物「嫌なこと。ない ? 脅迫状の一件がちらっと頭をかすめた。「どういう意味かな」 「、つん : : : べっこ、 ( いいんだ」 「おかしいね。なんだい ? 「いいよ。ホントにいいんだ。あのさ、来週、行くからね。刑事さんに会いに。その 時にね。じゃ、さよなら る逃げるように電話を切ってしまった。 眠 せりふ 一時間ほどたって、また電話に呼ばれた。今度の相手も、慎司と同じような台詞を 龍日 - しナ / 「こちらにかけてみるように、親切に教えてもらいましてね」 あの、誰のものともわからない声だった。 「もしもし ? 聞いてますかね ? 「聞いてますよ」 奥の座敷を占領して、スタッフがおだをあげている。デスクの声が大きい。やりあ っている同僚も声を張り上げている。電話の声は、ともするとその騒音にかき消され
出ておいでーーーもう一度呼んだとき、小さく震えるような声が頭に響いた ( 海のほうへ・ ずがいこっ ぐ、つつと頭蓋骨がしめつけられるような感じがして、頭痛が強まった。 ( もうちょっと先へ歩いて : : : あの倒木があるほうへ ) 左手の前方に、ねじ曲がった倒木が横たわり、そこに波がかかっている。近づいて みると、それは人造の海を海らしく見せかけるための装飾品で、同じようなまがいも 件 のの倒木が、ほかにも点々と転がっていた。 その倒木の陰に、泡立っ波に洗われながら、男が一人倒れていた。 事 かがんで抱き起こすと、鉛色の顔に、視点の定まらないふたつの目が見返してきた。 章 ルあの、尾行してきた男だった。七恵の撮った写真にばんやり写っていた、あの顔。 彳が刺し殺されている。 えりーもと 襟元のマイクに、私は言った。「死体を見つけました」 イヤホンの奥の声が裏返った。「なんですと ? 「犯人でしようよ。死んでから、もう二日はたってそうな様子だな。来てみてごらん なさい ざざっと無線が鳴り、彼らが動きだしたのがわかった。立ち上がり、強い風に一瞬
つばの 何か言おうとして言葉に詰まり、垣田は何度も唾を呑み込んでいた。 「俺たち、すつごい気があってたんですー 声を励まして、彼は続けた。 「友達になったのはでつかくなってからだったけど、なんか、ほかのヤッとは全然違 うって思ってた。聡は言ってましたよ。オレたちのおふくろは、きっと、同じ粉ミル っ ク、同じ紙おむつ、同じタルカム・パウダー、同じ離乳食を使ってたに違いない、 すつごい気があってたーー・そう繰り返して、低く付け加えた。「意見が正反対にな 暗 ったのは、今度が初めてでした。俺は自首したかった。聡は嫌がった。絶対に嫌だっ 章 第て。初めて意見が食い違っちゃった」 せりふ 気が合ってた、でも意見が違ってた。どこかで聞いた台詞だと思ったら、稲村廩司 と織田直也のことだった。 「俺、聡の葬式が終わったら、警察へ行きますー 足元に視線を落としたまま、垣田俊平は言った。 「聡の自殺の原因がわからなくって、みんな首をひねってるんです。でも、家の人た ちは、あいつの様子がこのごろおかしかったことを、事情を訊きにきた刑事さんに話 403 おだ
ったんだが、 事実上、もう引退したも同然だ。今だって、明男が理事長を代行してる。 ただ、彼の親父さんにはとりまきが大勢いるからね。明男が理事長になったとしても、 いろいろうるさいことはついてまわるだろ、つな」 「呆れたな。彼ら、親父と息子だろうが。親子でいがみ合ってるわけか ? 」と、生駒 か目を剥いた 「よくある話ですよ。〈学校だ〉と思うからピンとこないんでしようけど、ただの法 どこにでもゴロゴロしている内輪揉めと同じです。一一一一口うこと 人だと割り切ればいし 眠をきかない身内の二代目よりは、腹心の部下の方が頼りになる、というわけ」 ひじ 女の子がコーヒーを持ってきてくれたので、清水は愛想よく礼を言った。