思 - みる会図書館


検索対象: 愚行録
232件見つかりました。

1. 愚行録

お母さんの浮気の原因、知ってるよね。そう、欲求不満。あまりにありきたりで、笑っちゃ わない ? 聞いてて情けなくなっちゃうよ。どうせ浮気するんならもうちょっと高級な理由で して欲しいけど、まあ普通はそんなものなのかなあ。あたし、友達いないからよくわからない ゃ。 お父さんって、アレがうまくないのよ。適当に触ったらすぐ入れちゃって、さっさと自分だ けイってお終い。あれじゃあお父さん自身だって楽しくないんじゃないかと思、つけど、お母さ んにしてみればたまったもんじゃないよね。お兄ちゃんが一一歳ってことは、お母さんはまだ二 十一一でしよ。ャりたい盛りだもんねー 一番最初の浮気は、ナンパされた相手とらしいよ。お父さんにもナンパされてついていって、 で初めて浮気するときもナンパ相手。芸がないよね、お母さん。それだけしよっちゅうナンパ されるってのも立派だけど。 なんかね、最初はずいぶんうまく立ち回ってたみたい。お父さんもぜんぜん気づかなかった んだって。当時は今みたいに携帯とかメールがあるわけじゃないから、どうやって連絡とって たんだろうと思、つけど、相手が学生で暇だったから昼間にいくらでも会えたってことみたいね。 どうも、うちにも呼び込んでたようよ。ホテル代浮かすために。やるよねえ、お母さん。 でもその相手とはあっという間に別れたみたい。原因までは知らないけど、お母さんのこと だから相手に満足できなかったんじゃない ? 若い相手だったし、、つまくなかったんでしよ。 118

2. 愚行録

ったんです。その後田向は、溜まっていた有休を消化して十日間休みました。ただひたすら、 家で寝ていたんだそ、つです。そうでもしないと、頭がおかしくなりそ、つだったと後で言ってま したよ。 人間って本当に身勝手な生き物ですよね。鈴木さんのことは極端な例だと思いますでしょ ? でも、住販の人間なら一一度や三度は経験する、特別珍しくもない話なんですよ。つまり、その 辺りを歩いてるごく普通の人も、きっかけさえあれば鈴木さんみたいな行動に走るかもしれな いってことです。ぞっとしますよね。人間の思いやりだの真心だの、そんなものが本当に存在 すると思っている人がいるなら、一度不動産屋になってみなさいと言いたいですよ。人生観変 わるから。 ・ : ああ、おればっかり喋ってますね。食べてくださいよ。おれが食べないと食べにくいで すか。じゃあ、少しおれも摘みます。喋るのに夢中になっちゃって。 食べながらでもいいですか ? ええ、まあそんな感じで、住販をやってれば思いもかけない ことで他人から恨まれる場合もありますよ。鈴木さんの話なんか聞くと、誰が何をしたって不 思議じゃないと思いますからね。一家四人皆殺しといえば、どんな深い恨みがあるのかと誰で も思、つでしようけど、実際は第三者からすればどうでもいいようなことが動機なのかもしれま せん。現に、警察の捜査は難航してるんでしよ。犯人像さえ確定できないっていうじゃないで すか。田向の客筋に犯人がいるんなら、割り出しは大変でしようね。これまでの常識で容疑者

3. 愚行録

私、どうして夏原さんがあんなことをしたのか、理由がわかる気がするんです。それは、田 中さんが綺麗すぎたからです。 夏原さんは内部の女子にも負けないほど、優雅で上品な雰囲気の人でした。容姿の魅力で夏 原さんに勝てる人は、内部生でもそうそういなかったんです。でもただひとり、田中さんだけ は例外でした。ぜんぜんタイプが違うので夏原さんの方がいいと思、つ人も少なくないでしよう けど、周りがどう思うかは問題じゃありません。夏原さんは田中さんの美貌が目障りで仕方が なかったんじゃないかと、私は思うんですよ。 だからこそ、夏原さんは田中さんを貶めたんです。田中さんの内部生への執着を利用して、 彼女をひどいポジションに追いやったんですよ。そ、つとでも考えなくちゃ、あの仕打ちの理由 は理解できないですから。表面的には友達に知人を紹介しているだけでしようけど、やってい ることは女衒ですからね。夏原さんはそういうことができる人だったんです。 田中さんが夏原さんの真意に気づかなかったのは幸せなのか不幸なのか、私にはわかりませ んね。気づいていれば周りにあんな目で見られるような羽目にはならなかったかもしれないけ ど、後で気づいたんなら殺してやりたくなったかもしれないし。そりゃあそうでしよう。こん な下品なことは言いたくないですけど、内部の男子の間では " 公衆便所〃なんて渾名まで付け られてたんですよ。田中さんがそれを知ったら、殺意が生まれても当然じゃないですか。 ・ : ああ、そうですね。夏原さん一家を殺したのが田中さんでも、私はぜんぜん意外には思 いませんよ。だって、動機は充分にあるじゃないですか。どんなふうに殺されたのかニュース

