つつ、顔や声や色彩の潮流に乗っていすこへともなく移動していく。勝利に気を高ぶ らせながら。 そのような「渡り歩き」娘の一人があるとき、オパールの装身具を震わせながら、 空中を運ばれていくカクテルをひとっとって、度胸をつけるために一息で飲み干し、 そしてキャンバス布の舞台の上に一人で立ち、まるでフリスコみたいに両手を動か し、踊り始める。一瞬あたりがしんとする。それから楽団の指揮者が気を利かせ、彼 女の動きに合わせてリズムを変更する。一斉に人々がおしゃべりを始め、あの娘は ーズ」でギルダ・グレイの代役として控えている娘らしいというし 、、日減な ニュ】スがまことしやかに広まっていく。 ーティーの幕は切って落とされたのだ。 ギャッビーの家を最初に訪れた夜、僕は正式な招待を受けたごく少数の客の一人で あったと思う。ほとんどの人々は招待されてもいなかったーーー彼らはただ勝手にそこ にやってきたのだ。車に乗り込んで、ロング・アイランドにでも行こうかということ しュ / になり、あれやこれやの末にギャッビ ] の家の玄関先に行き着くことになる。 んそこに着くと、ギャッビーを知っている誰かをみつけて紹介してもらい、あとは遊 園地における行動規範のごときものに従って行動した。ときには主人のギャッビーと 顔を合わせることすらなく、そのまま引き上げていったりもした。 , 彼らはその天真爛
251 第七章 つけたわけだ」 彼は速度を緩めたが、車を停めるつもりはそのときにはなかった。しかし史に近く に寄って、修理工場の戸口にいる人々の黙り込んだ真剣な顔を目にしたとぎ、トムは 反射的にブレーキを踏んだ。 「様子を見てみよう」、彼はしつくりしない声でそう言った。「ちょっと見てみるだけ 修理工場の中から悲嘆に満ちたうつろな音声が休みなく漏れ聞こえてくることに、 僕は気づいた。我々がクーべを降りて戸口に向かって歩いていくにつれ、それはだん だん言葉のかたちをとっていった。「なんてことを ! 」、痛切な嗚咽の中から何度も何 度も繰り返しその言葉が絞り出された。 「すいぶん深刻なことみたいだな」とトムは高ぶった声で言った。 彼は足音を忍ばせてそこに行き、輪になって群がった人々の頭越しに、修理工場の 中をのそきこんだ。金網のかかった裸電球がひとつ、ふらふら揺れながら黄色い光を あたりに投げかけているだけだった。やがてトムは耳障りなうなり声をあげ、力強い 腕を乱暴に突き出して人混みをかきわけた。 人々の輪はぶつぶっと文句を言いながら再び閉じた。その後しばらく何ひとつ見え
109 第三章 中に消えていく前に、こちらを振り向き、意味ありげな微笑みを僕に送るのだ。この 魅惑的な大都市の黄昏どきに、ときおりそこはかとない孤独を感じとることもあった。 あるいはまた、まわりの人々の姿にその投影を見た。ひとりぼっちの夕食をとるべく、 レストランの開店を待ちながら、ウインドウの前で所在なげに時間を潰している、懐 の寒い若い事務員たち。淡い宵闇の中で、夜にとって、そして人生にとってもっとも ひととき 印象深いものであるべき一刻を、ひとり切なく過ごしている若い人々。 八時になり、四十丁目から五十丁目にかけての暗い街路が、劇場地区へと向かう、 ぎっしり並んだタクシーのエンジン音でにぎやかになるころ、僕の心は再び沈んだ。 渋滞中のタクシ ] の中で同じ方向に傾く二つの影、歌をうたう声、何かのジョークに 対する大笑い、煙草の火が正体不明のジェスチャーの輪郭を描いている。そして僕だ ってこれからお楽しみに向けて急いでいるところなんだ、これらの人々とそっくり心 のたかぶりを共にしているんだと自らにむりに言いきかせ、さあみなさんも、どうそ たっぷりお楽しみなさいと思うように努めた。 しばらくジョーダン・べイカーの姿を目にしなかったが、夏の盛りになってまたち よくちよく見かけるようになった。最初のうち、僕は彼女と一緒にいろんなところに 行くのが嬉しかった。なにしろ彼女はゴルフのチャンピオンだし、誰もが知っている
