言葉 - みる会図書館


検索対象: 乱反射
171件見つかりました。

1. 乱反射

533 台詞を、下手な役者がそのまま読んでいるかのような一本調子だ。光恵の心が未だ回復 していないことを、加山はまざまざと見せつけられた思いだった。 光恵は表情を変えす、声すらも上げず、ただ能面のように固着した顔で涙を流してい た。加山はかける言葉を見つけられず、そんな妻の顔から目を逸らせた。 0 見慣れない番号から、携帯電話に着信があった。誰だろうかと訝りながら出てみると、 相手は「県警の佐々倉です」と名乗った。そういえば、事故直後に言葉を交わした刑事 の名前が佐々倉だった気がする。事務的な淡々とした口調に反感を覚えたことを、加山 は反射的に田 5 い出した。 「今、少しよろしいでしようか」 佐々倉はそう確かめる。歩いているところだった加山は、「かまいません」と答えて 立ち止まった。幸い、周囲はうるさくない。込み入った話でもできそうだった。 「《石橋造園土木》の足達道洋を、先ほど業務上過失致死の容疑で逮捕しました」 「逮捕」 いずれそのときが来るとは思っていても、やはり逮捕という一言葉には重みを感じた。

2. 乱反射

453 正面に坐る男に、加山は目を据えた。今になって気づいたが、足達はなぜか室内だと い、つのに手袋を取らない。屋我でもしているのかと考えた。 「はい。私があの街路樹を診断するはずだった足達です , 足達は馬鹿丁寧に、加山の言葉を反復した。その顔は強張り、青ざめている。自分が しでかしてしまったことの重大さに、今になって慌てているように見えた。お前が少し さばったばかりに、という非難の言葉が喉元まで込み上げる。それを加山は、歯を食い しばって呑み込んだ。 「石橋さんの話では、検査しなかったのには何か事情があるということでした。どんな 事情でも納得できないとは思いますが、一応聞かせていただきます . 加山は最初にそう宣言した。足達はその言葉を噛み締めるように、何度も小刻みに頷 「おっしやることはごもっともです。私もどんな事情があろうと、許していただけると は思っていません。それでも、どうしてこんなことになってしまったのか説明する義務 があると思い、お邪魔しました。説明か終わった後は、私を殴るなりなんなり、好きに していただきたいと考えています」 大袈裟な、と感じた。殴って気が晴れるなら、とっくにそうしている。そんな野蛮な 人間ではないから苦しんでいるのではないか。加山の心の中には、足達に対する反発の

3. 乱反射

136 を示せる状態ではなかった。 今度は真っ直ぐ前を見たまま、上村は言葉を継いだ。 「何がタブーなのか、一回ごとの交渉で見つけ出していく必要があるんだ。どうやらあ しつかはあの人 の様子では、孫の話は駄目みたいだな。こうやって積み上げていけば、、 つになるかわからないけ を怒らせないで話し合いができるようになるかもしれないい どな」 「ああいう人とは、まともな話し合いなんて永久にできないですよ」 麟太郎は父のことを思い つい吐き捨ててしまった。しかし上村は、やるせなさそう に小さく首を振る 「言葉が通じる同じ日本人なんだから、いっかは解決するよ。あの人だって本当は、折 れたがっているような気がするんだ。意地もあって、折れ方がわからないだけだと思 「そうですかねー そんなかわいらしい人間ではないだろうと思ったが、 あえて異は唱えなかった。頭か ら酒を浴びせられた上村が腹を立てていないのだから、麟太郎が憤る筋合いではない。 なんとか理解を示そうとする上村は立派だと、改めて評価した。 「お前にとっては初めてだから面食らったろうが、市民との交渉はまあこんなもんだ。

4. 乱反射

234 じて、寛は不愉央になる。割って入ってきた女の子には、怒りすら覚えた。 「いや、まあ、うちから近かったからさ」 「ごめんなさい。すごくよけいな差し出口だと思うんですけど、そうまでされても雪代 さんもプレッシャーなんじゃないかなあ、って : : : 」 おずおすとした態度で、女の子は言った。それを聞いて寛は、すっと小さく息を吸う。 そのまま怒声を張り上げたくなるのを、すんでのところで思い留まった。女の子が自分 で言うとおり、まさによけいな差し出口だ。 細いときは、誰かの助けがあった方がいいでしよ。第三者の 「プレッシャーって ? 心 君に、何がわかるの ? 」 なんとか言葉を選んで言い返したつもりだったが、口調にはどうしても険が混じった。 口を挟むなら、この場から立ち去って欲しかった。 「あのう、安西さん」 寛の怒りを察したか、ようやく可奈が声を発した。可奈は改めて寛に向き合い、きっ ばりと言い放っ 、。皮女は私の気持ちを代弁してくれたんです」 「彼女を怒らないでくださし彳 代弁 ? それはいったいどういう意味だ。女の子の言葉は可奈の気持ちだとでもいう のだろうか ?

