あらゆる虐待を受けてきた女子生徒 「さっき保健室に来ていた子たちの中に、例の、虐待を受けてきた女子がいたんです。他 にも生徒がいたのでその場で言えなかったんですけど」 2011 年 2 月の、梅の花がほころぶ頃。 東京東部の区立中学の保健室を初めて訪ねた私は、生徒の殺到した休み時間が過ぎた後、 養護教諭の長谷川恵先生にそう切り出されて面食らった。「例の」というのは、その子に 会いたくて取材をお願いしたからだ。 えつ、それらしき子なんていたかな、というのが率直な感想だった。取材ノートをめく りながら必死に思い返す。 って言って突っ伏していた子、ですか ? 」 「家も学校も楽しいことなんて何もない、 「その子は違う子ですね。二人組で来ていたんですけど」 そう言われてみればいた。「湿布貼って」と来たはずなのに、付き添いの大柄な子に笑 わせられ、抱きついてはしゃぐ小柄な子が。中学生にしては小さすぎる気がしてくる。 「ああ、あの小さな子ですか」
いじめ問題はこれで決着がっき、タケシタさんはその後、それまでより学校へ来られる よ、つになっていった。 ヤノさんの後日談がある。 卒業間際のこと、ヤノさんが「母親に虐待された」と近所の人へ相談し、学校へ連れ立 ってきたことがあったという。 3 年担当の教師が、公的な相談機関へと連絡した。 しかし、そのことを知った母親は「そんな事実はない」と激高。虐待の証拠もなく、結 局は本人が訴えを取り下げたので、真相はわからない。たまたま不在だった本田先生は、 後になってそのことを知らされた。 困った子は困っている子 養護教諭がよく口にする言葉に、「困った子は困っている子」というものがある。 教師からみて問題行動の多い「困った子」は、見方を変えると、様々な困難を抱えて助 けを必要としている「困っている子」である、というような意味だ。 おそらくネットいじめにのめり込んだヤノさんも、「困っている子」の一人だったので はないか、と思う 67 第 1 章いまどきの保健室の光景
配になるような子もいない。 だが、家庭状況に目をこらせば、「立派な分譲マンションに住んでいる家庭もあれば、 崩れ落ちそうな安アパートの家庭もある」。つまり貧富が混在しているのだ。 その差はわかりやすく学力差に直結しているという。さらに話題が合わないために、友 人関係も分離していくという。 学校の管理職にマスク依存の多さを聞くと、「自信のなさの表れでしよう。顔をさらす のが怖いんでしようね。育ちに由来して、自尊感情の低い子が多いと感じます」と分析し てくれた。 「育ち」が指すのは、必すしも貧困とイコールというわけではない。貧しくなくても、 様々な理由から自信がなくてマスクで顔を覆う子はいる。 もっとも、そういう子はわざわざ登校時に顔をさらしたりせす、自宅から気に入ったも のを装着してくることができる。 一方、登校してすぐ保健室にマスクをもらいに来るのは、貧困が絡んで自尊感情の低い 子か多いようだ。 学校が格差を感じざるを得ない場になっている以上、家庭環境にハンデのある子にとっ
「いやー、その子と一緒に来ていた大きな子のほうです」 見事に予想が外れた。長谷川先生は苦笑しながら言った。 「わかりませんよね。あの子、相葉さんは、もし保健室で家のことを打ち明けていなかっ たら、性格はいいし、勉強は平均よりできないけど理解力はあるしで、そんなに問題があ ると思われずに卒業していった子だろうから」 虐待は見ようとしなければ見えないものだ、という当たり前のことを痛感する。見よう とした時に、安易な先入観を持ってはいけないということも。ケガした友達を笑わせるよ うな明るい子は違うだろう、と思い込みがあったことは否めない。 これが、当時高校受験を控えた中学 3 年生の、相葉萌さんとの出会いだった。 児童虐待防止法は、児童虐待の定義として、身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、ネグ レクトという四つのタイプを示している。相葉さんは、それらすべてのタイプの虐待を経 験している子だと、長谷川先生から聞いていた。 いうなれば「虐待の家」で暮らす子だ。にわかには信じたくないような気持ちと、そん な難しい背景を持っ子に保健室はどう関わっているんだろうという関心があった。 相葉さんには、受験が終わった後、家庭や保健室でのことについて、当事者として話を 71 第 2 章虐待の家から出された SOS
この学校で「ウソつき」という一一一口葉を聞いたのは、彼女のことだけではない。 やはりよく早退したがる 2 年男子も、テストや宿題の出ているタイミングでそうなるの で、学年の教師たちが口を揃えて「サポり」「ウソつき」と評しているという。 この男子は、やがて学校に来なくなり、しばらくするとフリ 1 スクールへと転校してい った。 「保健室に来るのは先生たちからあまり良く思われていない子が多いですね」と、本田先 生が言ったことがあった。 学年の相談役の教師に受け止めてもらえなかった子が、さらに保健室にも行ってはいけ ないと言われてしまったらどうなるのでしよう、と聞く。 「そういう子が不登校になっちゃうのかな」と、本田先生はつぶやいた。全校で幻人ほど、 多いクラスだと人中 3 人が不登校だという。 この学校の学力調査の結果は優秀だ。勉強のできる子だけでなく、できない子の底上げ にも力を注いでいるというから、教師たちの学力向上への熱意が大きく寄与しているのは 確かだろう。 ただ留意する必要があるのは、この結果には、テストを受けることのできない不登校の 61 第 1 章いまどきの保健室の光景
