感じ - みる会図書館


検索対象: 脳の中の小さな神々
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1. 脳の中の小さな神々

第日目講義 ると困るけれども、感情とか自分の行動をどう決定するかということについてはいろいろな人がい るほうがいい。 経済行為もそうなんですね。 茂木そうだと思いますね。プランドにすごく興味を持つ人がいれば、そんなものに全然興味のな し人もいる。無印良品かいし ) という人もいるし、それさえ興味がなくて「ドンキホーテ」で安い ッグを買えばいいやという人もいるわけです。 ハリウッド映画とかでは、安心させて緊張させて盛り上がってという感情の変化の公式をほしが るんですね。画像の質についてはだいたいの人が同じように感じてくれる。しかし、感青について ま もちろんある程度の傾向はあるけれどもーー・・個人差がある。映画でも、あるいはみ たいなロポットでもそうなんだけれど、ある公式にしたがって作っても、すべての人が気持ちよく 感じるものはなかなか作れない。 『世界の中心で、愛をさけぶ』というべストセラーになった小説を、柴咲コウは「泣きながら最後 まで読みました」ってことらしいけど、途中で捨てちゃう人もいるわけじゃないですか。うちの奥 さんなんかは一〇ページぐらい読んでごみ箱に捨てちゃったんですよ。柴咲コウとうちの奥さんが どうのという問題ではなくて、人の感じ方が違うわけです。 233

2. 脳の中の小さな神々

第Ⅱ日目講義 んですね。時間割って清報処理のメタファーでしよう。いまはこれ、いまはこれっていうタイム・ シェアリングをしているわけですね。 すごく近代っていう感じがしますよね。 茂木そういう意味でいうと、映画の長さが二時間ぐらいというのも脳科学的な根拠があるのかも しれない。二時間ぐらい見ないと情動の変化が起きない。起承転結で最後にバ ーンと感動させると いうことをやるためには、起には三〇分かかる。起に一分、承に一分というのは、脳としてもちょ っとついていけないということはあるんじゃないかな もしかするともっと長い映画のほうがいいかもしれないけれど、切り詰めるなら一時間半と か二時間は必要ということなんでしようね。興行側は一日に何回も入れ替えができるので短かいほ 一つ力いいんでしょ一つから。 茂木劇作家とか映画監督は直感的に知っているんですね。考えてみたら、映画を観る時間とフラ ンス料理屋で飯をくう時間ってだいたい同じですよね。前菜が出て、ス 1 プが出て、メインが出 て、デザートが出る時間。二時間というのは何かあるんじゃないですか。まだ脳科学としての証明 211

3. 脳の中の小さな神々

第 9 日目講義 ですよね。 それって素朴に考えると、自分については、やつばり独特な感じがしますよね。 茂木そうなんですよ。赤いものを見て赤を感じるというクオリアの問題と、自分が見ていると感 じたり自分自身がいるということを感じる自己意識 ( メタコグニション ) はどうも性質が違ってい 、ヾッハ』で書 る。自己意識に関して、ホフスタッターがベストセラーの『ゲーデル、エッシャー いている基盤は、ひと言でいえば「嘘つきのパラドックス」です。「私は嘘つきだ」と言っている ときに、そいつが言っていることは嘘なのかほんとうなのか。ほんとうだとしたら嘘つきというの は嘘になるし、嘘だとすると「嘘つきだ」と言っているのが嘘になる。だから嘘つきではなくな る。意味が定まらないわけですね。 数学者は安心して集合論を使っていたのだけど、集合論の形式を、意味を考えないで適応してし ま一つと、 いま言った「嘘つきのパラドックス」みたいな感じで矛盾を起こしちゃう。「それは変な ことを考えるからいけないのだろう」と言うんだけれど、そういう集合が書けてしまうことが問題 なわけですね。「何も意味なんて考えないで形式だけ操作していれば数学はできるんだ」というふ うに思っていた人たちがいたわけですけれど、一個矛盾が起きてしまうと、全体が矛盾を孕んでし まうことになる。「嘘つきのパラドックス、って「冗談なんじゃない ? 」と思うぐらい変なパラド 159

