みさおは目を伏せて、そう言った。 ( 真行寺さんに会いたいって言ってからも、会っちゃったら嫌われるんじゃないかと 思って、すごく布かった。一度会っちゃったら、もう一一度と会えなくなるんじゃない かって。あたし、すごく下手なの ) ( 何が ? ) ( 友達 : ・・ : つくること ) そばく その一言葉は、子の心に、素朴な楽器の音色のように響いた。気がつくと、こう一一一一口 っていた。 べ ( ね、よかったら、今晩うちにご飯を食べにこない ? おうちの方にはちゃんと連絡 レして、帰りはわたしが送っていくから ) 、っちの しの ? うれしい ( ホント ? ) と、みさおは顔を輝かせた。 ( ホントにい、 ことなら心配ないんだ。どうせ誰もいやしないんだもん ) 「ネパ ーランド」のスタッフの一員としては、そこまですることは行きすぎだったか もしれない。だが、子は後海していない。あの夜、みさおは本当に楽しそうだった。 一緒に食事をし、ゆかりも混ぜてゲームをし、音楽を聴き そういえば、写真もうっした。その前の週末にゆかりとディズニーランドへ行った きら
521 耕さんに宛てて書いているこの手紙も、読む必要が生じないでほしいと願っている。 本当なら、明宙は巻き込みたくなかった。だけど、彼女は案外頑固なんだ。ど、つし ても仙台へ帰ろうとしない。最後まで、僕と一緒にやりとげると言っている。 彼女の言い分はこうだ。僕が独りで行動して、結果的に失敗したら、その遺志を継 ちょうせん いで、彼女も独りで、僕がやろうとしていたことに挑戦する。絶対にそうする。でも、 それで彼女が成功するとは限らない。彼女も失敗したら、なんにもならない。だった ら、最初から二人で協力したほうが、成功の確率が高いじゃないか 「遺志」なんて書いたから、驚いただろうね。でも、僕らがこれからやろうとしてい べることは、非常に危険なんだ。 みやまえたかし 僕たちは、宮前孝を捕らえようと思っている。彼を捕らえて、東京の新聞社にでも かたど 引っ張ってゆくつもりだ。潟戸の警察はまったくあてにならないし、あそこの県警も かんかっ 危ない。どうして危ないのかはあとで説明するけど、とにかく警察は頼れない。管轄 の関係で、警視庁に駆け込んでも、潟戸へ返されるだけだろうし。やつばり、マスコ ミかいちばんだと田 5 、つ。 そうなんだ。宮前孝は生きている。 むらしたたけぞう 彼は今、義理の父親の村下猛蔵が経営している潟戸友愛病院にひそんでいる。いや、 がんこ
酒屋、乾物屋、八百屋、それに、ここだけは小学生が鈴なりになって漫画を立ち読 みしている本屋。その前を歩いて通りすぎながら、どうしようかと迷った。それぞれ そろ の店に入って、声をかけ、入り用なものを一つ一つ買い揃えていく、というだけの勇 気が、どうしてもわいてこない。だいたい、金の勘定の仕方だって忘れているかもし れない、 と思う。いや、さっきまでの経験で、理性では、そんなはずはないとわかっ ているのだが、 もしも万が一と思うと、立ち止まることができなかった。 ふんいき この商店街の密集している雰囲気の中には、どこか排他的な感じが漂っていた。思 いすごしではないと思う。通りすぎたパン屋の店先で、暑苦しそうな顔で立ち話をし べていた中年の主婦が二人、彼の方を見て、ちょっと不審そうな目をした。 ( おや、見 ささや レかけない顔だね ) という囁きさえ聞こえてきそうだ。 そんなふうにして歩いているうちに、商店街のはすれまで来てしまった。万国旗も もう終わりだ。また、「車両侵入禁止ーの錆びた立て札にぶつかった。 マンションの前を走っているのと同じぐらいの幅の通りに出る。歩道沿いに、びつ しりと車が停められている。通りを隔てた向こう側には、公団か都営か、とにかくた くさんの窓が寄り集まった集合住宅がそびえていた。その向こうには、かんかん照ら している太陽と、真っ白な入道雲。 121
