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検索対象: 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集
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1. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

「どんな凶悪な犯罪者も、はじめは心に傷ひとつない赤ちゃんだったはずです。と ころが生育していくなかでさまざまな困難に出会い傷ついてゆく。受刑者の多くが、 子どものころ、精神的、身体的な傷を受けています。その傷をうまく処理できなかっ た者が非行に走り、犯罪者になるのかもしれません。更生させ再犯を防ぐためには、 元の自分に戻してやることだと思うのです。子どもらしさを素直に出させ、それで も大丈夫だ、と安心させてやることができれば、立ち直るきっかけになり、非行や カ 犯罪と無縁の生活を送れるようになるのです」 の 場 乾井教官はこれを「思いを汲んで、寄り添い支え、手塩にかける」と表現する。 といっても、教官だけが教育に関わっているわけではない。ケンカなどに走りがの 詩 ちな受刑者たちを律し、規律正しい生活に導いてくれる刑務官の先生方の力なしに は、教育は成り立たないという。奈良少年刑務所の職員のうち、約九割が刑務官で あり、残りの約一割が教育の教官、心理技官、作業技官、医療技官である。企画部 門の教育担当は十四名にすぎない。現在、約二百名の職員で、七百名あまりの受刑 者を、二十四時間、管理している。 「刑務所の職員全員がそれぞれの立場でその役割を果たしながら連携していくこと で、歯車のようにうまくかみ合 い、はじめて、教育や改善指導の効果もあがるので 173

2. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

に立てば、五方向、すべて見渡せる。わたしはここに監視の人がいるのを見たこと がない。受刑者たちは、昼の間は工場や刑務所のなかで働いているからだ。受刑者 は、よく訓練された船員たちのように、てきばきと秩序正しく日常をこなしている。 両側に監房のある通路を通り抜ける。がっしりとした木の扉がずらっと並んでい る。扉の下に、食器を出し人れする小さな窓がついていることにドキッとする。 空室になった部屋を、刑務官が点検している場面に遭遇することもある。天井の やけに高 い、小さな空間。ここが彼らの生活の場だ。」 用務所でなければ、それなりき に居心地がいいようにも思えるが、冷暖房のない煉瓦建築は、暑さ寒さもきつく、 あ 版 暮らしにくいという。冬にはしもやけで赤く腫らした手で、教室に来る子もいる。 庫 文 それでも、近代的で無機質な四角い箱に閉じこめられて何年も送るよりは、ずつ とましなのではないか、心が癒されるのではないか、と思わずにはいられない。そ れほど、この建物は美しい。煉瓦や木の古びた風合いが、なんともいえない。それ は、ここで暮らしたことのない者の、 いい気な言い分だろうか 監房のある長い通路を抜けて外に出ると、ふっと爽やかな木の香が鼻をくすぐる。 削りたてのヒノキの香りだ。正面は木工の工場。ここで、受刑者たちは、奈良の一 刀彫の技術などを学びながら働いている。真剣な表情で木と向き合っている受刑者 さわ 187

3. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

そんな受刑者の変化を感じた工場担当の刑務官の先生方が、彼らを適切なポジ ションに配置してくださる。すると、工場全体に、更生に向けて前向きの明るい雰 囲気が漂うようになるという。 一人の変化が、全体に影響する。悪循環の反対の、 良循環のはじまりである。 逆に、工場に一人でも歩調を乱す者がいると、悪循環がはじまってしまう。授業 の効果を実感した刑務官の先生から「次は、問題を起こしがちなあの子を人れてやつで の てください」と依頼されるまでになった。そうやって「社会性涵養プログラム」を ん ら 受けた者のなかには、受講後、工場で指導的立場に立っている者すらいる。 え へんぼう 彼らの大きな変貌ぶりを思うと、わたしはなんだか泣けてきてしまうのだ。細水白 ら 統括のおっしやるとおりだった。彼らは、一度も耕されたことのない荒れ地だった。 くわ ほんのちょっと鍬を人れ、水をやるだけで、こんなにも伸びるのだ。たくさんのつ靖 ぼみをつけ、ときに花を咲かせ、実までならせることもある。他者を思いやる心ま で育つのだ。 , 彼らの伸びしろは驚異的だ。出発地点が、限りなくゼロに近かったり、 時にはマイナスだったりするから、目に見える伸びの大きさには、目をみはらされ る。 こんな可能性があったのに、 いままで世間は、彼らをどう扱ってきたのだろう。 170

4. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

衛生夫は子守り係とちゃうねん せやけど : しようこ みんなの名前と称呼番号を暗記した時 わか うれ よう解らんけど嬉しなった 職業訓練のための工場や寮舎の雑用係で、 あとかたづけから、洗濯まで、なんでもしなければなりません。 結構気を遣う、中間職のような仕事でもあります。 「オヤジ」と呼びならわされる刑務官と受刑者の間に立って 「衛生夫」の正式名称は「衛生係」。

5. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

いつの日か働く喜びわいてぎて おおもう 最後はみんなで大儲け そんなことができるかな いっか夢を叶えたい 刑務所では、受刑者の誰もが、規則正しい生活をします。 そんななかで、はじめて基本的な生活習慣を身につけ、 それまでの自分を振りかえることができるようになります。 メリハリのある日々が生活に張りを与え、くんのように、 前向きになって、明るい夢さえ見られるようになるのです。 ()5 くんは刑期を終え、張りきって門の外へ出ていきました。 かな

6. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

へ来てしまったのか。そう思わずにはいられない。 一ヶ月に一回、一時間半の「物語の教室。の授業は、六回で最終回となる。最後 の授業を迎えたとき、彼らは確かに変化している。始めて教室に来たときとは、確 実に違っている。もっともっと、彼らと会っていたいと、わたしは思う。彼らも、もっ この教室に来たいと願っているのが、ひしひしと伝わって ともっと詩を書きたい、 す くる で の けれど、それはできない。より多くの受刑者にこのプログラムを受けてもらうただ ら めに、一期は半年、と決まっているのだ。 え 彼らが意欲を持って詩を書くようになり、そのすべての作品の合評ができないま白 ら まに、「物語の教室」は、幕を閉じることになることが多い。積み残しがある。わ 青 たしも残念だし、彼らも残念に思っている。 空 より多くの受刑者にこの授業を受けてもらうために、この教室を細胞分裂のよう に二つにして、一期二クラス開講する、ということも検討されている。そのために、 新たな教官や刑務官に、この授業に参加してもらっている。マニュアルだけでは伝 えられないことを、いっしょに授業をするなかで、伝えていければ幸いだ。 面白いこと、というと失礼だけど、こんなことがあった。期の途中から授業に参 202

7. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

うにしつかりして、みんなとうまくいくようになっている、と、刑務官の先生から の報告があったという。「くんが、あんなふうに変わったなら」と、自ら志願して、 この社会性涵養プログラムを受けたいと申し出る者も出てきた。 足を広げてふんそり返って座っていた o くんは、俳句をほめられたことをきっか けに、腰かける姿勢まで変わってしまった。授業に興味を持って、身を乗りだすよ うになった。 自傷傾向があり、情緒の安定を欠くくんは、妄想や空想をノートに書きつけ、カ 心から取りだして客観化するようになった。すると、心が落ち着き、醸しだす雰囲場 こた カ 気さえ変わってきた。いまでは、仲間から人生相談を受け、応えてあげる立場にま の 詩 でなっている。 人間、たった六ヶ月、十八回の授業を受けただけで、そんなに変われるなんて、と、 わたしは我が目を疑った。。 ヒギナーズ・ラックで、たまたまうまくいったのだと最 初は思っていた。 ところが、そうではなかった。今回、五期目が終了したが、効果が上がらなかっ たクラスは一つとしてない。ほとんどの受講生が、明る、 工場の人間関係もスムーズになる。 ししい表情になってきて、 かも 169

8. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

空が青いから 白をえらんだです 良年集幵 奈少詩」 空が青いから白をえらんだのです寮美千子・編 奈良少年刑務所詩集 寮美千子 9 7 8 4 1 0 1 5 5 2 4 1 1 受刑者たちが、そっと心の奥にしま っていた葛藤、悔恨、優しさ 童話作家に導かれ、彼らの閉ざさ れた思いが「言葉」となって溢れ出 た時、奇跡のような詩が生まれた。 美しい煉瓦建築の奈良少年刑務所の 中で、受刑者が魔法にかかったよう に変わって行く。彼らは、一度も耕 されたことのない荒地だった 「刑務所の教室」で受刑者に寄り添 い続ける作家が選んだ、感動の 57 編。 Ryö Michico 1955 ( 昭和 30 ) 年、東京生れ。千葉に 育つ。中央大学中退。外務省勤務、 コピーライターを経て、 ' 86 年、毎日 童話新人賞を受賞し、作家活動に入 る。 2005 ( 平成 17 ) 年、小説「楽園の 鳥カルカッタ幻想曲』で泉鏡花文 学賞受賞。 ' 06 年、奈良市に移住し、 ' 07 年より、奈良少年刑務所「社会 性涵養プログラム」講師。宮沢賢治 学会会員。児童文学からノンフィク ションまで幅広い著作がある。絵本 「父は空母は大地』 ( 編訳 ) ほか、 「小惑星美術館』「ラジオスターレ ストラン』「ノスタルギガンテス」 「星兎』「夢見る水の王国」「雪姫遠 野おしらさま迷宮」など。 http:〃ryomichico.net/ Phot0 ( 0 Kamijyo Michi0 IIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIIII 1 9 2 0 1 9 2 0 0 5 2 0 5 定価 : 本体 520 円 ( 税別 ) I S B N 9 7 8 ー 4 ー 1 0 ー 1 5 5 2 4 1 ー 1 C 0 1 9 2 \ 5 2 0 E 5 1 新潮文庫 カバー写真上條道夫 カバー装幀島田隆 新潮文庫 カバー印刷錦明印刷デザイン新潮社装幀室 520

9. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

の横顔が、窓からかいま見える。すがすがしい さらに、その隣の建物へ。また鍵が開けられる。教室へ至る最後の鍵。最初から 数えると五つ目だ。実に厳重である。 教室の建物は、旧陸軍の建築物を移築したものだ。本館や監房の重厚な煉瓦建築 簡素を旨としている。軍人の歩幅に合わせたのか、一段がやけに高い木 とは違い、 す で の階段を上って、二階へ上る。 の 日当たりのいい窓の大きな部屋が授業のための部屋。ガラス越しに、木の枝と空 ん ら とが見える。季節により、枝は芽をふき、緑に繁り、紅葉する。空もさまざまに表 え を 情を変える。区切られた空間だからこそ、受刑者たちは、ささやかな季節の変ヒこ ら 敏感になっている。 カーベット敷きの教室なので、靴を脱いであがる。靴を脱ぐ、ということだけで、靖 受刑者たちは、少しだけほっとする。大切なのは、彼らにリラックスしてもらうこ と。でないと、貝のように固く閉じた心は、容易に開かない。 教室には、机が円く並べてある。受講者は十名前後。それに対して、教官二名、 講師と講師助手がつく。教育統括や、他の教官や刑務官が参加することもあるから、 実に手厚い 188

10. 空が青いから白をえらんだのです : 奈良少年刑務所詩集

彼らの史生を成就させるには、二つの条件がある。一つは、彼ら自身が変わるこで の と。そして、元受刑者を温かく受け容れてくれる社会があることだ。 ん 彼らは詩を書くことで、自らが変わった。その詩は「詩集、として多くの人の心 え を に届き、見知らぬ人から、こんな励ましの言葉さえ、かけてもらえたのだ。彼らよ ら 自分たちの言葉で、自分たちが社会に戻っていく道を切り拓いている。そのことに 胸が熱くなる。 空 いまここに、文庫本というハンディなスタイルで、新たにお届けできることを、 とてもありがたく思っている。彼らの詩に出会って感動し、わざわざ奈良まで足を 運んで文庫化を申し出てくださった新潮社の寺島哲也さん、出版一年目なのに文庫 化することを快諾してくださった長崎出版の方々に、深く感謝したい。また、刑務 所の美しい写真を撮影してくださった上條道夫さん、講師助手としてともに受刑者 君に幸あれ 君の心に安らぎあれ Amazon. CO. 一0 カスタマーレビューより 208