やおや ある八百屋である。店さきにいた父さんが、さっそく声をかけてきた。 「へえ、その顔つきなら、けっこうつれたようすだな。」 「見なよ、父ちゃん。これ、ぜんぶおれひとりでつったんだぜ。」 ハチベ工は、店さきにクーラーをおいて、中味をひろうした。 「ほんとだ。こいつはな、焼きたてにしようゆをつけて食うとうまいんだ。おい 母ちゃん、今夜のおかすは、買わなくていいそ。」 かんしん おくがら出てきた母さんも、感心したようにクーラーをのそきこむ。 たいりよう りようへい 「へえ、大漁じゃないか。良平のほうが、父ちゃんよりうでがいいね。」 おんな 「ばか、カタクチイワシなんて、女こどものつるさかなだぜ。おれなんかの趣味 じゃねえよ。」 「ふん、父ちゃんはロばかりたっしゃなんだから。ま、たまには、これくらいたく さんつってきなよ。父ちゃん。」 「ようし、こんどはイシダイをつってきてやるからな、みてなよ。」 かお しゆみ
目標の三、円には、しようしようたりないが、それでも三人の出資金一 し 二、三 o 円をくわえた二三、六円が仕入れにまわせることになった。 ホイホイしようじかぶしきがいしゃ あすしようよ、 土曜日の午後、商事株式会社の社員三人は、明日の商にむけて、 しようひん 商品の買い入れをはじめたのである。 この日は、ジースやコーヒーにくわえて、ビールやカップラーメンも買いつけ たし、ガスコンロ用のポンべも買った。 たいしん ビールは、一本二一五円、カップラーメンは、大信の一二八円のやっと、焼きそ よそうがい ば一一円のをしいれた。予想外だったのは、水曜日七五円だったコーヒーやソー ねあ ダが、土曜日には、八三円に値上がりしていたことだ。 「しまったなあ。こんなことなら、こないだたくさんしいれときゃあよかったぜ。」 しゃちょう ハチベ工社長が、くやしがった。 たいりようちゅうもん 「そうだね、くさるものでなかったら、こんど安いときに大量注文しようよ。」 ( カセもうなすく。 もくひょう しゆっしきん
かいしやそんぞく 「ええ、それでは、ます会社の存続について、決をとります。解散に反対のひと ( カセが、教室を見まわす。ひとり、ふたり、まよったあげく手をあげたものが いたが、すぐにおろしてしまった。 ホイホイしようじかぶしきがいしゃ 「それでは、商事株式会社は、ざんねんではありますが、本日をもち たしろ ていあんさんせい まして、解散いたします。つぎに、田代くんの提案に賛成のかた、手をあげてくだ こちらは、ます半分くらいが手をあげた。それから、しだいにふえて、三分の二 冫子 / / かぶわ かぶぬしそうかい 「株主総会のルールにしたがいまして、持ち株の割りあいで決定いたしますが、大 かけっ かぶぬし 株主のみなさんがみな賛成されていますので、この提案も可決いたしました。それ しつもん では、これで総会をおわりますが、なにか質問はありませんか。」 かぶけん 「あのね、株券は、返さなくちゃあならないの ? 」 けっ 力いさん おお 210
きのうのつづきを、いつでもやりそうな声でこたえる。ふだんの ( チベ工なら、 のそむところとばかり、けんかのひとつもおつばじめるのだが、いまは、 ( カセが ゆいいつのたのみなのだ。 耐えがたきを耐えて、 たしろ 「あのな、いま、田代のバカと、陽子と圭子につかまっちまってさ。あいつら、金 かぶぬしそうかい せきにんついきゅう かえせっていうんだ。そいで、株主総会をひらいて、おれたちの責任を追及する んだって。」 しゃちょう ほんとうは、社長の責任だけが追及されそうなのだが、ここはすこしばかり ( ぶんたん カセやモーちゃんにも分担してもらわないと、たまったもんじゃない。 かおいろ てつきりおどろくと思っていた ( カセは、顔色ひとっかえす、 「あ、そう。きようの放課後、株主総会をやるんだね。」 あっさり、うなすいた。 「おまえ、 しいの。金、返せっていわれても、いま、お金なんてないんだろ。どう 120
やって、ごまかすつもりなんだ ? 」 たしろ ほ・つ一一ど、 「べつにごまかしゃあしないさ。ありのままを報告するよ。しつは、きのう、田代 あんどう しレ↑っ・は、 あら 、えのもと くんや荒井さん、榎本さん、それに安藤さんに、商売がうまくいかないこと、電 話で報告しといたんだ。」 これには、ハチベ工もあんぐりと口をあけてしまった。 とうして、そんなよけい 「どうりで、あいつら、いろんなことを知ってたんだな。。 なことしたんだ ? 」 とりし亠まりやく ホイホイしょ - つじ かぶしきがいしゃ 「だって、あのひとたち、 O O 商事の取締役だもの。それに株式会社と ぎむ けいえしないよ・つ かぶぬし いうのは、会社の経営内容について、株主に報告する義務があるんだよ。」 れんちゅう 「だけど、金、返せって、わめいてるんだぜ、連中は : : : 」 「だいじようぶ。誠意をもって話せば、わかってくれるさ。ただね : ハカセは、いまいちどハチベ工の顔をにらみつけた。 しゃちょう ほしょ - っ 「社長のいすは、保証できないからね。」 かお 121
