思い出し - みる会図書館


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1. レベル7

レベル 扉を閉めようとして、彼は、扉の内側になにかあることに気がついた。 べつに、特別なものではない。、 月さなラックだ。プラスチック製で、つくりつけで、 そこに立てられるように。危なくないように。取り出しやすいように。 ラックだ。それはわかった。だが、何を入れておくラックだ ? その「何かーは、現実に彼の目の前にあった。そのラックに立てられている。木製 の柄かこちらを向いている。手に取りやすいように。 手をのばして、それを取ってみようとした。本当にそうしてみようとして できない。 この物の名前も思い出せない。 これはなんだっけ ? わかりそうな気がする。すぐにも思いだせそうな。ただ、 とても鋭くて刃がこちらを向いている。あたりには血が血だまりができてい ( 鋭い。 なにかひっかかっていて、思い出すとそれが非常に苦痛になるような予感がした。 たとえばーーーそう、突きささった矢を引き抜くような。そのままにしておいた方が傷 か小さくてすむ。 ( 手を触れちゃ駄目だそのままにして警察が指紋をとるから )

2. レベル7

「最初のは、孝が、猛蔵が俊江に多額の生命保険をかけようとしていたことを知って、 それを止めよ、つとしたことから起こったことだったんだ。二つ目は 三枝はちょっと言いよどんだ。 「一樹のガールフレンドが、猛蔵にも色目を使って、おまけに、俊江に対してかなり ざた ひどい態度をとったことが原因だったんだよ。ただ、いきなり暴力沙汰に走るのは、 決して感心できたことじゃない」 「ほかに方法を知らなかったのかも : : : 」と、明恵がつぶやいた。 「それはあるかもしれないな。孝は、俺にこう言ったことがある。自分が次から次へ と田 5 ってた、 べと問題を起こして、それが原因でおふくろが村下家を追い出されるといい レとね」 ( そうなっていれば、おふくろは殺されすに済んだのに ) とも言ったという。 祐司は、写真のなかの孝の顔を、姿勢を思い出した。いつも身構えているような、 あの少年。 三枝は続けた。 「俊江の事故死から一一年後、俺もいったんはあきらめて、服部自動車を辞めて、東京 へ引き上げた。孝は自棄をおこしていてね。東京の暴力団ともっきあいができて、拳 741

3. レベル7

398 ロビーは混んでいた。祐司は改めて、今が観光シーズンであることを思った。夏休 みなのだ。 サラリ ーマンであったはずの自分が、東京で何をしていたのだろう ? 勤めはどう していたのだ ? やはり、夏季休暇でももらっていたのだろうか ものおも 不意に明恵がみじろぎし、両手で顔を覆ったので、祐司は物想いから覚めた。 「気分でも悪い ? 」 ロビーのふかふかしたソフアの上に、彼女の華奢な身体はすほんと沈んでいる。 「、つん : : : ちょっと頭が痛い」 べ席をずらして近寄り、のぞきこむと、明恵の顔は蒼白だった。 「よくわからないんだけど、急に寒気がしてきて」 「なにか思い出したのかい ? 「わからないの。だけど、以前にもこうやって、こんな場所で誰かを待ってたことが あるような気がする。それがーーあんまりいい思い出じゃないような」 彼女は嫌々をするように頭を振った。 「ああ、じれったい。わたしも目が見えればいいのにー 「誰かを待ってたって、君一人で ? 」 おお きやしゃ 一セ - つは / 、