4. 愚行録

いていた時期なのかななんて思います。だから今でも、日常に疲れると夏原さんのことを考え るんですよ。女より男の方が未練がましいというけど、確かに本当ですね。夏原さんはばくの こと憶えててくれたかなあ。 はい、では。執筆がんばってください。 それにさ、お兄ちゃん。 、ことだったじゃない。あた お父さんが家を出ていったのは、あたしたちにとってすごくいし しにとってはもちろんだけど、お兄ちゃんにとってもね。だって、お父さんがいなくなったお 蔭で、またおじいちゃんと一緒に暮らせるようになったんだから。すごく嬉しかったな。出て いったお父さんに感謝したくらい。ホントにね、「お父さん、出ていってくれてありがとう」 って、心の中で拝んでたよ。お兄ちゃんはそうは思わなかったの ? 何がいいって、おじいちゃんはお金持ちだったからね。一流会社の重役まで務めると、貯金 ふびん の額も半端じゃないんだもん。ろくでもない父親を持って不憫だって、なんでも買ってくれた し、教育にもお金をかけてくれたし、あまりの環境の激変に目が眩みそうだったよ。そんなこ となら、お父さんが出ていかなくったってあたしたちを引き取ってくれればよかったのにと思 っちゃった。

5. 愚行録

お兄ちゃん。 秘密って楽しいよね。 あたし、秘密って大好き。 秘密を持ってると、なんかドキドキしない ? あたし、そのドキドキ感が好きなの。 ドキドキ感と、それから優越感かな。人と会ったとき、『ああ、この人はあたしの秘密を知 らないんだな」と思、つとすごい優越感を覚えるんだ。それがとっても気持ちいい。誰も知らな い、あたしだけの秘密。 お兄ちゃんは好きじゃないの ? 秘密を持ってると心苦しいの ? なんで ? お兄ちゃんっ て真面目だもんね。秘密はこんなに楽しいことなのに。ふふふ。 あたしが初めて秘密っていいなと思ったのがいつだか、お兄ちゃんはわかる ? わからない んだ ? 憶えてるかなあ。あたしが四歳くらいのときのこと。一緒に近所の交番に行ったこと よ。憶えてないか。なんだ。 あたしさ、公園で指輪を拾ったんだよ。ほら、家の前にあった公園。あたし、あんまり家に いるのが好きじゃなかったから、よくあそこの公園に行ってたんだ。公園っていってもべンチ しかないから、他の子供が来ないでいつも静かなのよ。たまに大人が坐ってひなたほっこをし

6. 愚行録

ここの場所、すぐわかりました ? ああ、それならよかった。ちょっと奥まっててわかりに くいかなと思、つんですけど、幸いお客様で迷ってしまう人もそんなにいないんですよ。曲がり いい目印になってるみたいです。ええ、こんな小さな店でも、けっこうお客 角が銀行だから、 様にいらっしやっていただいてますよ。 いえいえ、大丈夫です。今は比較的空いてる時間帯ですから。私がお店に出なくても、従業 員だけで大丈夫なんですよ。それで、この時刻を指定させてもらったんです。こちらの一方的 な都合でごめんなさい。午後になると、ゆっくりお話もできなくなっちゃ、つんで。 これ、よろしかったらどうぞ。うちのお店で扱ってるものです。カモミールなんですけど、 ープティーはお嫌いじゃないですか。そう、それならよかった。どうぞ、遠慮なさらず。私 もいただきますから。 ープの魅 ープです。やってる頃に、ハ ええ、ディスプレイしてある瓶の中身は全部、ハ 力に取り憑かれましてね。最初は趣味で飲んでたんですけど、そのうち本気になっちゃって。 ヨーロッパに行ったときには欠かさず現地のハープティーを飲むようにしてたら、けっこう舌 が肥えていろいろわかってきたものですから、いっか自分のお店を持てるようになればいいな 4 124

7. 愚行録

なければならず、送り迎えが大変なのでどうしようかと迷っているところでした。ですから田 向さんのお誘いはいいタイミングだったのですが、送り迎えをど、つ考えているのか、その点が 気になりました。 それを尋ねる返信を送りますと、今度は直接電話が来ました。 「メール読んだわ。そう、送り迎えが問題よね」 「ええ。往復の時間も含めて二時間は拘束されちゃうでしよ。けっこうそれって大きいですよ ね」 私は答えました。専業主婦には二時間くらいどうってことないだろうと思われるかもしれま せんが、ただの一一時間ではないんです。小学生クラスは終わるとタ方になっているので、その 日は夕食の支度ができません。ですからデパ ートでお総菜でも買って帰ることになりますけど、 それが毎週となると経済的にも馬鹿になりませんし。おわかりになりますか。 「だから、一緒に通える人がいるといいのよ」 田向さんは声を弾ませて言いました。私はすぐに田向さんのおっしやる意味を察しましたの で、「ああ」と声を上げたんです。話が通じたことを喜ぶように、田向さんは続けました。 「わかった ? 私とあなたで交代で送り迎えをすればいいと考えたの。そうすれば、負担も一一 週間に一度になるでしよ」 「そうですけど、それはそれでまた別の大変さがありません ? 」 「まあね。あるとは思、つけど、でも健太君なら乱暴じゃないし、うちの子とも気が合うし。そ

