ぼくはお父さんの前に出たが最後、 まるで自信というものをなくしていました。 論 生その代わり、とめどもなく罪の意識がこみあげてきました。 カそのことを田 5 い出しながら、 カぼくはある作中人物について、 望「自分が死んでも、 恥ずかしさだけが後に残って、生き続けるかのようだった」 と書いたことがあります。 ーー父への手紙 父親の前に出ると自信が失われる
何度成功しても自信は湧かず、ますます不安が高まる 自分は小学校一年も修了できないだろう、 とぼくは思い込んでいました。 実際はそうはなりませんでしたが、 それでも自信は湧いてきません。 論 人逆にばくは、成功が重なるにつれて、 フ最後はそれだけ惨めになるにちがいないと、 人 カたくなに信じていました。 名 望 絶こんな状態で、どうして授業に身が入るでしよう ? どの教師がぼくから向学心の火花を引き出せたでしよう ? 授業に対するばくの興味は、 銀行で横領をした行員が、 発覚を恐れてびくびくしながら、 日常の業務をこなしているときの、 120
ぼくにとってお父さんは、 すべての暴君が持っている謎めいたものを帯びていました。 父への手紙 カフカの父親のヘルマンは、とても貧しい家に生まれ、飢えや寒さに苦しみながら、 幼い頃から働かなければなりませんでした。 しかし、彼には体力も根性も商才もありました。ついに自分だけのカで店を持ち、そ 望れを繁盛させました。つまり、裸一貫から、一代で財を成した人物なのです。 絶 それだけに、自信も自負もありました。しかし、一方で、充分な教育を受けられず、 親 ドイツ語を完全には使いこなせませんでした。 章 第成功体験とコンプレックスが同居すると、人は攻撃的で独善的になってしまいやすい ものです。コンプレックスのせいで他人を否定し、自信があるだけに揺るがないのです。 カフカの父親もそういうところがあったようです。 カフカの親友のプロートはこう書いています。「夫人の一言をもってすれば、『巨人』 だった。フランツは一生、この強力な、体格も人並はずれて堂々たる ( 大柄で、肩幅の 広い ) 父親の陰で暮らしたのである」 カフカは父親をおそれ、父親に対してだけは言葉がつつかえました。 はんじよ・つ なぞ
第五章親に絶望した 1 父親の前に出ると自信が失われる 罪はないのに罰はやってくる 巨人としての父親 まったく噛み合わない価値観 親からの、見当違いな励まし 「おまえのやることは必ず失敗する、と脅かす親 自立を願いながら、子供を支配し続ける矛盾した親 親の影響力の大きさ やさしい母親は、おそろしい父親の手下にすぎない 親からの反論 おど
第六章学校に絶望したー 師学校では劣等生と決めつけられた なぞ 母親にとって「ひとつの悲しい謎となった」 教育は害毒だった 何度成功しても自信は湧かず、ますます不安が高まる 第七章仕事に絶望した ! 生活のための仕事が、夢の実現の邪魔をする 会社の廊下で、毎朝絶望に襲われる 仕事に力を奪われる 仕事をなまけているのではなく、怖れている 出張のせいで、だいなしに わ社会的地位にはまったく関心なし 123 113 おそ
カフカの虚弱へのこだわりは、父親が自分と比べてあまりに強くてがっしりしていた たことに原因があります。 望 その肉体的なちかいは、そのまま心のちかいも表していたので、なおさらカフカにと 絶 俶っては、見逃せない点でした。 身 の たくましく世渡りをしていく父親。その父親と自分とのあきらかなちがいを見せつけ 分 がくぜん られて咢然とし、カフカは生きていく自信を失ったのでした。 章 「強い父と弱い自分」この対比はそのまま「強い世の中と弱い自分」という対比となっ 第 たのです。
ぼくは同級生の間では馬鹿でとおっていた 何人かの教師からは劣等生と決めつけられ、 論両親とばくは何度も面と向かって、その判定を下された。 生 極端な判定を下すことで、人を支配したような気になる連中なのだ。 フ馬鹿だという評判は、みんなからそう信じられ、 名薹ⅱ拠までとりそろえられていた 望 絶これには腹が立ち、泣きもした。 自信を失い、将来にも絶望した。 そのときのばくは、舞台の上で立ちすくんでしまった俳優のようだった。 ーーー断片 114 学校では劣等生と決めつけられた
巨人としての父親 お父さんは、もたれ椅子にすわったまま、世界を支配しました。 お父さんの意見が絶対に正しく、 他はすべて、 狂った、突飛な、とんでもない、正常でない意見ということになりました。 論 人しかも絶大な自信をお持ちのあなたは、 「必ずしも意見が首尾一貫していなくてもいいのです。 それでいて、意見の正しさを主張してゆずりません。 絶ときには、ある事柄についてあなたにぜんぜん意見がないこともありました。 そういうときは、あらゆる意見が、例外なく、誤っていることになります。 あなたは、たとえばチェコ人を罵倒し、次にドイツ人を、 さらにユダヤ人を罵倒する。 それも、徹底的にやつつける。 そうして最後に残るのは、あなたひとりなのです。
前章を読んで、「そんなに仕事がイヤなら、辞めれば、 しいじゃないか」と田った人も 多いかもしれません。 しかし、カフカには文学で生活費を得る自信はありませんでした。その点でも、絶望 していたのです。 し また、今のように、バイトで生きていける時代でもありません。 望 絶 だから、「パンのための職業」で自分がダメになっていくとわかっていても、その仕 夢事を辞めずに続けるしかありませんでした。 2 なお、これは婚約者のフェリーツェの父親に宛てた手紙です。 第 婚約者の父親に、「ばくは今の勤めで急速にダメになっていくでしよう」などと、よ く書けたものです。さすがカフカです。 この手紙を父親に渡すように言われたフェリーツェは、父親には見せませんでした。 当然ですね。 139
「おまえのやることは必ず失敗する」と脅かす親 ぼくが何かあなたの気に入らないことを始めると、 お父さん、あなたはいつも、「そんなものは必ず失敗するーと脅かしました。 そう言われてしまうと、 ぼくはあなたの意見をとても敬い、怖れてもいたので、 人失敗がもはや避けられないものになってしまうのでした。 フ カぼくは、自分がやることへの自信を失いました。 ぎしんあんき 人根気をなくし、疑、い暗鬼になりました。 絶ぼくが成長するにつれて、 あなたが。 ほくのダメさを証明するために 突きつけてくる材料も増えていきました。 そうやってだんだんと、 あなたの意見の正しさが、実証されていくことになったのです。 102 ・つやま おそ おど 父への手紙