る あ 芽 の カ 前回は知生についてどう考えるかという話をうかがったわけですけど、脳科学から見ると、 る 想像力はどういうことになりますか。 ん 飛 茂木まず大前提として、われわれの意識するものは全部、脳内現象だということがあるんです ね。すべて神経細胞の活動で生み出されたもので、一リットルの脳みそのなかで起こっている。に の き もかかわらず、それが外界にあるものとして感じられたり、あるいは記憶によって過去のことが蘇 の る。そういうことのなかにすでに想像力の萌芽があるんですね。想像力っていう特別な脳の働きが たあるわけではなくて、そもそも脳のごくありふれた働き自体のなかに飛んじゃっている想像力の芽 がある。想像力がある場合とない場合は明確に分かれているように思いがちですけど、実際はそう っ′ あ ではないんですよ。想像力のあるなしというのは程度の問題で、想像力がない状態でもすでに想像 しているわけです。目の前の何か退屈なものを見ている状態でもそう。そもそも現実と思っている ものは、われわれの脳が勝手に想像していることなんですよ。たまたまこうやって座ると支えられ 想像力があるのはあたりまえ 192
茂木クオリアの話をして、もっとも興味をしめしてくださるのが精神科のお医者さんですね。自 分たちのやっていることに役立つんじゃないかって感じるらしい。感覚的クオリアと志向的クオリ アはふつうだったら厳格に分かれているわけですけど、その境界が壊れた人たちをふだんから見て いるわけで、重大な関心があるわけです。とくにクオリアを研究していて役に立つかなというの は、統合失調症をはじめとする精神疾患についてですね。 われわれはふだん目を閉じると見えなくなるのをあたりまえと思っているから、安心して暮らし 義ているわけです。とりあえず目を開いて見えたものがほんとうにそこにあるという仮定のうえに安 心していられる。けれども、統合失調症みたいな疾患では、幻覚や幻聴の内容以前に、現実との境 日 第界が壊れてしまったこと自体が衝撃的です。ここにリンゴがあると思っているのに実際はないのだ とわかった瞬間に、世界を見ている前提が壊れちゃう。そういうなかに投げこまれた方たちがどう いう混乱に陥るかはよくわかりますね。統合失調症はいろいろな症状がありますけど、おそらく世 界観をもっとも揺るがしてしまうのはそこだと思いますね。 最近、統合失調症の状態を体験できる映像ソフいが作られている。喫茶店に入っていくと、喫茶 店のマスターとかお客さんが、他人が知らない自分の秘密をしゃべっている。それはショックです よ。だってふつう「こいつはこういうことを言っているんじゃないか」と想像することは可能です けど、統合失調症の場合は想像しているんじゃない。それがほんとうに聞こえちゃうんです。 123
第Ⅱ日目講義 ているからどうやら椅子があるのは現実らしいと思うわけだけど、でも想像力が作り出したものだ といえばそうなんですね。 「想像力がある」というのは一種の言葉のあやで、脳の働きからみればおかしな言い方とい うことになるんですね。ただ、目の前にないものを思い浮かべられるということでは、記憶の能力 は大きくかかわっているような気がしますね。 茂木そうですね。いま目の前にあるのを見て、「ああ、これはリンゴだな」ってわかるわけです けど、リンゴがないときもリンゴだと思い浮かべられるというのが記憶の第一段階ですね。つまり ほんとうはもともと現実にあるんだけど、現実にないときにもリンゴだと思える。 その次の段階は、現実にきっかけがなくても脳のなかで勝手に作り出しちゃう。一角獣とか現実 にはないものを思い浮かべるというのは、じつはリンゴを見てリンゴだと思う心の働きとそれほど 違うわけではない。ふだん自分がやっていることとのあいだの壁は低くて、誰でも簡単に飛び越え てしまうものですね。養老孟司さんが言っているように現実というのはそもそも脳が作り出したも のだから、脳の仕組みからいうと、現実的なだけの脳を作るのはむしろむずかしいと思いますよ。 現実にびったりあった形で脳ができたわけではないので、想像力があるというのは成り立ちからし てあたりまえなんですね。 193
第間日目講義知性の本質は渋谷でナンパすることにある ? 「みのもんたの脳科学」よりもコミュニケーション能力 「見渡す能力ーに必要なもの 人間にとってもっとも大事なのはド 1 、ミンかいつ出るか わかることを重視するカルチャーとわからないことを重視するカルチャー アインシュタインを作るめ 第ⅱ日目講義ありふれた脳の働きのなかに 飛んでいる想像力の芽がある 想像力があるのはあたりまえ 天才とサバン ほんとうに英才教育をする方法明 幼児虐待をなくすには 美しいクオリアの影響力 1 パミン効果 感動の時間とド 170 182 169
第ⅱ日目講義 ありふれた脳の働きのなかに飛んでいる想像力の芽がある
