140 ぼくの仕事が長くかかること、 またその特別の性質からして、 論 文学では食べてゆけないでしよう。 の フ 人 名 望 絶 カフカの親友のプロートは、作家でした。大学時代からすでに文壇で認められ、新進 作家として活躍していました。 作家として生活している見本がすぐそばにいたわけです。 「だったら、カフカも最初からあきらめずに、作家として身を立てることに挑戦してみ てもよかったのでは ? 」と一言いたくなります。 自分のやりたいことでは、お金にはならない 一三ロ
124 ぼくの勤めは、 ばくにとって耐えがたいものた 論 生なぜなら、ばくが唯一やりたいこと、唯一の使命と思えること、 の つまり文学の邪魔になるからだ。 カばくは文学以外の何ものでもなく、 名 望 何ものでもありえす、またあろうとも欲しない 絶 だから、勤めがばくを占有することは決してできない でもそれは、ばくをすっかり混乱させてしまうことはできる。 生活のための仕事が、夢の実現の邪魔をする 一三ロ
生 望「フランツ・カフカが存在しなかったとしたら、現代文学はかなり違ったものになっ ていたはずだ」 ( 安部公房 ) Ⅲ「カフカとはひとつの巨大な美的革命そのものです。芸術的奇跡そのものです」 ( ミ の カラン・クン、テラ ) 「ひとが別様に書くことができると理解させてくれたのはカフカだった」 ( ガルシアⅡ マルケス ) 多くの作家たちがカフカを尊敬しています。 「彼 ( カフカ ) は、もはや断じて追い越すことのできないものを書いた。 : この世 紀の数少ない偉大な、完成した作品を彼は書いたのである」 ( ノーベル文学賞作家エリ アス・カネッティ ) 「現代の、数少ない、最大の作家の一人であるー ( サルトル
絶望名人 カフカの 人生論 カフカ頭木弘樹編訳 絶望名人力フカの人生論カフカ フランツ・カフカ Franz Kafka ( 1883 ー 1924 ) II 腓引Ⅲ旧懼Ⅷ II 9 7 8 4 1 0 2 0 7 1 0 5 2 「いちばんうまくできるのは、倒れ たままでいることです」これは 20 世 紀最大の文豪、カフカの言葉。日記 やノート、手紙にはこんな自虐や愚 痴が満載。彼のネガテイプな、本音 の言葉を集めたのがこの本です。悲 惨な言葉ばかりですが、思わす笑っ てしまったり、逆に勇気付けられた り、なぜか元気をもらえます。誰よ りも落ち込み、誰よりも弱音をはい た、巨人力フカの元気がでる名言集。 Franz Kafka 新潮文庫 カフカの本 変 身 絶望名人力フカの人生論 1 9 2 0 1 9 8 0 0 5 2 0 7 オーストリア = ハンガリー帝国領当 時のプラハで、ユダヤ人の商家に生 れる。プラハ大学で法学を修めた後、 肺結核に斃れるまで実直に勤めた労 働者傷害保険協会での日々は、官僚 機構の冷酷奇怪な幻像を生む土壌と なる。生前発表された「変身」、死 後注目を集めることになる「審判」 「城」等、人間存在の不条理を主題 とするシュルレアリスム風の作品群 を残している。現代実存主義文学の 先駆者。 編訳者頭木弘樹 Kashiragi Hiroki 筑波大学卒業。カフカの翻訳と評論などを行 っている。編訳書に、「「逮捕 + 終り」一「訴 訟」より」 ( カフカ ) 、「希望名人ゲーテと絶望 名人力フカの対話」 ( ゲーテ、カフカ ) がある。 プログ http:〃ameblo.jp/kafka-kashiragi ツィッター https://twitter.com/kafka—kashiragi メールアドレス kashiragi@mist.dti.ne.jp カバー装画トヨクラタケル 定価 : 本体 520 円 ( 税別 ) I S B N 9 7 8 - 4 - 1 0 - 2 0 7 1 0 5 - 2 C 0 1 9 8 \ 5 2 0 E カ 1 新潮文庫 新潮文庫 カバー印刷錦明印刷デザイン新潮社装幀室 520
でも、カフカはまったくそんな野心を抱いていません。あれほど勤めを嫌がりながら も、最初から「文学では食べてゆけない」と決めてしまっています。 これはなぜなのか ? 彼の書くものが、他の人たちの書くものとはまったくちがっていたからです。 プロートの小説は、ありきたりで、いかにも一般受けする内容でした。 カフカもそういうものを書く気があれば、作家として生活していけたでしよう。 でも、カフカはそういうものを書く気はありませんでした。 し 彼は作家という称号を手に入れたかったのではなく、書きたいものを書きたかったの 望 絶 です。 夢 それは一般にはウケない。だから、生活はできない 章 剏それはわかっていても、生活のために嫌な勤めをすることになっても、そこは曲げら れなかったのです。 ですから、「文学では食べてゆけない」というカフカの絶望は、いつもの彼の自信の なさの表れというだけでなく、じつは彼の自分の作品に対する大いなる自負の表れでも あるのです。 「ばくの仕事が長くかかること、またその特別の性質からして」というのは、そういう Ⅲことです。