彼女の肘 龍をつつき、私の方へ手を振って、「俺の友達。独身だぞ」と余計な注釈をした。 「だよな ? それともあてができちまったか ? 」 女の子は「あら、でもあたしには彼がいるもん」と言いながら去って行った。 「理事長は息子に、今みたいな余計なおせつかいをしたわけだ」 「そういうわけ。ただ、親父にして権力者であったからして、ただ〈どうだ ? 〉なん てつつついただけじゃなしに、横車を押し切ったわけなんだ」 「しかし、今の夫人もよくそんな縁談を承知したもんだ。小枝子さんとか言ったつけ 426
り、その下で働いている自分を怒り、無気力になっている私を怒った。でも最終的に、 私自身も居心地が悪くなり、同僚たちも困惑している八王子支局から、私を引っ張り 出してくれたのも彼だった。 . っ・は亠 9 「俺の同期の宮本ってやつが、『アロー』のデスクをしている。あそこは姥捨て山み ふぬ たいな雑誌だと言われてるし、事実編集長は死んだも同然の腑抜けだが、宮本は違う ぞ。やつは革命を起こす気であそこへ行ったんだ。どうだ、しばらく一緒にやってみ 去んか ? ・ その宮本デスクが、「お焼きーのような丸顔でツケの心配ばかりしてくれる、今の 過 デスクとい、つわけだ。 章 第 なるほど、「アロー」もそれなりに変わりつつある。だが道はまだまだ遠いし、対 させん 外的には「アロー」へ出されるというのは左遷と同じ意味を持つ。 りゅういん だか、少なくともそれで、小枝子の父親は溜飲を下げた。そうでなければ、白紙の 脅迫状を送ってくる人物の第一候補として、彼の名前をあげているところだ。 - つわさ 「アロー」に移ってからも、私がなぜ飛ばされたか、という理由についての噂は、し ぶとくついてまわった。社会部長の方で本当の事情をひた隠しに隠しているものだか ら、噂はどんどん膨らんで、真相からかけ離れたものになっていた。
慎司の言によると、彼には通常の人には見えないものを読み取る能力が備わってい るとのことであった。他人が考えていることや過去の記憶のみならず、物品に残存す る記憶すらわかるのだという。廩司は高坂を相手に、その能力の証明を試みたけれど も、高坂としては薄気味悪いばかりで、全面的に信じる気にはなれない。だが、廩司 の言葉にしたがって二人の画家志望の若者を訪ね当てたとき、高坂は彼らのそぶりか らマンホールの蓋を外した張本人だと確信した。しかしながら、二人が行為を認めな いうちに、廩司が性急に子供の転落事故の責任を問いつめたせいで、怖くなった若者 たちは全面否定してしまう。これがさらに悪い結果を招き、廩司は心に傷を負うこと になった。 解その一方、慎司のいとこだという織田直也が高坂を来訪し、慎司の超能力はすべて 巧妙なトリックだと説明する。だが慎司は、直也も自分と同じ超能力の持ち主で、そ れを世間から隠そうとしているのだという。しかも、ただでさえ頭の中が混乱しそう な高坂に、差出人不明の白紙の手紙が相次いだあげく、脅迫めいた電話もかかってき た。誰かの恨みを買ったのではないかと同僚に示唆されても、いっこうに思い当たる ふしがない。やがてこれが、水面下で進行していた大きな事件につながり、慎司や直 也まで巻き込んでゆく。
