感じ - みる会図書館


検索対象: 猫を拾いに
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1. 猫を拾いに

お っちゃうみたい」 確かに、女の阿部さんの服装からは、女の阿部さんがどんな型をもつ人間なのか、さつばり 推し量れない。あだつぼいタイプなのか、遠慮深いタイ。フなのか、明るいのか、優しいのか、 厳しいのか 「なるほど、服装って、けっこう、あるかも」 「でしよ。名前も、それと同じなの」 名前と服装は、なんだか違う気がするけど。あたしは内心で思ったけれど、ロには出さなか った。ちなみに、女の阿部さんの名前は、「さゆりという。 「ね、なんだかいかにも、さゆりつぼく育ちそうな名前でしよ」 女の阿部さんは真面目な顔で言う。 「さゆり」っぽい人間が、いったいどんな人間なのだか、あたしには見当もっかない。でも、 言われてみれば確かに女の阿部さんは、「さゆり」とは違う感じがしないでもない。 「子供の阿部さんには、名前、あるの」 「あるよ、だって名無しじや法律が許してくれないから」 「どんな名前」 「さゆり」 子供の阿部さんは、女の阿部さんと男の阿部さんの娘だ。母親と同じ名前の子供かあ。あた ラッキーカラーは黄 229

2. 猫を拾いに

た。何回もメールをしようと思った。電話も。でも、できなかった。あんまり涼音が恋しくて、 できなかったのだ。 半年たったころ、ようやくメールをした。 二人で酒を少し飲んで、そのあと契茶店に人ってコーヒーを飲んだ。 「コーヒー、飲んで、平気なのー 涼音は聞いた。半年会わなかっただけなのに、知らない女みたいにみえた。化粧も服の感じ も、前と同じなのに。 この知らない女が好きだと思った。 「また、つきあってくれないか」 僕は頼んだ。涼音は首を横にふった。 「だめか」 「ごめん」 「謝らないでくれ」 「ごめん やつばり結婚するなら、レナ姉のような女の方がいいと、はっきり思った。でも涼音が好き だった。どうしようもなく、好ぎだった。 駅まで涼音を送っていった。それから思いついて例の古びた珈琲店に行き、その日二杯めの

3. 猫を拾いに

サークル部屋のがたびしした椅子に座って、続木くんはぼそぼそと言った。 部屋にいたのは、「フィルム派」ではなく「鑑賞派」ばかりだった。誰も続木くんの言葉を 受けようとしないので、この前のホットケーキのことはまだ釈然としなかったのだけれど、し かたなくあたしは聞いた。 「どのへんー 「いろいろ」 次の映画は、がんもどきの製造工程を克明に撮るつもりなのだと、続木くんは嬉しそうに説 明した。 「だから、またいいキッチンが必要になるんだ、 ホットケーキの次は、がんもどき。柳の下のどじよう、という一言葉を、あたしは思い出した。 「求太くんのところじゃ、だめなの 「あいつは、ホットケーキ専門。ホットケーキ以外、いっさい作ったことはないって。食事は 全部、外食」 求太くんのキッチンの、冷徹に片づいた感じを、あたしは思い出した。あったのは、ガスこ んろが一つにフライバン、冷蔵庫の中の卵と牛乳、引き出しの中の粉二種類、それにバターと メープルシロツ。フ。ただそれだけだった。全部の引き出しをたしかめてみたわけではないから 絶対とは言えないけれど、たぶんあのキッチンにはホットケーキに関するもの以外何もないと ハイム鯖

4. 猫を拾いに

愛い ときどき僕は、涼音の可愛さが、面倒になるのだ。 そんな時、涼音は僕の気持ちを感知して言う。 「タイチって、なんか、ときどき感じ悪いよね , その通りだ。僕は感じの悪い恋人だ。よくもこんな男とつぎあってくれていると思う。 携帯につるしたトンポ玉を、僕はさわってみる。描かれている顔は、笑っている。あるいは、 嘆いているのか。どちらともとれる顔で、二つ並んでいる。 感じの悪いことへのバチがあたったのかもしれない。 、、、ほかの男を好きになった。 涼音が 「ごめん」 涼音は謝った。僕は下を向いていた。こんな日がくるような気がしていた。たぶん少しの間 つらくて、でもじきに平気になると思った。 涼音は立ち上がり、伝票を持っていって素早く支払った。そこは、はじめて人った、会社の 近くの、れいの古びた珈琲店だった。なにも別れ話をするのに、僕が毎日通る道筋にある店をポ 選ぶこともないのにと、ぼんやり思った。 つらさは、薄まらなかった。時間がたっても、だめだった。意外だった。涼音に会いたカ

5. 猫を拾いに

したちは解散した。 「また、来年も、お誕生会しようね、 「坂巻くんと、悦子、いい感じだったし 「悦子の隣のおばあさんは、地獄から来てたんだって」 楽しそうに、ナナが教えてくれた。 「改名しろって、言われたー と言うと、ナナものぞみも、感心したように頷いた。 「そうしなよ。地獄の神様のお言葉だもん。聞かなきや」 ありす そういうわけで、三十一歳の誕生日の翌日、わたしは名前を「悦子」から「亜梨寿」に変え 改名の効果はあらたかで、再就職は、その翌週に決まった。ただ、効果はそこまでで、以降 の全般的な運勢は、それまでとちょぼちょぼ、という感じだ。 坂巻くんとは、けっこううまくいっている。ただ、坂巻くんは白鳥座デネブ近くの出身なの で、恋愛に関する常識が、わたしたちとは少しばかりずれているのだ。それで、ときおり喧嘩 になるのが、難といえば難ではある。 51 一一一誕生日の夜

