に、もうすぐ死ぬなんて不自然だ : : と誰もが思ってしまうような陽気な画面だった。 プールから上がってくるびしょぬれの子供たちを洋服のまま抱き締めたり、うまく 演技しない犬に思わず笑ってしまったり、裸のままプールで泳いだり、彼女はアルコ ールと薬にまみれて熱でふらふらだったとは思えない自然な光を放っていた。 でも終始、何かを発散していた。透けるようで、白く光って、消えいりそうな謎の 光線。あまりにもきれいすぎて、焦点が合いすぎて、恐ろしいほど人目を引くのに決 タして濃くはない光。 見た後何かが引っかかって、ずっとばんやり考えていた。 ムそして夜眠るときになってやっとはっきりした。真由だ。真由もああなった。死ぬ ア前はちょうどあんなふうに、青空や空気やタ陽に溶けるようだった。生気や活気は全 くなく、それなのにやけにまぶしくうっとりとしていて、動作は世界と廿く調和して いて、貴重なもののように人目を引いた そうだったのか、と思った。その類似が薬のせいなのか、死期が近いせいなのか、 両方なのかわからなかったけれど。 もう、どこにもいないのだろうか。本当にどこにもいないのだろうか、真由。空が なそ
「そうだね。」 「だから、私、コズミくんなんて不幸そうにしてるけど、時々うらやましい。家族の、 お母さんの、思い出があるもの。だれかに、何の心配もないよって守られて、 Feed された思い出が。」 Feed 、という表現を使った。 「でも、もしも彼に何かあって、ここで初めて作り上げた幸せが壊れたら、私も初め て不幸になるかもしれない。失うものができると、はじめて怖いものもできるんだね。 でも、それが幸せなんだね。自分の持ち物の価値を知ること ? だって私には彼みた ム もし」 いに、いてあたりまえのものがなくなっていったさみしさとか暗さを知らない。 アもと、何もないところにいつもいたから。私よりもつらさでは彼のほうがすごいのか な。もし彼がいなくなったら、私困る。そういう悲しさをよく知らないの。味わった ことがないの。」 させ子は笑った。 比べてもしかたないが、それこそこのひとに比。へたら私の、昔ちょっと ( ? ) 妹や 父が死んで、頭をごちん、と打って、記憶と弟が少しいかれてるくらいなんでもない ことに思える。それくらいでまじめになってる自分が恥ずかしく感じられてしまう。
174 弟のいない暮らしは、音のない映画みたいに、なにかが欠けている感じがした。 弟の部屋の前を通るたびに、死んだわけでもないのに真由や父の写真を見た時と同 ムじようにきゅんとした。少しだけ、、いに影が落ちるような感じがした。 ア なにをしていても、しばらくは弟を気にかけていた。幹子も一つ多くケーキを買っ てきたりして、しゅんとしては分けて食べたりした。 「こういうのって、由ちゃんが大学行ったり、はじめての彼女ができたりしてあんま り家に帰ってこなくなってはじめて味わう気分だと思ってた、早すぎない ? 」 無邪気に言う幹子の言葉が、まだ信じられない気持ちに響いた。 いれば何でもないことも、 いないというだけで、意識してしまう。大切なひとを手 放したみたいな、後悔の気持ちに似た苦い味がする。 見せず、二人の声だけがよく聞こえるから。街のなかではなかなかこんな空間に立っ ことはないから、そんなことは考えない。 でもここでは、何もかもが白紙だから、強まる。ここにこの人と私がいて、別々の 人間なのに特別色濃くなにかを重ね合わせていることカ
アムリ それは事実として不思議なことだった。戦争の悲惨さ、とかそういうことではなく て。 たとえば墓地に眠るのは、同じくもう死んだ人だ。いろいろな場所で、さまざまな 死に方で。でもここは違う。ある特定のつらい死に方で、ある一定の期間に。それが すごく変な感じ、こ。 だこの緑の中、静かな海辺、青空。音がしない。かすかなつぶやき のような自然の声があんまり多すぎて無音だ。そういう感じがする。 「ナマコかー。」 私は言った。 「もう泳ぐ気しなくなった ? 」 させ子が笑った。 「いや、泳ぐとも。」 私は言った。 「そうそう。そういうこと。」 させ子はうなずいた。 ビールを飲んで、シートに寝ていた。
私は言った。 「いるわよ。元気よ。代わろうか ? 」 「そうして。」 「待ってね。」 保留の音楽が、焦りをかきたてた。 しばらくしてがちゃ、と音をたてて出て来たのは母だった。 「ごめんね、寝てるわ。」 「本当に寝てる ? 死んでない ? 」 ム「寝息を立てて、死んだように寝てたよ。」 ア母は笑い、私は少し安心した。 「また、電話するね。そう言っといて。そっちはどう ? 」 「変わりなしよ。幹子が風邪で一週間寝込んだ。で、お見舞いにポーイフレンドが来 て、みんなで見ちゃった。」 日本の、我が家の生活の匂いが伝わって来た。母が死んだら消えてしまう、もろく、 そして強い匂いだ。あの家にしかなく、そのことがあたりまえすぎて誰も感じない。 「今風の、かっこいい子だったわ。」 あせ
