思い - みる会図書館


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1. レベル7

646 レベル あるいは、孝を一生飼い殺しにして、自分の手元においておいたかもしれない。ロ マンのかけらもない、現代の鉄仮面だ。 ガラスの割れる鋭い音が響き、祐司は我に返った。 「おい、大丈夫か ? 」 三枝が呼んでいる。祐司はばんやりと彼を見上げた。 「いいものを見つけた」 三枝は声をひそめている。 「受け取れ。 声と同時に、何か短い棒のようなものが飛んできた。受けとめる。懐中電灯だった。 「気をつけろよ」 そう言い置いて、三枝は拳銃をかまえ、姿を消した。今度は、割れたガラスが落ち る音か聞こえた。 懐中電灯のスイッチを入れると、思いのほか強い光がこばれ出た。そっと、用心深 く、ドアのあたりを照らしてみた。 言憶か一枚、ひらりと閃くようにして落ちてきて、心の閲覧台の上に落ち着いた。 ( 今日はクリスマス・イプだ ) ひらめ

2. レベル7

弸くするために。そう考えると、ひどく明恵が愛しくなった。 「新婚さんの住まいだな」と、三枝が少し笑う。 ハンガーラックに下げられている衣 類に触れてみて、台所の明恵に、 「お嬢さん、あんた、なかなか家事がうまかったらしいよ。クリーニングに出したみ たいにきちんとアイロンをかけてある」と言った。 よみがえ 劇的に甦ってくるものはなかったが、部屋のなかに立っていると、ここは安全だ、 とい、つがした。 「よし、じゃあ取りかかるとするかね」 べ三枝は言う。また、探しものだ。だが祐司は、あまり期待をかけてなかった。 「もし、僕たちが、『幸山荘事件』についての新しい事実を探しだしていたとしたら、 そんなものはとっくに取り上げられてますよ。記億を消したのに、そんなものを残し ておくわけがないでしよう ? すると、窓際に立ち、太陽に顔を向けながら、三枝は言った。 「あんた、そんなに抜けてたかね」 「え ? 」 「いいかい ? 少し整理してみよう」と、三枝は向き直った。「あんたが『幸山荘事

3. レベル7

「あのお金で ? 」 皮は、つなすいた。「ほかにどうしようもないだろ ? それともキミ、札入れでも持 ってるかい ? 持ってるんなら出してくれよ。こっちだって良心がとがめすに済む。 万々歳だよ 彼女は黙ってまた横になった。彼はべッドの頭の方へまわりこんだ。 小さく言った。「意地の悪い言い方だったな、今のは」 「ごめん」と、 思いがけす、彼女はほほえんだ。「いいのよ。わたしの方が悪かったわ 「気分は ? さっきよりは少し楽みたい べ「あんまりよくないけど 「痛みがおさまってきた ? 」 「ええ。でもー・・・ー」彼女は心許なさそうにまばたきをした。「目がちかちかするわ 「ものが見えにくいの ? 」 「ううん、そうじゃなくて、目を閉じたときに、まぶたの裏で何か光ってるみたいに 見えるの。それに、なんだかふらふらして」 「寝てたほうかいしょ それしか一言えないのが、なんとも清けなかった。 川 1

4. レベル7

458 子は「やってもいいわよ」と言った。ゆかりは嬉々として機械の前に座りこむ。する と、手ずからクリームソーダを運んできた店長が、「おっーと声をあげた。 「お嬢ちゃんなんか、これ、全然知らないだろう」 「うん。どうやるの ? 」 「撃ち落とせばいいんだよ。どれ、ちょっと見てな。おじさんが、『名古屋撃ち』っ てのを見せてやる . 周囲が落ち着いて、子と向きあうと、光男は頭をかいた 、リに時間とかを気にしたせいじゃない 「すみません。話しにくいなって思ったのは男 べんですー 「じゃ、ど、つして ? ・ 「あなた、真行寺さんですよね [ 院子はうなずいた。光男は本当に申し訳なさそうな顔をした。 「僕、みさおちゃんに頼まれて、あなたの恋人のあとを尾けたことがあって 子はなかば口を開いた。出てきた。「真行寺さん D 」だ。 「それ、どういうことかしら。わたしも、みさおさんがわたしに恋人がいるって思い 込んでたらしいことは知ってるの。でも、わたしには恋人なんかいないのよ」

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211 「でもーー」 彼が一言いよどむと、三枝は・身をかがめ、コーヒーポットを載せたガスこんろの火を 豆粒ほどに小さくしてから、ひょいと振り向いた。 「名前、要らないか ? 」 彼はためらいを感じながらも、首を縦に振った。 「どうして ? 」 「本当の名前が見つかったとき、臨時につけた名前に申し訳ないような気分になるん ルじゃないかと思、つんですよ べ 「なんだ、そりや 「つまり、元の僕たちも、今の僕たちも、同じ人間であることに変わりはないわけな たとえそれが間 んですから、名前はひとつでいいんです。新しい名前をつけたら にあわせのものでもーーーその瞬間に別の人間が誕生したことになる。そして、僕らが 元の名前の存在に戻ったときには、臨時の名前がついている存在は死ななきゃならな くなる。それが嫌なんですー こころもと わかってもらえたかどうか心許なくて、彼は三枝を見つめた。起き抜けの三枝の頬 あご ひげおお と顎は、思いのほか濃い髭に覆われている。 ほお

