答え - みる会図書館


検索対象: ざらざら
30件見つかりました。

1. ざらざら

丿って、きれいなの ? 」 あたしは聞いてみた。そうよ、あんなにきれいな街は世界じゅうさがしてもないわ。 せんぜん違った。 いすずさんのそんな答えを予想しながら。でもいすずさんの言葉は、、 「ううん、 って、大の糞はいつばい落ちてるし、暗いし、寒いし、最近じゃ暑い し、人はつんつんしてるし、建物は威圧的だし、ぜんぜんきれいじゃない」 そうなんだ。いすずさんの答えに気圧されて、あたしはつぶやいた。きれいじゃ、 ないんだ。 「そうなのよ。きれいじゃないし、人は意地悪だし、フランス語なんて、喉の奥で妙 ごうしゃ 。ハリが好きなのよ」 に豪奢な音たてるヘんな発音のものだし。でも、わたし、 筒 封 喉の奥の豪奢な音。あたしはばんやりと繰り返し、いすずさんの顔をじっと見た。 の 色 草 「ねえ、真名ちゃん、このごろあんまり来ないのね」いすずさんに言われた。 の 色 ほんとうに、いすずさんのところを訪ねるのは久しぶりだった。あたしは、恋をし草 ていたのだ。いや、過去形には、まだ、なっていない。恋をしているのだ。たぶん。

2. ざらざら

アーを包丁でめちゃくちゃに切りさき、そのまま包丁を握りしめて家じゅうを駆けま わった。誰も怪我はしなかったけれど、以来父は兄の顔を見ようとしなくなったし、 母は兄にていねい語を使うようになった。 不思議なことに、兄が暴れてからは、わたしは兄に妙な親しみをおばえるようにな った。ねえ、おにいちゃん、どこでバイトしてるの。ある日聞いてみると、兄はしば らくわたしの顔をのぞきこんでいた。やがて、ふつうの声で、ホストクラブ、と答え 就職して数年後に、同僚に連れていってもらったホストクラ。フで、兄に出くわした ときには、と、つとう・米たか、という感じだった。兄が働いているところを、ほんと、つ のところ、わたしは見たくなかった。兄が売れっ子のホストであるはずがなかったか けれど予想は裏切られた。兄は四十人もホストをかかえているそのお店の、ナンバ ー 2 だった。色白で太っていておじさんみたいなのに、店の中にいる兄は、ものすご 133 ーー椰子の実

3. ざらざら

んでもきっと後悔するから、両方やめたらあ」。片思いの時は、「時間の無駄あ」。よ その人に言われたらむっとしたかもしれないけれど、修三ちゃんから言われると、な んだか納得してしまう。ねえ、あいたくてあいたくて、居ても立ってもいられない時 は、どうしたらいいの。あたしは修三ちゃんに電話してみた。「居ても立ってもいら れない状態なんて、一時間ももたないから大丈夫」というのが、修三ちゃんの簡潔な 答えだった。あたしはため息をつく。深刻ぶるのってへポいよ、アン子。だいた トサラリ ーマンたらいうもんとの恋愛なんて、アン子には似合わないんじゃな いの ? 修三ちゃんは電話の向こうで、威勢のいい声を出した。うん。へポい。あた し、ヘポいんだよ。あたしもつられてちょっと威勢のいい声を出す。でもまたすぐに、 しょぼくれる。 金曜日。 中林さんの似顔絵を、あたしはスケッチ。フックに描くことにした。 4 や 5 の鉛 筆ではなく、わざと 3 の固い鉛筆で。中林さんには、固くて細い線が似合う。描い ている間は、なんだか嬉しかった。中林さん、と思いながら、どんどん描いた。一ペ

4. ざらざら

晴彦さんのところへはその後もときどき泊まりに行ったが、就職してからはそれも ほとんどなくなった。どうして晴彦さんは小説を書くときに、あの淡くて繊細な色の くっ下をはいたのか。どうして手をやすめるたびに、いちいちくっ下をはき替えたの か。どうして女を家に人れなかったのか。だいいち晴彦さんって、ほんとはどういう 人だったのか。 晴彦さんが亡くなってしまった今、ときおりあたしはそういうことを考える。でも むろん答えは出ない。い や、まあね、とつぶやく晴彦さんの声が耳によみがえってく るばかりだ。 ハステルのくっ下は、晴彦さんにとても似合っていた。晴彦さんの小説は、もう少 しだけあたしが年とったら、読んでみようと思っている。 ノヾステノレ

5. ざらざら

今日は機嫌が悪いのかなとちらりと思ったけれど、気にとめなかった。そのときは、 朝のことは忘れていた。 翌日も、翌々日も、籠おばさんは無言だった。籠に顔を寄せるように話しかけても、 しんとしていた。わたしはあせった。どうしよう。籠おばさん、いなくなっちゃった の ? 急激に、淋しさがやってきた。前は平気で一人で暮らしていたのに、籠おばさんが いる生活にすっかり慣れてしまった後では、一人でいることの孤独が身に沁みた。 その翌日も、そのまた次の日も、籠おばさんが戻ってこないかと、わたしはそわそ わ籠を覗きこみつづけた。でも籠おばさんは帰らなかった。 どこ行っちゃったの。 わたしは何回も、あけびの蔓の籠に向かって間いかけた。答えは、なかった。 籠おばさん、本当にいなくなっちゃったんだ。 一カ月ほどたった火曜日の朝に、わたしはしみじみと思った。 205 ー一月火水木金土日