我々はその男と重々しく握手をし、ドアの外に出た。 庭園に敷かれたキャンバス布の上では、今では人々がダンスに興していた。年配の 人々は若い女性たちを押して後すさりさせながら、優雅とは言いかねる永劫の円周を 描いていた。もっと偉そうな多くのカツ。フルは、互いの身体を堅苦しく、上品に抱き、 はしつこのあたりに位置を定めていた。相手のいない娘たちがたくさんいて、彼女 たちは一人で好きに踊ったり、あるいはオーケストラから 、バンジョーや打楽器奏者 をとりあえす勝手に拝借したりしていた。真夜中を迎える頃には、場はすっかり盛り 上がっていた。高名なテナー歌手がイタリア語で歌い、何かと風評のあるコントラル トがジャズを歌った。曲のあいまに人々は庭園のあちこちで演芸じみたことをやって、 そのたびにどっとにぎやかな、虚ろな笑い声が巻き起こり、そのまま夏の夜空へと立 ちのぼっていった。舞台では双子役の娘たちーーそれが実は黄色いドレスの例の二人 組であったのだが が衣裳を着て、赤ん坊のコントを演した。フィンガーボウルよ サウンド り大ぶりなグラスで、シャンパンが振る舞われた。月は高く上がり、海峡のあちこち には銀色の三角の鱗が漂い、それらはバンジョーの音の硬く甲高い滴が芝生に降るの に合わせてちらちら揺れた。 僕はまだジョーダン・べイカーと一緒だった。僕らの着いていたテーブルには、僕
9 第一章 僕がまだ年若く、心に傷を負いやすかったころ、父親がひとっ忠告を与えてくれた。 その言葉について僕は、ことあるごとに考えをめぐらせてきた。 「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言 った。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではない のだと」 父はそれ以上の細かい説明をしてくれなかったけれど、僕と父のあいだにはいつも、 多くを語らすとも何につけ人並み以上にわかりあえるところがあった。だから、そこ にはきっと見かけよりすっと深い意味が込められているのだろうという察しはついた。 おかげで僕は、何ごとによらすものごとをすぐに決めつけないという傾向を身につけ てしまった。そのような習性は僕のまわりに、一風変わった性格の人々を数多く招き 寄せることになったし、また往々にして、僕を退屈きわまりない人々のかっこうの餌 じき 食にもした。このような資質があたりまえの人間に見受けられると、あたりまえとは 第一章
49 第二章 ウエスト・エッグとニ = ] ヨークのちょうど真ん中あたりになるが、あたかも荒れ 果てた土地の一画から身をすくめるかのように、自動車道路が鉄道線路にさっと寄り 添い、四分の一マイルばかり並走する地点がある。ここはまさに灰の谷間だ。小麦が 育つように灰が育っ奇怪な農場である。灰が育って尾根となり、丘陵となり、グロテ スクな庭園となる。そこでは灰が家のかたちをとり、煙突のかたちをとり、立ち上る 煙のかたちをとり、やがては並々ならぬ努力の末に、人間のかたちをとることになる。 こうして造られた人々はカ無く動き、粉まじりの空気の中を抜けながら、早くもぼろ ぼろと崩れ始めている。時折、灰色の列車の連なりが目に見えない線路をのろのろと やってきて、きいっという不吉な軋みを立てて停止する。すると間を置かすに、灰の すき 色に染まった人々が鉛色の鋤を手に参集し、一面に濃密なほこりを巻き起こし、膜を つくりあげ、その奥でどのような解しがたい営みがなされているのか、うかがい知れ ないようにしてしまうのである。 第二章
322 あいつに調子よくだまくらかされていたんだ。しかしあいつはひどい悪党だそ。マ ] トルをひき殺しておきながら、大ころでもはねたみたいに、車を停めもしなかったよ うなやつだ」 僕に何が言えよう。真相はそうじゃないとは、ロが裂けても言えないのたから。 「僕だってそれなりの傷は負ったんだ。いい力い、あのアパートの部屋を引き払いに 行ったとき、サイドボードの上に犬用のビスケットの箱があるのを目にして、思わす そこに座り込んで、赤ん坊みたいに泣いてしまった。ああ、なんてひどいことがーーー」 僕には彼を許すこともできなかったし、好きになることもできなかったけれど、少 なくともトムにとっては、自分のなした行為は完全に正当化されているのだというこ とがよくわかった。すべてが思慮を欠き、混乱の中にあった。トムとディジー、彼ら は思慮を欠いた人々なのだ。いろんなものごとや、いろんな人々をひっかきまわし、 台無しにしておいて、あとは知らん顔をして奥に引っ込んでしまうーー・彼らの金なり、 測りがたい無思慮なり、あるいはどんなものかは知れないが、二人をひとつに結びつ けている何かの中に。そして彼らがあとに残してきた混乱は、ほかの誰かに始末させ るわけだ : 彼と握手をした。握手を拒むのも大人げないことに思えてきた。僕はふとこう感し