5. 乱反射

293 困惑を顔に浮かべて目を伏せた。 「じゃあさ、こ、つしたら ? 車が駄目なんじゃなく、車庫入れが難しいのが問題なんで もっと広い、車を入れやす しよ。だったら別の場所に駐車場を借りればいいじゃない。 い駐車場をさ」 麗美はひとりだけ涼しい口調だった。克子はそちらに目を向け、尋ね返す。 「別の駐車場って、そんなの誰が借りるのよ。お父さんが借りてくれるの ? 「お姉ちゃんの都合なんだから、お姉ちゃんが借りればいいでしよ」 麗美の返事を聞き、我を失った。自分の意思を離れ、言葉が勝手に口から飛び出した。 「あんたが勝手なことばっかり一言うからこんなことになったんでしょ ! それをお父さ んとお母さんが甘やかすからいけないのよ ! あたしはひとかけらも悪くないわ ! 」 車の運転だけでなく、この家にいること自体がいやになった。リビングを飛び出して 自室に籠り、克子はひとりさめざめと泣き続けた。 0 1 仕事の合間を見て、父が入院している病院に行った。父は意識を回復しているが、体 に麻痺が残っているらしく、喋る言葉もはっきりしない。特に右半身に障害が出ている

6. 乱反射

104 「奢るよ。お近づきの印に」 話しかけてきた女の子と親しくなるシチュエーションは、妄想の中で何度もシミュレ せりふ 1 ションしていた。だから、気の利いた台詞も簡単に口から飛び出した。可奈はそんな 寛の言葉に笑って、「じゃあ、遠慮なく」と頷いた。 ジュースを二本買い、キャンパスのべンチに坐った。季候がそろそろ暑くなり始めて いるので、清涼飲料水が喉に心地よい。可奈に学部を尋ねてみると、法学部だとのこと だった。法学部は女性が少ないと聞いているか、中にはこんなかわいい子もいるのだ。 同じ学部の男たちが放っておかないのではないかと寛は考えた。 「法学部って女の子少ないんだよねー 「そうなんですよ。だから数少ない女の子同士は仲がいいんですが、一般教養で授業が ハラバラになっちゃうと、ぜんぜん知り合いがいなくて 可奈は困ったように眉を顰める。寛は他意が滲まないように、さりげなく尋ねた。 「男の友達は ? 」 「いえ、いません。あたし、女子高だったからあまり男の人とうまく話せなくて」 「一応、ばくも男なんだけど」 「もちろんそれはわかってますよ ! そういう意味じゃなくって、ええと、どんな態度 「あたしは : : : 」と可奈は首を振りかけたが、寛はそこに言葉を重ねた。

7. 乱反射

263 厳しく問い詰めた。光恵はいつの間にか視線を下げて、テープルの上を見つめていた。 オ取り繕、っため そんな態度を見て、少し言い過ぎたかもしれないと加山は感じる。、、こが、 の言葉も今は言える雰囲気ではなかった。 「 : : : わかった。ともかくあなたは、最初から他人の手は借りたくないのね。ますはあ たしに、お義父さんの面倒を見て欲しいのねー 「君にとって負担が大きいのはわかってるよ。辛くなったら、それこそ介護士に頼むこ とも検討する。でも、まずは父さんや母さんの気持ちを考えて欲しいんだ。金だけ出し て手は出さないなんて、そんなのあまりに冷たいじゃないか。君は母さんとは反りが合 わないかもしれないけど、父さんのことは好きだったろ。父さんだって、君のことは気 に入ってるんだ。気に入っている嫁に看病された方が、父さんだって嬉しいに決まって るじゃないか . 「、つん、そ、つよね。そのとおりだと思う」 光恵は肩を落とし、神妙に言った。光恵が折れてしまったので、言い過ぎを詫びる機 会はなかった。言い負かしてしまうと、果たして本当にこれでよかったのだろうかとい う疑問が残ったが、一度言った言葉は元に戻せなかった。

