ラッキーカラー - みる会図書館


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1. 猫を拾いに

阿部さんの家に遊びにいっこ。 家は海辺にある。太平洋に面した砂浜から少しだけ陸地がわに歩いたところの、うす茶の二 階建て。家のまわりには、漫然と植物がはえている。庭と道のさかいめは曖昧で、塀も門もな 、と、うので、缶人りのクッキーを買っていった。 みやげはクッキーがししし 阿部さんの家には、阿部さんが三人いる。一人は、女の阿部さん。もう一人は、男の阿部さ ん。そしてもう一人は子供の阿部さん。 三人のうちの誰かに呼びかける時には、「ねえ、女の阿部さん」「あの、男の阿部さん」とい うふうに言わなければならない。阿部さんの家では、名前というものが嫌われているのだ。 ラッキーカラーは苗 ( 226

2. 猫を拾いに

「だから、女の阿部さんなのか」 「そう 「さゆりって呼ばれても、他人みたいな感じなんだね」 「そう。なんか、さゆり、っていう実体と自分とが、半分以上すれてるような」 「でもさ あたしは聞いた。 「だからって、子供の阿部さんに『さゆり』って名づけるの、適当すぎない ? 」 女の阿部さんは、あはははは、と笑った。今日の阿部さんの服装は、羊みたいにもこもこし たミニのワンピースに、七色の縞のタイツ、それに黄色いブーツだ。 「黄色い小物が、好きなの ? 」 あたしは聞いてみた。女の阿部さんはうなずいた。病院の天井が、黄色だったの。ひょこの 黄色。だから、黄色はあたしのラッキーカラー 女の阿部さんは立ち上がった。青のりを歯にくつつけたまま、女の阿部さんは海辺の家へと 帰っていった。 翌朝、次長に「さゆりさん」と呼ばれた女の阿部さんは、晴れやかな顔で、 「はい、何ですか」 ラッキーカラーは黄 235

3. 猫を拾いに

クリスマス・コンサー 旅は、無料 ピーカン うみのしーる 金色の道 九月の精霊 ラッキーカラーは *( ホットココアにチョコレート 信長、よーじゃ、阿闍梨餅 200 172 い 5 160 187 226 147 252 239

4. 猫を拾いに

どうして名前が嫌いになったのかと、いっか女の阿部さんに聞いたことがある。 「だって、名前って、なんとなく枷になるじゃない」 女の阿部さんは答えた。 「枷 ? 聞き返すと、女の阿部さんはうなずき、 「ほら、せりなだって、せりなっていう名前じゃなかったら、こういうべレー帽とかかぶらな かったと思う」 と言い、あたしがかぶっている抹茶色のべレーのポンポンをさわった。 「それ、名前と関係ないよ」 「ううん、きっと関係あるー せりなって、かわいつぼい名前じゃない。だからほら、せりながいつも着てるものだって、 とんがったハイヒールにしやらしやらした生地のワンピースとかスカートとかじゃなく、ぼて っていう感じなんだよ。女の阿部さ んとしたチュニックに細いジーンズ足もとはスニーカー んは説明した。 「名前のせいじゃなく、あたしがそういう服装が好きだからしてるだけだよ」 「いやいや、そういう服装が好きになったのも、そもそも野に咲く花っぽい響きの、せりなっ かせ ま ラッキーカラーは黄 227

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【初出一覧】 「クウネル」連載 ( 42 号 クリスマス・コンサート まっさおな部屋 猫を拾いに 真面目な二人 ひでちゃんの話 トンポ玉 新年のお客 はにわ 誕生日の夜 ぞうげ色で、つめたくて ハイム鯖 朝顔のヒ。アス ~ 62 号 ) 旅は、無料 ( 「大根・かぶ・豚肉」を改題 ) ピーカン うみのし一る 金色の道 九月の精霊 ラッキーカラーは黄 ホットココアにチョコレート 信長、よーじゃ、阿闍梨餅 42 号 43 号 44 号 45 号 46 号 47 号 48 号 49 号 50 号 55 号 52 号 51 号 53 号 54 号 56 号 57 号 60 号 58 号 59 号 61 号 62 号 ( 2010 ( 2010 ( 2010 ( 2010 ( 2010 ( 2011 ・ ( 2011 ( 2011 ( 2011 ( 2012 ( 2011 ・ ( 2011 ( 2012 ( 2012 ( 2012 ( 2012 ( 2013 ( 2012 ( 2013 ( 2013 ・ 5 ) ( 2013 ・ 7 ) ・ 1 ) ・ 5 ) ・ 1 1) ・ 7 )

6. 猫を拾いに

あたしはせきこんで訊ねた。 「いや、そろそろさゆりって名前に慣れても、 しいかなって思って」 「きっかけとか、あったの」 「事故の話、人にしたの、男の阿部さん以外、せりなが初めてだったの そ、そうなんだ。女の阿部さんと、それほど親しいと思ってはいなかったので、あたしは内 心で驚いたし、少しだけ、ひいた。 「いや、心から信頼してるから、とかいうんじゃなく、きっと、時期がきたんだと思う」 「心から信頼、してないんだ」 あたしはつぶやいた。 「うん。してた方が、よかった ? 」 いや、それは。女の阿部さんの顔を、あたしはちらっと見た。女の阿部さんは、につこり笑 った。それから、黒酢やきそばをおいしそうに食べはじめた。 ( 女の阿部さんは、やきそばが好きなんだな ) ( 会社って、へんなところだな ) あたしは同時に思った。それから、運ばれてきたみそラーメンに、おもむろに箸をのばした。 ゆかりさん、さゆりさん、と呼びあっている係長と次長は、今でもやつばりなんだか、へん ラッキーカラーは黄 237

