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検索対象: グレート・ギャツビー
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1. グレート・ギャツビー

225 第七章 「二日ばかり前、ちっと妙なことに気づきましてね」とウイルソンは持ち出した。 「それでここを出て行こうと決めました。そんなわけで旦那にも、あの車のことで迷 惑をかけちまったんです」 「いくらなんだ ? 」 一ドル二十です」 も - つろ - っ 容赦なく照りつける太陽のせいで僕の頭はいささか朦朧としていて、そのためにウ イルソンの疑惑が今のところまだトムには及んでいないのだと理解できるまでに、少 し時間がかかったし、おかげですいぶんやぎもきさせられた。ウイルソンは妻のマー トルがどこか別の世界で自分の知らない生活を送っているらしきことを発見し、強い ショックを受けて病を得たような状態になってしまったのだ。僕はウイルソンの顔を 子細に見て、それからトムの顔を子細に見た。ウイルソンが気づいたのと同様の事実 に、トムもまたつい一時間ほど前に思い当たったのである。そして病んだものと健康 なものとのあいだの相異に比べれば、人間一人ひとりの知性や人種の違いなんてそれ ほどたいしたものではないんだな、という思いが僕の頭にふと浮かんだ。ウイルソン はすっかり病にとりつかれていて、おかげで何かしら赦されることのない罪を犯した 人のように見えた。たとえば今し方どこかの哀れな娘をはらませてしまったというよ ゆる

2. グレート・ギャツビー

引 6 んだ黄色の車両が、まるでクリスマスそのもののように、僕らの胸を暖かくかき立て てくれた。 列車が冬の夜の中に出て行くと、本物の雪が ( 僕らの雪だ ) 線路の両側に広がり、 窓ガラスにまぶしく光るようになる。ウイスコンシンの小さな駅のぼんやりした明か りが、背後に過ぎていく。びりつとした野性的な張りのようなものが、突然空気に混 しり始める。食堂車でタ食をとったあと、歩いて戻ってくるときに、ひやりとした連 結部のところで僕らはその息吹を深々と胸に吸い込み、自分たちがこの地方に生を享 けた人間なのだということを、言葉としてではなく、肌身にひしひしと感しることに なる。そんなちょっと落ち着かない気持ちが一時間ばかり続くのだが、いったんそれ を通り越すと僕らは欲も得もなく、再びすっかり故郷の空気に溶け込んでしまうこと になる。 プレーリー 僕にとっての中西部とは、小麦畑とか大平原とか失われたスウ = ーデン人の町とか、 そんなものではなく、若き日のわくわくする帰省列車であり、凍りつく夜の街灯や橇 の鈴音であり、明かりのともった窓から雪の上に投しられたヒイラギの飾り輪の影で ある。僕という人間もその一部だ。長い冬が性格にもしみついて、おおむね生真面目 であり、キャラウェイ家の中で育ったおかげで ( この街では家屋はいまだに、そこに そり

3. グレート・ギャツビー

89 第三章 題がある ? それのどこがいけない ? 」 彼は僕の手から本をひったくると、急いでそれを棚の元の場所に戻した。煉瓦のひ ライプラリ とつでも取り去ったら、図書室そのものが一挙に崩壊しかねないからな、というよう なことをもそもそとつぶやきながら。 「君は誰にここに連れてこられたんだね ? と彼は問いただした。「それとも、自分 でやってきたのかね ? 私は連れてこられたんだ。ここにいるおおかたの人間は、誰 かに連れてこられたわけだがね」 ジョーダンは如才なく、にこやかに彼の顔を見ていた。しかし返事はしなかった。 「私はローズヴェルトという女性に連れてこられた」と彼は続けた。「ミセス・クロ ド・ロースヴェレト。。 こ存じかな ? 彼女には昨日の夜、どっかで出会った。私は これでもうかれこれ一週間、すっと酔っぱらいつばなしだ。図書室に座っていたら酔 いが醒めるかもしれんと思ったんだが」 「醒めました ? まだ一時間しかここにいないからな。本の話 「まあいくらかはね。定かではないが。 はしたつけね ? 本物の書物だよ。どれもー・ー」 「本の話はうかがいました」

