「じゃ、君の方から彼に連絡をつけたいときはどうしてるの ? ちょっと目を伏せてから、慎司は真顔で私を見上げた。「呼ぶんだ」 どうやって ? と訊く必要はなさそうだった。 「それで通じる ? うなず 彳 ( 含いた。「ほら、高坂さん、前にし = = いたでしょ ? 誰かと交信してみたこ とがあるかって。あの時はっきり答えなかったのは、僕にもこれが正確に交信である るかどうか自信がなかったからなんだ」 眠「ど、つして ? 「なんていうのかな : : : 直也に会いたいなあと思ってると、彼から連絡が来たり、今 龍日あたり公園に直也が来てそうだなって感じて行ってみると、皮ゞ 彳力いたりする : : : そ んなふうなんだ。はっきり、『至急連絡せよ』なんて電波みたいに飛ばしてるわけじ ゃないんだよねー 「それでも彼には通じる 「うん。たぶん、直也の方が僕よりカが強いからだと思う。彼、僕にはできないこと もできるし 「どんなこと ? 」
552 幵事に強く勧められて、結局は二階へあがっていった。 令子はためらっていたが、リ それを待っていたように、中桐刑事が私の脇に移動してきた。伊藤警部もこちらを見 「ひとっ伺いたい」 そうだろうと思った。「なんです」 「三宅令子という女性は、ただの秘書ですかな」 近くで見ると、頬も鼻もすんぐりしている。全部鈍角で、鋭いのは目だけだった。 眠「なぜそんなことを僕に訊くんです ? 」 刑事はニッと笑った。「部下が情報をつかんできました。一部では有名な話だそう がら 龍ですな。あなたなら、商売柄ご存じかもしれんと思いました」 私は息を吐いた。「知ってます」 「なるほど。川崎氏と愛人関係にあるそうですな。四年以上になるとかー 「もうそこまでつかんでるんですか ? 」 「私らは長い腕と特大の耳たぶを持ってますからな」 この家に詰めている被害者対策班以外の刑事たちがどこをどう動いているのか、ふ とらされたような気がした。鼻をうごめかせて走ってゆく、油のきいたべアリング ほお
病院の中庭には、季節はずれの、どう見てもツッジとしか思えない花が咲いていた。 いい夭日りかした。 にぎ しわす グ師走もなかばを過ぎていた。事件は新聞を賑わして、もう次の話題に取って代られ ている。 「今度は失敗したくないってーーそう思ってたんだ」 くるまいす 工車椅子に寄りかかり、ほうっと遠くを見ながら、廩司は言った。 村田薫が会いに来て、私と入れ違いに、たった今帰ったところだと一一一一口う。廩司は少 し泣いていたようだったが、泣いたことで肩の荷をおろしたようにも見えた。 。うつかりと、この力を持ってない普通の人を巻 「マンホールのときみたいにね : き込んじゃいけない。かえってややっこしくなるだけだもの。村田さんも、それは正 しいと思うって言ってた。ただ、一人でやろうとしたのは無謀だねって。でも、ほか に考えっかなかったんだ」 エピローグ
「信じてくれなくてもいい。でもね、もしも高坂さんが僕だったら、僕みたいなガキ で、まだ世間のことなんかよくわからないのに、見たくもないし聞きたくもないもの を知る力を持って生まれちゃったらどうする ? 見えるんだよ ? 聞こえるんだよ ? そしたらーーーそしたら、自分のできるかぎりのことをして、見たこと聞いたことをど 、つにかしなきやって思わない ? 高坂さんだったらどうする ? 僕と似たようなこと をやらないって言い切れる ? 」 るそのとき、嘘でもいいから、答えてやるべきだった。「俺も君と同じようにしたか 眠もしれない」と。廩司はその答えを求めて訊いてきたのだし、そう言って慰めてもら いたがっていたのだから。その慰めさえ与えてやっていれば、あとに続く事件の形は、 龍まったく違ったものになっていただろう。 だが、私はこう答えた。「わからないよ 廩司は目を伏せた。そして、小さく「さよならーと一一一一口うと、去っていった。彼の小 さな背中を見送っていると、やっと、取り返しのつかないミスをしたような気がして きたが、もう、呼んでも声が届かなかった。