7. 猫を拾いに

お っちゃうみたい」 確かに、女の阿部さんの服装からは、女の阿部さんがどんな型をもつ人間なのか、さつばり 推し量れない。あだつぼいタイプなのか、遠慮深いタイ。フなのか、明るいのか、優しいのか、 厳しいのか 「なるほど、服装って、けっこう、あるかも」 「でしよ。名前も、それと同じなの」 名前と服装は、なんだか違う気がするけど。あたしは内心で思ったけれど、ロには出さなか った。ちなみに、女の阿部さんの名前は、「さゆりという。 「ね、なんだかいかにも、さゆりつぼく育ちそうな名前でしよ」 女の阿部さんは真面目な顔で言う。 「さゆり」っぽい人間が、いったいどんな人間なのだか、あたしには見当もっかない。でも、 言われてみれば確かに女の阿部さんは、「さゆり」とは違う感じがしないでもない。 「子供の阿部さんには、名前、あるの」 「あるよ、だって名無しじや法律が許してくれないから」 「どんな名前」 「さゆり」 子供の阿部さんは、女の阿部さんと男の阿部さんの娘だ。母親と同じ名前の子供かあ。あた ラッキーカラーは黄 229

8. 猫を拾いに

女はあたしの方に向き直って同意を求めた。あたしは固まってただ立っていた。 「さゆりっていう名前、好きじゃないんです」 けん′」 阿部さんは柔らかく続けた。呼ばれかたに堅固な主張は持っているが、女の阿部さんは決し てこわばった態度の人間ではないのだ。 「あら、わたしはさゆり、好きよ。吉永小百合と同じ名前なんて、すてきじゃない」 女はくらげのようにてのひらを揺らめかせながら、にこやかに言った。女の阿部さんは小さ なため息をついた。女は、気づかないふりをした。 あたしたちの会社には、女が多い。そして多くの女たちに肩書が与えられている。女の阿部 さんは、係長だ。女の阿部さんを「さゆりと呼ぶ女は、次長である。上司の言葉には、さか らわず。昔からの会社の決まりだ。 「セクハラだって、訴えてみたら」 の。昔から慣れてるか あたしは提案したけれど、女の阿部さんは薄く笑うだけだった。いい ハワハラは ? ますます無理。 ら。それに、セクハラは無理だよ。じゃ、 なぜ女の阿部さんが下の名前を使うことを潔しとしなくなったのか、あたしはあらためて 不思議に思うようになった。そもそも、普通に生活していると、下の名前を呼びあう機会なん て、ほとんどないんだし。 いさぎよ ラッキーカラーは黄 2 引

9. 猫を拾いに

いい音がした。 ーの空き缶を、女の阿部さんは上下に揺らした。じゃらんじゃらんという、 「何か食べよっか」 女の阿部さんは言い、あたしの答えを聞く前にすたすた歩きだした。やがてやきそばの屋台 の前できゅっと立ち止まり、大きな声で「二つ、と注文した。 芝生に座って、二人でやきそばを食べた。三十円のシャツを値引きしようとごねたおばさ んの是非について、あたしたちは喋った。それから、五百円のニット帽を買って千円札を出し、 釣りはいらないといばったおじさんについても。 「おじさんの方に、一票」 「いや、おばさんの粘りも、あなどれない」 女の阿部さんの歯に、青のりがくつついている。すっと座っているうちに、お尻が冷えてき た。女の阿部さんは、唐突に上を向いた。青のりがくつついたままの歯を見せて、ロをぼかん とあけ、しばらく青空を見ている。 「あのさ」 女の阿部さんが言った。 「あたし、一回死んだことがあるんだ」 ぎよっとして、あたしはほんの少し目をそらした。上を向いたままの女の阿部さんが、目を そらしたことに気づいていないといいなと思いながら。 ラッキーカラーは黄 233

10. 猫を拾いに

「不幸そう ? 」 「うん」 亜美ちゃんにも、恋の悩みがあるのだという。 「亜美ちゃん、お店に、行く ? 」 「たぶん、行かない。だって、不幸そうになりたくないもん」 でも、恋をすると、誰でもちょっぴりすっ不幸になるよ。あたしがそう言うと、亜美ちゃん はまた笑って、それから、あたしにさからうように、言った。 「わたしだけは、幸福でいてみせる」 あたしは、お店のおばさんを思いうかべる。おばさんは、けっこう幸福そうにみえた。頭の おだんごと、バナナ模様が、ポイントかもしれない。 ネイルサロンには、今日もたくさんのお客さんが来た。このご時世に、ラッキーなことよ。 あなたたちのおかげね。そう言いながら、桐谷さんは丹念に帰り支度をしていた。今日はきっ と、サロンキングとのデートだ。 いっか別れるかもしれなくとも、あたしの名前を彫ってもらうよう、恋人に頼もうかなと、 あたしはこのごろ、ふと思う。恋って、たまらん。亜美ちゃんが、つぶやいている。うん、た まらんよ、たまらん。あたしもつぶやく。 やぎとりの串に、あたしと亜美ちゃんは、かぶりついた。串から肉をはずして分けて食べる まっさおな部屋 133