4. グレート・ギャツビー

202 式をあげることたった。五年の歳月などなかったように。 「ところが彼女にはそれがわからないんだ」とギャッビ】は絶望的な声で言った。 「前にはちゃんとわかっていたんだ。私たちは何時間も話し合ってーー」 彼はそこで言葉を詰まらせ、すっかり汚くなった小径を歩いて行ったり来たりした。 地面には果物の皮や、捨てられたペー トや、踏みつけられた花がちらばっ ていた。 「彼女にあまり多くを要求しない方がいいんしゃないかな」と僕は思い切って言って みた。「過去を再現することなんてできないんだから」 「過去を再現できないって ! 」、 いったい何を言うんたという風に彼は叫んだ。「でき ないわけがないしゃないか ! 」 彼は周囲をさっと見回した。まるで彼の屋敷の影の中に、もう少し手を伸ばせば届 きそうなところに、過去がこっそり潜んでいるのではないかというように。 「すべてを昔のままに戻してみせるさ」と彼は言い、決意を込めて頷いた。「彼女も わかってくれるはすだ」 ギャッビーは過去について能弁に語った。この男は何かを回復したがっているのだ と、僕にもだんだんわかってきた。おそらくそれは彼という人間の理念のようなもの

5. グレート・ギャツビー

194 「こんなにたくさんの有名人に会ったのは初めて ! 」とディジーは叫んだ。「あの人 のこと好きになったな なんていう名前だっけーー青つぼい鼻の人 ギャッビ ] は名前を教えた。そして小物の。フロデューサ ] だと説明した。 「あら、でもなかなかいい人だったわ」 「僕はポロ選手にされない方がありがたかった」とトムは満更でもなさそうに言った。 「こういう人々をできることなら、なんというか、忘却の淵に置かれた人間として目 にしたかったからね ディジーとギャッビーは踊った。彼が優雅に昔風のフォックストロットを踊るのを 目にしてちょっとびつくりしたことを覚えている。彼が踊るのをそれまで見たことが なかったのだ。それから二人はそそろ歩きして僕の家にやってきて、半時間ばかりう ちの玄関の階段に座っていた。そのあいだ僕は彼女の求めに応して、庭に残ってまわ りに目を配っていた。「火事か洪水が起こるかもしれないしゃないと彼女は僕に説 明した。「何かそういう天災に類することがね」 僕らが腰を下ろしてタ食をとろうとしているところに、トムがその忘却の淵から姿 「なか を現した。「あっちのテ ] ブルで食事をしてもかまわないかな」と彼は言った。 なか愉快な話をするやつがいてね」

6. グレート・ギャツビー

190 スローン氏は彼女に何かそっと耳打ちした。 「今出発すれば、ちゃんと時間に間に合うわ . 。と彼女ははっきり声に出した。 「私は馬を持ってないんです」とギャッビーは言った。「軍隊では乗っていたんだけ ど、自分で買ったことはありません。ですから車であとからついていかなくちゃなり ません。ちょっとお待ちいただけますか ? 」 残された我々はポーチに出た。スロ ] ンと女性は離れたところで何やら熱くなって 言い合っていた。 「ただのお愛想で 「やれやれ、あいつほんとうに来るみたいだな」とトムは言った。 誘ってるってことがわからんのかな」 「彼女は本気で来てほしがっているみたいだよ」 ーティーを彼女は催すんだが、あいつの知っている人間なんそ 「でかいディナー・ そこには一人もいないぜ」。彼は眉をしかめた。「あの男はいったいどこでディジー に会ったのかな。まったくの話、俺の考え方は旧弊にすぎるのかもしれんが、近頃の 女たちはやたらあちこち遊び歩いている。俺はそういうのがどうも気に人らないんだ。 どこの馬の骨とも知れんやっと知り合ったりしてな」 唐突にスローン氏と女性が階段を降りて、馬に乗った。

7. グレート・ギャツビー

289 第八章 彼は終始徒歩で移動しており、その足取りは後になってポート・ロ ] ズヴェルトま で、それからギャッズ・ヒルまで辿ることができた。そこで彼はサンドイッチとカッ 。フのコーヒーを買い求めたが、サンドイッチには手をつけなかった。たふん疲れきっ て、それほど速く歩くことができなかったのだろう。ギャッズ・ヒルに着いたときに は、もうお昼になっていた。そこまでの経路をつかむのはむすかしくなかった。「頭 がヘンテコみたいな」男の姿を、何人かの子供たちが目にしている。車を運転してい るとき、道ばたから彼に妙な目つきでじっと見られた人々が何人かいた。しかしその あとの三時間ばかり、彼の姿は誰にも目撃されていない。「そいつを見つけ出す手だ てが俺にはある」と、ウイルソンがミカエリスにきつばりと衄っていたことから、言 察は彼が修理工場から修理工場へと、黄色い車の行方を訊いてまわったのだろうと推 測した。しかしながらウイルソンらしき男の姿を見かけたという修理工場の人間は、 一人も現れなかった。ウイルソンはたぶん、自分が知りたいことを知るための、もっ と手つ取り早く確実な方法を知っていたに違いない。二時半には彼はウエスト・エッ グにいて、ギャッビーの家までの道筋を誰かに尋ねていた。つまりその時点で既に彼 はギャッビーの名前をつかんでいたのだ。

