考え - みる会図書館


検索対象: 猫を拾いに
27件見つかりました。

1. 猫を拾いに

そうだよね、故障だよね。このごろほとんど固定電話なんて使わないから、そのせいだよね、 きっと。ルツはうなずき、一度並べた編み物をまた帽子ケースにしまった。 それから一カ月ほどが過ぎ、あたしはまたルツを訪ねた。大樹が風邪ぎみだったので少し迷 ったのだが、珍しくルツの方から、来てよね、と言ってきたのだ。 ヒナに会えて大樹は嬉しそうだったけれど、風邪ぎみで体がしんどいせいか、ほんの少しの ことで泣いてしまう。 「大ちゃん、おうちに人っておやっ食べよう」 ルツは一一一一口い、 団地の階段をのぼっていった。ヒナと大樹とあたしは、ルツの後にしたがう。 リーン、リーン、という立日が聞こえてきた。 途中で、 「電話だよ、なんか、ルツの家つぼい」 あたしが言うと、ルツは足をはやめた。鍵を急いでまわし、 「ねえ理絵、出てくれない」 と一一一一口った。 あわててサンダルを脱ぎちらし、あたしは電話のところまで走った。受話器をとる。耳に当 てると、サー、という音がした。もしもし、と言っても、返事はない。 振り向くと、ルツがすぐうしろに立っていた。 りえ うみのし一る 193

2. 猫を拾いに

ずっと、隠してきたことがある。 あたしは、サンタクロースを信じたことが、一度もないのだ。 最初に「サンタクロース」というものの存在を知ったのは、保育園に通っていた頃のことだ。 保育園の中でも、ことに上のクラスのおねえちゃんやおにいちゃんたちが、クリスマス近くに なると、いそいそ、そわそわ、しだすのだ。 「おれさあ、おてがみかいた」 「マジ ? おいのりするだけじゃ、だめなのかな」 「わかんねえ。うちのママは、おてがみ力しし ス、、って、いってた」 クリスマス・コンサー 147

3. 猫を拾いに

どうしても欲しいものがあった。 それは、深緑とえんじと白の、ゆがんだ球形の、まんなかのあたりにどこか遠い国の人の顔 が描いてある、小さなトンポ玉である。 ねえ 玉は、レナ姉のものだった。 たんす レナ姉の部屋の、丈の低い簟笥の上には、その玉だけでなく、たくさんのこまごまとしたも のが飾られていた。 ビーズでできた、意地悪そうな顔の小さな人形。さみどり色の、てのひらより小さな豆本。 ちびたとりどりの色鉛筆。ひびの人ったガラスの瓶。桜貝。片割れをなくしてしまった、いく つものピアス。 トンポ玉

4. 猫を拾いに

「恵子さん」の、 「大事なものなんて、そんなには、ないわ」 という一言葉のせいかもしれない。 自分のためのラブレターを書いてみようと、急に思いついた。 けれど、誰に宛てればいいのか、わからなかった。 いろいろ考えて、結局は夫に書くことにした。 うな 三時間近く唸ったすえ、こんな文章になった。 結婚してよかったです。 長生きしてください 好きです。 長生きしてください、くれぐれも。 ス いつもクライアントに用意するような、意表をついた表現や、多少は気のきいた比喩は、ぜ ア の んぜん思いつけなかった。 顔 そういうものなのかもしれないと思いながら、きちんと便箋に清書して、封筒に人れ、封を朝 した。

5. 猫を拾いに

三十一歳の誕生日は、少し曇っていた。 いつものように、ナナの部屋で、わたしの三十一歳の誕生日は祝われようとしていた。 ナナと、のぞみと、わたしは、中学時代からの友だちである。いつの頃からか、誕生日には、 実家を出てひとり暮らしをしているナナの部屋に集まってーーー恋人がいる年は、恋人と二人で 過ごす誕生日当日から少しずれた日に集まって 互いがこの世に生まれてきたことをお祝 いする習慣となっている。 ナナの部屋からは、桜がよく見える。児童公園の桜である。 「ねえ、幻世紀って、いっから始まったか、知ってる 誕生日の夜