4. 脳の中の小さな神々

第 6 日目講義 たとえば、感情の状態とかですね。私が出す例は男女の恋愛が多いんですが、たとえばそんなに しいとも思っていない女の人に言い寄られたとしますね。しつこく言い寄ってきて「いやだな」と 思っていたんだけど、その女の人にポーイフレンドができたと聞いたときの独特の感覚ってありま すよね。あるいは知り合いの女の人が結婚したと聞いたときの独特の感覚がありますね。そうした ときの感情というのは、言葉にはならないけど、「ああ、あれだ . とはっきり同一性がわかるわけ です。色の同一性がわかるのと同じように、感情の同一性がわかるわけです。それもクオリアの役 割ですね。 あるいは動作的クオリアというのですか。何かをやろうとしているときのクオリアっていうのも ある。ラ 1 メン屋に行って行列して待っていて、カウンターに座っている人が立ち上がって「あ つ、椅子があいたよーというときの感覚とか、椅子に座ってラ 1 メンが来るのを待っているときの 感覚とかですね。そろそろ食べ終わるころにふとまわりの人を見まわすときの感じとか、「ほら立 ってあげるよーみたいな感覚、全部独特の感覚があるんですね。言葉にはなっていないけれどそれ をメタとして把握できるということがわれわれの認知プロセスの前提条件なんです。それなしで は、われわれは世界について考えられない。そこにクオリアが同一性の問題としてかかわってくる し、それからそれを見ている、感じている私という形で主観性の問題がかかわってくるんですね。 ですから意識というものはすべてメタコグニションであるという方向に行くと思います。それを脳 のシステムがどういう形で認識しているのかというのがおそらく最大の問題です。 113

5. 脳の中の小さな神々

はじめに だまだわからないことがある、神秘にあふれていると感じていないと、生きるということ自体がっ まらなくなる。そんなふうに感じる傾向が、人間にはたしかにあるように思われる。 心配する必要はない。科学がいくら発達したといっても、この世界にはまだまだ不思議があふれ ている。最大の不思議は、私たち人間の心のあり方である。人間の心のごくあたりまえにも思われ る性質が、じつは現代の科学がいくらがんばっても解くことがむずかしいように思われる神秘に満 ちていると聞いたら、皆さんはどう思われるだろうか ? そのあたりまえの性質とは、私たちが、さまざまな質感 ( クオリア ) をとおして世界を感じてい るとい一つことである。 クオリアとは、もともとは「質ーを意味するラテン語で、現代の脳科学では、私たちが心の中で 感じるさまざまなユニークな質感を指す。たとえば、チョコレートを舌に載せた時のまろやかな甘 さがクオリアである。バターをつけたトーストを噛みしめた時のさくさくとした感覚がクオリアで ある。はじめて訪れたレストランのドアを開けるときのなんとも言えないわくわくした感じがクオ リアである。もう何年も会っていない友人のことを思い出すときにこみあげるなっかしさがクオリ アである。 現代の脳科学では、意識の中で他と区別される形で「これ」とっかみ取られるものはすべてクオ リアであると考えられている。心の中でさまざまなクオリアを感じることができる、ということ が、意識の定義であると言ってもよいのである。

6. 脳の中の小さな神々

ルで見つかったんだけど、その後、人間でもプロ 1 カ野っていう言葉を出力する領域で見つかっ だから、ミラーニュ 1 ロンが見つかった瞬間、脳科学の風景が変わったような気がしたわけで す。これは私だけじゃなくて多くの人がそうだったと思うんですけど、ミラ 1 ニューロンは意識の 問題とか、あとでお話しするクオリアの問題とかにもすごく近い。「結びつけ問題ーのときは、色 と形と動きが結びつくにはどうすれよ ) ゝゝ 冫しし力をポトムアップする感じで出てきたわけですけど、ミ ラ 1 ニュ 1 ロンというのは、トップダウンというか、自我とか自意識だとか他人との関係性とか、 義そういう脳の本丸の問題がいきなり出てきちゃった。そんな驚きがあったんです。おそらくあの瞬 多くの人が、「古い脳科学はもういいや」って感じがしたぐらいだと思うんですよ。それぐら い味わえば味わうほど衝撃的な発見だったと思うんですね。 いや、ようやく感動してきました ( 笑 ) 。研究室内の脳研究がようやく日常生活における脳 研究へと扉が開かれて出てきたわけですね。われわれは他人の心がわかるのをあたりまえのように 思っていますけど、お話をうかがってみると、けっこう不思議なことなんですね。 茂木進化の過程でいろいろな制約があったわけですけど、そのなかの最も強烈なものの一つはお そらく脳の空間的な制約だったはずなんですよ。大脳皮質を開けてみればわかるんですが、脳は表

