あたし - みる会図書館


検索対象: ざらざら
187件見つかりました。

1. ざらざら

は答えた。休みを利用して、英児は西日本の古墳を見てまわっているのだそうだ。 「おれのこと、ゴマのハイみたいなもんだって、由香子さん、思ってたんだろ」 「ゴマのハイって、なに ? 」 ゝゝつばらう、けちくさい泥棒のこ 「旅の途中で親しげな顔して近づいてきて、金とカカ と」 さすが考古学、古い一 = ロ葉知ってるんだね、とあたしが言うと、英児は照れたような 顔になって、べンチから立ち上がった。瀬戸内海を渡る船に乗るために、その時あた したちは船着場で待っていたのだ。 そろそろおれ、金ないから。呉あたりで二泊くらいした後、電車で帰るよ。英児が 言ったのは、出船のどらが鳴りはじめたのと同時だった。 そお。あたしは答えた。なんとなく一緒になっただけのことで、一週間同行してい た間も、手ひとっ握ったわけでもなかったから、べつに別れがたいなんてことはない はずなのに、なんだか裏切られたような気分だった。そおなの。あたしがつんけんし た口調でもう一度一言うと、英児は首をかしげてあたしの顔をのぞきこんだ。あたしは 100

2. ざらざら

だろうか、思う。今は夜だ。悲しくて、眉が自然に寄ってくるのがわかった。眉が寄 ると、目に力が人った。そうすると、ちょっとだけ涙が出た。あれ、あたし、中林さ んに会えなくて、泣いてる。そう思ったとたんに、もっと悲しくなった。中林さん、 とあたしは声に出した。あいたいよ。あいたいよ。二回、言ってみる。それからもう 一回。あいたいよ。 木曜日。 どうしてこんなに中林さんのことが好きなのか、あたしにはわからない。恋なんて、 わからないものよ、アン子。修三ちゃんはそんなふうに言う。修三ちゃんは、絵描き おかまだ。「わたしのことは、きちんとおかまって呼んで。曖味な言いかた、 仲間で、 しないでね」と修三ちゃんは一言う。それは一種の照れかくしなんじゃないかと、あた しはひそかに思っているけれど、むろん修三ちゃんに面と向かってそんなことを聞い たりはしない。修三ちゃんには、いつも恋の相談に乗ってもらう。間違えてあたしが ふたまたかけてしまった時も、どうしても片思いをあきらめきれなかった時も、修三 ちゃんはものすごく簡潔な助言をしてくれた。ふたまたの時は、「どっちの片方を選 コーヒーメーカ

3. ざらざら

い顔見せちゃだめよ、とか。もっと将来の展望を考えなきやだめよ、とか。 母のこごとはいちいち当を得ていた。ミコちゃんはずいぶん前に離婚していて、歴 代の恋人が幾人もいて、いつまでもロの中でしゃぶっていられるような井いものに目 がない。歴代の恋人たちに、 ミコちゃんはお金を貸しては踏み倒されたり、せっせと 尽くしたあげくに二股をかけられたりしてきた。井いものを手放せないので、虫歯も やたらに多い ミコちゃんは今五十二歳だ。手足が長くて、ウエストはちゃんとくびれていて、お ばさん服は絶対に着ない。株をやっていて、時々損するみたいだけれど、だいたいは ちよばちょぼ儲けているあたり、あんがいなやり手ともいえる。 ミコちゃんは女の人としては「華麗」なタイプだけれど、その娘のえりちゃんは、 わたしと同じで、シック、というか、地味だ。 えりちゃんとわたしは、早くに結婚したミコちゃんや母と違って、今も独身だ。 「ときどきあたしねえ、ミコちゃんのことが、きらいになることがある」えりちゃん

4. ざらざら

ゃない。わたし、料理が好きだから、一人ぶんより、二人ぶん作ったほうがいいし。 それに星江ちゃんは二人ぶん、わたしも二人ぶん食。へるから、四人ぶんになるでしよ。 料理って、たくさんぶん作れば作るほど、おいしくなるんだよ。 食費、と言ってあたしがお金を渡すと、ちかちゃんは悪びれずに受けとった。助か る、と、手刀をきりながら。 ちかちゃんを、あたしは、好きになってしまっていた。 友人としても、むろん好きだけれど、もっと深いもの。恋だな、と、ある日あたし は気づいた。女の子を好きになるなんて、思ってもみなかった。今までつきあったの は、全員男の子だったし。 「これって、恋愛なのかな、ほんとに」ときどき、あたしはちかちゃんの部屋で、ち かちゃんのべッドに横になって、ちかちゃんの匂いのする枕に頭をしずませながら、 びとりごとを一一 = ロ、つ。 サ もしかしたら、恋愛じゃないのかもしれない。ただの、深い友情の、一変形、に過桃 ぎないのかも。たとえあたしがしよっちゅう「ちかちゃんとキスしてみたい」だの

5. ざらざら

「ねえ、今の人からは、まだふられないの」あたしはときどき茜ちゃんに聞く。茜ち ゃんは、うん、と答える。 「そういえば、もしも茜ちゃんのほうが恋人をふったら、ボタンは、どうするの」い つかあたしは思いついて、聞いてみたことがある。 茜ちゃんはしばらくの間、考えていた。どうしようかな。せつかくだから、もら、 たいよね。でも、わたしがふっておいて、そのうえ物をちょうだい、っていうのは、 ずうずうしいかな。 茜ちゃんはあいかわらず、優柔不断にいろいろ言っていた。結局茜ちゃんがふった 場合のボタン問題は、解決しないままに終わった。 あたしは茜ちゃんの部屋に遊びにゆくたびに、お裁縫箱の中身を見せてもらう。あ たしの好きなのは、緑色の二つ穴ボタンだ。ときわ木の緑色。 もう、このお裁縫箱の中身が増えないといいね。あたしは茜ちゃんに言う。 わたしは一生恋をしつづけるんだから、ボタンだって増えつづけるのよ。茜ちゃんは 答える。一生ふられつづけるのか、きみは。あたしが聞くと、茜ちゃんは、えへへへ、 145 - ーーえい

