ピーカン - みる会図書館


検索対象: 猫を拾いに
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1. 猫を拾いに

思いきって、わたしは訊ねてみた。 「言えない。企業秘密」 金子さんは、また、ふふ、と笑った。 部屋に帰ると、珍しくテレビがついていなかった。 洗面所で手を洗い、うがいをしてから、わたしは光史の横に座った。 「ね、セックス、してみない」 光史は、きよとんとした。それから、驚いた顔になった。 十カ月ぶりに、わたしと光史はセックスをした。好き、大好き。心の中で、光史に向かって たくさん言った。口に出しても、何回も言った。 終わってからカーテンをあけると、まだ日は高かった。 「ピーカンだな」 光史が言った。 「うん」 わたしは答え、光史の胸に顔をよせた。 今この現在。わたしはともかく、光史と一回セックスができました。明日、わたしたちはど うなるかわからないけれど、でも、一緒に住んですっとやっていくって、こういうことなんで 185 ピーカン

2. 猫を拾いに

クリスマス・コンサー 旅は、無料 ピーカン うみのしーる 金色の道 九月の精霊 ラッキーカラーは *( ホットココアにチョコレート 信長、よーじゃ、阿闍梨餅 200 172 い 5 160 187 226 147 252 239

3. 猫を拾いに

すね。なんて怖いことなんでしよう、 人と一緒にやっていくって。 ここにいない金子さんに向かって、わたしは心の中でつぶやく 飛行機雲がまた、ひとすじ、きざまれはじめた。さらに平行して、もうひとすじ。 ふたすじの雲は、くつきりと軌跡を描き、やがてまた薄まっていった。光史の胸に顔をよせ たまま、わたしはピーカンの空をまぶしく見上げた。軌跡はやがて、ふっと消えた。 186

4. 猫を拾いに

「ピーカンねー 金子さんは、真剣なおももちで空を見ながら言った。 「金子さん、結婚何年ですか」 「三十五年くらいかしらねえ」 三十五年、共に過ごす。わたしには、見当のつかない年月だ。 光史とは、この前、ほんの少しだけ別ればなしをした。わたしが言いだしたのだ。でも光史 は、いやだと言った。 「でも、それならどうして : : : 」 : セックスしないの、という言葉は、心の中だけで続けながら。 わたしは聞いた。 光史は、黙ってしまった。 「結婚って、ちゃんと話をしないと、だめですよね ? 」 金子さんに、わたしは聞いてみた。 「そうかなあ、よく、わからない。リ 前田さんとこは、話、するの ? 「あんまり」 金子さんは、わたしの顔をじいっと見た。それから、ふいっと視線をはすし、また空を見上 げる。雲ひとつない空に、飛行機雲がひとすじ、きざまれている。びんと張った白い軌跡は、 しだいに幅を広げ、やがて薄れはじめた。 ヒ。ーカン 183

5. 猫を拾いに

今日は金子さんの退職祝いもかねて、珍しくお酒を飲んでいるのである。 「あたしんとこは、もう、ない。まったく、ない。きれいさつばり と言ったのは、五十代の佐野さんだ。 「うちは、まだ盆暮くらいは、 かなあ。あれつ、でも去年の暮のは、まだだっけ ? あれあ れ ? 」 そう首をひねっているのは、四十代の美代子さん。そして、その三人の先輩の言葉にしいっ と耳を澄ませて聞いているのが、わたしともう一人の若者 ( 三十代のわたしたちは、まとめて 「じゃあ、金子さんがいちばん、してるんだー」 みみちゃんは声をあげた。 四人がそろってみみちゃんを制する。 しいお天気で、公園にはけっこう人が出ていた。 「だってー 口をとがらせたみみちゃんの表情に、わたしたちは笑い声をあげた。そそろ歩いている人た ちが、ふりかえる。 わたしたちは、セックスの回数の話を、していたのである。 「若者」と呼ばれている ) である、みみちゃんだ。 173 ピーカン

6. 猫を拾いに

「そうね。たぶん、季節ごとかしら。春と、夏と、秋と、冬とに、一回ずつくらい」 そうつぶやいた金子さんの頬は、すでにほんのりそまっている。 桜はとうに散って、お花見の時期は過ぎたけれど、わたしたちは桜の木の下で、小さな宴会 をしているのだ。バスケットにおにぎりや唐揚げをつめ、スパークリングワインを買い、女ば かり五人で公園にやってきたというわけだ。 五人は、みんな学校図書館の司書だ。年齢はばらばらで、金子さんはこの三月に定年で退職 したばかり、三十代であるわたしとみみちゃんは、公立の中学と高校にそれぞれ勤め、あとの 四十代と五十代の二人は、別べつの私立の学校に属している。セミナーで知りあい、以来数カ 月に一度ほど、上曜日の午後にランチを食べがてら、職場のあれこれを喋りあう仲となった。 ピーカン 172

