「いや、ここは友だちとだけ」 友だち、という言葉から、私は注意深く離れようとした。修三の、友だち及び恋人及びあれ これの関係のひとたち。私にはぜんぜん想像できなかったし、想像してみたくもなかった。 でも、修三はかまわず、「友だち」について、喋りつづけた。少し酔っているようだった。 「大学時代の同級生で、ばかな女の子がいてね、 楽しそうに、修三はその「ばかな女の子」の話をはじめた。 「どうしても一人の男が忘れられなくて、じたばたして、でもやつばりどうしようもなくて、 そのじたばたが、一直線なんだなあ、また」 「ばかな女の子」の名前は、「あんこちゃん」なのだという。 おいしそうな名前ね、と反応すると、修三は笑った。和三盆とか使った上等のあんこじゃな 、安いあんこだな、あいつのは。 「ねえ、おかあさんが昔作ってくれたガウチョパンツ、ぼくまだ持ってるんだよ」 ぼつりと、修三が言った。え、と、私は聞き返した。 「おかあさんてさ、おしゃれだったじゃない。ぼく、それが自慢だった。まだ若いんだから、 今ももっと、おしゃれすればいいのに」 私の髪形が好ぎだったのだと、修三は言った。修三が小さい頃、私は髪をへップバーンみた わさんぼん はにわ
今年はいつもと趣向を変えて、三人だけの誕生会じゃなく、にぎやかな誕生会にしよう。 そう提案したのは、ナナだった。 できるだけたくさんの友だちに、声をかけること。友だちの友だちでも、可。 それで、わたしたちは熱心にカナッペを作ったりパンを切ったり肉をいためたりしている。 ナナものぞみも、料理上手なのである。わたしは、まあ、片づけ専門 ナナの小さなキッチンには、さまざまな料理道具がそろっている。のそみとナナは、てきば きと準備を進めていた。 わたしだけがうろうろと所在なく動きまわって、なにかと二人の邪魔になっていた。 最初のゲストがやってきたのは、夕方近くだった。 「やあやあ」 くにえだ ワインの瓶をさげて三人で人ってきたのは、のぞみの恋人の国枝くんと、その友だちだった。 国枝くんたちは、サッカーチームの試合帰りだった。髪がぬれていて、せつけんの匂いがし た。女の子のところに行くんだから、シャワー浴びなきやって思ってさ。国枝くんは、照れた ように説明した。 次にやってきたのは、昌子たちだった。同じ中学を卒業した女の子四人だ。昌子たちとわた したち三人が、きゃあきゃあ声をあげ、だきあったり手をつなぎあったりしているのを、国枝
いてくださし 、。パン切り包丁は、ごめんなさい。もっと精進しておきます。でも、師匠 ( 秋葉 原の石板の ) は、すでに死んでしまっているので、どうやって精進していいのか、難しいです。 このへんの海藻は、東京の海藻と違うので、奈美ちゃんの会社で使ってみたらいいんじゃない かと思います。今度上司に進言しておいてください。必要なら、がんばって乾燥させてから、 海藻を送ります。 手紙のひでちゃんの字は、下手くそだった。そういえば昔からひでちゃんの字は、下手くそ だった。急にひでちゃんに会いたくなった。ひでちゃんは遠くにいるんだなと、実感した。 それにしても、進言って。乾燥って。 ひでちゃんには、会いにいったりしないだろうと思う。 そういう、友だちなのだ。 もっとしよっちゅう会って、打ち明け話とかもして、メ に何人か、あたしにはいる。 でも、ひでちゃんほど、何かにつけて思いだす友だちは、いな、。 あたしは、ひでちゃんに返事を書いた。 精進、がんばってください。東京に来たら、連絡してね。乾燥した海藻は、そのうち送って ください。ではまた。 ] ルもいつも交わす友だちは、ほ、 99 ー - ーひでちゃんの話
小学校の頃は友だちがいなかった僕だけれど、大 別れた女に借金を踏み倒された友だち が、それでもまだうじうじ きくなってからは、ほんの少しだけれど、友だちができたのだ とその別れた女に尽くしているのを知ってしまった時。 国会中継で、下品な野次をいつばい聞いた時。 「もうあとこれ一つしか残ってませんよ」と言われて買ったパソコンまわりのアクセサリが、 翌日また同じ店で売られているのを発見した時。 深刻から気軽まで、卑近から形而上までの、あらゆるもやもやを、僕は円矣さんのところに もちこむ。そして、円矣さんの前で、そのもやもやを解きはなっ。 「どうしてきみは、そのもやもやエネルギーを、直接もやもやの対象にぶつけないのだ」 ときどき、円矣さんは首をかしげる。 「そんな勇気、僕にはないし 僕が答えると、円矣さんは苦笑する。 「それだけきちんと私にもやもやの発生過程や原因を説明できる力があるのなら、もやもやの 現場でもやもやを解決することもできると思うんだが そうかも。でもやつばり、だめだな。僕は答え、少しうなだれてみせる。すると、円矣さん はあわてて僕をなぐさめてくれるのだ。 「いやいや、無理はしないことだ。ぎみは、そのままのきみで、充分に素敵だし、充分に存在 141
