義夫 - みる会図書館


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きょ・つカ / 、 が顔をあげ、義夫を認め、そして彼の表情も驚咢で凍りついた。 義夫は男の胸ぐらをつかんだ。小柄で太り気味の義夫に撼まえられて、男は前のめ りになった。子は通りを横切り、二人に走り寄った。義夫が男を殴り付けるのでは ないかと田 5 った。 だが、義夫は殴らなかった。男をひつばって、横手の路地の方へと進んでゆく。ど こにこんな力があったのかと田 5 うほどの勢いだ。 一一人の男はどちらも無言で、路地のなかほどまでもつれるように進み、そこで足を えりくび ル停めた。追い付いた悦子が、「お父さん ! 」と呼びかけたとき、男の襟首をつかまえ べていた義夫の手が離れた。 義夫は、食いつくような顔で男を見ている。男の方は、ひつばられて裂けてしまっ たシャツの衿を手でおさえながら、義夫を見、そして悦子を見た。 見覚えのない顔だった。一度も会ったことはない。子にわかるのは、ただ、安藤 光男の表現は正確だったようだ、ということだけだった。 義夫の方へ視線を戻し、信じられない という表情で、男は言った。「真行寺さ ん」 子は立ちすくんだ。 492 1 一カら つか

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491 「榊クリニック」は動かない 午後十時になると、建物の正面玄関にともっていた明かりが消えた。電信柱の陰か ら、あるいは煙草屋の店先で赤電話をかけるふりをしながら、あるいは道を行ったり 来たりしながら、義夫と子はじっと観察を続けた。十時半が過ぎ、十一時になり、 十一時二十分になった。 そして 先に見付けたのは悦子だった。 えり 思わず、着ていたポロシャツの衿をつかんだ。道路の向かい側に身をひそめている べ義夫に合図を送った。 右足を少し引きながら、男が一人、こちらへ向かってくる。ひょろりと長身で、痩 せ形で、街灯の光を背負い、影を長く引きずって。 義夫は、子の合図に気付いて、その男を見た。男はむろん、こちらには気付いて ) 。少し肩を落とし、、つつむきがちに近付いてくる。 目を凝らしていた義夫の顎が、がくんと下がった。 右足の悪い男は、「榊クリニック」の前庭へ一歩踏み込みかけ 驚いて見守る悦子の前で、義夫は男の方へ向かって走りだした。義夫が近付く。男

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「お馬鹿さんね」 義夫に車で家まで送り届けてもらい、時計を見ると、九時を過ぎていた。ゆかりを ふろ せきたてて風呂に入れる。 「おじいちゃんもこっちでお風呂入っていけばよかったのに」 「銭湯に行って、あんまさんにかかるんだってよ」 「あの十円入れるヤッ ? 義夫は妻を亡くして独り住まい、悦子とゆかりも大黒柱を欠いた母子だけの暮らし べである。「同居すればいいのに」という人は多いし、悦子もそれは考えた。 が、義夫は反対だった。 「幸い、うちとおまえのところは近いんだし、会おうと田 5 えばいつでも会えるだろう。 おまえだって、敏之君との思い出が醒めないうちに、別の生活をつくるのはしんどい だろ、つと田 5 、つよ。しばらくはこのまま別々に住んだほ、つかししオ ょに、父さんも寂し くはないんだ。母さんがまだいるような感じがするから」 それは、 いかにも義夫らしい提案であり、思いやりの表し方だった。実際、このう ちに義夫を呼ぶにしても、ゆかりと二人で実家に帰るにしても、子はなにがし、敗 154

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「義兄さんーーあんた、裏切ったな ? 榊は答えなかったが、それが答えになっていた。一樹は義夫を跳ね飛ばそうとする ように、激しく抵抗した。義夫はびくともしなかったが、首に腱が浮きだした。 「離せ ! 離せよ ! 俺は関係ないんだ ! 」 「何にどう関係ないんだね ? 貝原みさおという女の子にパキシントンを打った覚え もないのかね ? 義夫に言われて、一樹は一瞬ひるんだ。 「あれは、あの娘の方がやりたがったんだよ ! 俺の責任じゃないー べみつともなく悪あがきしている一樹を見おろしていた悦子は、その無責任な言い草 あきかん ふっとう レに、一瞬沸騰した。こいつ、この女たらし。中身のない空缶みたいな男が、みさおに 危険な薬を勧め、彼女を巻き込んだのだ。 一樹は声を張り上げようとするのか、胸をふくらました。義夫が腕を振り上げる。 こかんけ 榊が押さえこみにかかる。だがその二人より一瞬早く、子は一樹の股間を蹴りあげ ていた。一発で、彼はぐったりとなった。 榊が、目を見張って子を振り向いた。義夫も口を開いてしまっている。 「そんな顔しないで」と、子は小さく言った。「これがいちばん効果的だって、お 677