子はにつこりしてみせた。 「これから、みさおさんとゆかりと三人で動物園に行くんですよ。三枝さんは弁護士 さんの事務所へ ? 「ええ、そ、つです。 「もうこれで、お会いすることはありませんね」 法廷で顔をあわせることは、会うことではない。 「そうですね」 ちょっと間があいた。風が吹き付けてきて、子の頬に触れていく。 ペ「お元気で」 レ「ありがとう」 おおまた くるりと背を向けると、子は大股に歩きだした。五、六歩行ったところで、呼び 止められた。 「真行寺さん」 振り向くと、三枝は階段を一段だけ降りて、半ばこちらを向いていた。 「なんですか ? 子は足を止め、聞き返した。戻ろうとは思わないが、三枝が何を言うのか、どう 765 ほお
新にしろ。そう思って、俺たちがここへ踏み込むことを、止めようともしなかった ( なんとか逃がしてやろうと思ったんだが、もう駄目だな ) そうだ。ここまできたら、孝を自由に逃がすことなどできるはずがない。彼がどこ か、細工の利かない場所で、細工の利かない人間に発見されたら、どうしようもない。 祐司と明恵が戻ってきたことで、猛蔵にはもう選択の余地がなくなっていたのだ。自 分を守るためには、孝をあきらめるしか道がなかった。 だから、笑ったのか ? ル ( してやったり、みたいな感じに見えたわ ) ペ猛蔵は、明恵の目か見えるようになっていることに気付いていなかった。だから、 レ彼女の鼻先で、あけっぴろげに笑ったのだろう。 ( 本音が出たーーそうなのか ? ) これで、自分の手を汚さずにやっかいはらいができたーーそう思ったのか ? そうだったのかもしれない。そうなのかもしれない。だが 祐司は天井を仰いだ。違う。何か違う。しつくりこない。納得かいかないのだ。 ( してやったり ちょうどそのとき、猛蔵が、ため息とも嘆きともっかない声をあげながら、立ち上
「そしたら ? 「最初は、すごくびつくりしてました。それからくしやくしゃな顔をして、僕、泣か しちゃったかと思って でも、そうじゃなかった。彼女、笑ったんですよー ( ごめんね ) と言ったという。 ( そうなの。約束なんてないの ) ( ここに友達がいるってことも、嘘 ? ) ( ううん。それは本当よ。だけど、その人が、あたしがいきなり会し でくれるかどうかはわからない ) それを聞いて光男は言ったという。 ペ ( だけどその人、みさおちゃんの友達なんだろ ? ) レ ( あたしが勝手に友達だと思ってるだけかもしれないもの ) ( バカだなあ。なんでそんなふうに考えるの ? みさおちゃんが友達だと思ってるな ら、相手だってそうだよ。友達って、そういうものだよ。今日からあなたとわたしは 友達よ、なんて、宣言してからなるもんじゃないよ ) 「みさおちゃん、びつくりしてましたよ。『そうなの ? そんなに気楽に考えていし の ? 』なんてね」 あんちゃん、 いいことを = 一一口、つじゃないかと、子はほほ、んんだ。 462 、に行って、喜ん
205 「前置きが長くなりましたが、私の申し上げたいことは察していただけたでしよう ? 真行寺さん、結論から言えば、私はあなたがこれ以上貝原みさおさんに深入りするこ とに反対です。彼女は友達のところにいるのでしよう。アルバイトしているのかもし れません。それをあなたに報せてこなかったのは、単に忘れていただけのことだと思 います 「でも、わたしたちは擬似友人じゃありませんでした。本当に友達になったんですー 「一度自宅へ招いたくらいで、そう断言できますか ? あなたはそう思っていても、 みさおさんはどうだったかわからない。あなたに誘われて、そのときはその気になっ AJ べて遊びにいったけど、やつばりそういう友達関係を維持していくのは面倒だな レ思っていたかもしれません」 でも、みさおさんは本当に楽しそうだった、と、子は心のなかで反論した。 「面倒だと思えば、ばっさり切るだけです。みさおさんは、あなたが今ここでこうし てやきもきしているなんて、想像さえしていないことでしよう。そういうものなので すよ。声だけの、魔法のランプのような擬似友人は、忘れ去られるのも早いのです」 話し続ける一色の表情の奥に、子は今まで気づかなかったものを見た。 それをどう表現すればいいだろう。割り切り ? あきらめ ?