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123 したらいいかわからなくなってきた。彼女の意見をきいてくればよかった、と思う。 せめて、何か食べたいものがあるかどうかだけでも。 、パック詰めのサ ーゲン品を売る店員の声に追いかけられながら 人波に押され、 ラダやサンドイッチ、牛乳など、とにかく目に付いた順にカゴのなかに放りこんでゆ く。緊張しているせいか、目の前に食べ物が並んでいるのをみても、まるで空腹を感 のど じなかった。ただ無性に喉が乾く。 日用品のコーナーで、忘れすにボールペンを買った。あの部屋には、筆記用具がな ルにもなかったからだ。 べレジの近くには煙草のカートンも置いてあったので、それも入れた。使い捨てのラ レイターも二、三個放りこみ、戦場のようなレジの列のうしろについて、並んだ。頭が がんがんしてきた。 そうだ、薬。薬を買わなきや。 前には五人ほど並んでいる。台にカゴを載せ、店員が商品を取り出して、機械の上 を通過させる。あれはそう、 ーコードだ。手前のカゴから後のカゴへ、客の買った 商品を移動させ、金額をつげ、金を受け取り、つり銭を渡す。脇目もふらず、停滞も しない。

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389 した人物の品性が疑われるだけだ。 残された遺族ーーと考えて、自分たちこそその「遺族ーだったのだと、祐司は改め て心に言い聞かせた。信じたくないという思いと、認めなければ先へは進めないと考 える理性が、頭のなかで鬼ごっこをしている。 おもざ 写真の雪恵の面差しは、今隣に座っている明恵と、よく似ていた。目の辺りがそっ あご くりだ。そして二人の娘の輪郭ーー特に、ほっそりとした顎の線は、父親の三好一夫 から受け継いだものであるらしかった。 緒方夫妻の写真ーー自分の両親のものである写真を、祐司は、昨夜から何十回とな し、らが べく見なおしていた。角張った顔立ちに、髪には白髪の混じっている父。ふつくらとし めじり レた頬に、年齢相応の目尻のしわが、かえって品よく映っている母 事実を知ること、認めることに、まだ衝撃が伴っていなかった。びったりと窓を締 がわら め切った部屋の中から、屋根瓦を吹き飛ばすほどの強風が荒れ狂う音を聞いている という感じだった。風の強さも恐ろしさも、ガラスの向こう側のものでしかない。 窓を開けて手をかざせばもっとはっきり体感できるだろうに、彼にはまだ、その窓を どう開けたらいいのかわからないのだった。 みやまえたかし 強く惹きつけられるのは、むしろ、「幸山荘事件ーの犯人とされている、宮前孝の

8. レベル7

149 ばり 引退してからはそれも影をひそめた。孫娘と一緒にホットケーキを焼いたり、釣り堀 で鮒を釣ったりしている、年金暮らしの穏やかな初老の男である。 悦子が語り終えると、義夫はしばらく考えてから、薄い頭に手をやった。 「どうも、父さんのここが考えるかぎりでは」と、軽く額をたたいて、「その件につ いては、おまえのできることはあまりないよ、つに田 5 、つがね」 「やつばりそう思う ? わたしもそう考えてはいるんだけど : : : 」 子は一言葉を濁したが、義夫はその意味をちゃんとくみとっていた。 「おまえ、『ネパ ーランド』として、こ、つい、つことにどこまで首をつつこんでいいカ べそれを迷ってるんじゃないのかね ? 子は、つなずいた。「今度だけじゃなくて、これからもこ、つい、つことがあるかもし れないでしょ ? そんなとき、どういうスタンスで対処すればいいのか、わからない 「一色さんはどう言、つだろうね」 「明日相談してみるわ。でも、以前に、みさおさんがわたしに会いたいって言い出し たときには、相談者と顔を合せたら、それから先はもう個人の領分になる、っておっ しやってた」 ふな

9. レベル7

人ですから、心配はないと思うんです」 「現実に、三日も四日も家に帰っていないのに ? あなたね、他人の子供のことだか らそんな無責任なことが言えるんじゃありませんか 「ですからー子は辛抱強く言った。「今心配しなければならないのは、みさおさん 、と申し上げてるんです。現実に、 の態度がどうの考え方がどうのということではない 今までにないほど長く家をあけているんでしよう ? 何かトラブルに巻き込まれてい るのかもしれません。貝原さん、警察にいらっしやるべきです。そして、わたしでは ルなくて、とい、つのは、わたしのところにはいない とい、つことがはっきりしたのです べから、わたし以外の、みさおさんの友人知人のところもお探しになってみるべきです。 しか レその結果、見つかったみさおさんを叱るようになったとしても、全然探さないよりも はるかにましじゃありませんか 実際、子には、好子が今まで警察に足を運んでいない、そんなことを考えもして いないということか、驚異に田 5 えていたのだ。 だが好子は、異国の言葉で話しかけられているかのような顔をしていた。彼女には、 みさお自身は何もしなくても、外側から災難や事件が降りかかっているのかもしれな とい、つ可能性には、思いか及ばないよ、つだった。

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レベル 彼女が身を起こそうとし、「痛い ! 」と叫んでぎゅっと目を閉じた。そのまま動く ことかできないでいる。そばで見ているだけの彼にも、彼女の苦痛が相当ひどいもの であることがわかった。まるで、鉄片を詰めた靴下で一撃されたかのようだ。彼は彼 女の肩を支えてやった。 「動かないほうかいいよー 彼女はそろそろと目を開いた。「いいの。動くときが痛いみたい。起きちゃえば大 丈夫、もう平気」 そして、彼女もスーツケースの中身を見た。 二人とも声が出せなかった。 「これーーーなあに」 ようやくそう言ったとき、彼女の声は裏返っていた。 「名前を忘れた ? 「冗談を言わないで。そ、ついう意味じゃないわ 「わかってるよ」 彼も、ジョークを飛ばせるような気持ちではなかった。スーツケースいつばいに吉 め込まれているのは、現金だったのだ。