7. 猫を拾いに

【初出一覧】 「クウネル」連載 ( 42 号 クリスマス・コンサート まっさおな部屋 猫を拾いに 真面目な二人 ひでちゃんの話 トンポ玉 新年のお客 はにわ 誕生日の夜 ぞうげ色で、つめたくて ハイム鯖 朝顔のヒ。アス ~ 62 号 ) 旅は、無料 ( 「大根・かぶ・豚肉」を改題 ) ピーカン うみのし一る 金色の道 九月の精霊 ラッキーカラーは黄 ホットココアにチョコレート 信長、よーじゃ、阿闍梨餅 42 号 43 号 44 号 45 号 46 号 47 号 48 号 49 号 50 号 55 号 52 号 51 号 53 号 54 号 56 号 57 号 60 号 58 号 59 号 61 号 62 号 ( 2010 ( 2010 ( 2010 ( 2010 ( 2010 ( 2011 ・ ( 2011 ( 2011 ( 2011 ( 2012 ( 2011 ・ ( 2011 ( 2012 ( 2012 ( 2012 ( 2012 ( 2013 ( 2012 ( 2013 ( 2013 ・ 5 ) ( 2013 ・ 7 ) ・ 1 ) ・ 5 ) ・ 1 1) ・ 7 )

8. 猫を拾いに

たみみちゃんだったのに。 「やめちゃうの」 「うん。だって、セックスが、手抜きなんだもん」 お待たせしました、と言いながら、お店の男の子がカクテルのグラスを持ってきた。みみち ゃんは、につこりと笑いかける。 「今度のひと、あいっと違って、ていねいだよー まじめっていうか。やつばり男は、まじめ が大事だよ」 お店の男の子が、こぼれたビールをふきとってゆく。みみちゃんの「セックス」という言葉 を、男の子が聞いていたんじゃないかと思って、わたしはどぎまぎしてしまう。 セックス。今日は、その言葉を、いやにたくさん聞いた気がする。いつもはほとんど聞かな い言葉なのに。五人で集まる時だって、そういう話はしたことがなかったのに。みみちゃんと 二人でいる時だって。 セックス。そうだ。わたし自身が、その言葉を考えないようにしてきたのだ。この一年ほど は、とノに。 貯金が三百万円たまったら、結婚しよう。そう決めて、光史と二人の共同口座に毎月貯金を はじめてから、もう二年になる。一緒に住んだほうが、お金もたまるから。光史が言うので、 こうじ 175 ピーカン

9. 猫を拾いに

「ね、旅行、行かない」 わたしは光史に言ってみた。ほんとうは、そのことをきりだすだけで、かなり勇気がいった のだ。いっからわたしと光史は、こんなふうになってしまったんだろう。 しし力もな」 「旅行か。たまには、、、、 金がかかるから、もったいないじゃない。そう光史が言うと思っていたわたしは、少し驚い た。とんとん拍子で、わたしたちは金子さんの言う「おふとん敷きつばなしの宿 , に行くこと となった。レンタカーの手配もすませ、スーツケースに三日ぶんの服をつめこみ、わたしたち は東北新幹線に乗りこんだ。 宿は、駅から車で二時間ほど走ったところにあった。なんにも、ないところだった。 「ほんとに、本、読むしかないようなところだね」 光史はつぶやいた。 「丘の中腹に、おいしいコーヒーをだすお店がありますよ 宿のおかみさんが、教えてくれた。わたしたちは荷物を置き、宿を出た。山の方から、鳥の 鳴き声が聞こえてくる。ときおりカッコウの声が響く。ジー、というくぐもった音もする。地 面のあたりで、虫が鳴いているのだろうか。 「しずかだねー 光史は言った。ぐるりを見回し、それから、久しぶりにわたしの顔を正面から見た。 ピーカン 181

10. 猫を拾いに

「こういう色に染められるなんて、思ってもみなかったわ。知らないことって、半世紀以上生 ぎてきても、たくさんあるものよねえ」 金子さんは、カフェの中を面白そうに見回した。 「へんな絵が、かざってある カメレオンだかイグアナだかオオトカゲだか、よくわからない爬虫類が、何匹もからまりあ ったような絵が、すぐ横の壁にかけてあった。金子さんに言われるまで、わたしは全然気がっ よ、つこ。 「お昼、食べた ? 」 金子さんは聞いた。日曜日の、よく晴れた午後である。いつもは「みみちゃんに会う」など という嘘を言って部屋を出てくるのだけれど、今日はほんとうに金子さんと会うために来たの 「まだです、 「そう思った。前田さん、お腹すいてるような顔してるから」 えつ、と、わたしは息をのんだ。確かに、朝から何も口にしていなかった。けれど金子さん のその言葉は、わたしのセックスレスを見破ってのことのように感じられた。 「まだランチの時間ですよね。ぎりぎり ごまかすように、わたしは早ロで言った。 179 ビーカン