サンド - みる会図書館


検索対象: ざらざら
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1. ざらざら

ごくふつうの、ほどよい距離感の返事。 夏が終わる前に、あたしは一人で桃サンドを作ってみた。小学校のころに、あたし が発明したのだ、桃サンドは。 当時は、こんなにおいしいものはないと思っていた。久しぶりに食。へてみると、さ ほどおいしいものではなかった。ちかちゃんの料理のほうが、百倍も千倍もおいしい あたりまえなんだけれど。 おっゅをこぼさないようにねつ、なんてちかちゃんには注意したくせに、あたしは 、ロ区にもいつばいこばした。桃 やたらにおっゅをこばした。お皿の上だけにじゃなく のおっゆって、洗濯してもとれないんだよね、と思いながら、あたしはかまわずこば しつづけた。顎から喉から首の下の方まで、。へた。へたになった 井い匂いがするよ。そう思いながら、あたしは桃サンドをゆっくりと食べた。ちか ちゃんに、やつばり「好き」と言えばよかったのかな、と後悔した。でも告白できた としても、それはきっとただの自己満足なんだ、と思いなおした。 夏はもう終わり。ちかちゃん、愛してたよ。 171 ーー桃サンド

2. ざらざら

ただきりとった桃をのせる。ぎっしりのせたら、食パンを半分におる。 い、桃サンドのできあがり。言いながら、お皿にのせたそれを、ちかちゃんにさ しだした。おもしろー と言いながら、ちかちゃんは、かぶりついた。桃のおっゅ が白いお皿にこばれた。 ンの耳で受けるようにして、おっゅはできるだけこぼさないようにねつ。あたし が言うと、ちかちゃんは食パンをぎゅっと握りなおした。それから、無、いにむしやむ しやと桃サンドを食べた。勢いよく、食。へた。 おっゅはもうしたたらず、桃サンドはびとかけら残らずちかちゃんのおなかの中に おさまった。 おいしかったよ。ちかちゃんは言い、 につと笑った。よかった。あたしも言って、 につ AJ±夭っ」。 以来あたしはちかちゃんに会っていない。ヾ ノイトも、一、つコンビニエンスストアに 移った。ときどきちかちゃんからは、メーレ。ゝ ノカくる。あたしはさっと返事をかえす。 170

3. ざらざら

つぶやきながら、あたしは桃サンドをおしまいまで食べた。桃の井い匂いは、それ からしばらくのあいだ、あたし一人の部屋の中に、漂っていた。 172

4. ざらざら

るちかちゃんを椅子に座らせて、あたしはキッチンに立った。 星江ちゃん、何作ってくれるのかな。楽しみだな。言いながら、ちかちゃんはふん ふん鼻唄なんかうたっていた。あたしはちょっと泣きそうだった。「最後の日」だか ら、ということもあったけれど、もう一つ、おしまいまでちかちゃんに「好き」と一言 えなかったことを思って。 何を作ろうか、いろいろ考えた。自慢じゃないけれど、あたしは料理はぜんぜんで きない。 こっそり練習しようかとも思ったけれど、それはあたしらしくない。やめた。 それで、桃サンドを作ることにした。 オレンジ色の冷蔵庫の野菜室を、あたしは開ける。よく熟れた桃を、そっととりだ す。指でもって皮をていねいに剥く。熟れているので、きもちよく、大きく、剥ける。 まな板に、はだかの桃を置き、ペティナイフできりとる。うす。へったいまんまるに、 きってゆく。種は残し、たつぶりとおっゅを含んだ果肉が幾片かできたら、こんどは 食。ハンを冷凍室からとりだす。いつものようにトーストしないで、レンジでチンする。 ノターだのジャムだのはいっさいぬらないで、 ほどよくふわふわになった食。ハンに、ヾ 桃サンド 169

5. ざらざら

ステル 春の絵 淋しいな 椰子の実 笹の葉さらさら 桃サンド 草色の便箋、草色の封筒 クレョンの花束 月火水木金土日 卒業 114 106 121 129 147 198 173

6. ざらざら

ちかちゃんのうちは、いつも雑然としている。ことに、キッチンカ シンクの横には、玉ねぎを半分に切ったものやら、にんじんのしつばやら、福神漬 けの空き瓶に人った干しェビやら、カレー粉の大きな赤い缶やらが出しつばなしにな っているし、床に置いた竹籠には、根菜やかんきっ類や長ねぎなんかが、ごちゃまぜ になって放りこんである。 ドアを開けたとたんにする匂いも、いつもちがう。冬ならば、キャベツを長い時間 煮こんだものに胡椒つぼい香りが混じった匂い。夏ならば、ちょっぴりお酢の効いた 涼しげな匂い。秋は、おしようゆとみりんを煮炊きする匂い 桃サンド ヾゝ 0 161