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怪我でもしてたら、すぐ気がついたはずよ 「屋我はしなかったんだ。危ういところで助けられたから そう、でも、じやどうしてそのことをわたしは知らなかったの ? 」 「だって : はかり 義夫は少し、間合いをはかるようにして黙っていた。田 5 い出を、目に見えない秤に かけて、その針の振れが止まるのを待っているかのように。 「あの三枝という男は、母さんの命を救ってくれた恩人だよ 「あの人が、母さんをホテルの火災のなかから助け出してくれたの ? 」 半ばは冗談で、子は笑いながら言った。「じゃ、あの人は消防士さん ? 」 べ義夫はかすかに微笑をもらし、かぶりを振った。 「彼は、火災が起こったとき、母さんと同じ部屋のなかにいたんだ。あのホテルの最 比白 , 、 子は、次に義夫がロにする言葉を予期しながらも、何も一言うことができずに座っ ていた。義夫はこう言った。 「あの三枝隆男は、十八年前に、一時期ーーーほんの一時期だがーー母さんが恋してい た相手だったんだよ」 565

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498 一瞬ためらってから、三枝は答えた。 あたう 「仇討ちですよ。敵をとるんです 彼は約束を守った。見守る悦子と義夫の前で、「榊クリニック」の門灯が、一一度点 滅した。 それを見届けてから、義夫は悦子を促した。 「一度家に帰って、支度をしよう。行き先は少し遠いよ。房総半島のはずれだから」 「どこなの ? 」 べ「潟戸友愛病院というところだ」 レ「お父さんは、どうしてあの人の一一一一口うことをあんなに素直に信じたの ? 義夫はかすかに笑みを浮かべた。 「その話は、潟戸に着いてからしよう。ゆっくりな」

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570 「今だからだよ」と、義夫は笑う。 「じゃ、昔は ? やつばり母さんのこと、許したんでしよう ? 義夫は少し考えた。 「許したというのは、ちょっと違う。母さんの気持ちがよそへ向くことを、どうして 父さんが許したり許さなかったりできる ? 「だって : ・ 「あの当時は、仕方ないな、と思ったよ。そりや、腹が立たなかったと言ったら嘘に ルなる。でもな、子。時には、仕方ない、と思、つしかしよ、つかないことかあるさ」 べ 「ど、つして、しよ、つかないと思えたの ? 義夫はまた黙る。子は、この話をすることは、ひどく残酷なことだったのだと気 かついた。 「も、つ : 「よくないよ、子。父さんがどうして彼を信用するのか、それを知りたいんだろ 子はうつむいて、うなずいた 「彼は、『新日本ホテル』の火災の時、母さんを助けてくれた。火のまわりが早くて、

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568 永遠に笑えない男もいるだろうけれど。 「あの人、どういう人だったの ? 「当時は東京日報の社会部にいた。記者だったんだよ」 悦子は振り向いて、義夫の顔をのぞきこんだ。 「じゃ、お父さんの知り合いだったのね ? 」 「そうだよ。家で、私と織江と三人で飯を食ったこともあるし、酒を飲んだこともあ る。子は覚えてないか ? 彼がうちに遊びにきたことだってあるんだ。彼が、フィ じかわ ルルターを使わない直沸かしのコーヒーを入れてくれて、みんなで笑いながら飲んだも べのだった」 記億をたどってみても、子には思い出せなかった。義夫の同僚や、東京日報の己 者たちが遊びにくることは、よくあった。どれがどれだか、一つ一つ鮮明に記億して はいないのだ。 「私は、彼が気に入ってたんだよー こともなげに言って、義夫は缶ビールをサイドテープルに置いた。 「そういうのって、飼い大に手を噛まれたっていうんじゃない ? 「子。人間は飼い大になったりしないよ 一三ロ

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567 レベル 厦子は椅子から立ち上がった。とにかく義夫と向きあっていたくなかったのだ。冷 蔵庫を開け、缶ビールを二本取り出すと、義夫に一本を差し出した。 「素面では聞けん話かね ? 「三十四歳になって三十七歳当時の母親の浮気を知ると、缶ビールが飲みたくなる せりふ 「そりや、コマーシャルに使えそうな台詞だ」 二人はほとんど同時にプルトップを引いた。同時に大きな音をたてた。なぜか急に それがおかしくなって、悦子は吹き出してしまった。 「ごめんなさいー 「何がだね ? 「笑ったこと。笑い事じゃないでしよ」 「そうかねーと、義夫はビールを飲んだ。「私は、このことを思い出すたびに、し も少しばかり笑ったよ。少しだがね。たくさんは笑えない 「笑えるよ、つになるまで、どれぐらいかかった ? 「五年ぐらいだったかね : 五年か。妻の浮気から立ち直る速度としては、早いのか、遅いのか、どっちだろう。 のー しらふ かん

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493 義夫はゆっくりと言った。「久しぶりだ。十何年ぶりになるだろう。私を覚えてい ましたか 男の表情が、誰かに背中を撫でられている子供のような、頼りなさそうなものに変 わった。彼はほっりと言った。 「忘れるわけがないじゃありませんか」 義夫は悦子を振り返った。 さえぐさたかお 「この人は、三枝隆男さんだ。古い知り合いだよ」 男は子の方を見なかった。ちょっと目を伏せ、そして思い切ったように顔をあげ べると、一一一一口った。 レ「真行寺さんが、こんな時間にこんなところで何をしてるんです。まさかーー」 三枝という男は、今度は、まともに子を見つめた。 「まさかーーー貝原みさおを探しにきたというんじゃないでしようね ? 義夫は三枝を悦子の車のなかへ押し込んだ。 「とにかく、話を聞かせてくれ。何がどうなっとるんです。なぜあんたが貝原みさお さんを知っている ?