な勢いでこんな手紙を書き、さっと長谷川先生に渡していった。本人の許可を得て、長谷 川先生から原文を見せてもらったので抜粋する。 「保健の先生へ。 相談があって、お手紙書きました。最近じつは、家のことで頭が変になっちゃいそうな んです。お母さんの様子が変なんです。例えば、仕事行くって言っては朝から夜までパチ ンコに行ったり、姉に働けって言ってお金をせびったりして、しかも家事を 1 つもしない ですっと『人間じゃない』とか『産まなきやよかった』とかを沢山わたしと姉に言ってき 、つばいになって苦しくて、たまに息ができなくなって、目の前 ます。も、つ頭がいつばいし が真っ暗になって倒れたりしちゃいます。 毎日毎日が苦痛で仕方ないです。家に帰りたくないです。人間あっかいされたいです。 もっとほめられてみたいのに、 1 つもほめてくれないのが、とても淋しいです。もう、あ の人を殺してしまいたいです。どうすれば良いでしようか。ほんとうに辛いです」 相葉さんは、長谷川先生と二人きりになった時に詳しい話をした。
を知らない教師の余計な誤解を招く心配がなさそうだった。生徒指導上も、レポ 1 トをた どれば生徒の変遷がわかるのは便利だろう。この学校では生徒指導主事もレポートを作っ ていて、違う立場から情報が共有される好循環が生まれていた。 このような工夫こそ、どこの地域の研修でも取り上げ、広められないものだろうか 「チーム学校」というかけ声をむなしくしないためにも。 スクールソーシャルワーカーとの連携で家庭支援 前出・宍戸教授によると、韓国にも「保健教師」という類似職がある。かっての日本の ように看護師を採用し、呼称も半世紀の間「養護教師」といった。ところが、日本の教師 版スクールカーストよろしく教員間で下位ランクに扱われていたことで、「他の先生と同 列に見られたい」という当事者たちの願いによって、 2002 年に現在の名称へとリニュ ーアルされた。同時に職務内容も、保健の授業で教壇に立っことに軸足を置いたという。 宍戸教授は言、つ。 「その保健教師たちに、体の訴えで来室した子と話をしてみたら精神的な悩みがあったと いつばいあるというんです。でもそれは私たちの仕事 いうことはないですかと尋ねたら、 236
された。富山県の県立高校で教員をしている鬨代女性からのものだ。以下、引用する。 「現場は授業や生徒指導、保護者対応、放課後の補習、土日の部活に追われ、昼休みがと れないこともしばしば。とりわけ入試の多様化で、論文や面接の指導が増え、教員全体で 進路指導をしています。一方、こうした仕事がなく、勤務中にネットや趣味を楽しむ養護 教員、図書館司書もいて、同じ職場でも仕事量は雲泥の差です」 この教師は養護教諭の専門性を理解せす、仕事量を多数派の物差しである授業時間など で一緒くたに測っている。そのわりに「教員全体で」という表現からは、教員の一員であ る養護教諭を除外している。そして、ネット ( 趣味は何を指すのか不明なのでここでは置い ておく ) を楽しんでいるとして糾弾する。 しかし、「楽しんでいる」というのは完全に主観だ。確かに養護教諭がネットを使うこ とはあるだろう。だがそれは、仕事上必要な情報を収集するためだったりする。 たとえば、私の知る養護教諭は、最近目立ってきたエナジードリンクの健康被害につい て参考になる文献がないので、インターネットで調べていた。生徒が極度にハマっていた 商品のこともカフェイン量を把握するために確認していたが、背後からパソコン画面を一 瞥しただけなら、写真や動画がいつばいのオシャレなサイトを「楽しんでいる」と見える 234
ルに広げてくれた。相葉さんには事前に、見せてもらう了承を得ていた。 相葉さんの卒業アルバムをめくりながら、長谷川先生はしみじみとした口調で一一一一口う。 「文章も絵も上手ですよねえ」 確かに、彼女の直筆のペ 1 ジは他の生徒と比べても見栄えがする。 「彼女、やればいろんな仕事ができそうなんですけどね。文章力ありますから頭もいいは ずですよ。何かないかな」 長谷川先生は自らの生活範囲で、彼女がひとり立ちできる仕事がないものかとさっそく 思案している。その面倒見のよさは健在だった。 しかし、相葉さんは長谷川先生の思いとは裏腹に、家族から離れられそうもない。 後日、再び長谷川先生とカフェで会った際、そう伝えると、別れぎわに長谷川先生は無 念そうにつぶやいた。 「中学時代に児相の電話番号を書いたメモを渡した時も、あなたは悪くない、ガマンする ことじゃないと伝えても、彼女は家から逃げなかったですもんね。渦中にいたら、自分の 限界がわからなくて逃げ出せなくなってしまうということが、当時の私はまだわかってな かったのかもしれない。 ここまで来ちゃう前に無理やり引っ張り出さなきゃいけなかった 108
その後輩の仕事にかける自信や熱意が失われていたことも考えられるが、いくら研修の場 というのもありそ、つだ。 で先輩から技能を説かれても、その目で見なければピンとこない、 やはり、若いうちに経験豊富な養護教諭とともに働くのが最良の学びなのだろう。 竹内准教授も、「本当は、新任の養護教諭は複数配置の学校に就かせ、べテランと一緒 に 2 年くらい働くことが必要だと思います。 ( 仕事がはっきりしている ) スクールナースな らすぐ独り立ちできるだろうけど、養護教諭はこれだけやることが多岐にわたっているの だから」と言、つ。 文科省は養護教諭に限らす、教職員定数を拡充したい立 ただ、実現の見通しは厳しい。 場にある。一方財務省は、財政難や少子化を理由に定数を減らしたい。両者の攻防は激し く、その結果、大幅な加配はすぐには望めない しかし、いずれ社会の担い手になる子どもたちを支えることにこそ優先して財源をつけ なければ、この国の先行きは暗くなるばかりではないか。 中堅・べテランにも、独りよがりのやり方に陥らないために、手を打っ必要がある。 「保健室は社会の鏡」と言っていた養護教諭がいた。実際には子どもが社会の鏡で、その 子どもの様子がよく見えるのが保健室ということなのかもしれない。 228