4. レベル7

ふたつに分かれるんだ。陳述的っていうのは、後天的に学習・体験された記憶のうち、 なんてい、つ いわゆる『知識』『事実』『思い出』ってやつなんだ。手続的ってのは かな、『身体で覚える』っていうようなタイプの記億だ。一度自転車に乗れるように なれば、一生乗れるだろう ? そういうもんだよ。記億喪失の人間は、それ以前にや っていたことなら、全部できる。ただ、それを誰に教えてもらったのか、どうやって 覚えたのかは忘れてしまう ということなんだよ」 猛蔵の説明に、榊医師がうなずいている。 「俺の療法がいちばんよく効くのは、この『陳述的記憶』ってやつに対してなんだ。 べ『手続的記億』には、ほとんど作用しない。これは、一般的な記億障害でも同じなん レだ。だからあんたたち二人だって、普通の生活には不自由を感じなかったはすだ。そ れに、時間がたってパキシントンの効き目が切れてくれば、『陳述的』記憶だって戻 ってくる。だんだん再生できるようになるんだからな」 祐司は買物に行けたし、明恵は包丁を使うことができた。それを思っているとき、 祐司はふうっと思い出した。包丁。「 「そういうわけだから、俺の療法で記憶を『抑えている』患者は、定期的にパキシン トンの投与と電パチを続けているかぎり、なにか偶然のショックで劇的にすべて思い トーテム

5. レベル7

714 だが、そういう人間がみな、「馬鹿にされたから」といって、殺人を犯すか ? あり得ない。結局はすべて言い訳だ。論理の逆立ちじゃないか。 ぎやくたい 猛蔵を殺人へーーー病院からの搾取へ、患者への虐待へ、町の私有物化へと走らせた 原因は、ただひとつ。 徹底したエゴイズムだ。それしかない。 やっ 「俺から町を取り上げる奴は許さん」と、猛蔵は言った。「誰だって、許すものか」 「誰も、あんたから町を取り上げたりしない [ の そもそもこの町は、あんたのものじゃないんだ、という言葉を、祐司は呑み込んだ。 べ「取り上げようとしてたー と、猛蔵はわめいた。「あんなママゴトの家みたいな別 レ荘が建ち並んで、観光客がぞろぞろ来るようになってみろ ! 俺の病院が追い出され る ! 環境美化だとか、町のステイタスの向上だとか、わかったようなことを言いや がって。俺がこれまで、友愛病院を大きくすることでどれだけ町に貢献してきたか、 みんなケロリと忘れちまう ! 町に、アル中がごっそり入院している精神病の専門病 ぶち 院があるなんてみつともない、なんて言い出すんだ。それもこれも、まこ ( かし食い扶持 をくれるあてができたからだ。あのおきれいな別荘地ができたからだ ! 」 止めのように、足を踏み鳴らした。 とど さくしゅ

6. レベル7

とりあえず、するべきことはなんだろう ? 彼女の言ったような、じっとしていれば何か思い出すということは、どうも望み薄 に田 5 えた。自分はごく普通に動作をしている。目を覚ましたばかりのときのような、 ものと言葉が結びつかないということもなくなってきた。全体として、気分は落ち着 いている だが、記億はがんとして戻ってこない。昨夜なにがあったか思い出そうとしても、 どこに住んでいるか思い出そうとしても、空つほの箱のなかをのぞきこんでいるかの ように、なにも見えてこないのだ。 べ見えない。そう、この場合の記億とは頭のなかに浮かぶ映像なのだと、ふと思った。 レ音も、匂いも、感触さえもある映像。 じゃ、数字はどうだろう ? ただのデータなら、思い出せるかもしれない。 たとえばー、ー歴史的事実は ? そう考えたとき、ほとんど同時に、 ( テッポウデンライ ) という一言葉が浮かんだ。 ( イゴョサンフェルテッポウデンライ ) 1543 年、鉄砲伝来。 あき 馬鹿ばかしいと、我ながら呆れた。何の役にも立たないじゃないか。