けることができるなって。それが才能でしよう ? 大人はよくそういうじゃないです か。『この子には絵心がある。親戚の誰々と同じだ。きっと才能があるんだ、やつば り遺伝だねえ』なんて」 「おい、ちょっと待てよーーー」 さえぎ 「それと同じなんだ」慎司は私を遮って続けた。「サイキックの能力も、ほかの才能 と同じなんです。持ってる人もいれば持ってない人もいる。持ってる人でも、稽古し るなければその才能は眠ってしまう。稽古すればうまくなる。たいていはね。 眠「そして、あるサイキックが持っている能力が小さいものなら、本人が気味悪がった はり、周囲の環境が悪かったりして、その力を眠らせてしまったとしても、ちっとも困 龍らない。世界的な画家になれるほど大きな絵の才能を持って生まれてきた人でも、本 人がその気にならなければ、一生に一枚も絵を描かないで、平和に幸せに暮らせるで しよう ? だけど、あるサイキックが持って生まれた能力が、そんなふうに静かに眠 っていてくれないほど大きなものであった場合だけは、そうじゃない。そんなふうに 簡単にはいかないんです。本人が必死で努力してそれをコントロールできるように稽 古しなくっちゃ、命取りになっちゃうんだ ! 」 私は呆れていた。とにかく最後までしゃべらせるしか手がないだろうとも考えた。 あき
遭 ドアを開けて入ってきた二人の若者を、私は一瞬、兄弟かと思った。明らかに体格 章 第が異なっているし、よく見れば目鼻立ちも違うとわかるが、全体から受ける印象が似 ふん ていたからだ。同じように不可解な絵を描いている同好の士であるから、醸し出す雰 囲気が似てくるのかもしれなかった。 おまけに、服装も似ていた。ジーンズにポロシャツ、白いスニーカー。ただの白い スニーカーだ。赤いパーカも見当らない。 まどわく 今市が進み出て、彼らに我々を紹介しているあいだ、私は窓枠に背をつけて、両手 をズボンのポケットに入れ、そこで拳を握り締めていた。そうしていないと、いきな 遇 111 同じだった。 ( サイキックの能力も稽古すれば強くなる。芸術的な才能と同じ ) 警告。赤信号。 どうかしてるーーと思いながら頭を振り、窓の方へ顔を向けて、私は息を止めた。 真下の道路に深紅のポルシェが停まっていた。 冖 / かも
のディテールは、適当に脚色して話したんでしよう。少しくらいなら平気ですよ。細 かい部分では、あなたの記憶だっても、つ薄れてるだろ、つから 雑誌を開いたままテープルの上に投げ出すと、私は思わず天井を仰いだ。 「なんてこった」 「最後にひとつ、女の人のことがありましたね ? 小枝子のことである。 紋「いいよ、教えてくれよ。何を聞かされても驚かないから。まさか、彼女も君たちの 従姉だってことはないだろ ? 」 波 直也はまるで見当違いの質問を投げてきた。「今日着てる、その上着、事件の夜の 章 第と同じですか ? 」 「え ? 」 「同じ上着 ? 「いや、違うよ。なんでだ ? 「じゃ、お宅に帰ったら、事件のときに着てた上着の裏地を調べてみてください。左 そでつ の袖付けの下のところに、かぎざきを直した跡があるから」 「なんだって ? 」 167 とこ
同じことは私も感じていた。逆の立場だったらーーーと考えて。 「女房の昔の男が目の前にいる。しかも、自分の仕事の関係で、あんたの女房に迷惑 をかけることになるんじゃないかと言ってきてる。俺だったら、理屈ではわかっても、 感情的にはまず『図々しい野郎だ』と思うね」 「うん」 「女房はもうてめえとは関わりねえよと思う」 る「その通り そとづら 眠「外面では抑えても、どっかで不愉央そうな態度をとっちまうと思うな」 「俺もそ、つ思、つ。ところが、 川奇にはそれがなかった」 ひのき 龍「なかったな。檜の一枚板みたいにしゃんとしていただけで、一度だっておまえを汚 ねえものでも見るような目で見たりはしなかった」 信号がかわり、人込みが一団となって動きだした。 「川崎明男は」 「よほど」 せりふ 私と生駒は横断歩道に足を踏みだして、同時に同じ台詞を吐いた。 「人間ができてるんだ . ずうずう