「やっと帰れるよ。あー、地獄だった」「帰れて天国だな。でも家は牢獄だ」 そんなつぶやきを残して彼が去ると、高崎先生が耳打ちしてきた。 「あの子はテストがまったくの白紙なの」 つまりは、全教科 0 占 ~ とい、つことだ。 血のつながっていない父親は「母親のしつけが悪い」「怠けている」と責め立てるらし ) 0 牢獄という一一一一口葉は、この辺から出てきたようだ。母親は病院へ連れていったのだが、 医師は一瞥しただけで「この子をおかしいと言う親がおかしい」と相手にしてくれなかっ たのだという 高崎先生は言、つ。 「たぶん、テストの問題の意味が理解できないのでしよう。よく見れば自分の話したいこ とだけ話していて、受け答えがまったく噛み合っていないことも多いから。でもちょっと 接しただけでは、学年で一番学力のある子よりも気がきくし、プライドが高い。だから周 りに実力を知られたくなくて、できないのではなく書かないだけのように見せていると思 えるんです」 ほら、さっきの子も : : : ともう一人挙げたのは、のどがかわいたと言ってやってきて高
だと思う。だから手のかけ方はそれぞれ川だったり 5 だったり、極端に言えば 0 でも大丈 夫な子だっている。皆に同じことをやるのが平等だという養護教諭もいるけど、子どもに 応じて動かないと心の安定は望めないし、自己満足に過ぎなくなる」 そのなかで保健室登校の子は、最大限手をかける必要のある子、という位置づけなのだ A 」い、つ 二つ目は、たくさんの人の手をかけられるようにすること。 柳先生は「そのコーディネートをするのが養護教諭の役目」と言い切る。 「不登校や保健室登校の子って自尊感情が低くなっていて、それをいかに高めてやるかと いうことなんだけど、同じ褒めるにしても、いつも私に褒められるより、違う人が来てす ごいねって言われればモチベーションも上がるじゃないですか」 結衣さんの保健室登校の歩みにも、柳先生の「子どもに応じて手のかけ方を変える」 「たくさんの人の手をかける」という理念が詰まっていた。 突然の発作とリストカット 柳先生がこの学校に着任したのは、結衣さんが 2 年生になった春。同僚からの引き継ぎ 122
また、それでなくとも地域の絆が希薄になったといわれる昨今だが、生活に追われてい る家庭だとなおさら親が地域とつながる余裕はなく、子もまた孤立しやすい いうなれば「つながりの貧困」が生じる。 こうした子どもたちのすがった先が、保健室だというのだ。副校長は一言う。 「従来は学校ではなく、家庭や地域が担っていた役割だったけど、それがなくなってきた ので、保健室が最後の拠り所になっているんです。否定されない、評価されない、生きて いるだけで大丈夫と言ってくれるところってそうはないから」 以前であれば家庭でなされていたようなものを含め、養護教諭を相談相手に選ぶ子が増 えている背景には、こうしたつながりの貧困があるようだ。 親に迷惑をかけたくない 親に気を遣う子が増えている、というのは行く先々の保健室で聞いた話だった。 第 1 章で「マスクを買って」と言い出せない子のエピソ 1 ドを紹介した。「親の仕事の邪 魔になるから、どんなに具合が悪くても早退できない」という話はごくありふれたものだ。 土曜日にケガしたのを親に一一一口えず、月曜日に登校してから養護教諭に相談し、病院に連 212
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崎先生と二言三言かわした同学年の男子のことだった。良くも悪くも印象に残らないよう な普通の中学生だ。 「彼も、一見普通に会話ができている。でも校外学習の時におみやげは幾らまでと言われ ても、足し算がまったくできないから、欲しいものをどんどんカゴに入れちゃって、周り の子がフォロ 1 するしかなかった。英語にしてもアルファベットを覚えるどころじゃない し、高校に行ってもまずついていけないですよね」 彼らは勉強がつらくなると体の不調が表れ、保健室に避難する。マキ君は不調を訴える かわりにマスクを取りにくる。 高崎先生は、保健室から追い返したら行き場がなくなってしまう子たちだと見ている。 それは校内だけでなく、家庭や地域といった校外も含めてのことだ。 文科省が 2012 年に実施した調査によると、公立の小中学校の通常学級にいる児童生 徒のうち、発達障害の可能性があり、特別な教育的支援を必要とする子の率は約 6 ・ 5 % だという。その中には彼らのように、そもそも保護者らが理解に努めないまま、宙ぶらり んになっている子もいるのだ。 高校受験が迫ると、マキ君はいっそう落ち着きをなくして教室に寄り付かなくなり、警 27 第 1 章いまどきの保健室の光景