パスタマシーン - みる会図書館


検索対象: パスタマシーンの幽霊
14件見つかりました。

1. パスタマシーンの幽霊

「ばあちゃん、死んだあとにときどき出て来て、。 ( スタ打ってたんだ。この部屋で」 このパスタマシーンを手に人れたんだ」隆司は説明しは 「ばあちゃんはさ、死ぬちょっと前に、 じめた。 、スタはめん棒 「ばあちゃん」は、蕎麦も打ったし、餃子の皮も手作りしたし、パンも焼いた。ノ を使って作っていたけれど、念願の。ハスタマシーンを孫たちからクリスマスにプレゼントしても ームの生パスタを、毎日作りに作ったのだという。 らってからは、トマトやジェノベーゼやクリ 「でも、そのあと、すぐに死んじゃった」油がいけなかったのかも。ただでさえ太っていて高血 圧だったのに、ほら。ハスタって、けっこう油、使うでしよ。 ハスタ食べるダイエットがあるじゃん」あたしが一言うと、隆司 「地中海式ダイエットとかいう、 は首をかしげこ。 「ばあちゃん」の形見分けで、隆司はこたっとパスタマシーンをもらった。そして、 「死んだ次の次の月に、ばあちゃん、出てきた」というわけなのだった。 とって あたしは隆司の話を信じるつもりはなかったが、把手がきゅっという小さな音をたてて廻るの を見た一瞬、「ばあちゃん」の影がそのへんをすう「とよぎ「たような感じがしてしま 0 た。気 のせいに、ちがいなかったけれど。 ギョウザ ノヾスタマシーンの幽霊 .

2. パスタマシーンの幽霊

お金がないので、やめた。 「帰る」 隆司の部屋にもう一度戻る予定だ。たのだけれど、なんだか急にあの部屋に行きたくなくな。 て、あたしは言った。 「そ、つ ? 」 隆司は止めなかった。駅に向かって一人で歩きながら、あたしはなぜだかぶるっと体を震わせ た。夕飯を食べてコーヒーを飲んで、じゅうぶん体は暖まっていたはずなのに。 しばらく隆司と会。てないな、とあたしは思 0 た。給料日前でお金がないからかもしれなか。 . し う時、料理の作れる女だったら、安い材料を買ってせっせと隆司の部屋で「気のきい を作ったりするに ハエリアと同じくらい、あたしにとっては難しい たありあわせ料理」 ちがいない。 隆司の方からも連絡がなかった。ときどきあたしは怖くなった。 このままなんとなく隆司と会わないようになっちゃったら、どうしよう、って。 料理ができないのがいけないんだ。 あたしは突然思った。それで、料理の修業を始めた。 パスタマシーンの幽霊

3. パスタマシーンの幽霊

いくらあたしが身を人れたいと思っても、仕事は 仕事に身を人れようとしてみたりしたけれど、 仕事だから、こっちの都合には合わせてくれない。 恋人だって、おんなしよ。こっちの都合に合わせてなんて、くれないよ。 というのは、「ばあちゃん」の言葉。 「ばあちゃん」があたしのところに出るようになったのは、隆司と会わなくなってから半年後 きた だった。あんたのこと、気に人ったから。隆司より、鍛えがいがありそうだから。そんなふうに 言いながら、「ばあちゃん」はあらわれた。 あたしはたまげた。それから、すぐに慣れた。 このごろあたしはばあちゃんの指導よろしきを得て、少し料理ができるようになった。 「今にパエリア女になってやる」 あたしが言うと、「ばあちゃん」は人さし指を立てて、チッチッチッと非難する。料理自慢の 女なんて、ロクなもんじゃないよ。 あたしは今もときどき隆司のことを考える。いっかまた、より、戻るかな。「ばあちゃん」も いることだし。そんなふうに思う。でもやつばり、もう二度と隆司と恋人の関係になることはな いだろ、つ。 「ばあちゃん」は、このままずっと出つづけるのかな。ちょっとこわくなる。でもきっといっか、 隆司に見切りをつけたようにあたしにも見切りをつけて、「ばあちゃん」は、簡単に去ってしま パスタマシーンの幽霊

4. パスタマシーンの幽霊

もその「ごまかし気配」を、ちゃんとあたしに悟らせるようにうまく雰囲気を作って。 「ごまかし気配悟らせ」がうまくいった証拠に、あの日、あたしは隆司の部屋に戻りたくなく なったではないか。 「ロ八丁男め」あたしは毒づいた。 あたしは主婦向け雑誌を、古新聞の下に乱暴に押しこんだ。隆司にもらったこまごましたプレ ゼントの類をゴミ用の袋に放りこんで、ロをぎゅっと結んだ。隆司の写真はまとめて封筒にしま クローゼットの奥に隠した。 それから、携帯電話の隆司の名前を消去しようとした。でも、できなかった。 「ばあちゃん、助けて」 あたしは苦しまぎれに呼びかけた。でももちろん「ばあちゃん」は、助けてくれなかった。 最後にあたしは、がっちり決意をかためて、隆司の部屋を訪ねた。プレゼントの人ったゴミ袋 と、隆司の写真の人った封筒と、ケチャップのチュープを一本持って。 「たのもう」 そう言いながら、あたしは合鍵でドアを開けた。 隆司が、いた。古びた e シャツを着て、一人でカップ麺を食べている最中だった。土曜日の午 後だし、在宅しているとしたら絶対に。 ( エリア女がいると思っていたから、あたしは拍子抜けし パスタマシーンの幽霊