149 ばり 引退してからはそれも影をひそめた。孫娘と一緒にホットケーキを焼いたり、釣り堀 で鮒を釣ったりしている、年金暮らしの穏やかな初老の男である。 悦子が語り終えると、義夫はしばらく考えてから、薄い頭に手をやった。 「どうも、父さんのここが考えるかぎりでは」と、軽く額をたたいて、「その件につ いては、おまえのできることはあまりないよ、つに田 5 、つがね」 「やつばりそう思う ? わたしもそう考えてはいるんだけど : : : 」 子は一言葉を濁したが、義夫はその意味をちゃんとくみとっていた。 「おまえ、『ネパ ーランド』として、こ、つい、つことにどこまで首をつつこんでいいカ べそれを迷ってるんじゃないのかね ? 子は、つなずいた。「今度だけじゃなくて、これからもこ、つい、つことがあるかもし れないでしょ ? そんなとき、どういうスタンスで対処すればいいのか、わからない 「一色さんはどう言、つだろうね」 「明日相談してみるわ。でも、以前に、みさおさんがわたしに会いたいって言い出し たときには、相談者と顔を合せたら、それから先はもう個人の領分になる、っておっ しやってた」 ふな
桐子は考え込んだ。「どうかなあ : : : みさおちゃん、おとなしい方だから、気軽に 人に吶しかけるってこともなかったし。こっちから働きかけないとね」 おくびよ・つ 「それはそうだと思うわ。どこか臆病だった」 「ええ。あたしはこんなふうだから、一度、一緒に遊びに行かないかって誘ったこと があるんですけどね。駄目だったな。結構仲良くなったつもりでいても、なんかこう、 壁があるのねー それは、子も、今更のように感じていることだった。 「ただそういう年ごろだから、っていうだけじゃなくて、何か重たい悩みでもあった べのかもしれない」 「具体的に、悩んでいることがあるって話したこと、ある ? 桐子は首を振る。「全然ー みさおは、悦子と顔を合せたとき、 ( 友達をつくることがすごく下手なの ) と打ち 明けた。あれが唯一、みさおが本音を吐いた時だったのかもしれない。あのまま、う まく信頼関係を築いていけば、みさおはもっと深いところまで打ち明けてくれるよう になっていたかもしれない。 だが、現実は逆だった。みさおの「ネパーランド」での通話時間は短くなっていた。 257
祐司が一言うと、三枝はうなずいた。 「初めて、悪運が猛蔵を見放したんだ」 その一言葉は、部屋のなかの全員の頭にしみこんだ。 けんこんいってき 「乾坤一擲の賭けだが、やってみる価値はあると思った」と、三枝は続けた。「もう 待てない。もう、告発に必要な証拠をコッコッ集めていられるような余裕はない。ま た次に、誰かが殺されるかもしれないのに。もうたくさんだ。充分だと思った。だか ら、修二に頼んで、一緒に計画を練ったんですよ」 「修二くんを孝にしたてて、『孝は生きているぞ』、と、猛蔵をゆさぶってみる。『親 べ父にはめられた』と言っているぞ、と。どうだ、取引しないか レ「そうだ。そして、反応を見る。猛蔵がどう出てくるか 。それだけで、『幸山荘 事件』の真犯人があいつである確証をつかめると思ったんだ」 仁二か割り込んだ。「オレも、三枝さんとは古いっきあいなんです。あることがき つかけで。その、『あること』は、あとで話しますけど につこり笑う。「それに、オレの顔にこういう傷跡があることも、有利だったんだ」 崖から落ちたときの怪我でめちやめちゃになった顔を整形手術したのだ、と一一一一口える。 がんじよう 体格は、修二の方が孝よりも頑丈な感じだが、十代の後半から一一十代の初めの男性と 744 おや