る。地方都市での相談では、デリへルで稼いだお金を彼氏や元彼の借金返済、あるいは勾 留から解放するための保釈金に充てたという女性に何人も出会った。 言うまでもなく、彼女たちには彼らの借金や保釈金を代わりに支払う法的な義務は一切 にもかかわらず、彼女たちは「家族から見捨てられた彼を助けられるのは自分しか いない」と考えている。お互いに同じような成育歴や背景を持っているがゆえに惹かれ合 うのだろう。 失業や依存症、精神疾患や逮捕歴などの理由で、血縁・社縁・地縁を断ち切られた男性 を再び地域につなぎ直すための社会資源は、地方都市ではまだまだ不足しているのが現状 れ 生 だ。生きていくために女性は風俗で働き、男性は詐欺や窃盗などの犯罪に手を染める。 て それゆえに、たとえ共依存だとしても、 Q > 被害を受けるリスクがあるとしても、「女 という現実は 性が性風俗で働きながら、男性の生活を丸抱えする」という選択肢しかない、 がある。 風 ートナーが重荷になってしまっている彼女たちに、さらに追い打ち 様々な形で家族やパ 章 第 をかけるのが「ハウジングプア」Ⅱ住まいの貧困だ。
ました」と良子さんは語る。 毎月の生活保護費から日々の生活費や施設の共益費などを引かれると、手元に残るのは 二万円程度。これでは足りないので、良子さんは結局元通りデリへルで働くことを決意し た。デリへルで貯めたお金で、アパートに転宅することが当面の目標だ。 良子さんのように住まいを持たずにネットカフェを転々としている女性は、まず無料低 額宿泊所で数カ月過ごしてからアパートに転宅、という支援の流れに乗せられることが多 特に性風俗で働いている女性の場合、役所の窓口で「今すぐやめなさい」と言われて、 施設に人るように指導される傾向が強い。風テラスでも生活保護の同行申請を何度も行っ ているが、保護課の職員から「まず性風俗の仕事をやめて、施設に人ってもらわないと生 活保護は出せない」と言われることも多々あった。 しかし前述の通り、施設の大部屋での劣悪な環境ではそもそも眠れないし、落ち着いて 生活すること自体ができない。就労の準備も満足にできない。発達障害や精神疾患を抱え ている人にとってはなおさらだ。 結果として、脱走あるいは退所によって再びネットカフェやデリへルに戻る : : : という ゝっこ 0 。 99 第ニ章「風俗嬢」はこうして生まれる
を一ミリでも減らすための努力をすべきだ。「許す / 許さない」といった二項対立からの 卒業が求められている。 「いびつな共助」としての *-i ビジネスや性風俗の世界は、多くの間題を内包しているが、 それゆえに多くの人々を経済的・精神的に支えることができている。 高度経済成長期における企業福祉も、家父長制に基づく家族福祉も、女性差別や性別役 割分業を内包する、相当にいびつな存在だったはずだ。一方で、そのいびっさゆえに人々 を経済的・精神的に支えることができたことは、否定しようのない事実である。 そう考えると、「いびつではない共助」は存在しないのかもしれない。あらゆる共助は 本質的にいびつであり、それゆえに人々を包摂できるのだ。 全ての人が自助努力で生きる社会は、人類史上存在したためしがない。そして、全ての 人が公助に頼っている生きる社会もまた、存在したためしがない。 自己責任論に基づく自助努力が称揚され、財政難に伴う公助の削減が続く時代の流れの 中で、ビジネスや性風俗のような「いびつな共助」は、今後増えることはあっても減 ることはないだろう。 私たちにできることは、、 ームリダクション的なアプローチを通して、「よりマシない 258
してくれる仲間たちの存在Ⅱ「夜縁 ( やえん ) 」がある。 次章では、知られざる「夜縁」の世界にスポットライトを当てて、彼女たちを支える仲 間たちの声を聴きながら、この世界の構造をより踏み込んだ形で明らかにしていきたい。 1 21 第ニ章「風俗嬢」はこうして生まれる
「見えない」世界では、働くことで失 0 たもの、奪われたものが何なのかすらも「見えな い」のだ。自分の置かれている状況が把握できないまま、生き苦しさだけがどんどん増し て いく。そして自分自身も「見えない」存在になっているので、助けを呼ぶこともできな 。仮に声を上げたとしても、誰も気づいてくれない。 不透明な世界での包摂力の高さゆえに生じる地獄が、そこにはある。 「すべて現金化できる」という魔カ の 当 本 の すあらゆるものを「現金化」できる世界 多重化した困難を抱えた女性たちのために、性風俗の世界が用意している二つ目の「快 風 刀」は、「現金化」だ。 性 性風俗は女性にまつわる森羅万象を現金化できる世界である。唾液・母乳・尿・大便と 章 四 第 いった分泌物や排泄物、使用済みの下着やパンストなどの衣類、写真や動画の撮影、バイ プやローター、オナニー鑑賞、顔面への射精から肛門性交に至るまで、あらゆる行為をサ こ
すビジネスの「ゾンビ」が徘徊する世界 二〇一七年七月一日、都条例の施行によりビジネスは死んだ。 しかし、ビジネスが社会から消え去ったわけではない。池袋の光景をご覧頂ければ お分かりの通り、風ビジネスという名の「ゾンビ」になっただけだ。 歴史を振り返ると、ちょうど六十年前の一九五七年、売春防止法施行によって売春は違 法になった。しかし、売春は性交類似行為をサービスとして提供する「性風俗」という名 のゾンビに姿を変え、法律や制度のグレーゾーンに棲みつき、そこで生きる男女を吸い寄 せて貪欲に成長する存在、そしてそれゆえに規制も啓発も効きづらい存在へと厄介な進化 を遂げた。 売春防止法施行から六十年が経った今も、一部の地域や業態では半ば公然と売春行為が 行われているが、「女性と客の自由恋愛」「店舗側は関与していない」という建前に阻まれ、 法律で規制・撲滅することはできていない。 同じように、二〇一七年の都条例施行によって—ビジネスの営業は違法になったが、 「ビジネス類似行為」を行う店舗や女性、そしてそれらを求める男性客は依然として 0 1 2