「太平洋戦争で、全部失くなってしまいましたがね。そのころはもう私の親父の代に なっておりましたが、残念ながら、親父には事業の手腕がありませんでしたから、世 の中が平和だったとしても結果は同じだったと思いますが。いえ、すみません、叔母 の話でしたな」 「きれいな方だったと」 「ええ、そうでした。戦争の始まったころにはもうとっくに嫁いでおりまして、山梨 しんせき 去の方へ疎開しておりましたんですが、大空襲の夜に、東京に残っている親戚が焼け死 しゅうとめ んだことを言いあてたそうなんです。嫁ぎ先の姑さんたちも最初は本気にしていな 過 かったらしいんですが、実際に焼け跡へ行ってみて、叔母が『ここだ』と言った場所 章 第から遺体が出たりしましてね。すっかり気味悪がられて : : : それがいけなかったよう です。昭和二十一年の春ですから、戦後まもなくですな、出戻って参りました。子供 いやおう も三人もいたんですが、否応なしの離婚でした。叔母は当時ーーもう三十代の後半だ ったと思います。私は七つか八つのころです。そろそろ大人の話に興味のわく歳でし たから、よく覚えておりますよ 「叔母さんは、そのーー能力が原因で離婚を ? 」 「そうだろうと思います。そんな気味の悪い千里眼みたいなことをやる嫁は家におい そかい な
「すると、だ。そこへ君の従兄だっていう直也君がやってきて、君のことを超能力に うそ 憧れてるだけの嘘つきだって一言う。で、実に見事にそれを立証してくれた。おまけに 彼は、もう君には関わらないでやってくれと言う。ところが今度は君がやってきて、 どうして信じてくれないんだって一言う。なあ、君たち俺にどうして欲しいんだよ 長い沈黙が落ちた。佳菜子はどうしているのか、足音さえ聞こえない。 「こだ、言じて欲しいんだ」 る 廩司はそう言って、両手で顔をごしごしこすった。 眠「それだけです。本当のことを言ってるのは僕だから は「じゃ、なぜ直也は嘘をついた ? 」 龍「彼も僕の仲間だからだよ。サイキックだから 私は黙って慎司を見つめた。メビウスの帯のなかに入りこんだような気分だった。 慎司はほっほっと語った。一本調子の、唱えるような口調だった。 「彼は僕の従兄なんかじゃない。その方がとおりがいいからそう言っただけだと思う。 彼ね、僕が今までで初めて会った、同じ力を持ってる仲間なんだ。僕より、直也の方 がずっと力が強いけどね あこが カカ とこ
「俺 : : : あの子に言われたんだ。あの、手記のことで」 「なにを」 「あの子、俺に会いに来てーーー・本当は、自首したがってたのはあなたじゃなくて宮永 さんの方だったって、わかってるよって。全部わかってるって一言うんだ。わかってる 人間がいるってことを忘れるなって」 慎司は見抜いていた。見抜いてーーー・言わずにいられなかったのだ。 ( あいっ : : : 正義感ばっかり強いから ) 「宮永さんが自殺して、あなたはちょっぴりホッとしてるんじゃないのって、そう一一一一口 事 われた。俺ーーー俺ーー」 章 ル動転して、気がついたら慎司を叩きのめしていたというわけか : 「頭が痛いんだ」垣田は泣きだした。「あの声ーーー廩司にすまないと思うんだったら、 言われたとおりにしろって。俺、怖いよ。あの子に謝ればいいの ? 痛いんだ。すご 「そのうち治るよーそう言って、歩きだした。「家に帰ってろ。もう全部終わったん だから 垣田の声が追いかけてきた。「なんだよ ? どうなってんの ? あいつ、何者なん 591