239 妙にくつきりと思い描いたのです。それでイメージが固定してしまったのかも知れま せんが、今日会って、わかりました。あなたは、どうしようもなく飢えていて、孤独 です。あなたは、頭を打つ前にも、沢山、肉親が死んでいるでしよう。それで、次は あなたが多分死ぬ番だったんです。そういうことになりやすい血なんです。」 私は、させ子の言った「半分死んでいる」という一一一一〔葉を思い浮か。へた。 「でも、あなたには何かプラス住があって、それがぎりぎりのところで生き延びさせ たのです、僕は運命論者ではありませんし、占星学にもそんなに興味はありません。 でも、そんな気がするのです。頭を打ってからのあなたの人生は、まったくの白紙、 ムおまけ、予想外のもので、なんのシナリオもなくて、そのことをあなたはどこかで知 むな アっている。それが淋しかったり空しかったりしないように、ものすごい注意を払って ひとよ いる。すごい孤独です。恋人は、かなり頭のいい人で、お人好しだし、かなり近い線 であなたの孤独に迫「ているし、でもあなたの個人の内面の混乱に際しては、その存 在もなぐさめにすぎない。本当の絶望に至るのは簡単です。そうならないことが今の あなたのす。へてです。一度、死んだのです。前の人生に用意されていた花や実は、す 。へて変化しました。 多分、お母さんのほうにすごく変わった血があって、弟さんもその影響でしよう。
288 ここには時間も空間も幽霊も生きてる人も死んだ人も、最近死んだ人も昔死んだ人 も、日本人も外人も、みんないる。海も町もカラオケも、山も歌もサンドイッチもご ちやごちゃにあるの。夢なの。夢のなかでは、ケーキ食。へたいな、と思ったらほん、 と出るでしよ。お母さんに会いたいな、と思ったらもう会ってるでしょ ? それと一 上喧。そ、つい、つ ~ 暑らし。 私たちはいろんなことがありすぎて、他の人の何倍も年をとったからもう、ここで 休むことを、漂うのを選んだの。ここにいる。遊びに来るのをいつも迎えるわ。歓迎 するわ。いつも。 ム アそれでね、何でこの手紙を書こうと思ったかっていうと、 今朝、浜辺ですごいきれいな女の子が貝を拾ってるのが見えた。 見かけない子だったから、私も彼も黙って歩きながら見てた。 ) みつあみの細いおさげを二つたらして、すっぴんで ) すごい美人なの。透けるよう に白くて、目が大きくて、まっすぐこっちを見て、笑った 私たちは笑いかえして、通り過ぎて、朝焼けの浜辺、振り向いたらもういなかった。 ここではよくあることなの、それは。
水からあがって、浜で待っているさせ子のところに行った。 「すげー、ナマコね。」 私は言った。 させ子は青い水着で、缶ビールを飲んでいた。そして淡々と言った。 タ「あれは、海のそこで眠る、戦争で死んだひとの魂なのよ。」 「やめてよー ! 」 ム となりにすわりながら私は叫んだ。 ア「あら、本当よ。静かに眠ってるのよ。それでね、観光客がいやがるからっていちい ち朝、沖に運んだりするんだけど、さみしいからっていつのまにか浅瀬に戻ってきて しまうのよ」 「いやだなあ。」 「だって、本当よ。ちょうど人数分いるくらいだと思わない ? 」 「そうかも。」 私はうなずいた。ここで、何万人もの人が死んだ。 つ、」 0
は生きている。死ぬまで。たとえお父さんやお母さんが死んで、家がなくなっても、 自分がおばあさんになっても。 「裏返さないと、黒こげよー ! 」 させ子が私をつつオ 、こ。はっと目覚めた。砂の上で寝ていた。涙がこばれた。 私はあおむけになった。 「タ方近いとはいえ、陽が強いから。」 させ子がにこにこ笑っていた。 ム痛いような笑顔だった。 ア " そうか、私が部屋でひとりつまんなそうに寝ていたから、今日いちにちつき合って くれたのか。 と初めて気づいた。あんまりにもさりげなく一緒にいたからわからなかった。たぶ ん、わからなくても、 いくらい自然に物事が進んで行く。 そういう場所、そういう人だ。 「あっ、男たちが帰ってきたよ。」 振り向いて店のほうに手を振りながら、させ子が言った。
すいかを食。へる猫背の背中。投げ出した足のペディキア。 結い上げた髪の茶色。 そういうす。へて。晴れた日が大好きで、小さいマンションでも陽当たりのことばか り気にした。 あの笑顔、どこまでも柔らかく独特に井い笑顔、波紋のように広がっていくあの高 くて鈴みたいな笑い声。 そういう妹の、ありとあらゆる残像が突如驚くほど鮮やかによみがえり、ただただ 会いたくて、会いたくて苦しいくらいで、いてもたってもいられなくなった。 ム もう会えない妹に異国の空の下で、死んでから初めてこんなに会いたくなるなんて ア妙だった。今までは勝手に先に自分で死んだあの子に、嫌われたような裏切られたよ うなくやしい気持ちが、心のどこかにあったからだと思う。 ン・モンロ 少し前、男たちがダイビングに出かけている間、させ子の部屋でマリ丿 ーの最後の映像を見た。死の直前に撮影していた未完成のコメディ映画のフィルムで、 まあ要するに Z 集のようなものだった。 彼女は美しく、明るくて柔らかそうで、ああこの人はこんなに大声で笑っているの