6. ざらざら

こ、こわいもん。思わずわたしは答えていた。 答えながら、声がどこからするのか、こっそり確かめた。もしかしたら、盜聴器み たいなものが仕掛けられているのかも、と思いついたので。 「そんなもの、どこにも仕掛けてないわよ」とたんに、また声がした。 びやあ、とわたしは叫んだ。両手で耳をふさいだ。目も、つぶった。からだも海老 のようにまるめ、玄関先でじいっとかたまってしまった。 それから、そろそろと目をあけた。 どう考えても、籠だった。声の、でどころは。先週買った、あけびの蔓で編んだ、 こげ茶の、籠。 「そうよ」声がほがらかに言った。びつ、とわたしはまた言い、でも、ほんの少しだ からだを柔らかくした。耳にびったり当てていた手も、はずした。耳をふさいで 金 いても、声は聞こえてくるみたいだったし。 水 火 あなた、誰なんですか。わたしは聞いた。しばらく、答えはなかった。おそるおそ月 る運動靴をはきかけたところで、ようやくまた声がした。 201

7. ざらざら

って全部で二つ、それぞれに婿側と嫁側の親類がかたまって座るはずなのに、全員が 座りきれなかったために、三つめの、両方の親類がごっちゃに混じったテー。フルがし つらえられたのだ。なにしろ、あたしのところは兄弟姉妹が全部で五人、いすずさん のところは六人という、大所帯だったから。 いすずさんは、ものすごくつまらなさそうに伊勢海老のグラタンをつついていた。 あたしは伊勢海老なんてめったに食。へたことはなかったので、つつき散らされた伊勢 海老を、物欲しげに眺めていた。 「あげようか ? 」いすずさんは聞いたのだ。 「うん ! 」とあたしは答えた。 そのきつばりした答えかたが気に人ったのだ、といすずさんは後になって教えてく れた。 あたしのほうは、いすずさんの、なんだかこう、アンニュイな感じに、心びかれて いた。大人の女だなあ。当時中学を卒業するまぎわだったあたしは思った。そりゃあ そうだ。いすずさんは、当時すでに四十過ぎ。大人でなくて、何だというのだ。 174

8. ざらざら

た。まだしよっちゅう会っていたころ、富山に出張したときには必ず買ってきてくれ て、わたしの部屋で一緒に食べた。 ねえ、さみしい ? と千寿ちゃんが聞いた。 さみしいよ。わたしは答えた。 ねえ、新しい男、すぐっくる ? 千寿ちゃんがまた聞いた。 しばらくはつくらないよ。つくれないよ。 ねえ、しばらくって、どのくらい わかんない。 この部屋に慣れるくらいまで。 なんだ、それじやすぐじゃないの。千寿ちゃんは笑って、ボタージュスープを飲み そうでもないよ。わたしも一緒に笑って、トマトスープを飲みほした。 残った月世界をあらかた食べてしまってから、千寿ちゃんは帰っていった。新しい 部屋をみまわすと、なんだかへんな気持ちになった。木戸さん、と言ってみたけれど、 あんまり何も感じなかった。木戸さん、ともう一度言ってみたら、すごくさみしくな

9. ざらざら

えりちゃんが遊びにきた。 えりちゃんはわたしと同じ三十二歳、子供のころ住んでいたアパートの部屋が隣ど うしで、ほとんど姉妹のようにして育った。 えりちゃんのお母さんとわたしの母は、同いどしだった。ミコちゃん、とわたしの 母がいつもえりちゃんのお母さんのことを呼んでいたので、わたしも小さいころから それにならって、ずいぶんとしうえの女の人なのに、「ミコちゃん」と呼んでいた。 ミコちゃんは「かわいい女」だ。わたしの母は、しよっちゅうミコちゃんにこごと を言っていた。そんなにいっぺんにコーラ飴食。へちゃだめよ、とか。男にあんまり井 ときどき、きらいで

10. ざらざら

力もの皮をむき、薬味のにんにくを しばらくわたしたちは料理に専念した。じゃゞ、 みじんにし、肉に下味をつける。水の音と、包丁がまな板を叩く音が部屋の中に満ち 「ねえ」えりちゃんが言った。 「なに」ズッキーニを輪切りにしながら、わたしは聞き返す。 「あれって、なんて言うんだっけ」 「あれ ? 」 えりちゃんは木じゃくしをちゃっちゃと洗いながら、ほら、あの、まつばだかの上 に直接エプロンするの、と答えた。 わたしはびつくりしてえりちゃんの顔を見た。 くみちゃん、あれ、したこと、ある ? えりちゃんはわたしの視線をよけるように しながら、つづけて聞く。 ないよ、とわたしは反射的に言う。えりちゃんこそ、あるの ? 「ない。でも、ミコちゃんは、一時、毎日、してた」 ときどき、きらいで