8. 愚行録

スタジオに撮影の機材を持っていけとか、そんな仕事ばっかりです。ただ、スタジオでの撮影 にくつついてれば芸能人を間近で見ることはありますし、テレビで見るのと違って実はこんな 性格だとかいうこともわかります。女の子はたいていそ、ついう話が好きですから、ばくもそん なエピソードのいくつかを披露しました。 「あたしも働いてみたいなあ」 夏原さんは無邪気に言いました。それも、話を聞いた女の子がよく一一一一口うことです。でもその ときには横に ~ 呂村さんがいました。 「今は手が足りてるから、無理だと思、つわよ」 びしやりとまではいきませんが、けっこうそれに近いくらい愛想のない口調で言いました。 聞いてるばくがびつくりしたほどです。でも一言われた夏原さんは、ぜんぜん気を悪くした様子 がありませんでした。 「そうでしようねえ。宮村さんはそんなところで働けてラッキーね」 田 5 、つに、夏原さんがあまりばくに親しげにするので、宮村さんは面白くなかったんでしよう。 そういう気持ちが露骨に態度に出てました。 それに引き替え、夏原さんの応対は立派なものでしたよ。宮村さんの意地悪な態度もぜんぜ ん気に留めず、大人の返事でした。そのときからですね、ばくがふたりを比較して見るように なったのは。 ええと、しつこいようですがもう一度念を押させてください。会っているならおわかりにな

9. 愚行録

そんなふうに彼女は尾形さんに話しかけました。尾形さんも紳士ですから、きちんと応答し ています。いつもだったら夏原さんは、四人共通の話題を見つけて盛り上げるのですけど、そ のときは尾形さんとばかり話していました。私は尾形さんが相槌を求めてきたときだけ、返事 をするような状態でした。 私のところにいらっしやったということは、私と夏原さんがどんな関係になったか、 ) 存じなんですよね。じゃあ、過程をだらだらと話しても仕方ないですから、結論まで飛びまし よう。はい、尾形さんは私を捨てて、夏原さんと付き合い始めたんです。 私を捨てて、なんて一一一一口うとちょっと恨みがましいですけど、客観的にはそ、つなんです。とい っても、私も捨てられた恨みをいつまでも引きずってたわけじゃないですけどね。最初にも言 いましたように、もう過去の話です。だから今は、こうしてありのままにお話しできるんです よ。 陳腐な話になっちゃって、申し訳ありませんね。女同士の友情が男を間に挟んで壊れちゃっ たなんて、あまりにありきたりで恥ずかしいです。ただ、結果はともかく、どうしてそうなっ たかという理由はちょっと変わっていたんじゃないかと思うんですよ。これもあくまで、私の 推測ですけど。 夏原さんは私に産れていたと言いましたよね。私みたいになりたいんだと。だからなんじゃ ないかと思、つんです。 えつ、もっと説明しなくちゃ駄目ですか。ですから、夏原さんは私になりたかったんですよ。 170

10. 愚行録

他の女の子とまったく同じように接してるつもりだったんだけどな」 「なに寝ばけてんだよ。誰が見たってその後の成り行きは予想がついたぜ」 「じゃあ、みんな知ってるのかな」 「そりやそうだろ。別にまずくはないんじゃないか。山本さん、ちょっとシャープな感じの美 人でいいじゃん」 ふたりで飲みたいと持ちかけられたときから、おれも田向の言いたいことはわかってました。 でも最初から察しのいいところを見せてたら、話が盛り上がらないじゃないですか。なので、 そんなふうに鈍感な振りをしたんです。 「参ったなあ。おれ、会社の子には手を出さないようにしてたのに」 あお 田向は真剣に落ち込んで、ビールジョッキをぐいぐいと呷りました。おれにしてみれば、ふ だんは隙のない田向がそんなことで困っているのは面白かったので、さらにからかってみまし 「うちの会社の子なら間違いないじゃん。いい嫁さんになるんじゃない ? ちょっと早いけど、 年貢の納めどきが来たってことじゃないの」 ひとごと 「他人事だと思って簡単に一言うなよ。おれ、まだ一一十四だぜ」 同期の中には、すでにその時点で結婚して子供までいる奴もいました。でもおれも田向も、 そんな奴の気が知れないと思うタイプなんです。一一十四であれこれ背負いたくないじゃないで すか。早くても三十過ぎ、まあおれなんかは四十過ぎたら真剣に結婚考えればいいやなんて思