よね」と感想を漏らしていた。 先の副校長も「生活に余裕があっても教育熱心なご家庭では、成績が伸びないと子ども を追い詰めるような親御さんもいます」と付言していた。この手の親は今の時代に限った 話ではないが、 子どもにとって否定され、評価されるばかりの家庭では、心のよすがには なりえない。 悲しいことだが、こうした子たちにとって、保健室は家庭よりも自分をさらけ出せる場 所ということだろう。家庭では親にそっほを向かれたら生きていけないので、本音をぐっ と呑み込んでいるのだ。 副校長は、話の最後にこう言った。 「だから、養護教諭は大変ですよ。昔とは求められるものが違います。とても高度で多岐 にわたる仕事になり、つくづく大変だと思います」 この副校長は生徒のことを把握するためにしよっちゅう保健室に出入りし、養護教諭と 情報交換しているからこそこうした感慨に至ったらしく、非常に実感がこもっていた。 増える ? 男子の来室者 214
いう悲鳴に近い声も実際に聞いた。余暇を潰してしか学べないというのは、あるまじき状 兄、よ」 0 このうえさらに頑張れとけしかけては、熱意のある人ほどっぷれていってしまう。 とっくに提言されていることだが、強調しておきたい。 全体の力量を底上げするには、今以上に公的な研修を保証するしかない。役割に見合っ た養成なくしては、仕事に自信を持てない養護教諭を増やしてしまうばかりだ。子どもの : とい、つよ、つ 受け皿であるはずの養護教諭が交代したら保健室に行けない子が出てきた : なことは、あってはならないはずだ。 教師版スクールカーストは子どもの不利益に 文科省は現在、「チーム学校」の構想を掲げている。教職員が外部の専門家や地域と協 力し、チームとして教育の充実を図ろうというものだ。 この「チーム学校」に関する中教審の答申で、養護教諭の複数配置が提言されていると いうのはすでに触れたとおりだ。 一方この答申には、「チーム学校」を実現するためのこんな記述もある。 230
26.2 21.4 66.7 20 代 30 代 40 代 50 代 全体 61 .9 ( 16.7 222 72.2 127 17.8 60.0 27.3 18.5 637 IOO(%) つ」 0 ネット問題に消極的なべテラン、 生徒対応が不安な若手 o の さて、男子にも女子にも引っ張りだことなっ た養護教諭だが、竹内准教授の先のアンケート あるケ しきン からは、養護教諭たちが仕事に自信を持てない 。少で 6 ロ 応健実情も浮き彫りになっている。 し対保 昨今、子どもたちのどんな問題にも何かしら 題究 叩あ問研インターネットが絡んでいると言っても過言で ロの雄 はないほど、子どもとインターネットは不可分 竹の関係になっている。当然、保健室にトラブル が持ち込まれることも多い。 立 県 ところが、「ネット上の問題に対応できる自 庫 信はありますか」という養護教諭への問いに対 距し、「ある」を選んだ人が一人もいないほど、 219 第 5 章変わりゆく子どもと保健室
社会から孤絶したその行く末 3 年に進級することなく退学手続きを終えた相葉さんは、「未来を言葉にできない人間 にはならないように頑張りたいです」と気丈に語っていた。とりあえず仕事を探すところ から始めます、とも。 その言葉どおり、彼女はすぐに惣菜製造のアルバイトの面接に行き、無事合格する。し かし、いざ働きはじめると、賛成していたはずの母親からあれこれ難癖をつけられ、辞め ざるを得なくなってしまった。イ 也のアルバイトを提案しても却下された。 が、こうした学校は現実的に、次々やってくる生徒をさばくのが精一杯となっている。 相葉さんは退学前、保健室登校できれば、という思いを抱くも、教師から「この学校で は無理」と望みを絶たれていた。 保健室をはじめ、学校が支えとなりえないとなると、彼女のように他に頼れる大人のな い子は、社会そのものからこばれ落ちるしかなくなる。 居場所を失った彼女が行き着いたのは、皮肉にも、彼女を苦しめつづけてきた家庭だっ 102
突然の発作とリストカット / 校舎から飛び降りかねないならどうするか 「こうしなきや」からの解放 / 「保健室のちゃぶ台」を囲んで たくさんの手をかけるチーム支援 / 卒業目前の飛躍 思い描いた将来へ踏み出す / チームの進化と終焉 / いっかは記憶に蓋をする 第 4 章性はグラデ 1 ションなんだ まちかど保健室に飾られた絵の由来 / 性教育の持っカ 本当は女性になりたかった / カミングアウトで始まったいじめ 3 日間の保健室登校 / 父親への告白 / 将来への不安と「先輩」の言葉 偏見と闘っていく情熱 / への教師の無関心は悪意なき加害 生きてりやいいさ / 性のあり方は個性の一つ 第 5 章変わりゆく子どもと保健室 2 養護とは、養護教諭の仕事とは ? / 養護教諭は日本独自の教育職 「学校の母性」にすがる子どもたち / 親に迷惑をかけたくない わ 7