笑っ - みる会図書館


検索対象: 竜は眠る
517件見つかりました。

1. 竜は眠る

出ておいでーーーもう一度呼んだとき、小さく震えるような声が頭に響いた ( 海のほうへ・ ずがいこっ ぐ、つつと頭蓋骨がしめつけられるような感じがして、頭痛が強まった。 ( もうちょっと先へ歩いて : : : あの倒木があるほうへ ) 左手の前方に、ねじ曲がった倒木が横たわり、そこに波がかかっている。近づいて みると、それは人造の海を海らしく見せかけるための装飾品で、同じようなまがいも 件 のの倒木が、ほかにも点々と転がっていた。 その倒木の陰に、泡立っ波に洗われながら、男が一人倒れていた。 事 かがんで抱き起こすと、鉛色の顔に、視点の定まらないふたつの目が見返してきた。 章 ルあの、尾行してきた男だった。七恵の撮った写真にばんやり写っていた、あの顔。 彳が刺し殺されている。 えりーもと 襟元のマイクに、私は言った。「死体を見つけました」 イヤホンの奥の声が裏返った。「なんですと ? 「犯人でしようよ。死んでから、もう二日はたってそうな様子だな。来てみてごらん なさい ざざっと無線が鳴り、彼らが動きだしたのがわかった。立ち上がり、強い風に一瞬

2. 竜は眠る

「うん。このあとすぐ部活だから い亠つよ - っ コンクリー 1 「 の地面には銀杏の黄色い落葉が一面に散っている。足を動かすと、か さこそと音がした。 「直也が消えたよ 廩司は軽く目を見開いたが、意外だという感想を表わしたというより、だからどう したの、という様子に見えた。 去「よくあることなのか ? 「仕事も住むところもしよっちゅう替えてるもの。今度はやつばり、高坂さんに訪ね 過 てこられるのが嫌だったんだろうな」 章 第「君とはどうやって連絡をとってるの ? 慎司は手をあげて乱れた髪をなでつけた。「たいてい、直也の方から電話してくる ひんばん んだ。僕たち、そう頻繁に会ってるわけじゃないし」 「じゃ、居所は知らない ? 「はい」 「電話番号も ? 「全然。そんな必要ないもの」

3. 竜は眠る

プつ、つ ? ・ ( ーー・さん ? ) と、声が〈聞こえた〉。慎司の声が。 ( そう ) ( 僕、わかる ? ) ( ああ、わかるよ ) そ・つかい 破裂しそうなほど頭が痛んだが、爽央だった。自分が笑っていることに気がついた。 こんすい 慎司の目は閉じている。長い、長い昏睡状態にいる小さな少年。 ( ああ、ひどいね。負担をかけてるね ) と、彼は〈言った〉。 ( よく聞いて。一度だけ 事 しか一一一一口えないよ。高坂さんが倒れちゃうから ) 章 第 彼は教えてくれた。場所と、目印を。 ( すっと知ってたんだな ? ) ( うん ) ( ありがとう ) さっと撫でるような感触を残して、慎司の意識が離れた。 すぐには動けなかった。ガラスに手をついて呼吸を整え、よろめかないと自信が持 てるまで、待った。 593

4. 竜は眠る

〈気をつかわないでください。わたしは置れてますから〉と書き加え、にこっとした。 めじり 笑うと、目尻に薄く笑いじわが浮いた。二十代の半ばぐらいだろう。ほとんど化粧 をしていないので、鼻のまわりに散っているソバカスが、はっきりわかる。切れ長の目 は一重まぶたのように見えたが、彼女がまばたきをすると、奥二重なのだとわかった。 普通は、初対面でいきなりこれほど顕微鏡的な観察はしないのだが、七恵は別だっ た。そばに寄らないと会話ができないのだから。そして、彼女から声を奪った横暴な 運命も、この点に関しては彼女に譲歩していた。三村七恵は、一見して近寄りがたい 眠感じを与える女性ではない。同時に、近づいていった人間に、必要な礼儀を守らせる ふんいき だけのしゃんとした雰囲気も備えていた。近づいてゆく人間が酔漢やチンピラでない 龍限りの話ではあるが 並んでいて私の耳の高さにまで届くくらいだから、女性にしては背が高い方だ。ペ ンを握る指も長い。右手の薬指に、凝った細工の銀の指輪をはめている。右手の指だ おか ということで、ふと安心した自分が可笑しくなった。 「彼はいつごろいなくなったんですか ? 」 七恵の返事は、ガソリンスタンドの店長の言葉と符合するものだった。織田直也は 仕事を辞め、そのまま住まいも出ていったのだ。

5. 竜は眠る

「あなたも心配しておられる ? 」 イエス、イエス 「これから伺ったら、会っていただけますか。僕も彼を探してるんです。手がかりが 少ないんで、お話を伺えると助かるんですが」 イエス 去「部屋番号を教えてください。三桁かな ? 過 「一桁だ」 章 」イエス。そして二回受話器が叩かれた。 「二号室ですね。じゃ、これから伺います。ありがとう」 ふなぼり 都営新宿線の船堀駅から、歩いて二十分ほどの場所だった。荒川を背にして、やや 傾いた木造アパートが立っていた。壁のモルタルに、直接ペンキで「第二日ノ出荘」 と書いてある。 二号室を探す必要はなかった。アパートの入り口のところに、コットンパンツに白 のプルゾンを着た若い女性がいて、少し寒そうに両手で肘を抱きながら、通りの方を 329

