242 「おかえりなさー と彼が出てきて、 「遅いから撮影して遊んでた、ほら、見てみて。」 と照れ笑いでボラロイド写真を差し出した。 私のワンピースを着て微笑む、竜一郎が不気味なノーメイクで映っていた。 「何これ、どうしたの ? 」 私 . が一一一一口、つし」、 、、ってやろうと田 5 って 「いや、そこにかけてあったからさ、これでおかえりなさー ムたら、帰ってこないからさ、待ってたけど、長い時間このかっこうでいるとむなしい アものがあってさ、こうして形にして残しておいたってわけ。」 「いろんなことがあったんだねえ。」 私は言った。 「めし食いに行こうよー ! 」 、ものなのだ。 彼は一 = ロった。こ、つい、つ日に限って恋人とは特別きげんがい でもそれでいいのだ。 一一一一口葉にしてはいけない、人生だとか、役割だとか、そんなことは。 ほほえ
アムリ かい胸に私をかき抱いて歌ったりしてくれたが、冶らなかった。 たまにこういうひどいのが来るのよ、と言ってさせ子は薬をくれた。 「それ飲んで、少し寝なさい。」 「いいわよ、帰って寝るわ。隣なんだし、いてて : : : 」 必死で私は言ったが、明日休みだし家ま、、ゝ ~ しカら、と言って二人に押しきられ、寝 室のダ。フルべッドに寝かしつけられてしまった。外国の強いアスビリンは私をノック アウトしこ。 もうろうとした意識の中で時計を見たら、夜の八時だったのを覚えている。 目覚めは突然だった。 電気をつけるように、ばちり、と目が覚めた。 時計を見ると十一時だった。三時間も寝たのか : : と思って首を動かした。少しで も眠ったのがよかったらしく頭痛も、熱もほとんど冶まっていた。 全くおそろしい土地柄だ。 半開きのドアの向こうから、笑い声との音が聞こえた。窓の外は暗い海と、閉 店した店の、白いいすが並んでいるのが見えた。
152 たからかな。でもね、言ってくれればいいのにね。そんなことを言わないで、死んじ ゃうなんて。私はね、強いていえば、彼と彼女がセックスしてたことのほうがショッ クだよ。そういうのって、一般にどんぶり、とかいって、すごくださいことじゃな 本気で考えたので、弟に向かってつい本音を言ってしまった。 「どうしてそんなに平気なの ? 」 弟が一一一一口った。 「おまえは、ものすごい真由ちゃんっ子だったからねえ。」 私は言 0 た。シビアな母より、男らしい私より、多分女性というものに対する憧れ アを彼は真由に感じていたのだろう。ばかだな、こいつ、将来女で苦労するぞ、と私は 思った。 上手に抑えているだけで私にもそういうところがあるが、ああいう人は男を自分と いう泥沼の中に引き込んで逃がさない。あまりに独特の価値観で生き抜いているので、 一度つきあうと、どんなにくたびれはててももう他のリアリティに魅力を感じなくな るシステムになっている。真由には自覚がない分、より暗いおそろしい面があって、 びたい その媚態を見るたびに私は、自分が男でなくてよかった、と思った。 あこが
131 アムリ と言って、小皿に肉を載せてくれた。 ーっもはまっていたトルコ石の指輪が見える。 その指に、 肉は柔らかくておいしく、ビールが飲みたいですね、と言ったら本当にビールを出 してくれた。 ひまだからいい カら、夜忙しいと思うし、今充電 よ、今日はさん達が来るらし、ゝ しとかないと。 マスターは笑った。 私は、マスターはいい人だ、と田 5 う。大好きだなあ、と思う。 マスターは一一一口、つ。 本当にこの店はいい店だね、君達働いてる子もみんないい子だし、気楽だし、落ち 着くし。二十代の頃は自分がこんないい場所をつくれるなんて考えてもみなかったな あ。 せみ 蝉の声がする。 街を行くタ方の親子づれの会話が聞こえる。 私は言う。夕方の肉とビール、柔らかい、愛に満ちた雰囲気。あまりにも気分がよ すぎてかなしくなる。
250 僕にとってよかったって思うけど。でも誰も僕に言ってくれないようなこと、たくさ ん言われた。すごくつらいことだと思う、あの人の性格も、才能 ? とかも。」 「わかるわかる、言いたいこと。会う前は、あんたたちが何がこわいのかわからなか ったけど。」 「朔ちゃん、自分のことよくわかってるぶん傷つくんじゃないかな、と思って、会わ せたくなかっただけ。会ってしまったならいいの。きしめんも後悔してるから、会い たいと思ってると思う。」 「じゃあ、会おうよ。あのまま行かせるのは、いたたまれなくて。きしめんにも声を ムかけてみる。」 ア 私は言った。 「うん、わかった。僕はほんとうに平気。何がこわかったって、僕はほんとうは、行 きたかったの。少し。」 「カリフォルニア ? 」 「うん。」 「行けはいいのに、ほんとうにその気なら。」 私は言った。
