をあげたことはあるが、そこまでだった。 ただ、「ヘッドライン」の記事では、マンホールの蓋を開けておいた人物に対し、 うかっ 若干同情的な含みを持たせておいた。「悪意はなく、ただ迂闊だったのだろう」とい う程度ではあるが。 おかげで、雑誌の発売日には、少し落ち着かない気分を味わった。彼らのどちらか が、ひょっとしたら連絡してくるかもしれない。 る だか、結果はノーだった。 眠酒の席で、冗談半分に、同僚の記者の一人に訊いてみた。空からが舞い降り てきて、鼻先にとまり、「今警察が手を焼いている事件の犯人はどこどこの誰々であ 龍るぞ」と教えてくれたとしたら、どうする ? 「帰って寝る」というのが、同僚の答えだった。「で、翌朝日が覚めて、まだそんな びん ことが現実にあったような気がしたら、入院する。きっと、点滴の壜のなかに金魚が 泳いでいるのが見える」 私は笑った。同僚をではなく、自分を笑ったのだ。そして、あれほど真剣だった稲 村慎司を、いきなりに例えてしまうのだから、俺だってやつばり本気で彼を信 じているわけじゃないんだなと気がついた。 おれ
かっ 「冗談じゃないー私は上着を肩に担いだ。「大外れだよ」 生駒は目を剥いた。「誰もおまえが未だに小枝子さんに忽れてるとは言っとらん。 早合点するな」 「じゃ、誰の話だ ? 」 「秘書だ、秘書ー 私は立ち止まった。「三宅令子が ? 兆「そう」 「川崎に ? 」 予 「そうだ。ほかにどの組合せがある ? それとも、おまえさん秘かに俺にれてる 章 「実を言、つとそうなんだ」 きら 「すまんが、俺は不倫は嫌いだ」 すれちがった女子中学生の一一人連れが、珍奇なものでも見るように生駒と私を振り 返ってから、どっと爆笑した。生駒は歯を剥いて笑うと、彼女たちに手を振ってみせ 「それでなくても恥をかきかき生きてるんだ。道を歩くときぐらいは恥をかかないで 377 ひそ おれ
第四章予兆 監視というのは、どうも性にあわない だが、今はどうしてもそれが必要だった。三村七恵を見張っていれば、必ず織田直 也が現われるーーーそう思ったから。 一度第二日ノ出荘を離れ、ぶらぶらと辺りを歩きながら、適当な場所を探した。幸 い、すぐ近くにかなり広い青空駐車場があり、そこに車を停めておけば、アパートの 〈はい。できません〉 「だけど、あなたは知らぬ存ぜぬで僕を追い返しはしなかったでしよう ? 電話にも 出てくれた。なぜです ? 」 織田さんが心配だからですーーと、彼女は書いた。 〈彼は逃げているようですけど、逃げる必要がほんとうにあるのかどうか、わたしに はよくわからないから。なにがどうなっているのか、わたしも知りたいんです。織田 さんになにかしてあげられることがあるのかどうか〉 「それこそ、僕も知りたいことなんですよ」と、私は言った。 ワ」
んなーい と一言った。 「デートしたことは ? 」 「あるわよ」 「つまらない男だった ? 」 「そうでもなかったなあーと、古風な梁の浮きだしている天井を見上げる。「優しか ったしね。ただ、お金持ってなくて。あれじやダメね」 去可哀相よねえ、というロぶりだった。 「優しいって、たとえばどんなふうに ? 君の気持ちをよく理解してくれるとかー 麻子はポンと手を打った。「そう、それ。彼って、相談男のタイプだったわね。愚 章 ふたまた ←痴こばしても聞いてくれたしさ。前のボーイフレンドが二股かけててさ、あたしすっ ごくしい思いをしたことがあったんだけどね、その時なんかもずいぶん慰めてくれ たわ」 周囲をちらっと気にしてから、生駒がずばりと訊いた。「彼と寝たことはあるか ね ? 麻子はしゃんと背をのばした。いくらなんでも怒りだすかなと思ったが、そうでは 駟なかった。そうっと前かがみになって顔を寄せてきながら、声をひそめてこう言った。
したそうですよ。自殺の仕方が劇的だったんで、警察も気にしてるんだな。ってお いても、そのうち『何かある』ぐらい感付かれちまうかもしれない。俺、そんなこと にはしたくないんです」 宮永家の方を振り向くと、何かがしみているかのように、目を細めた。 「もう聡は死んじゃってて、弁解はできないんだ。勝手なことを憶測されたくない。 自首して打ち明ければ、警察だって、そうじゃない犯人を取り調べるときとは違って、 る少しはこっちの言い分にも耳を傾けてくれるでしよう ? 眠「そうだねーと、私は言った。 「だから、お願いします。俺たちに会ったことーーーあの日、ハイアライであったこと 龍 は、忘れてくれませんか ? 俺 いえ、俺たち、あくまで自主的に警察に話したん だって思ってもらいたいんです。いけませんか ? その頼みをきくのは易しいことだった。ずっとそれを期待していたからこそ、彼ら のことを誰にも話さないできたのだから。 私は頷いた。「ただーー」 「ただ、なんですか ? 「その気持ちがあったなら、宮永君を説き伏せて、彼が自殺なんかしないうちに一緒