5. パスタマシーンの幽霊

あたしは隆司の顔をまじまじと見た。無表情だ。 「このごろの猫って、ほら、お手伝いさんとかして働くみたいだし」 あたしは笑わなかった。隆司は一瞬だけ笑って、それから「しまった」という表情になった。 あたしは率直なうえに、怒りつぼいのだ。 あたしと隆司は、あたしが棚から出してきたパスタマシーンをはさんで、こたつの両側に座っ ていた。マシーンにあたしの顔が映っていた。頭のてつべんの方がびしやげて、反対に、鼻と頬 のへんはぶわっと広がっている。 「女なんでしよ」 あたしは聞いた。なにしろ率直だから。隆司は答えなかった。 「。ハエリアとか、土鍋で作っちゃうような」 あたしは続けた。 女性誌とかの料理ページには、何カ月かに必ず一回は。ハエリアが登場する、というのがあたし の持論だ。黒くてとがった貝や大きな海老がいつばい人っている、黄色いスペインごはん。パ工 リアなんていう複雑そうなものを作るのは、料理自慢の女に決まってる。そのうえ、たしかパ工 リアは「パエリア鍋」とかいうものを使ってつくるはずなのに , ーー炊飯器を使ってあたしがお米 を炊くよ、つに 世の中には、そのへんのありあわせの土鍋とかフライバンで、ささっと。ハエ ノヾスタマシーンの幽霊

6. パスタマシーンの幽霊

/ ヾ I S B N 9 7 8 ー 4 ー 8 5 8 7 ー 2 1 0 0 ー 9 9 7 8 4 8 5 8 7 2 1 0 0 9 C 0 0 9 5 \ 1 4 0 0 E 定価Ⅱ住 1400 円 ] ( 税別 ) ハスタマ、ン 1 9 2 0 0 9 5 0 1 4 0 0 7 ン の霊 弘美 ーンの幽霊 川上弘美 マガ。 ンノ \ ウス

7. パスタマシーンの幽霊

頼りにしていた恵一の英語だったけれど、これがショッビングにはほとんど役に立たないの それではと、第二外国語で少しは勉強したはずのフランス語をあたしの方が試みてみたが、こ ちらもぜんぜんだめだった。 リの店員たちは、まことに正しい発音のまことに正しい並び順のフランス語でないと、言葉 とみなしてくれないのだ。 おおぎよう 結局、「メルシ」と「シルヴプレ」と指さし動作と大仰な笑い顔で、あたしはなんとか何枚か の服やバッグを手に人れることができたのだけれど、数軒のお店をまわってホテルに帰るだけで、 ぐったりしてしまうのだった。 午後に恵一と一緒に行く約束をしていた美術館行きの半分以上を、あたしはパスしてしまった。 しかたなく、恵一は一人で出かけていった。その間、あたしはぐっすりと昼寝をして、夜の食事 にそなえるのだった。 しさカ ノ 丿の最後の晩に、あたしは恵一と小さな諍いをした。 スープを食べる時に、恵一が音をたてたのだ。 あたしは注意した。 、、こっこ 0 236

8. パスタマシーンの幽霊

スタマ、 の マわジンつス

9. パスタマシーンの幽霊

、、こっこ 0 「おかえり」 という声がした。居間に人ってゆくと、父が一人でテレビを見ていた。 「おかあさんは」 「風呂」 ーシャルは、中林さんの会社 父は一一 = ロい、 リモコンを持ってチャンネルを変えた。うつったコマ でつくっている乗用車のものだった。大きな大を後部座席に乗せた夫婦が、森の中へ車を走らせ てゆこうとしている。 「なんだ杏、大、飼いたいのか」 父に聞かれて、あたしは顔を上げた。くいいるように、あたしはコマ いいね」 あたしは少し裏がえった声で答えた。父は肩をすくめた。お風呂、つづけて人っちゃってー お風呂場の方から母の声がした。 あたしは声を高めて答える。コマーシャルは終わって、日曜ドラマが始まった。ばゝ だ、ほんとに。かみしめるように思いながら、あたしは廊下をゆっくりと歩いていった。 中林さんのことを、あたしは、ほんとうに好きだった。 ーシャルを見ていたの 106

10. パスタマシーンの幽霊

危ないな、と思った。 それが一時間ほど前のことで、あんのじよう、わたしは今ホテルにいる。 「さよちゃん、好きだよ」 と、桂木くんが言っている。 うれしい、と、わたしは思う。それから、心をこめて桂木くんを抱きしめる。ていねいにキス をする。服をゆっくりと脱ぐ ( 一部は、脱がされる ) 。桂木くんの動きにできるだけ添うよう、 こころがける。声も、出してみたりする。 ホテルを出たのは明けがただった。 「着替えに帰らないとね」 桂木くんは言い、わたしと手をつないだままホテルを出た。始発から三本目の電車に乗り、桂 木くんが先に降りた。わたしはもう少し先の乗りかえ駅まで行き、そこで私鉄に乗りかえるのだ。 銀の万年筆