「えー ? 知ってた ? 普段の服装とか、人となりからは想像もっかないけど。」 私が竜一郎に聞くと、 「知ってたよ。だって一緒に小旅行してると車ではずっと聴いてるし、寝るときびそ ードロック野郎だな、ってすぐ気づいた かにメタリカのシャッ着てるし、隠れハ 「人って、わかんないものね。」 私は言った。 家族のほとんどを失い、サイバンで事業をしている彼をはげますものがこれだった。 ム霊にまみれ、店の経営で忙しくしているコズミくんの心の支えが。 ア大げさではない。私はこんなに楽しそうなコズミくんをみたことがなかった。私が 少し質間をしたら、コズミくんは身を乗り出すように、子供のじまんをする親のよう に、これらの音楽について熱つぼく語り始めた。には激しいボーカルと、長い金 とが 髪と、尖ったギターリフが叫び狂い、気を利かせたさせ子がボリュームをあげて、何 だかこの部屋はハ ードロックファンの集い、のようにさえ思えてきた。この人は前こ のバンドにいて、このバンドにはこ、つい、つできごとがあって、だからこの曲はこう、 うことを歌っているんだよ : : とコズミくんは語りながら、見ながら、飲みながらた
288 ここには時間も空間も幽霊も生きてる人も死んだ人も、最近死んだ人も昔死んだ人 も、日本人も外人も、みんないる。海も町もカラオケも、山も歌もサンドイッチもご ちやごちゃにあるの。夢なの。夢のなかでは、ケーキ食。へたいな、と思ったらほん、 と出るでしよ。お母さんに会いたいな、と思ったらもう会ってるでしょ ? それと一 上喧。そ、つい、つ ~ 暑らし。 私たちはいろんなことがありすぎて、他の人の何倍も年をとったからもう、ここで 休むことを、漂うのを選んだの。ここにいる。遊びに来るのをいつも迎えるわ。歓迎 するわ。いつも。 ム アそれでね、何でこの手紙を書こうと思ったかっていうと、 今朝、浜辺ですごいきれいな女の子が貝を拾ってるのが見えた。 見かけない子だったから、私も彼も黙って歩きながら見てた。 ) みつあみの細いおさげを二つたらして、すっぴんで ) すごい美人なの。透けるよう に白くて、目が大きくて、まっすぐこっちを見て、笑った 私たちは笑いかえして、通り過ぎて、朝焼けの浜辺、振り向いたらもういなかった。 ここではよくあることなの、それは。
146 私が笑いながら言うと、 「行きたくないよ、今の元気な朔ちゃんは、いるだけで僕を疲れさせるんだもの。」 と、相変わらず痛くもいやらしいところをついてきた。 こんなちびのどこに、そして何のためにこんな勘があるのだろう。大人でも持って いない人が沢山いるような、徴妙なテクニックだ。 そして、こいつにとってこの能力が何の役にたつんだろう。 タ「でも、ここにいても、おなかはすくしさ、下ではあんたについてお母さんたちが語 リり合っているし、出かけるに越したことないよ。別に何も聞かないし。学校変わりた ムいんだって ? 」 私は言った。 「学校行ってなかったんだって ? やるねえ。全然気づかなかった。」 弟は少し顔を輝かせて、自慢げに言った。 「苦労したんだよ。今度は、朔ちゃんに迷惑かけずにびとりでなんとかしようって思 「どこにいたの ? 」 素直な好奇心で聞いたら、話にのってきた。
260 こんなに優しい気持ちになったのは久々で、そうさせてくれる人々の存在に感謝し トラックがぎらぎらした たい気になった。だから、流星、と書いてある、ばかでかい 電飾とすごくでつかい音でわきを走り抜けて行った時、「ここにいるみんなが日々い ゃな思いをしませんよう」と祈ってみた。 夜は容赦なく時を刻み、見慣れた東京の風景がネオンの広告でだんだんせまってき 車はスピードをゆるめずに首都高の複雑なカープを走り抜ける。 「いっ発つの ? 」 ついにきしめんが言った。 ア「あさって。」 メスマ氏が答えた。 「私を捨てたこと、もううらんでないから。」 きしめんが笑った。 「うそをつけ。こっちが捨てられたんだろ。」 「どっちでも いいじゃない、離れちゃうんだもん。これからは友達だよ。」 きしめんが言った。
アムリ とおさまってしまう音の幻を心地よく感じていた。 そ、つ 、つとき、魂は丸ごとかえってゆく。 子供のころの、後ろめたくて気持ちいいあの眠りに。 うとうとしていた。白いカーテンが残像となって夢の画面にばたばたと揺れていた。 鳩のようにも、旗のようにも見えた。 そうしてゆっくりと本格的な眠りがしみこんできたとき、その画面の向こうに白っ ビジュアルでいうと蛍みたいな、味とし タほい光が見えた。井くて冷たくて柔らかい て感じるとまさに洋なしのシャーベットみたいな光だった。それがだんだんとこちら に近づいてくるのがわかった。 このホテルのフロントから、階段を上って廊下の花壇の脇を通って、この部屋に向 かっている。 まるでレーダーみたいに、その光の移動を感じ取っていたとき、 トントン、とドアをノックする音が聞こえてはっと目が覚めた。飛び起きてのぞき 穴をのぞくと、やはりさせ子だった。やつばりそうだ。私にはなんの能力もないが、 させ子を感じる能力だけがなぜかあるらしいのだ。 変なの、と思いながらドアを開けた。