6. 竜は眠る

て、「よくわからないな。とにかく、能力が暴走しちゃうんです。制御がきかなくな る」 私は、さっきのレストランでの状況を思い浮べた。 つら 「それは、肉体的にも辛い ? 」 「ええ。そりやもう。いちばん負担がかかるのは心臓かな」 「じゃ、『オープン』でなくても、あんまりしばしばスイッチを入れてると 廩司はちょっと笑った。「自殺したくなったら、そうするでしようねー 眠その口調には、芝居じみたものが感じられないでもなかった。どうしても、巧妙に いや、なぜ俺をこん は仕組まれたペテンにかけられているような気がしてならない 龍なペテンにかけるんだろ、つ ? とい、つふ、つにしか考えられなかった。 だが、非常によくできている。非常に。 「ひとっ訊くけど、君はさっき、フロッピーから情報を読み出すように人の記億を読 む、と言ったろ ? 」 「一言いました」慎司は座り直した。 「『人の記憶』なのか ? 感情とか思念じゃなくて」 「そうですー

7. 竜は眠る

ている。このところ、私に会いにやってくる青少年たちは、皆どこかしら具合が悪い ようだった。 「ごめんなさいーと、 いきなり言った。ふらりという感じで立ち上がる。 「朝からそう連発で謝られると、神父にでもなったような気がするね。どうしたの ? 」 「眠れなくて」慎司はすとんと座った。「気になって」 ほお 目の下にくまが浮いているし、げつそりと頬がこけたような感じもする。理屈抜き るに、私は胸が痛むのを感じた。 眠「ちゃんと食事してるか ? 」 慎司は首を横に振った。 龍「学校は ? 「今日は休みますー 「その方がいいオ よ。帰って、何か食って、一日寝てろ。そうすりや少しは元気が出 る」 慎司は充血した目で私を見上げた。「あの子の死体が見つかったねー うなず 私は頷いた。 「でも、あの二人は名乗り出てこないね ? 178

8. 竜は眠る

「だって彼女いくつだよ。十九かそこらだろ ? 」 「二十歳ですよ。立派な大人の女だってカんでましたけどね。結婚したくてしようが ないみたい」 「俺が彼女だったら、結婚相手は他所で探すね。こんな商売やってる男とくつついた って、ロクなことはない 「だから、そこは彼女も計算してるんですよ。どんなに見てくれが良くても金持って 紋ても、俺みたいなフリーの連中や、契約記者なんかには目もくれないもん。高坂さん なら、ゆくゆくは出向を解かれて本紙へ帰るだろうっていう腹があるから一所懸命に 波 なるんですー 章 第そう言ってから、ちょっと笑った。「ま、これは半分ひがみでもあるな」 「それじゃ、あんまりうれしい話じゃないね」 「そう言わないでよ。オレがカコちゃんに恨まれる。彼女本気なんですから。いい娘 ですよ。その気ないんですか ? 」 ちょっと考えてから、返事はしないことにした。カメラマンは頭をかいた 「オレ、まずいこと訊いたのかな。よっほど昔のことがこたえてるんですね」 「何が ? 」 145 よそ

9. 竜は眠る

私は頷いた。支局の記者はなんでも屋である。選挙も、スポーツも、犯罪も、地元 の教育問題も、上下左右硬軟取り混ぜて扱、つのだ。 「ただ、そう数はないよ。俺はインタビュ 1 は苦手なんだ。まるつきり拝聴するだけ で帰ってくるか、突っ込みすぎて怒らせるか、どっちかでさ。それに、あの手の穏便 なインタビューは、たいてい相手を持ちあげなきゃならないけど、それも下手だった しな」 「三年前にヨイショの記事を書いてもらった人間が、今になって『心にもねえことを 書きやがって』と怒り狂って脅迫状を出すーーー」生駒は首をひねった。「ありそうも 予 ねえ」 章 第「まあ、でも読み返してみるか。何かとっかかりになるかもしれない」 あまり気乗りしない思いで、そう言った。 もう一本の電話は、織田直也が辞めたあのガソリンスタンドの責任者からのものだ った。折り返しかけてくれという。 電話すると、やや急き込んだ感じで、彼が出てきた。直也の行方がわかるかもしれ す ないというのである。半信半疑ながらも、私は椅子を引いて座り直した。 「本人に会ったとか ? 」 383

10. 竜は眠る

直也は落着きはらっていた。「かぎざきを繕った跡があるんです。白っほい糸で。 わき でね、繕いの縫い目の脇に、同じ色の糸で、カタカナで『サエコ』って名前の縫いと りが入れてあるそうです。慎司はそれを見たんだ。さっきも言ったけど、雨のなかへ 出てゆく前に、あなたは上着を脱いで車内に置いていった。そのとき見えたんですよ。 そう一一一口ってた」 あぜん 唖然とするしかなかった。「本当に ? 「本当です。確かめてみればすぐわかることですよ」そう言って、直也はまた、首を 眠縮めるようにして頭をさげた。「すみません。すごくプライベートなことですからね 「そんな縫いとりがあるなんて、今まで全然気づかなかったよ」 龍気づいていたら、そのまま残しておいたわけがない。 「言われなきや気づかないくらい小さい縫いとりだって、慎司も話してました。そん な茶目っ気のあることをする女性と言ったら、あなたの恋人か奥さんでしようから ね。まさかお母さんのわけないだろうしー直也はちょっと笑った。「この上着を着て る人はわたしのものよっていう署名みたいなものかな。可愛い女性だったんでしよう ね」 たしかに、手まめで家庭的な女ではあった。仕事のせいで行き違ってしまっても、