まどぎわす を、生駒吾郎に呼ばれた。どこにいるのかと思ったら、窓際に据えてある一台しかな いパソコンに向きあっているのだった。くわえ煙草でしきりと手招きしている。 「どうだ ? 」と訊いてきた。 「消えた」 「どっちが」 「織田直也だよ。仕事を辞めてる。完全にどろんだ」 去「なんだそりや」 「こっちが訊きたいよ。何やってる ? 」 おれ 過 「高等技術だ。俺だってだてに研修を受けちゃいねえ」 章 第大きな指でディスプレイをこんこんと叩いてみせた。 「昭和四十九年からこっち、新聞に超能力関係の記事がどれぐらい載ってるか見てみ おおや るんだ。全部プリントアウトしておいてやるからあとで読め。雑誌の方は大宅参りし ひんばん てみるからな。並べて見りや、頻繁にコメントを寄せている人間が何人か見つかるだ ろう。良さそうなのを誰かっかまえて会ってみたっていい」 「ありがとう。でも、専門家なら心当たりがあるんじゃなかったのか ? 「、つん。ごか、 オ、ちょっと思い出したこともあってな」 235
あほう このうえ怒ったら、いい大人がなおさら阿呆に見えるだけだ。 「ただ、彼に会うのもまずいかな」 うそ 「あいつ、病気ですよ」直也は切り捨てるように言った。「あなたに会えば、また嘘 をつくと思うな。ひと昔前の話ですけど、スプーン曲げ騒動って、あったでしよう ? 」 昭和四十九年のことだ。いわゆる超能力プームで、指で触れているだけで金属製の スプーンを折ったり曲げたりできるという子供たちが続々と現われ、ちょっとした社 あば る会現象にまで発展した。「週刊朝日」がそのトリックを暴き、反超能力のキャンペー 眠ンをうって、それもまた話題になったものだった。 「あったね。よく知ってるな。あの頃、君なんかまだ学校にもあがってなかったろう 「慎司がその頃のことをよく調べてるんですよ。あれ、一種の集団ヒステリーみたい なもんだったって、俺は思うけど。子供は感化されやすいし、自分はほかの友達とは 違う何かを持ってるって思うのは、すごくゾクゾクすることですからね 「大人を手玉にとることも ? 」 「そうですね : ・ : 。慎司もあの子たちと同じです。手がこんでるだけ重症だけど。早 く目を覚まさせてやらなくちゃ」 170 ころ
ろうって思ってた。だってこれは普通じゃないことだし、子供にとっては普通じゃな いことはみんな悪いことなんだから。だけど父さんは怒らなかった。黙って僕の話を 聞いて、翌日僕に学校を休ませて、今まで会ったことのない親戚の家に連れて行って くれたんです」 それは慎司の父の叔母の家だったという。彼女は当時七十二歳で、身寄りもなく一 人暮らしをしていた。 あいさっ る「あの時のことは忘れられない。父さんはその叔母さんに、挨拶も抜きで、いきなり 眠こう言ったんです。『明子叔母さん、どうやらうちの慎司は叔母さんと同じらしい』 はってね」 龍 廩司は目を上げた。「叔母さんは僕を家にあげてくれて、しばらくのあいだ僕の顔 を見てた。それでわかったんだ。この力は僕だけのものじゃなし 、、ほかにも持ってる 人がいる どうしてかっていうとね、叔母さんは一言も口をきいてないのに、僕 かわいそう と話ができたからなんだ。『可哀相こ。、 ししつから始まったんだい ? 』。そう言ってた。 可哀相につて。僕がどれだけホッとしたか、言葉じや言い表わせない。叔母さんがい てくれなかったら、僕は今日まで生き延びられなかったよ 「ーー生き延びる ? 」