8. グレート・ギャツビー

112 「みんな、私の行く手からうまくさっとどいてくれるわけ」と彼女は言い張った。 「要するに、誰かと誰かがぶつからなきや、事故なんて起きないわけでしよう」 「しゃあもし君が、君と同じくらい不注意な人間に出くわしたとしたら、そのときは どうなるんだろう ? 」 「私としちゃ、そういうことが起こらないことを願うのみね」と彼女は答えた。「不 注意な人たちっていけ好かない。あなたのことが好きなのは、だからよね」 彼女の灰色の、太陽に褪せた瞳はまっすぐ前方を見据えていた。それでも彼女は意 図的に我々の関係を一歩前進させたので、少しのあいだ僕は、自分が彼女を愛してい たち ると思いこんだ。ただ僕はものを考えるのにいちいち時間がかかる性格だし、欲望に 歯止めをかけてくれるいくつかの規則を後生大事に抱え込んでいる。そして何はとも あれ、故郷に残してきたしがらみをますきれいにしておかなくてはならない、 とい一つ ことも承知していた。僕は週に一度はその娘に手紙を書いていたし、末尾には「ラ。フ、 ニック」と記していた。でも僕が彼女について覚えているのは、テニスをしていると くちひげ き、上唇にうっすらとしたロ髭みたいな汗が浮かんだ、ということくらいだった。し かしそれでもなお、我々のあいだには問わず語らすの約束のようなものがあったので、 自由の身で行動するためには、それをいったん解消しておかなくてはならなかった。

9. グレート・ギャツビー

101 第三章 し彼女は握手をするために、そこで少しぐずぐすしていた。 「信じられないような面白い話を聞いたの」と彼女は僕に耳打ちをした。「私たちあ そこにどれくらいの時間いたのかしら ? 」 「そうだな、一時間くらいかな」 「まったく : : 信じられないような話」と彼女は心ここにあらすという様子で繰り返 した。「でも誰にも話さないって約束したから、これしゃあなたをしらしていること になるのかな」。彼女は僕の目の前で優雅にあくびをした。「そのうちに私に会いに来 ミセス・シガニー・ ハワードって名前で : : : うちの叔母 : て : : : 電話帳・・ 女はそんなことをしゃべりながら、急ぎ足で立ち去っていった。その日焼けした手を さっそうと振って、僕に別れの挨拶を送り、玄関で待っていたグルー。フに合流した。 招かれたのは初めてなのに、すいぶん長居をしてしまったことを少々きまり悪く思 いつつ、ギャッビーのまわりを囲んでいる最後の客たちの中に加わった。ここに来た 早々に彼の姿を探したのだが、見つけられなかった事情を説明し、庭園で出会ったと きに彼がギャッビーその人であると気づかなかった非礼を、ひとこと詫びておきたか ったのだ。 「そんな気遣いは無用です」と彼はほとんど命令するみたいに言った。 「たいしたこ

10. グレート・ギャツビー

159 第五章 や、どうして私ひとりだけで来なくちゃならないの ? 」 「それは言わぬが花っていうやつだね。運転手にどこか遠くに行って、一時間ばかり 暇を潰してくるように言ってくれないか」 ファ ] 一アイ ー」、それから真面目な声 「一時間ほどたったら迎えに来てちょうだい、 でこそっと囁いた。「ファ ] ディーっていう名前なの」 「彼は、ガソリンのせい鼻がきかなくなっている ? 「そんなことないと思うけど、どうして ? 」と彼女は無邪気な顔で尋ねた。 僕らは中に入った。居間はもぬけのからだったので、僕はびつくりしてしまった。 「あれ、おかしいな」と思わす声を上げた。 「何がおかしいの ? 」 玄関のドアに軽い、しかしかしこまったノックの音が聞こえたので、彼女は後ろを 振り向いた。僕はそちらに行って、ドアを開けた。ギャッビ ] が文字どおり顔面蒼白 で、両手を上着のポケットに重りみたいに突っ込み、切羽詰まった目で僕をしっと睨 みつけながら、水たまりの中に立っていた。 上着のポケットに両手を突っ込んだままのかっこうで、彼は僕のわきをのっそりと 抜けて玄関に入り、まるで操り糸に引かれるみたいに鋭く身体の向きを変え、居間の