7. レベル7

ンドル。クラッチ。アクセル。プレーキ。バックミラーに移る後続の車。追い越 し車線。窓の外を飛びすぎていくさまざまな標識。 「運転はできたと思う。ええ、やったことがありますよ。自分の車も持ってたような 気がするー それは確信に近かった。車に乗る、という状况が、この央い振動が、眠っているも のを揺り起こし始めているのだ。 彼は出し抜けに言って、三枝を驚かせた。「ノークラだ」 「あん ? 」 べ「僕の車ですよ。ノークラだった。あなたが盛んにクラッチを切り替えてたところを レ見て、思い出してきたんです」 「オートマか。ありや、女の乗り物だ。ついでに車種や車体の色は思い出さないか ? ナンバーならもっといい それがわかりや、すぐにあんたの身元に結びつく 彼は頭に手を当て、意識を集中した。だが、ひらひらしてつかみどころのないカー テンの海を泳いでいるように、払いのけても、払いのけても、しつこい霧がかかって くる 275 思い出そうと意識すると駄目で、勝手に浮かんでくるままに任せておいた方がいい だめ

8. レベル7

横たわったまま、彼はじっと壁を見つめた。馬鹿らしい、どうして思い出せないん だろう。それにどうして、思い出すことかひどく大事なことのように思えるのだろう。 ひととき息を殺して、彼は考えた。 十つよ、つ」 なんだ ? ジーンズだ。 ジーンズ。言葉はひらめくように浮かんできた。見えないドアが開いて、見えない 誰かが回答を投げかけてくれたかのように。この壁紙の感じはジーンズに似てる。 でも色が違うな。こんな色のジーンズは趣味じゃない。 この色は この色は ベオフホワイト。 彼はためていた息を吐き出した。なんともまどろっこしい目覚め方じゃないか。毎 朝起きるたびに壁紙の色を思い出すまでじっとしてなきゃならないなんて。 彼は毛布をはねのけて半身を起こした。それで初めて、自分がべッドに寝ていたと いうことを発見し、同時に動けなくなってしまった。 隣にもう一人、誰か寝ている。 彼か勢いよく毛布をめくったために、彼女は上半身になにもかけていない状態にな っていた。清潔な、彼のものと同じくらい白いパジャマ一枚を着ているだけだ。

9. レベル7

ありふれた台所用品ーー洗剤、スポンノ、己 、、酉管用洗浄剤、柄つきプラシ、クレンザ ゴミ袋。大きな引き出しのなかに、それらが雑然と放りこまれている。棚の上に なべ は片手鍋と両手鍋がそれぞれひとっすつ。 引き出しや開きの扉を開け閉てしているうちに、彼は、自分の頭がスムーズに回転 し始めていることに気がついた。もう、いちいち立ち止まるようにして、ものの名前 を確認する必要はなくなっている。なにかを目にすれば、それと同時にその名詞が浮 かんでくるようになっていた。 ひょっとしたら、記應も ? と思った。が、こちらはまだ空白だった。さっきと同 べじ状態だ。名前も出てこない。 ここがどこなのか、あの女性が誰なのか、なんでこん レなことになったのか、わからないままだ。 でそろ 思い出すときはどんなふうになるんだろう、と田 5 った。一度にすべての記億が出揃 うのだろうか。それとも、ちびちびとひとつひとっ思い出していくのだろうか コンパクトにまとめられている、使いよさそうなシステムキッチンではあったが、 収納場所は大してなかった。薬らしいものは何もみつからない。最後に残った、流し ゆが 台の下の幅の狭い開きを開けてみると、そこもからつほだった。排水パイプが、歪ん だの形を描いて床の方へ伸びているだけだ。

10. レベル7

「あんたの方は、そのーー記憶が消えているという以外には異常はないのか ? 話を聞き終えると、三枝はそう質問した。 ル彼はちょっと意外な気がした。体調について気にしてもらえるような立場にはない べと思っていたから。 まじめ 「どうなんだ ? ー三枝は真面目だった。 「特に異常はないみたいですよ。少し、物の名前が思い出しにくいようなことはあっ 「頭痛は ? 」 「ありませんね。僕は」 三枝は素早く彼女を見た。 「こっちのお嬢さんは、頭痛がひどかった ? 172 三枝は約束した。だから、彼は話した。ほかに選択の余地のないときは、とりあえ ず、差し出された手にはつかまってみるものだ、と自分に言い聞かせながら。