7. ざらざら

りが、三週間に一回ほど自分の部屋に帰るほかは、ずっとちかちゃんの部屋に居つづ けという感じになり、最初は五千円ほどしか渡していなかった食費も、二万円に増や した。プラス、光熱費ぶんも、一万円。 「このまま一生あたしを食わせてってー」と言うと、ちかちゃんはにつと笑う。 でも、このごろちかちゃんは、ちょっと忙しいのだ。就職のこともあるし、卒業ゼ ミのこともあるんだって、説明してくれた。あたしにはよくわからない世界のことだ。 ちかちゃんは料理も、以前ほどは熱心にしない。帰ってくるのも、遅い。朝だって、 ハイトの始まるずっと前に出ていってしまうことが多い 「どこ行くの」と聞くと、「大学」とか「図書館」とか、ちかちゃんは答える。ふうん、 とあたしはつぶやく。でもそれ以上何も言えはしない。大学も、図書館も、あたしに 場所に行 はなんだかちょっと怖い場所だ。本当はちかちゃんにくつついて、そういう日 ってみたいのだけれど、勇気がなくてできない。 ちかちゃんのいないちかちゃんの部屋で、あたしは横たわってうだうだしている。 こんなことしてて、あたし、どうするんだろう。そう思いながら、ちかちゃんのシャ 167 ー - ー桃サンド

8. ざらざら

んはいつものように、 につし J±夭った。 「法科の夜間部に行ってるんだ」 「頭、いいんだー」と驚いたら、ちかちゃんはこんどは声をだして笑った。大学生が 頭いいとは限らないよ。星江ちゃんて、へんな人だね。 へんな人なのは、ちかちゃんのほうじゃないさ、と内心で思いながら、あたしは好 奇心まるだしでちかちゃんの部屋をきよろきよろ見回した。八畳ほどのワンルームの、 片側がキッチンスペースになっていて、窓側には簡素なべッドとスチールデスクが置 いてある。そっけない、 これもスチールの本棚には、六法全書やよくわからない専門 書がぎっしりつまり、わずかに女の子つほい印象を与える小さな鏡の前には、乳液と 化粧水とブラシがあるばかりだった。 「でも、冷蔵庫だけは豪華なんだね」と言うと、ちかちゃんは頷いた。そういえば、 ちかちゃんの部屋の中で一番はなやいだ色をしているのは、その天井まで届きそうな 大きさの、幅も特大の、オレンジ色の冷蔵庫なのである。 ガス台には大きなシチュ パンが置いてあって、ふたをびよいと取ってのぞくと、 163 ーー桃サンド

9. ざらざら

初出一覧 ラジオの夏 びんちょうまぐろ ノ、ツカ 菊ちゃんのおむすび コーヒーメーカー ざらざら 月世界 トリスを飲んで ときどき、きらいで 山羊のいる草原 オルゴール 同行二人 ノヾステル 春の絵 淋しいな 椰子の実 えいつ 笹の葉さらさら 桃サンド 草色の便箋、草色の封筒 クレョンの花束 月火水木金土日 卒業 「クウネル」 2 号 「クウネル」 3 号 「クウネル」 4 号 「クウネル」 1 号 「クウネル」 5 号 「クウネル」 6 号 「クウネル」 7 号 「クウネル」 8 号 「クウネル」 9 号 「クウネル」 11 号 「クウネル」 10 号 「クウネル」 12 号 「クウネル」 13 号 2005 年 5 月 「プロジェクト F 」 ( 福助株式会社・広報誌 ) 2005 年 3 月 2004 年 11 月 2005 年 1 月 2004 年 9 月 2004 年 7 月 284 年 5 月 2004 年 3 月 284 年 1 月 282 年 4 月 2003 年 11 月 2003 年 5 月 2002 年 11 月 「 Lois Crayon 」 2()01 年春夏号 「野性時代」 2003 年 12 月号 「クウネル」 14 号 2 開 5 年 7 月 2004 年 「クウネル」 15 号 「クウネル」 16 号 「クウネル」 17 号 「クウネル」 19 号 「クウネル」 18 号 「クウネル」 20 号 285 年 9 月 2005 年 11 月 2006 年 1 月 286 年 5 月 286 年 3 月 2006 年 7 月

10. ざらざら

「おつばいをさわったりして、ちかちゃんのエッチな声を聞いてみたい」なんて思う にしても。 「あたし、ちかちゃんのこと、好きなの」と、一回くらいは告げてみたい気もした。 でも、できなかった。だって、あたしには勇気がなかったから。 しようがないから、あたしはあいかわらずちかちゃんの部屋に、うだうだ人りびた りつづけた。 冬がきて、また春がきて、夏が終わろうとしていた。ちかちゃんと知りあってから、 一年半ほどがたっていた。 あたしはいまだにちかちゃんに「好き」と言っていない。 きっと一生言わないと思 う。だって、ちかちゃんの作るインドカレーや、肉饅頭や、手打ちのきしめんや、ロ ーストボークを、あたしの告白のせいでこの先一生食。へられなくなったら、たまらな いもの。 あたしはほとんど、ちかちゃんと同棲状態になっていた。三日に一回だったお泊ま 166