6. 猫を拾いに

なるほど。 あたしは思った。 気持ちは、分類できない。それなら、カウンター機を二つも持ってても、しようがないんだ あたしは片方のカウンター機を、机の奥深くにしまった。 ハルオとは、今も時々会う。映画を見たり、カラオケに行ったり、たまには手をつないだり する。 「やつばり、気持ちって、分類できないね」 あたしは上原菜野に言った。 「ねえ、島島さんー 「なあに」 「島島っていう名字、わたしとっても、好き」 そう言って、上原菜野はカウンター機を、かち、と鳴らした。 「うれしい あたしも答え、カウンター機を、かち、と鳴らした。 うしろの席から、顔見知りの中文の女の子が、聞いた。 よ。 1 10

7. 猫を拾いに

驚きながらも、あたしはたしかめた。 「最初から」 あたしはまた、息をのんだ。まさか。 「坂上って、頭固いからな」 そのあと、あたしたちはクリスマスイヴの街に出て、夕飯を食べた。モッ焼き屋さんで、ビ ールとホッピー。それにワインを一杯すつ。 イヴの街には、クリスマスソングがし 、、、つばい流れていた。 あたしと伊吹は結婚して、今は子供が二人いる。 クリスマスには、サンタクロースからのプレゼントが子供たちに届けられる。来年小学生に ゆり なる長女の由里に、この前あたしは聞いてみた。 「サンタクロースって、どう思う ? 由里は少し考えてから、こう答えた。 「よくできたお話だよね。なんか、いし 、感じー 千絵にその話をしたら、大笑いされた。 「ねえ坂上、サンタクロースを信じないって、かたくなに思いつづけてた坂上こそ、夢を持っ 158

8. 猫を拾いに

阿部さんの家に遊びにいっこ。 家は海辺にある。太平洋に面した砂浜から少しだけ陸地がわに歩いたところの、うす茶の二 階建て。家のまわりには、漫然と植物がはえている。庭と道のさかいめは曖昧で、塀も門もな 、と、うので、缶人りのクッキーを買っていった。 みやげはクッキーがししし 阿部さんの家には、阿部さんが三人いる。一人は、女の阿部さん。もう一人は、男の阿部さ ん。そしてもう一人は子供の阿部さん。 三人のうちの誰かに呼びかける時には、「ねえ、女の阿部さん」「あの、男の阿部さん」とい うふうに言わなければならない。阿部さんの家では、名前というものが嫌われているのだ。 ラッキーカラーは苗 ( 226

9. 猫を拾いに

「ごめん、て、謝ることじゃないよ。だいいち、ヒナの方が大樹より三歳としうえでしよ。じ ゃあ、あたしと結婚する前は、ケンはルッとっきあってたの ? 」 「半年くらいね」 ケンならば、大いにありそうなことだった。 ケンとあたしが結婚した時。ケンが出ていった後。どの時も、ルツは優しかった。少しさみ しそうないつものルツの笑顔を、あたしは思い浮かべる。 「いや、最初は言わないでおこうと思ってたんだけど。でも、ヒナも大樹も一人っ子で、こん なふうに仲良しだから ケンのことを思い出して腹がたっことはあっても、未練みたいなものは、これつぼっちもな っこ。 「なんか、嬉しい あたしは言った。けっこう、心の底から。 「それでね。これからも、よろしくっていうことで」 ルツは、ちょっと照れたように言った。 よろしく どひやーだね。あたしがはしゃいで続けると、ルツはひっそりと笑った。 うみのし一る 191

10. 猫を拾いに

「オケの方は、忙しくてだめなんだけど」 を完全にさらってくるのだった。 そう言いながら、伊吹はカルテットのチェロのパート 「ねえ、そんなにたくさんの女の子と、どうしてつきあうの」 千絵は、ときどき伊吹に聞いた。 「わからないけど、女の子たちって、夢があるから、好きなんだおれ」 「はあ ? 」 あたしと千絵は、声をそろえた。半村は笑っていた。 四年生になると、カルテットは活動を停止した。 「就活が終わって、暇ができたら、またやろうな」 半村も伊吹も言っていたけれど、結局カルテットを再開することはなかった。半村と千絵が、 別れてしまったからだ。 卒業してからは、時間はとぶように過ぎていった。 伊吹は銀行に勤めた。千絵は小さな編集プロダクション、そしてあたしは予定通り公務員に 半村以外の三人で、あたしたちは時々集まった。千絵はたいがい遅れてやってくる。 「編。フロって、ほんっと、体力いるわ」 よっこ。 153 クリスマス・コンサート