6. ざらざら

なんだか誰とも一緒に帰りたくなくて、わたしは一人で裏門から出た。 美崎さんが、いた 一人で、裏門のすぐ脇にある桜を見上げていた。今年は春が早くて、もう桜が散り はじめている。無言で並び、一緒に桜を眺めあげた。 「男って、やつばりしよせん男なんだね」美崎さんは、ぼつりと言った。 え、何かあったの ? わたしは小さな声で聞いた。 「ううん。でもあの『家庭教師』、あたしの胸ばっかり見てた」 胸見ちゃいけないの ? わたしも、見たよ。 「こっそり見るのが、いやだったよ」 堂々と見られたら、それこそいやだよ。 「そうなのかな」 そうなのかな、と言いながら、美崎さんはくちびるをとがらせた。やつばりきれい わたしは思う。 「あたし、ほんとに、うしろ向きのセビア色みたいな平成になじまない、古くさい女 219 ーー卒業

7. ざらざら

れど。 受験が終わって、わたしたち二人は、めでたく第一志望の大学に進学することにな いよいよ薬剤師まっしぐらだね ? 卒業式の日にみんなで写真をとりあいながら、隣に立っている美崎さんにこっそり 耳打ちすると、意外なことに美崎さんは首を横にふった。 「あたし、薬学部じゃなくて理学部にしたんだ」美崎さんはささやきかえしてきた。 え、とわたしは驚いた。だって美崎さん、あの「家庭教師」と。 「あたし、『家庭教師』とは、結局あのあと二回しか会わなかったよ」 どうして。わたしは聞いた。どうして二回しか会わなかったの、という問いと、ど いの両方をふくむ、どうして。 うしてわたしに教えてくれなかったの、という間 こ、、こほほえんだ。いれかわりたちかわり同級生たちと写 美崎さんは何も答えずに、オオ 真をとりあっているうちに、美崎さんの姿は見えなくなっていた。 つ、 ) 0 218

8. ざらざら

ンプーの匂いのする枕に、 いつまでも顔をうずめたりしている。 でも、終わりはあっけなくやってきた。 「わたし、恋人ができたみたい」と、ある朝ちかちゃんが言ったのだ。 「みたい ? 」あたしは聞き返した。ちかちゃんらしい言いかただなあ、と思いながら。 遠慮深い人なんだか、ちょっと頭の悪い人なんだか、よくわからない言いかた じゃあたし、もうこの部屋を出てかなきやだよねー。あたしはできるだけ軽い調子 で言った。そんなこと、ないけど。ちかちゃんは言って、につと笑ったけれど、笑い にわずかにためらいが混じっていることに、あたしはちゃんと気づいた。 なにしろあたしは、ちかちゃんのことが好きだから。 最後の日 ( ちかちゃんは「最後の日」なんて大げさなこと思っていなかったろうけ れど、あたしはそれが「最後の日」だと、一人思い決めていた ) 、あたしはちかちゃ んに料理をしてあげることにした。 「いつもいつもちかちゃんが作ってくれたから」と言いながら、 いのに、と遠慮す 168

9. ざらざら

ったのだ ) 後も、ぐずぐず迷って結局半年も教室に通っていた。やめる直前のある日、 コーチに胸をむんずと攫まれたので、ようやくやめる決心がついたのだ、と茜ちゃん はこっそり教えてくれた。 あたしは、どちらかといえば気難しい性格なので、おっとりした茜ちゃんとは、気が 合う。けれど茜ちゃんは、わたしの優柔不断さって始末に悪いのよ、と言い言いする。 「なんかわたし、この人と相性悪いんじゃないかなって疑ってても、ほんとうにそう なのかどうか、自分では決められないんだ」茜ちゃんは言う。恋人の話である。 「だから、うーんどうしよう、とか思ってるうちに、必ず相手から別れを切りだされ ちゃうのよ」茜ちゃんは続けた。 「わたし、今まで、ふられたことしかないの。わたしがふったことは、ただの一度も ないよ」茜ちゃんは言い、 えへへへ、と笑った。 「ねえ、そのお裁縫箱、いつの ? 」あたしは聞いた。 「小学生のころのだよ」茜ちゃんは答える。 142

10. ざらざら

あたしが種田くんに「びつかかって」から、二カ月近くが過ぎた。あたしは、だん まだセックスはしてないけれど、な だん種田くんが好きになる。癪でしようがない。 んだか危ない感じ。セックスしちゃって、もう抜けだせなくなったら、どうしよう。 さっちゃんに相談したら、大笑いされた。麻薬じゃあるまいし。なんか由真って、大 人なんだか子供なんだか、よくわからない人だね。 そんな会話を交わした舌の根もかわかぬうちに、あたしはおめおめとセックスをし てしまった。「おめおめって、なによそれ」と種田くんは言ったけれど、冗談に取っ てくれたらしく、とがめられはしなかった。 大事にするよ、と種田くんは言った。うん、とあたしは殊勝に答えた。でも、心の 中では「そんなはずないじゃん、男が女のこと大事にするなんて」と、言い返してい 罰があたったのだ、きっと。いちいち、種田くんのことを疑ってかかったから。 種田くんに、あたしは嫌われた。 三回めのセックスが終わったとき、あたしは何の気なしに「男なんてね」と、つぶ しやく 156