1 1 5 第四章 日曜日の朝、海岸沿いの村々に教会の鐘が鳴り響くころ、世界とその女王たる太陽 が、ギャッビーの邸宅に再び立ち戻り、庭の芝生にまぶしく輝いていた。 「あの人は密造酒の商売をしているのよ」と若い婦人たちは、彼のカクテルと彼の 花のあいだを動きまわりながら言った。「自分がヒンデンブルクの甥であり、悪魔の またいとこ ハラを一本とって下さらな 再従弟であることを見破った人を殺したこともあるのよ。 ハニー。そしてそこのクリスタルのグラスに最後の一滴を注いで」 僕は時刻表の余白の部分に、その夏にギャッビ 1 の屋敷を訪れた人々の名前を列記 したことがある。もう古くなってしまった時刻表で、真ん中のところがほどけ、冒頭 には「この時刻表は一九二二年七月五日より有効」と記してある。それでも書き残さ れた名前は、色こそ薄れてしまったものの、しゅうぶん読みとれる。ギャッビーの屋 敷を訪れてその歓待にあすかりながら、彼について何ひとっ知らすにおくという奥ゅ かしい謝意を表したのがどのような人々であったか、僕が通り一遍の概説を加えるよ 第四章
278 思い切ってそう言っておいてよかったと、今でも思っている。それはあとにも先に も僕が彼に与えた唯一の讃辞になった。僕としては始めから終わりまで一貫して、彼 という人間を是認することはどうしてもできなかったからだ。まず彼は儀礼的にこく りと頷いた。しかしそのあとで相好を崩し、例のすべてを了解するような留保なき 笑みを浮かべた。まるで「我々はそのことをお互いに知りつつも口には出さす、いざ というときのために大切にとっておいたんですよね」とでも言わんばかりに。彼の豪 勢なビンク色のスーツは、白い階段の前で鮮やかに映えていた。そして僕は三ヶ月前、 初めてこの壮大な屋敷を訪れた夜のことを思った。芝生の庭と車回しは、ギャッビー の暗い裏面をあれこれ憶測する人々でにぎわっていた。そして彼はしみひとつない不 朽の夢を胸の奥に秘めつつ、階段のてつべんに立って手を振り、去りゆく客人たちに 別れの挨拶を送っていたのだ。 僕は彼にもてなしの礼を言った。考えてみれば僕らはいつだって、彼に向かって歓 待に謝する一言葉を口にしていたのだ。僕も、ほかのおおぜいの人々も。 「さよなら」と僕は声をかけた。「朝食をありがとう、ギャッビー ニューヨークに着いてひとしきり、僕はいっ果てるともなく続く株式相場のリスト
282 真夜中を過ぎて長い時間がたってからも、人々は人れ替わり立ち替わり、修理工場 の前にそろそろと集まっていた。そのあいだジョージ・ウイルソンはすっと奥のカウ チの上で、前後に身を揺すり続けていた。そのあいだ事務室のドアは開けっ放しにな っていたので、ガレージを訪れた人々はつい中をちらちらのそき込むことになった。 やっと誰かが、これしゃあんまりだと言ってドアを閉めた。ミカエリスとそのほか何 人かの男たちがウイルソンに付き添っていた。その数は最初のうちは四、五人だった ミカエリ が、やがて二、三人に減り、最後にはミカエリスともう一人だけになった。 スはその見知らぬ相手に、あと十五分だけここにいてもらえますか、あたしはちょっ とうちに戻ってポットにコ ] ヒーを作ってきますから、と頼まなくてはならなかった。 そのあとは明け方まで、彼が一人でウイルソンのそばについていた。 ウイルソンは筋の通らないことをぶつぶつ口にしていたのだが、三時頃になって言 うことの内容に変化があった。 , 。 彼よおとなしくなり、黄色い自動車について語り始め た。あの黄色い車が誰のものか、俺には調べる手だてがあると言った。またこんなこ とも口走った。二ヶ月前、女房は顔に傷をつくり、 鼻血をたらしてニューヨークから 戻ってきたんだ、と。 しかし自分がロにした言葉を耳にして、彼はびくっとちちみあがり、再びうなるよ