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検索対象: ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル
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1. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

かいつまんで説明すると、人間がどうやって自分の性になっていくのか、生まれる前の 遺伝子の段階から追っていこうというものだ。生物の知識が必要な小難しい話のようだが、 白澤さんが「男の子が男の子になるには、四つの関門をくぐるんだよ」と子どもたちに語 りかけると、「えーっ」と興味津々になるのだそうだ。 心と体の性のあり方が定まるのにとりわけ重要な働きをするのが、男性ホルモンと女性 ホルモンだという。人間の一生をかけてスプーン 1 杯程度しか出ず、ほんのわずかなさじ 加減で個性が左右される。さらに、男性でも女性ホルモンを、女性でも男性ホルモンを持解 ン っている シ 「つまり 100 % の女性も、 100 % の男性もいない。ホルモンの出方が人それぞれの味 デ になってるわけで、個性だからみんな違って色々なんだ。だから、性は男女の二つに分か れているものじゃなくてグラデーションなんだよ。そう話すと、子どもたちはすごく納得 性 するんです」 章 頭の柔らかい、っちにこ、つい、つ話を聞くと、性のグラデーションのなかにあるを 第 「そういう子もいるんだな」と違和感なく受け入れられるのだという この話を聞いた後日、いまさらながら気づいたことがあった。

2. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

理解してくれていると思えす、その状況を変えたかった。 担任に提出する作文には、性のことやいじめについて繰り返し書いた という思いがあったんです。いじめられて 「他の子には私みたいに苦しんでほしくない、 いる子がいたら守ってほしいし、相談に乗ってほしいし、助けてほしいと」 偏見と闘っていく情熱 当時、寺田さんが書いた作文に、「私が思う性同一性、同性愛について」という題のも のがある。引用すると次のような内容だ。 「ばくは、自分自身のことをク私ッと呼ぶことが多い。それは、自分自身が生きやすいか らです。 私は、保育園の頃から女の子になりたいと思っていました。私自身の中で男性として生 きていくより女性として生きる方が生きやすいというのがこの頃からありました。 しかし、その生き方を自分がマネて生活すると、クオカマククゲイとバカにされ、暴力 も振るわれることがありました。 187 第 4 章性はグラデーションなんだ

3. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

「女の子と話すだけで、男子から『お前何話してんだよ』と言われるので、身動きが取れ なくて辛かったですね。これまでみたいに女の子の話し一一一口葉や仕草をしたらいじめの標的 にされるなと感じて、ひた隠しにして頑張ったけど、誰とも話が合わなくて。どうしてい いのかわからなかった」 人と話す時の一人称も「私」から「自分」に変えた。実はこの取材時も、寺田さんは最 初のうち「自分」と言っている。それが「私」に切り替わったのは、会ってから 2 時間は 経ってからだった。中学入学以来、こうして気を遣ってきたのだろう。 入学から 3 ヶ月ほどして、クラスメイトとそれなりに打ち解けた頃、寺田さんは賭けに 出る。本当のことを言えば楽になるかもしれないと思い、クラスの男子と雑談している最 中に、「男性が好きなの」とカミングアウトしたのだ。 だが、淡い期待は一瞬で打ち砕かれる。 「やつばり受け入れてはもらえなかったです。それが引き金となって、『何こいつ、気持 ち悪い』『オカマじゃん』と馬鹿にされるよ、つになりました」 男子のからかいがいじめに発展するのに、時間はかからなかった。 挨拶代わりに「死ね」と言われ、腕を殴られて肩が上がらなくなるのは日常茶飯事。右 173 第 4 章性はグラデーションなんだ

4. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

を砕いた 「あなたは汚い人間なんかじゃないよ。人はありのまま、自分らしく、堂々と生きる権利 がある。それを人権っていうんだよ。素敵な恋愛だってしていいんだよ」と言い聞かせる 白澤さんに、彼女は涙ぐみながらうなすいたとい、つ 検査の結果は、幸い陰性だった。彼女はユリの絵と手紙を託して卒業していった。丁寧 な字で綴られた手紙には「私にとって中 3 の日々は忘れ難いものでした。これからは、後 ろではなく、真っすぐ前を見て歩いていきたいです」とあった。 白澤さんは以来、この絵と手紙を大事にしてきたのだ。 もう 1 枚は、このユリの絵の隣に飾られている。女の子が目を閉じて両手を広げている、 少女マンガつほい可愛らしいタッチの絵だ。 2000 年代前半に中学生だった男子が描い : いるいみ : : : あるのか たそうだ。絵の女の子の口元は笑っているようだが、「私って : : ? 」とちょっとドキッとするような一一一一口葉が添えられている。 男子、と書いたが、その作者は、白澤さんによると「女性の心を持っていたと思います」。 その生徒は、教室では「僕」と言っていたが、保健室で話す時は自然と「私」になってい 161 第 4 章性はグラデーションなんだ

5. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

白澤さんは、寺田さんのことを「寺田さん」と呼ぶ。「寺田君」ではない。 さんの中学時代からなのだろうか。 さっそく電話して尋ねると、白澤さんはさらりと答えてくれた。 「私は性教育を学んでからずっと、男の子も女の子も『さん』で呼びます。『君』はちょ っと下に見てる気がしてねえ。子どもといえども、人格を持った一人の人間ですから」 私はてつきり、性別違和感を持っ子への配慮として「さん」付けで呼んでいるのかと思 っていた。ところが実際は、すべての子どもを尊重するためだというのだ。白澤さんらし い話に嬉しくなった。 性のあり方は、その人のすべてではない。あくまで個性の一つだ。だから白澤さんは寺 田さんと接するうえで、であることと同じように、歌が好きという個性も大事に しているし、応援している。 こうやって白澤さんは、誰が相手でも、自分らしく生きられるように尊重しあう関係を 築いてきたのだな、と思う。そんな白澤さんの保健室だからこそ、性のグラデーションの どこにいる子どもにもきっと「陽だまり」となるのだろ、つ。 O - 出 16 08617 ー 601 これは寺田 202

6. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

や、白澤さんに借りた本から得た知識をまとめたプリントを作って、教職員に配りはじめ たことを指している。 2 年生の終わり、 3 月に発行したプリントは、「私は性同一性障害で悩みました」とい う書き出しで始まる。「おネ工系タレント」プームが起こる一方、性同一性障害への理解 と訴 が進んでいるとは一言えないので、悩んでいる人の立場になって一緒に考えてほしい、 えている。 寺田さんがプリントの原本を書き上げると、白澤さんは目を通して一緒に修正したり、 配布する人数分のコピーをとってくれたりとサポートした。 「白澤先生は、偏見と闘っていく情熱を応援してくれました」と、寺田さんは懐かしむ。 その 3 月で白澤さんは定年を迎えたが、すでに「川中島の保健室」を開くことが決まっ ていたため、縁が切れることはなかった。 さらに寺田さんが恵まれていたのは、お母さんのようだという白澤さんと並び「お姉さ んみたい」と慕っていた筧先生が、 3 年生になっても残っていたことだ。 寺田さんにとって保健室が貴重な居場所であることは揺るがなかった。 189 第 4 章性はグラデーションなんだ

7. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

殺につながる。心を否定することは、その人の本質を否定することになってしまうからだ。 「お父さんに女の人になりたいと言ったら怒られちゃった」「メーク道具捨てられちゃっ た」と日々落ち込んだり嘆いたりする寺田さんに、白澤さんは「わかってもらいたいよ ね」と慰めた。 白澤さんから寺田さんの父親に電話をかけることにした。 白澤さんによると、寺田さんの父親との電話は、時間にして分ほど。ます、性自認や 性的指向は「治る」とか「治す」ものではないことを、丁寧に説明した。 父親は静かに聞いた後、「息子は学校ではどんな様子ですか」と尋ねた。白澤さんが 「いろんなところで気を遣っているので、生きづらい面があると思います。寺田さんが自 分らしく生きられる方法を一緒に探していきましよう」と言うと、父親は「わかりまし た」と答えた。電話越しには落ち着いた様子だったという。 寺田さんが見たその日の父親の印象は、だいぶ異なる。 「電話の後、怒っていたんです。男手一つで育ててきたわが子を性同一性障害のように言 われるのは嫌だって」 寺田さんは電話でどんなやりとりがあったのか、このとき私が伝えるまでよく知らなか 183 第 4 章性はグラデーションなんだ

8. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

この日を含めて、寺田さんは 3 日間、保健室登校をした。 なせ 3 日間だけ、という私の問いかけに、寺田さんは「その時も担任の先生が : 表情を曇らせた。 最初の日、担任は寺田さんに「いじめをした子たちが謝りたいと言ってるから、明日の 朝は必す教室に来いよ」と言った。その頃の寺田さんは毎晩べッドの中で朝が来ないこと を祈り、遅刻する日々だった。 翌朝、這いするようにして学校へ向かったが、やはり遅刻してしまった。担任はすごい 剣幕で「なんで皆が待っていたのに来ないんだ」と寺田さんを責めた。しかし寺田さんが、 待っていたのは誰なのか尋ねると、いじめていた子たちの名前は出ない。周囲で見ていた 女子たちが何もできなかったと泣いているというのだった。 「それを聞いて落胆しました。本当に謝ってほしい人たちじゃないし、自分がその子たち ま教室に戻ってもきっとまたいじめが繰り返 を悲しませたのが痛ましい気持ちでした。い されるだろうなと」 3 日目、寺田さんを見つけた担任が「何で教室に戻らないんだ、戻れ」と怒鳴り、引っ 張るようにして寺田さんを教室へ連れ戻した。 179 第 4 章性はグラデーションなんだ

9. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

「その時男子がたくさん来てくれて、少しいじめに加わっていた子もいたんです。それを 見て、『歌だったら自己表現ができるし生きていく道があるな』とはっきりわかりました。 その後もいじめはあったけど、いじめっ子たちも歌は認めてくれて、妨害するようなこと はなかったです」 この日から、放課後の教室や学校行事で歌うことが、学校生活唯一の楽しみとなる。 とはいえ、そう毎日コンサートを開けるものでもない。 日常に戻れば、教室のべランダ から飛び降りるイメージが頻繁に降ってくることに変わりはなかった。 クリスマスが近づいてきたある日、寺田さんのその後を変えるきっかけが訪れる。 寺田さんは学校の会議室の前で、小学校の同級生の女子と鉢合わせした。彼女は中学入 学後から保健室登校になっていた。 久しぶりのおしゃべりに花を咲かせ、寺田さんはクラスでいじめられていることを打ち 明けた。するとその子は「そんな思いをするんだったら、教室に戻らなくていいから保健 室にいなよ」と言った。 寺田さんは「保健室は悩み事で行っても、 しいところなんだ」と初めてった。 避難場所を見つけてふっと肩の荷が下りるのを感じた寺田さんは、その子の勧めに従う 177 第 4 章性はグラデーションなんだ

10. ルポ保健室 : 子どもの貧困・虐待・性のリアル

障害という一言葉に拒否感があり、本人が未成年なので難しいということだった。 それからというもの、私は寺田さんのお気に入りだという本を手に取るたび、いっか会 えたらと願ってきた。 そして 2015 年。成人した寺田さんは、変わらず川中島の保健室とつながっていると いう。満を持して同じお願いを白澤さんに申し込むと、今度は央諾してもらえた。 ( 同性愛者や性同一性障害などの性的マイノリティ ) の子と、保健室の結びつき を知りたい。それこそが 4 年半ぶりの再訪の目的なのだ。 性教育の持っカ 電通ダイバ ーシティ・ラボの 2015 年の調査によると、日本国内での割合は 7 ・ 6 % 。およそ人に 1 人の計算となる。学校でいえば、人学級なら、 3 人はいても おかしくない しかし、私の知る養護教諭の中には「私の見てきた生徒の中にはいませんね」と自信 満々に言い切ってしまうような人もいた。 白澤さんは性同一性障害の可能性のある子に「どこの学校でも出会ってきた」と言った 163 第 4 章性はグラデーションなんだ