8. 乱反射

537 から事実を争う余地もほとんどありませんでした。ひとり娘だったので辛い状況でした が、もし轢き逃げだったり、目撃者がいなかったりしたらもっと苦しかったろ、つと思い ます。だから、ロ幅ったく聞こえるでしようが、一応加山さんのお気持ちはわかるつも りです。この事故は私の娘が死んだときよりもずっと複雑な状況ですからね」 「そ、つ・・ : : でしたかー 悔やみの言葉は、軽々しく一言えなかった。そんな言葉を佐々倉が欲していないことは、 誰よりも加山がよくわかっていた。 「とはいえね、事故の状況が単純だろうが複雑だろうが、子供を喪った悲しみは同じで すよ」 相も変わらす淡々と話す佐々倉だが、加山の胸には重く届いた。まさにそのとおりだ と、深く同意せざるを得なかった。 「娘が死んだのは五年前のことです。五年かかってわかったことがあります。偉そうで すが、それをお話ししてもいいですか」 「せひ、お願いしますー 心からそう頼んだ。自分がこれから、とても大事なことを聞けるのではないかという 予感があった。佐々倉は一拍おいて、少し早口になって言った。 「子供を喪ったりしたら、気持ちの整理なんかっかないですよ。時間が経てば気持ちの

9. 乱反射

470 「あの木を診断するはすだった人は、極度の潔癖症だったんです。単に気持ちの問題で はなく、自分でもどうにもならないほど症状は重かったそうです。そんな人にとって、 木の根元に放置されている大のフンはとても耐えがたいものだった。だから、木の診断 ができなかったと言ってました」 加山はほとんど瞬きをしていなかった。瞬きをしない人の表情がこれほど布いとは、 目の当たりにするまで知らなかった。麟太郎はこの場から逃げ出したくなったが、しか し加山の言葉は聞き捨てならなかった。やはり業者は、なんだかんだ理由をつけて責任 と思った。 を市に押しつけようとしているらしい。冗談じゃない、 「ちょっと待ってください、加山さん。まさか、そんな言い訳を鵜呑みにしたんじゃな いでしようね。それは単なる責任逃れでしよう。誰がどう考えたって、診断をしなかっ た業者が一番悪いんじゃないんですか ? そりゃあ、フンを片づけなかったことが職務 怠慢だと言われれば言葉もありませんが、たかが大のフンですよ ? 大のフンを片づけ なかったことと、病気の木を診断しなかったことと、どちらの罪が重いと思うんです か」 加山の表情は怖かったが、我が身を守るためには黙ってなどいられなかった。ここで 「そのとおり」と認めてしまえば、市や自分に責任があることになってしまうのだ。言 ( し力なかった。 い逃れをしようとする業者に負けるわけによ、、

10. 乱反射

563 言ってはいけないとわかっていつつも、ロが勝手に動いてしまった。自分の中にわず かに存在していた猛々しい部分が、事故を境に猛烈な勢いで成長している。海老沢が親 身になってくれているのは理解しているのに、言葉になるのは荒々しい感情だけだった。 すさ 自分が荒んでいくのが、恐ろしくもあり悲しかった。これが子を喪うということなのだ いやおう と、否応もなく痛感する。 そんな加山の返事にも海老沢は怒らず、ただ残念そうに首を振るだけだった。加山は やりきれない思いを抱え、行く当てもなく編集部を出た。 佐々倉刑事の言葉どおり、足達の起訴は早かった。足達は私選の弁護人をつけす、国 選弁護士だけで公判に臨むのだという。弁護士が私選だろうと国選だろうと、そのこと で加山の心の傷が癒されるわけではないが、少なくとも足達に言い逃れをする気がない ことだけはわかった。その一事だけでも、加山にとってはわすかな救いだった。 初公判の日、加山は休みを取って光恵とともに地方裁判所に行った。光恵を伴うこと 先日のように取り乱したりはしなかった。黒い服に身を包んだ光 には不安を感じたが、 恵は、思いの体にしつかりと顔を上げて公判の一部始終を見ていた。その様子は、健太