著ランゲルハンス島の午後 村上春樹著雨天炎天 ーギリシャ・トルコ辺境紀行ー 村上春樹著村上朝日堂はいほー / 村 村 安村 安村 上 上 西上 西上 水春 水春 春 春 樹 丸樹 丸樹 著 著 著 ネ申 象 工 場 境 とヾ の も ノ、 オこ ツ ち み 近 ン・ 足甬 ド る わホ自 ー編都 すそー で間本 旅リギ ンにカ るし九 れ潜動 贈に書 グ気ラ モと会 / 、シリ て九 た入小 ャシ な持フ 、的 るなを 二五 故記銃 編ヤ 工ちル 】カな 。月年 郷、で 村ま読 。正 ッよで ラセ ・う脅 ター教 セさ夢 上すす 語フン 春。れ い人月 神どか フ転の りルチ イそが 樹安ば 闇々 で、聖 でうあ 下なメ 戸んさ のの地 三れ の西 ワ四地 ろイン つにふ 中内震 三昧た ェ水誰 づ寄れ イ駆ア しラタ になは ッ丸で 対スリ 。のメ ルをト るりる 光るす 涙讃キ 談トズ セ画も ド駆ス 25 そイ を廃べ と岐シ ン伯村 なつを 編うラ もがム 放墟て 笑紀コ 収奏に スの上 冒てひ 。ハス つがを い行 、イワ 険トた 録で充 六静壊 の、無 全ラー 旅ルす しるち つか滅 7 震人 行コら た素た ウ 31 スル っ災島 ォそ 新敵 13 のにさ 編トド 物共せ のでト 周く 編なの / 入の 語振た 旅失ホ り仲 ミ隣 集ハ短 のギ
どんなによかったでしよう。 そうしたい気持ちを断つには、このやり方しかなかったのです。ご理解いただけな くてもしかたありませんが、つらかったのです。 でも私は私の母と娘と、そこでしていたような楽しい暮らしをつくりたいのです。 どうぞ、お幸せに。 いっかまた。 みんな、健康に、大きくなってね。 アムリ 私は人前ではめったに泣かないし、まして母はもう「泣いたら損」と思っていると しか思えないくらいの人間なのだが、その時ばかりは泣けてしまった。こういうのを 親ばか涙というのだろう。 その時、というのは弟が児童院を去る日のことだ。 かんかん照りの暑い朝、私と母は弟を迎えに行った。 純子
見ると、コズミくんの車がサンドイッチ屋のガレージに人ってきた。心もち黒くな った竜一郎と、コズミくんが荷物を抱えて車から降りてきた。 日は西に傾き、何もかもがうっすらとオレンジ色に見える。海は静かに夜の準備に 人ろうとしている。店のイルミネーションが点滅を始める。 笑いながら、二人がこちらに歩いて来る。 させ子が立ち上がる。 彼女がこんないい暮らしに流れ着いたことを嬉しく思った。 そして私も立ち上がった。 今日あったことを話して、夕食を食。へる。 アそ、つい、つ暮らしに。
に、もうすぐ死ぬなんて不自然だ : : と誰もが思ってしまうような陽気な画面だった。 プールから上がってくるびしょぬれの子供たちを洋服のまま抱き締めたり、うまく 演技しない犬に思わず笑ってしまったり、裸のままプールで泳いだり、彼女はアルコ ールと薬にまみれて熱でふらふらだったとは思えない自然な光を放っていた。 でも終始、何かを発散していた。透けるようで、白く光って、消えいりそうな謎の 光線。あまりにもきれいすぎて、焦点が合いすぎて、恐ろしいほど人目を引くのに決 タして濃くはない光。 見た後何かが引っかかって、ずっとばんやり考えていた。 ムそして夜眠るときになってやっとはっきりした。真由だ。真由もああなった。死ぬ ア前はちょうどあんなふうに、青空や空気やタ陽に溶けるようだった。生気や活気は全 くなく、それなのにやけにまぶしくうっとりとしていて、動作は世界と廿く調和して いて、貴重なもののように人目を引いた そうだったのか、と思った。その類似が薬のせいなのか、死期が近いせいなのか、 両方なのかわからなかったけれど。 もう、どこにもいないのだろうか。本当にどこにもいないのだろうか、真由。空が なそ
275 受付で「こんなに外出が多いお子さんもめずらしかったですねえ、でも、淋しくな るわ、由男くんいなくなると」とか先生がたに言われているあいだに、弟は右手に小 さな荷物をまとめて提げてこちらに歩いてきた。 小さな女の子が弟と手をつないでにこにこしていた。 あの子は、由男くんとしか話をしなかったんですよ、と女の先生が言った。 あいさっ しかし、その子だけではなくて、いろんな子供が弟に別れの挨拶をするために次々 タに部屋から飛び出してきた。 話ができなかったり、すごく大きいのにおむつをしていたり、乱暴で暗い目をして ムいたり、異様にやせていたり、太っていたり、そういう子がみんな泣いたり、じっと アみつめたり、ぎゅっと手を握ったりして自分にできる精一杯のやり方で淋しさを表現 した。弟は取り囲まれ、手紙や絵や手作りの何か小さいものを次々に手渡され、もみ くちゃにされてしまった。 でも弟は泣いたりしないで、普通に「手紙書くからね」とか「遊びにくるね」とか 「こんど釣りに行こうね」とかいう言葉を返すのだった。 まあ、キリストさまみたい、 と母は冗談を言ったが、その様子がなかなか終わらな くて、教室から先生が「授業がはじまりますよ」と声をかけてもみんなが弟から離れ