えた。 街中に外出するときは必ずきっちりと化粧をして、スーツかワンピースを着るよう なこういう女にとって、こんな部屋着で男に会いに行くのがどんなに決意のいること か知っていた。 栄子の彼の会社に行って、受付で彼を呼び出した。私は彼に会ったことがない。待 タっている間、少し緊張した。やがてエレベーターから急ぎ足でおりてきたのは「少し 、普通のおじさん」だった。受付嬢の視 くたびれた感じの、お金持ちそうで品のいも ム線を気にせず、私と堂々と会社をでるまっとうさが気にいった。そういえば栄子のお ア父さんもそういう人だ。 「あの喫茶店で栄子が待ってます。」 私が指さすと、ありがとう、と言って通りを渡っていった。 待ち合わせは三十分後、三越のティファニーのところだった。栄子が十分遅れたと き、あいつらー と思ったが、十五分後に彼女がこちらに歩いてくる姿を見たとき、 許す、と思った。 まるで整形かエステのあとみたいに。
185 私は言ってやった。 オカらもいんだ。」 「そんなに長くは、よ、ゝ 「そうなの ? 」 「そのつもり。」 弟は言った。電車に乗って、我が家のある駅をめざした。近くでちょっとした盛り 場があるのはそこだけなのだ。ついでにうちに帰る ? と聞いたらやめとく、と言っ た。えらいなあ、と思った。子供で、お母さんに会いたくないわけがないのに。 かすみ 窓の外の景色は、霞がかかったように柔らかくて街のところどころにいろんな春の ム 花がちりばめられている。土曜の真昼、ここちよく揺れる車内に人はまばらで、陽の あふ ア光が溢れている。 「でも、どうしてか、みんなと気が合うんだ。考えてることわかる気がする。普通の 学校にいる子たちより、変わってたりかたよってたり、次に言い出すことがわかんな くて怖かったりするのに、なんとなく好きになれる。」 「おまえは、同じ年の子よりもませてるし、多分頃も、 リいから、その分考えてしまう ことも多くなってて、雰囲気が浮いちゃうんだろうね。そういう子は、やつばり普通 、つばい感じてしまうから、合うんだろ の子が考えなくていいことをいつのまにか、
ない、そういうことの切なさがあった。私はええ、とだけ言って、栄子の部屋に行っ 「朔美、会いたかったわ ! 」と言うなり ) ふざけて彼女は抱きついてきた。目の下に 隈、少しやせて、決して元気そうじゃなかったがあいかわらずの気丈ぶりが頼もしか 性質はよく似ているのに、 この子は何があっても真由のほうには転ばない、そうい う気がした。何が違うんだろう、と考え「育ち」という言葉を飲み込んだ。それはさ みしすぎる。 銀のシュガーポット、ウェッジウッドのティ セット、ビスケットにサンドイッチ。 ア完璧なイギリス式の「ハイ・ティ ー」をメイドさんがワゴンで運んできたが、ありが とうとほほえむ栄子の顔は、その母と同じく今ひとつばっとしない何かに曇っていた。 「外出禁止なの ? 」 もりもりとサンドイッチを食。へながら私が言うと、 「子供じゃあるまいし、そこまではね。」 と栄子は笑った。 「でも、誰に会うかしつこく聞かれるし、外泊は禁止。」 つ、 ) 0 、、 0
なのなりかたをせざるをえなかったのかもしれない。 「由ちゃんにとって、いい結果になるといいわね。」 純子さんが言った。 「今度のことでいろいろ考えたわ。それに私もいつまでもここに居候しているわけに はいかないしね、そういうことも。」 「えつ、出ていっちゃうの ? 純子さんまで ? 」 私は情けない声で言った。 「急にはしないわよ。そんな子供みたいな顔しないの。」 純子さんは笑った。 いとこと、母 ア毎日のこととなると、変なことも変に思えなくなってくる。他人と、 と、私と、弟と。雑居。ごはんを食べ、それぞれの権利を持って、生活していた。そ のびずみが弟に出たのかもしれない。い や、答えはない。私の記憶のことも、関係し ていないとは言えない。べ ーズがなくなったことも、私が竜一郎とっきあったこと も、何もかもが少しずつ響き合って、こんなふうに形になって表れてくる。 変わってゆく、よくも悪くもなくて、ただ形を変え続けていく。流れてい ( そうろ・つ
243 限定された情報に還元してはいけない。 そのままにして、そっとして、見ているしかない。 こんなこと、あの人も知ってる に決まってる。 でも言いたかったのだ。伝えたかったのだ。淋しいから、淋しい書き割りのなかに 生きているから。 竜一郎がトイレに行っている間、もう一度写真を見たら、竜一郎はしなのある笑顔 で微笑んでいた。前に写真で見た彼のお母さんに似ていて、このかっこうでここでぼ っと待っていたかと思うと、おかしくてげらげら笑った。 ム笑っている間、私も私の考えも顔も何もなくて、ただなだれこむようにみんな笑い アに溶けていた。救いも孤独も何もなくって、笑いが笑いをよび、私は私のまま、笑い こよっこ 0 ほんの短い尸 そういう感じを知っているような気がする。何があっても結局曇らなかった。 私が持っている宝石のようなもの。