はちょっと暑すぎるだろう ? 「そうね、暑すぎるわね」 「それに明るすぎるよ、目が痛くなる」 「でもその道具は、描こうと思って持ってきたんでしよう ? 「朝はこんなに暑くなかったんだ」 「一保しくなってからあたしを描かない ? 「一保しくなってからね、それより、チーズハイをもう一つどうだい ? 俺はちょっと甘すぎて降 参なんだから」 もうすぐ昼食だから、と言いながらフィニーは三角形の。ハイを半分に割って、食べた。 あなたのおかあさんってお料理がうまいのね、砂糖のついた指を舌で舐める。ロのまわりに。ハ イ皮の屑をつけている。 「食事に行かないか ? 」

10. 海の向こうで戦争が始まる

128 いる。洋服屋は正視に耐えられなかった。目を壁に移す。時計を見て、祭はきようから始まるの だったな、と思い出す。あと一時間ちょっとで無数の風船が上がり、鳩が放たれて祝砲が打たれ るだろう、洋服屋はばんやりと立ち上がって窓際へ行く。 病室は教会の裏手にある。教会で遮ぎられて広場や公園は見えない。教会には様々な人があわ ただしく出入りしている。キラキラとした祭の衣装をつけた子供達、何十もの山車が集められ る。 レトの中心となる山車はこの教会から出発するのである。そう一言えば、と洋服屋は思い 出した。そう一言えばまだやっと歩き始めた頃だったかな、いやもうちょっと大きくなっていたの か、山車を引いたことがあったな、大きな王冠と山羊の像とゴムで作られた冷たい花束で飾られ た山車を引いたことがあったな、木製の車輪の一つ一つにまで彫物がしてあった、あれはどうい う彫物だったかな、確か様々な木の葉っぱだったような気がする。 粘土でできた山羊の像に向かって大が吠えた、そうだった、茶色の小さな大が吠えてみんなが 笑った、俺は大が嫌いだったけどあの時は恐くなかった、母が写真を撮ってくれた、隣に住む母 の同級生の息子が貸してくれた写真機ですっと写していた、山車と一緒に移動しながら何枚も何 枚も撮り、写真機を掲げて俺に笑いかけた、そうだった、それでその写真がひどくピンポケだっ たのだ、あとで父がからかっていた、 「全くお前にカメラをまかせるといつも失敗する」あの時 父は何故姿を見せなかったのだろう、母が見ていたことしか憶えていない、仕立ての仕事があっ