エピロ わび そうだったと願いたい。それしかないことに、どうしようもない侘しさを覚えはす る、け・れど。 なかぎり 事件の直後に、中桐刑事と交わした言葉を、私は思い出していた。 おだ ( 織田直也という青年は、ほとんど捨身で川崎小枝子を助けたことになるわけです ( ええ、そうですよ ) ゅ・つかい グ ( しかし、あんな狂言誘拐など、我々だって確実に見抜いていましたよ。彼は警察を 信用しとらんかったんでしようか ) ( ひとつ、大事なことをお忘れじゃないですか ) ( なんです ? ) ( 警察は、あとになって川崎と令子を逮捕することはできても、殺人を食い止めるこ とはできなかったー・ーそれだけは、彼にしかできなかったことでしよう ? ) 「彼がいなくて、寂しいよ」 廩司は何度もまばたきをした。もう泣かないと決めているようだった。 「寂しいけどーー・ーそれは僕が受ける罰なんだと思う。直也のことを忘れちゃいけない よってね。だから僕、今度自分の番が回ってきたときには、精一杯やる。そうでなき
「そうだよ。ただ本人は大真面目で、目に涙まで浮かべて食い下がってくるんだ。デ イテールもちゃんと話してくれる。非常に秩序立った妄想というやつですな」 「でも、それなら恨まれるのは写真を撮ったカメラマンじゃねえのか ? 」 「彼女が支局に乗りこんできたとき、最初に応対したのが俺だったんだ」 「要領が悪い」 「しようがないじゃないか。問答無用でいきなり掴みかかってこられたんだぜ。おま ごうかん 転けに、そのあとで強姦罪で告発されかけたんだ。笑うなよ」 「無理だ、無理」生駒は吠えるように笑った。 暗 「支局のフロアで、十人近くの人間の目の前でそんなことをやってのける方法がある 章 第んなら、教えてもらいたいと思ったね 「すげえ早業だ」 「ただ、結果的にはそれで助かったんだ。彼女の親が出てきて、娘の様子がおかしい ことに気がついてくれたから。父親はただカッカしてたけど、母親はすぐピンときた らしい。おかげで警察に引っ張っていかれないで済んだよ」 はらんばんじよ - っ 「おまえも結構、波瀾万丈の人生を送っとるな」 おやじ 「あのときの親父の方が、いまだに娘の言い分を信じて俺を疑ってるとすると、恨ん 477 つか
「川崎副理事長の女関係とか、さー 清水は大笑し、大きな耳にはさんでいた煙草をとった。いや、禁煙パイボを取った のだった。 「禁煙したのか」 「試みてんだよ。やり抜けそうだぜ」と、得意そうに鼻をうごめかす。ついでに耳た ぶも。彼の耳をパラボラアンテナだというのは、象徴的な意味だけではないのである。 ふきげん 転「編集者が禁煙するようじゃ、この世の終わりだ」生駒は不機嫌そうにうそぶいた。 はいがん 「俺が肺癌で死んじまうと、日本のよい子たちが将来を誤るーー・ーなんてことはないけ 暗 どさ。赤ん坊が生まれたんで、決心したんだ」 章 おやじ 第「これだから、親父の権威ってもんが失くなるんだ。だから教育雑誌が必要になる」 生駒は頑張ったが、顔は笑っていた。 「で ? 副理事長の女関係 ? 「そう。スキャンダルがあるんなら、もろもろ何でも結構」 よっこらしよと足を組みながら、清水はずばりと言った。「彼は秘書とできてる」 生駒が横目で私を見た。 みやけ 「三宅令子か ? 421 がんば
幻じりじりと、だが確実に、私は車を走らせた。何度か角を曲がり、一度は多少広い 道に出て、そこで地図を確認した。もう少し南へ走らなければならない 「この辺、それほど田舎じゃないのにな。夜になると真っ暗ですね」 「天気のせいもあるんじゃないか」 「高坂さんはどこから来たんですか ? 「船戸」 かすみうら 「へえ。霞ヶ浦の方じゃないですかー 眠「よく知ってるな」 「行ったことありますよ。でも、あっちの方から東京へ帰るなら、成田街道を通れば 龍 . し > じよ - っ〉 0 「いつもならそうしてるんだけどね。事故で封鎖されてたんだ。上座のあたりでトラ ックが荷崩れを起こして、うしろの車が何台か巻き込まれたらしい おか 「うひやあ」廩司は声をあげ、それから可笑しそうに笑いだした。「わかった。そう すると、僕を拾ってくれた辺りで、高坂さんも道に迷っちゃってたんじゃないです 私は苦笑した。「当たり」
生駒はにやにやした。「几帳面な隣人がいると助かる」 ーしカん 「よっほど肺癌で死にたいんだな」 「そうじゃない。俺の親父は酒も煙草もやらなかった。それなのに肝臓癌で早死にだ。 かわいそう 親父め、死ぬときにはさぞ後海したろうと思うと、可哀相でたまらん。俺は煙草を吸 ′、よ、つ ってるんじゃなくて、親父を供養する線香を焚いてるんだ」 紋「よく一一一一口うよー私は笑いながら自分の煙草に手をのばした。 「大学で弁論部にいたような女房をもらってみろ。理論武装してないと落ち着いて飯 波 も食えねえ。なんだ、禁煙解除か ? 」 章 「休戦てとこかな」 「やめとけ、やめとけ。隣に俺がいる限り、どうせ同じ空気を吸うんだ」 歯を剥き出して笑いながら、吸い殻をひともみで押し消し、次の一本を振り出す。 生駒の妻君は、この春落成したばかりのマイホームの壁が汚れるというので、彼が煙 草に火をつけるたびにべランダに追い出すという話だ。それでは生駒は一日中べラン ダにいることになるだろうから、ど、っせ嘘に決まっているか 「そっちは何やってたんだ ? 213 きちょうめん