あら たしろ して、残りを四人でわけりゃあいいわけだ。まてよ、荒井さんや田代くんも二日間 きゅ - つりよう はたらいているからなあ。あのひとたちにも給料いくらかださなくちゃあ。」 でんたく ( カセが、お金の山をまえにして、いそがしく電卓を使いはしめた。 しゃちょうしつ 「 ( カセ、そいつは、社長室にもどってやろうぜ。おれ、つかれちゃったよ。」 ハチベ工が、大きなのびをする。 「ほく、おなかべこペこ。」 モーちゃんは、まゆをしかめておなかをさする。 「よかったら、・ほくんちの店で、ラーメン食べないか。 きみたちに、父さんのラーメン食べさせたいんだよ。」 「あ、それいいねえ。」 モーちゃんが、目をかがやかせる。 にし士 ( 亠っ 「ようし、じゃあ、いまから、西町までいってみよう。おし ( カセ、・ほや・ほやせ ずに、はやいとこ、金かたづけろよ。そんなもの、 いつでもできるじゃないか。」 213
たかしれないんだから。」 よこから母さんも口をだす。けつきよくハチベ工は、 はちゃしようてんかいせつくろうばなし 八谷商店開設の苦労話をたつぶり、ステレオできかされる ことになってしまった。 しいよ。もう、たのまないから。」 たいさん ハチベ工は、そそくさと自分のへやヘと退散した。 ゅうし 父さんや母さんに融資をことわられたのはショックだったが、これでポシャるよ うなハチベェではなかった。 じっ とうちゃく じぎようしきんか よく日学校に到着すると、さっそくクラスの友人に声をかけて、事業資金の借 り入れをもうしこんだのである。 ひとで 「とにかくすごい人出なんだよな。千人、 いいや二千人はいるんじゃないかなあ。 〇。第 \ い
ハカセが考えぶかげにつぶやいた。 しゃちょう 「取締役って、社長よりえらいのか ? 」 いってみれば株主の代表者みたいなもんだね。これからは、 「えらくはないけど、 そうだん 会社の計画は、この四人にも、ちゃんと相談してやらなくちゃあ。」 たしろ あら 「田代や、荒井はいいけどさ。圭子はいやだよ。あいつ、おれのいうこと、みんな 反対するんだもの。」 あんどうけいこ かお ( チベ工がしぶい顔をした。安藤圭子は ( チベ工とおなし班なのだ。 だいきぎよう しほんきん ホイホイしようじかぶしきがいしゃ ともあれ O C >* 商事株式会社は、資本金四 o 、 o 円の大企業になった じぎよう o o 円の資本で出発した事業が、一週間もしないう わけである。さいしよ、一五、 ちに三倍ちかくにふくれあがったことになる。 はなやま ートの模型売り場で、待望 火曜日の放課後、 ( チベ工とモーちゃんは、花山デパ 一 : つにゆ・ - っ のトランシー ーを購入した。タコの箱くらいの小さなものだから、ポケット みなと つうしんきより につつこんではこべる。通信距離は、一キロメートルくらいだそうだが、倦で使う とりし士 6 りや′、 しほん はん たいまう
しまった。 そのとき、女の子の声がした。 「ハチベ工くんが、やめたいっていうんなら、しかたないわね。解散に賛成しま あらいよ - っこ 荒井陽子だった。陽子は、 ( チベ工をちらりとながめてから、教室の株主たちに しせん 視線をむけた。 かぶ 「あたしもそうだけど、さいしよ、株を買うときは、お金をたせば、遊んでいても、 もとで はいとうきん 配当金がはいってくるって思ったわよね。でも、あたしたちのお金を元手にして はちゃ やまなか おくだ ↓なかもり しょ - つ、はい 商売してた八谷くんや、山中くん、それに奥田くんや中森くんたち、すごく苦労 したのよ。こないだあたしも二日間てつだったけど、びつくりしたわ。お金をかせ ぐって、たいへんなのよね。だから、あたしは八谷くんが、くたびれたからやめた いっていう気持ち、わかるわ。」 いけん 「あたしも、陽子さんと、おなじ意見です。」 かいさんさんせい かぶぬし 207
ほたるひかり アナウンスのあと、静かに『蛍の光』のメロディーが流れはじめた。 かいしゃ 「ところで ( チベ工ちゃん、これから会社は、。 とうなるの。また、あたらしい仕事 はじめるつもり ? 」 ふと、モーちゃんが、思いだしたようにたすねた。 かぶはいとうきん 「会社かあ。そうだな。株の配当金をはらって、それから : しゃちょう ようか。おれ、社長の役目、くたびれたよ。」 ハチベ工が、鼻にしわをよせてわらう。 「ふふ、たいへんたったもんね。」 モーちゃんも、くすりとわらった。 テントの向こうに、青い軽トラが、ゆっくりとやってくるのが、見えた。 ホイホイしようじかぶしきがいしゃ かぶぬしそうかい 十月十五日土曜日の午後、商事株式会社の第二回株主総会がひらか 3 。それから、解散し 力いさん 201