7. 脳の中の小さな神々

義 講 日ーーーー自分だけの楽しみ、ひそかな楽しみということでしようか。 第 茂木そういうの、ありますよね。研究としてとっかかりやすいのはサイコロとかですね。賭ける か賭けないか、い まいけそうな気がするとか、絶対あるでしよう。 でも、どうやって研究するんですか ? 茂木それは : : ここでは詳しいことを言えないんです、まだ。 茂木ある行動をすると得になるかどうかということを、これまであまりにも杓子定規に考えすぎ ていたところがあると思うんですね。もちろん何をうれしいと感じるかが損得とあまりにも無関係 でもその生物は死んじゃうわけですけれど、進化の過程では無関係の部分もかなり大きいというこ とですね。実際の報酬とは離れて、脳が勝手に報酬を作って、勝手に消費している部分がかなり大 きいと思われるんです。自分で報酬を作って、自分で消費しているんですよ。その感じわかりま す ? 229

8. 脳の中の小さな神々

第 5 日目講義 何かが同じであるとか違うという判断力のうえに言葉が成り立っているというのはなるほど と思うんですが、でも同一かどうかという識別能力と言葉の能力のあいだの段差はけっこうありま すね。それはどうやって飛び越えたんでしようね。 いうのをそう定義していいわけですか。 茂木意識にもいろいろな階層があるでしようけどね。最も基本的な意識と言われているのが " ア ウェアネス % 日本語だと「気づき」って訳されるんですけど、世界が見えているとか、聞こえて しるという状態ですね。見えたり聞こえたりしていることをかならずしも自分が認識している必要 はない。ただ見えて聞こえている状態っていうのがアウェアネス。それが最も基本的な意識の状態 だと思われているんですけど、それはおそらく動物とかにもあるだろうと多くの人が思っている。 ただ「いま意識があるんだ」とか「おれはおれなんだ」っていう高度に発達した自己意識とかにな ると、すべての動物にあるというのはやつばり無理かなという感じがするんですけど。 「一一口語乗っ取り仮説」

9. 脳の中の小さな神々

茂木過去の歴史をたどると、新しい発見ほどそれを生み出すまでの期間はぎこちなくみつともな わ ま いんです。スマ 1 トにいろいろ発見できるときというのは、あまり新しいものに結びつかない。ク ・く リックの言うように「神経細胞の活動と主観的な体験を結びつける、のはスマ 1 トにいろいろなこ っ とができる。それがクリック一流の科学者としてのセンスだと思いますけど、短期間で意外と成果 ま ヘンローズの『皇帝の新しい心』というのは が出やすい。でもそれではおそらく問題は解けない。。 で ン きこちなさにこそ本質があるんですね。 ものすごく批判が多いんだけど、あのなさけない、、 人 そして、親近感を感じられる ( 笑 ) 。 茂木ペンローズとクリックっていうのは対照的なんです。ペンローズはノーベル賞をもらってい ないけれども、クリックは誰が見ても文句が言えないようなところをつかむのがうまい。視聴率五 〇パ 1 セントのプロデューサーみたいな感じです。クリックの研究テ 1 マの設定っていうのは、一 視聴率五〇パーセントのプロデューサー対ぎこちない天

10. 脳の中の小さな神々

. な さて、ここらでいよいよクオリアの話に行きましようか。クオリアは「質感」というぐあい わ ま に訳されていますね。たしかにわれわれが見たり感じたりするときに質感があるということは感じ られるわけですけど、クオリアの認識が大事だということはどのように言われはじめたんですか。 っ ま ( 炻 ) て茂木クオリアという言葉を使わないにしても、現象学の哲学者たちなどはそうしたことを問題に ンしていましたし、「心の哲学」と言われるような哲学の分野があって、「私たちの主観的な体験が物 質的な脳に宿るのはどういうことなのか」などと長いこと議論している人たちがいました。けれど 人も、クオリアという一言葉が脳科学の表舞台に出てきたのは最近のことです。 まず一九八二年にオーストラリアの哲学者フランク・ジャクソンが、〃メアリーという天才科学 者〃をめぐる思考実験を論文にしました。メアリーは白黒の部屋に生まれ育ち、ずっと白と黒の色 しか見ていない。だけど、外から情報をもらって、脳がどういうメカニズムで色を見ているのかに ついて完璧な知識を得た、という設定です。赤い色を見るとき脳のなかでどういうことが起こって クオリアへの道のり