6. 猫を拾いに

それまでずっと並んで走っていた総武線と中央線が、分かれるでしよう。お茶の水で。 ひでちゃんはのんびりと説明した。 ひでちゃんは、あたしの幼なじみだ。金子ひで。明治のおばあさんみたいな名前で、いやな んだ。いつもひでちゃんは言うけれど、あたしは「ひで」って、かっこいい名前だと思う。年 齢も性別も不詳な感じが で、総武線と中央線が、どうしたの。 あたしが聞くと、ひでちゃんはびつくりしたような顔で、 あっ、電車はどっちでもいいんだけど。 と一一一一口った。 ひでちゃんの話

7. 猫を拾いに

驚きながらも、あたしはたしかめた。 「最初から」 あたしはまた、息をのんだ。まさか。 「坂上って、頭固いからな」 そのあと、あたしたちはクリスマスイヴの街に出て、夕飯を食べた。モッ焼き屋さんで、ビ ールとホッピー。それにワインを一杯すつ。 イヴの街には、クリスマスソングがし 、、、つばい流れていた。 あたしと伊吹は結婚して、今は子供が二人いる。 クリスマスには、サンタクロースからのプレゼントが子供たちに届けられる。来年小学生に ゆり なる長女の由里に、この前あたしは聞いてみた。 「サンタクロースって、どう思う ? 由里は少し考えてから、こう答えた。 「よくできたお話だよね。なんか、いし 、感じー 千絵にその話をしたら、大笑いされた。 「ねえ坂上、サンタクロースを信じないって、かたくなに思いつづけてた坂上こそ、夢を持っ 158

8. 猫を拾いに

今考えてみれば、たったの五歳だか六歳だかの子供たちの、言葉づかいだけはいつばしな、 でもその中身は「サンタクロースさんへのおてがみ」についての純真で素朴な会話である。 でも、あたしはいつも、そういうやりとりを苦々しく聞いていた。 サンタクロース。 ます、その響きが、あやしかった。 世界じゅうの子供たちみんなに、。フレゼントを配ってまわる、ということも、不可能だとし か思えなかった。 しい子のところに来る、というのも、なんだか感じ悪かった。 でも、それらにも増していちばん受け入れがたかったのは、「サンタクロースには、夢があ けんのん る」という、剣呑な雰囲気だ。 あたしは、夢のない、子供だったのだ。 夢のない子供だったあたしは、夢のない大人へと、ちゃくちゃくと成長していった。 今あたしは、二十歳だ。 恋人は、いない。大学を卒業したら公務員になりたいので、毎日三時間、そのための勉強を している。趣味はヴァイオリン。 「坂上って、なんか、えらいよなあ」 さかがみ 148

9. 猫を拾いに

もうじきです。少しお待ちください と答えた。 クライアントは、最後までにこにこと笑っていた。食欲を刺激するお煮しめやお雑煮の匂い をかぎつつ、あたしたちも最後まで熱心にパソコンに向かうふりを続けた。 時間がくると、クライアントは、またボタンを押した。 ガガガ、という音と共に、すべてのものが消え失せた。 「ご苦労さまでした」 クライアントは一一 = ロい、 玄関の方を指し示した。 あたしたちは、狐につままれたような気分で、千歳船橋まで歩いた。人影はなく、日は暮れ はじめており、あたりは静まりかえっていた。 「なんか、この世にもう誰もいなくなっちゃったみたいな感じ、しない」 フルーがつぶやいた。 「ここ、ほんとに東京だよなあ」 、、フラックが一 = ロっている。 「あのクライアント 、いったい何だったんだろう」 ルーが一 = ロうと、レッドは〕短ノ、、こう〔、えた。 77 ーー新年のお客

10. 猫を拾いに

どうして名前が嫌いになったのかと、いっか女の阿部さんに聞いたことがある。 「だって、名前って、なんとなく枷になるじゃない」 女の阿部さんは答えた。 「枷 ? 聞き返すと、女の阿部さんはうなずき、 「ほら、せりなだって、せりなっていう名前じゃなかったら、こういうべレー帽とかかぶらな かったと思う」 と言い、あたしがかぶっている抹茶色のべレーのポンポンをさわった。 「それ、名前と関係ないよ」 「ううん、きっと関係あるー せりなって、かわいつぼい名前じゃない。だからほら、せりながいつも着てるものだって、 とんがったハイヒールにしやらしやらした生地のワンピースとかスカートとかじゃなく、ぼて っていう感じなんだよ。女の阿部さ んとしたチュニックに細いジーンズ足もとはスニーカー んは説明した。 「名前のせいじゃなく、あたしがそういう服装が好きだからしてるだけだよ」 「いやいや、そういう服装が好きになったのも、そもそも野に咲く花っぽい響きの、せりなっ かせ ま ラッキーカラーは黄 227