カフカは小説を書くことを、自分の天職と考えていました。 生前は小説家としての名声を得ることはありませんでしたが、ずっと自分のことをト 説家としてあっかっています。 こつけい 家族はそのことを、多少、滑稽に感じていたふしがあります。とくに父母は。 母親は、カフカが結婚したり子供を作ったりすれば、文学への関心も薄れるだろうと 考えていました。ようするに、まだ子供だから、文学に夢中だが、大人になって、実生 活を始めれば、そんなことはどうでもよくなってくる、と考えていたのです。 絶カフカが自分の本を出すことができたときでさえ、それを父親に贈ろうとすると、父 夢親は「ナイト・テーブルの上に置いておいてくれ」と言いました。この軽視は、カフカ 章 を深く傷つけたようです。 第 もっとも、カフカが本を出すことができたのは、彼の実力が認められたからではなく、 人気作家である親友のプロートの尽力のおかげでした。 それでも彼は、自分を小説家とみなし、それ以外の何者でもないと思っていました。 そこまで夢中になれるものがあるのは、幸せなことです。 しかし、単純に幸せを感じたりしないのがカフカ。自分の書くものは「たいてい失 敗」とみなしていたのです。 143
『変身』がある四人家族の長男が身体か精神かを病んで廃人になったという物語だっ たら、よくある不幸な物語以上には人の心をとらえることはなかったでしよう。青年 がある朝巨大な毒虫になってしまった、というフィクションが、この物語をどの人生 にもいくらか思い当るような大きな物語にしたのでした。それは文学の領域を一気に 広げて深める偉業でしたが、 ほば百年前の多くの読者は、そうした物語に馴れていま せんでした。今となれば『城』も『訴訟』 ( 『審判』という訳もありますが、頭木さん びは『訴訟』が原文に近いとして、飜訳をなさっています ) も、そして『変身』も傑作 んであることを疑う人はずっと少いかと思いますが、書き終えた時はカフカ自身も確信 、と田 5 ったりもしたそうです。 財が持てず、焼き捨てた方がい ( 説 いくらなんでもそれはないでしよう、と田 5 ってしまいます。マイナス志向もいい加 解 減にしてよ、と少し声が荒くなってしまいます。もし小説がすべてなかったとしたら、 手紙と日記だけが残ることになります。それでは、カフカはあまりに片側すぎます。 カフカが、頭木さんに「絶望名人」といわれるほど徹底してマイナスにとらわれ、 むしろほとんど、自分からのぞんでマイナスを求め、マイナスに沈みこもうとしたの いまマイナスといわれるばかりのマイナスの本当の姿を文学に結晶したい、 6 、フ . 激しすぎるくらいポジティ。フな欲求が一方にあったからだと思います。
真実の道に、人をつまずかせるための綱が張られているというのが、いかにもカフカ 的です。 同じドイツの文学者でも、根の明るいゲーテは「実り多いものだけが真実である」と 実 真言っています。 章 真実の実りをたくさん得るゲーテと、真実の道でつまずかされるカフカ : 第あなたはどちら側でしよう ? 195
あなたはお聞きになるかもしれません。 論なぜばくがこの勤めを辞めないのかと。 生 なぜ文学の仕事で身を立てようとしないのかと。 フそれに対して、ばくは次のような情けない返事しかできないのです。 人 ばくにはそういう能力がありません 名 望 絶おそらく、ばくはこの勤めでダメになっていくでしよう。 それも急速にダメになっていくでしよう。 フェリ 1 ツェの父への手紙 なぜ好きな仕事で身を立てようとしないのか ?
152 文学者としてのばくの運命は、非常に単純だ 論夢見がちな内面生活を描写することが人生の中心となり、 生 人他のすべてのことを二の次にしてしまった。 いじけることをやめない フばくの生活はおそろしくいじけたものになり、 内面生活の描写以外、他のどんなことも、ぼくを満足させられないのだ 望 絶しかし今や、描写をするためのばくの力は、まったく当てにならず、 おそらく永久に失われてしまったようなのだ。 夢がすべてだが、その夢もあてにならない 一三ロ