相談や若者支援などでよく聞くものである。例えば、なんらかの経過で心身の不調を きたし働くことに制約のある状態であるとか、そのために生活費や医療費に困ってい る、借金があるといった相談。制約がある中でどう働いて稼いでいったら良いのか、 という悩み。あるいは子どもの不登校やびきこもり、その他さまざまな母親としての 心配。親や夫からの暴力被害についての苦難。風テラスではこうした地域福祉でよく ある話をお聞きしてきた。 また、ここに至るまでの「経過」も、福祉相談でよく見られる特徴、端的に言えば 「困りごとの複合性」と「孤立」を有している。一つは上記のような困りごとを一人 れ 生 の人が経過の中で抱えていることである。もう一つの「孤立」とは、解決するために て 必要な家族や友人知人の手助けを得られる状態でなく、かつ行政など公の支援制度が この問題の複合性ゆえに届いていないことである。むしろ、経過の中でより孤立を深 めてさえいる。 風 例えば、親からの虐待を受けた女性が、十分な教育も受けられず、メンタルヘルス 章 に不調を抱えた状態で、親から逃げるように社会に出ることになったという場合を考第 えてみよう。社会にでる時点で既に教育上の課題とメンタルヘルスの不調という二つ
「公衆の目に触れるような場所」で行われた盗撮だけである。 そのため、自宅にデリへル嬢を呼んで盜撮した場合、ラ。フホテルの部屋の中で盜撮をし た場合は適用が困難になる。盗撮した画像や動画をネット上にアップすれば当然違法にな るが、私的に保存しているだけでは処罰することは難しい。 こうした理由から、デリへルやリフレの現場は、事実上の盗撮天国になっている。 すブラックポックスに「風穴」を開けろ デリへルやリフレが密室の中で行われるサービスである限り、女性の故意による本番行 為は防げないし、性暴力や盗撮被害も一〇〇 % 防ぐことはできない。それゆえに、現行の 制度や法律の枠内では、性風俗業界の経営者や働く女性の人権を守ることはできない。 これはあくまで構造問題であり、特定の誰かや何かをやり玉に挙げて叩けば解決する、 という話ではない。 性風俗やビジネスは「性暴力被害の温床」という文脈で語られることが多いが、そ あ れらの世界にかかわる全ての男性が性暴力に加担しているわけではない。 男性経営者やスタッフは、冒頭の佐藤さんのような摘発リスクに常に晒されてる。彼ら
( シャワーを浴びる前にべッドに移動し、そのまま客に挿入させるサービス ) などの不衛生極ま りないサービスも、性感染症の拡大の原因になっている。 ただし、働く女性の性感染症に対する危機意識は必ずしも高いとは言えない。店側が検 査を勧めても、費用負担を嫌がってなかなか検査に応じない女性も多い。「即尺で結果的 に性感染症になってしまいましたが、それでも何とか指名がついて生活することができた ので助かりました」と語る女性もいる。 現実的には、性感染症は男性客を含めた問題なので、女性側だけがどれだけ検査をして もなくすことはできない。真面目に検査をしている店や女性ほど不利になってしまうとい う傾向もあり、検査自体をやめてしまう店もあるという。 性感染症に感染すると、少なくとも数週間—一カ月程度は仕事を休まなければならなく なる。その間の収人は当然ゼロだ。誰も保証してくれない。性風俗で働いていた・性感染 症に罹ったという二重の言い辛さがあるため、人に話すこともできない。 こうした自助努力だけではどうしようもない外的要因があるにもかかわらず、彼女たち は自己責任思考に囚われているゆえに、困った時に「助けて」と言えない。 自分の窮状を他者に伝えて、援助を受けるカⅡ「被援助力」が身につかないのは、本人 198
ズが合致して、生まれるべくして生まれた存在だと言える。 一方で、派遣型リフレは法的な実態としてはデリへルと同様 ( 無店舗型性風俗特殊営業 ) であり、そこで働く女性は個人事業主である。固定客を獲得するために女性自身が主体性 を持ってサービス・営業・宣伝しないとそもそも稼げない。 そしてサービス内容も「とにかく裸になればいい」「本番をやらせればいい」という単 純なものではないため、相応の企画力や接客力が求められる。性風俗の世界におけるあら ゆる業態の中で、働く女性の側に最も高度な戦略性と主体性が求められる業態だと言える。 の ビジネスは「被害」「搾取」という一面的な枕詞で語られがちであり、そこで働く 女性たちは「被害者」「犠牲者」といった受け身の存在としてみなされがちだが、派遣型川 丿フレに限って一一 = ロえば、その実態は全くの正反対であることが分かる。 ただし、サービス内容の決定権と価格決定権を男性側ではなく女性側が握るためには、 女性側の年齢の若さとハイスペックな容姿・性格が求められる。 それゆえに、派遣型リフレでは十八—十九歳という風営適正化法の枠内で働ける最年少 章 第 の世代、かつアイドル顔負けの美少女でなければ稼げないし、仮に採用されたとしても指 名は取れない。