「友だち ? 」 「うん、坂上っていう友だち」 坂上のかわいさが、わたしは、やつばり羨ましかった。わたしはほんの少し、坂上を憎んで いるのだ。今それが、はっきりとわかった。 大人になっても、四十歳になっても、わたしは坂上にかなわない。でも、それでも、圭司を 坂上に会わせようと思った。 「坂上の娘、まずそうな豚肉が好きなんだよ」 わたしは言い、砂の上にあった白い小さな貝がらを手にとった。 「きれいだな」 圭司は言い、貝がらを空に向けて透かし見た。 「ねえ、わたしの、どこが好き、 圭司は、しばらく考えていた。それから、ゆっくりと答えた。 「率直で、前向きで、ちょっと思いこみの激しい、ところ かもめがみやあと鳴いて、いっせいに飛びたった。圭司と並んで、わたしもあおむけになっ た。坂上、憎んでごめんね。でも、憎んでいるだけじゃなく、坂上のこと、すいぶん好きなん だよ。心の中で言い、圭司の手をにぎった。手は、暖かかった。波の音が、足もとから聞こえ てくる。目をつぶると、まぶた越しに、太陽の光が感じられた。 170
へへへへへつ。 ぐへへへへへへつ。ぐ ひでちゃんの、かなり美人な顔だちを思い浮かべるたびに、あたしの頭の中に同時に響くの は、なぜだか決まって、あの時の笑い声なのだ。 あたしは、もう三年くらい、ひでちゃんに会っていない。 メ ールだって、二カ月にいっぺんくらいしか、交わしていない。 ほんとうのところ、ひでちゃんとあたしは、そんなに近しい友だちではないのだ。 だけどときどき、あたしは無性にひでちゃんに会いたくなる。そういう友だちは、ほかには ハン切り包丁を厳重に梱包して、ひでちゃんに送った そういえば、この前あたしはついに、 のだ。 包丁が届いたころ、ひでちゃんからメールがきた。 なみ 奈美ちゃん。ごめん。パン切り包丁だけは、研げないんです。その技術がなくて、すまん。 送り返すね。 数日後に届いた荷物の中には、送ったパン切り包丁と、沖縄の地元で大人気だというお笑い コンビの > が人っていた。それから、手紙も。 このコンビは、今までに一番泣かされたお笑いコンビです。よかったら奈美ちゃんも見て泣
森の奥に来て、一人でぼんやり地面にしやがんでいるのが、好きだったのだ。 小学生の頃、僕にはほとんど友だちがいなかった。友だちをつくるのって、一種の、なんと いおうか、間のよさのようなものが必要だから。 僕は、間の悪い子供だった。たとえば、クラスの子とかわす会話。どうしてみんなは、誰か が何かを言ったすぐ後に、するっと自分が喋りはじめることができるんだろう。 僕が誰かと喋ろうとしても、いつもなんだか会話はぼつぼっ切れてしまうのだ。話したいこ とがないわけじゃない。相手の言うことに興味がないのでもない。ただ、なぜだか僕が喋りは じめようとすると、相手もたいがい同時に喋りはじめるのだ。そして、僕があわてて黙ると、 相手もあわてて黙る。 たとえば「にらめつこ」だったら、同時に「あっふつふ」と言って、同時にへんな顔をすれ ばいいのだけれど、会話はそうじゃない。会話は、たくみにタイミングをずらしながら交互に おこなわなければならない。その間合いを、僕はどうしてもうまくはかれなかったのだ。 はじめての時、円矣さんは、樫の木のうしろからあらわれた。 「ため息かね」 円矣さんは言い、腕組みした姿勢で、しやがんでいる僕を見上けた。 僕は一瞬、びくりとした。大きなかえるだと思ったのだ。 138
三十一歳の誕生日は、少し曇っていた。 いつものように、ナナの部屋で、わたしの三十一歳の誕生日は祝われようとしていた。 ナナと、のぞみと、わたしは、中学時代からの友だちである。いつの頃からか、誕生日には、 実家を出てひとり暮らしをしているナナの部屋に集まってーーー恋人がいる年は、恋人と二人で 過ごす誕生日当日から少しずれた日に集まって 互いがこの世に生まれてきたことをお祝 いする習慣となっている。 ナナの部屋からは、桜がよく見える。児童公園の桜である。 「ねえ、幻世紀って、いっから始まったか、知ってる 誕生日の夜
「そういえば、このごろ、固定電話って使わないよね」 ルツが一一一口う。 「うちのは、オ。フジェの一種になってるよ」 そう答えると、ルツは笑った。 あたしたちは、べンチで喋っているのだ。ルツのところのヒナが、あたしのところの大樹の 手をひいて、公園中を走りまわっている。大樹は、だいぶん息ぎれしていた。でもヒナは許し てくれない。 もっとからだきたえなきやだめでちゅよ。お姉さんらしい口調で言い ヒナは大 樹のお尻をたたく。大樹は、今にも泣きそうな顔で、でもヒナが大好きなので、こらえている。 ルツは、ずいぶん前からの友だちである。あたしもルツも二人とも、大樹とヒナをうんだの うみのしーる だいき 187
「かもめが、浮いてるな」 砂浜に座って、わたしと圭司は、しばらくお喋りをした。風が冷たかったので、頬がまっか こよっこ。 「旅行、また、いつはいしたいね」 わたしが言うと、圭司はうなずいた。 「いつばい仕事して、旅行のお金、ためるよ、わたし」 「そんなに、ためなくて、 しいよ」 「でも 「こないだ本読んでたらさ 圭司はそこで、ばさりとあおむけになった。 「こんなことが書いてあった。地球上の生活には金がかかるかもしれないけど、太陽のまわり を年に一周する旅が無料でついてくる、って」 目の前が、突然ばあっと明るくなった。日を隠していた雲が、移動したのだ。 「そうかあ、いつも旅してるのか、わたしたち」 「そうだよ」 「圭司、こんど、わたしの友だちに会う ? 」 思わず、わたしは言っていた。 169 ーー - 旅は、無料