んですね。色とかは目を閉じると、とりあえずなくなりますよね。でもたとえば、ゝ しま自分の目に 花が見えていたとか、おばあさんの顔が見えていたとか、解釈にともなう独特の感覚というのは目 を閉じても残っていますよね。あるいは目を閉じて想像しただけでも蘇らせることができる。 感覚的クオリアと志向的クオリアではわれわれの心のなかに立ち現われるモードが違う。感覚的 なクオリアは、実際に目を開けて外からの刺激を見ている状態でないと絶対に生まれないように脳 は設計されている。そうじゃないと、実際に見ているものなのか、自分が想像しているものなのか がわからなくなる。逆にいうと、想像しているものと現実のものとの差を保証しているのが、感覚 義的なクオリアといってもいいですね。 そして、記憶に残るのは志向的なクオリアだけですね。たとえば色の記憶って残せないじゃない 第ですか。ビデオテープに撮るのだったら、基本的にはいま見ているのと同じ色が再現できる。けれ ども、思い出すときには脳で色そのものが蘇るわけではなくて、色という感覚的なクオリアに貼り つけられた志向的なものしか残りえない。そういう意味でいうと、世界の原体験というかデータを ある解釈のもとにまとめて脳のなかに残しておくのが志向的クオリアだという言い方もできると思 いますね。 いまはクオリアは二つだけではないと考えているわけですか。 115
クオリアという概念は、ひょっとしたらそういう症状の解明に役立つかもしれないと思うんで す。つまり統合失調症の患者さんが見ている世界というのは、たんに被害妄想で想像しているだけ ではない。現実と仮想の世界を切り分けてくれている感覚的クオリアと志向的クオリアの住み分け がなくなってしまったことが深刻なわけです。自分が想像しただけのものがほんとうにここにある ようにありありと色をともなって見えてしまう。いまバイクの音が聞こえていますけど、自分が想 き像した声が、このバイクの音と同じように鮮明な感覚として聞こえてしまうわけですね。それがい と る かに混乱をもたらすか。 え 見 『ビューティフル・マインド』という映画がありましたよね。ノ 1 ベル賞を取ったナッシュという 実 数学者の話ですけど、彼は統合失調症になってしまう。ずっと女の子が見えている。ナッシュにと ー刀 ってはふつうの女の子と同じに見える。だけど、その女の子がほんとうはいないんだと気づくとこ 女 の ろは感動的でした。ナッシュはあるときハッと気づくわけです。一〇年ぐらい見えている女の子が 想歳をとらない。歳をとらないということは、ほんとうにいる女の子じゃなくて想像している女の子 なんだ、と。それを発見して「わかったよ」と妻に言いに行く。 ハリウッド的な手垢がついた映画 でほかの部分はくだらなかったけど、そこだけはちょっと感動的だったですね。 いかにも数学者らしい論理的な自己認識の仕方ですね。 124
第 7 日目講義 想像の少女が現実に見えるとき
き 脳は各部分が結びついているという話をずっとうかがってきたわけですけど、逆に結びつけ と る る仕組みがおかしくなるとたいへんなことになっちゃうんでしようね。 実 茂木統合失調症の患者さんみたいに境界がはずれてしまって、自分が想像しているだけなんだけ 女ど、外から入ってくる刺激のように鮮明な感覚として感じてしまうこともあります。視覚よりもと くに聴覚のほうがそうしたことが起こりやすい。ばく自身も一人暮らしのときに夜寝ていて、「絶 想対に電話が鳴った」と感じたことが何回もあるんですね。でも電話を見ると着信記録がない。そう いう例を見ても、特殊な条件下では、自分の脳が作り出したものが鮮明な感覚的クオリアをともな ってしまうことがある。通常の脳の状態だとそういうことはなるべく起こらないように設計されて いる。どのようになっているかは、とてもおもしろい脳科学の問題ですね。 精神科医も興味を持つでしようね。 現実と想像の境界がはすれると : ・・ : ◎統合夫調广 122
る あ ・カ 芽 の カ そうすると、想像力のあるなしは脳科学のテーマではなさそうですが、アーティストの脳を 想 調べているような人たちはいるんですか ? ん 飛 茂木心理学の研究のなかでいちばんそれに近いのは、ゝ しわゆるフロー状態を調べている人たちで すね。フロー状態というのは、たとえばスケ 1 トの清水宏保選手が調子のいいときには自分の走っ きているコースが光の点になって見えるとか、あるいはモ 1 ツアルトが一瞬のうちに交響曲を構想し のてしまってあとはそれを書きくだすだけとか、そういう状態をフロー状態というんですね。要する に無意識のうちに流れるように生み出してしまう状態。生み出すのは作品かもしれないし、自分の れ 身体の動きかもしれない。それが何なのかに興味を持っている人たちがいるんですね。フロ 1 状態 あ というのをひと言でいうと、それは脱抑制だろうと考えられている。つまり無理して何かを脳にや らせるというのではなくて、脳にふだんかかっている抑制をうまくはずしてやるとーー・自分の体の 動きかもしれないし、モーツアルトのように交響曲かもしれませんけど 脳が自動的に作り出 天才とサバン◎ほんとうに英才教育をする方法 194