途中、田んばに金の入った袋を落とすのを目撃した 識するのです。それからひとに何かの概念を無理矢 のです。釈尊はそれを指して「アーナンダ、蛇を見理に叩きこむと、それも事実として認識してしまう た ? 」と言いました。ア 1 ナンダ尊者も「はい尊師、 のです。はっきり言えばこれは幻覚です。欲・怒り・ 蛇を見ました」と返事したのです。一般のひとが札嫉妬・憎しみ・恐怖感などの感情によって心が弱く 東を見ると起こる感情は、決まって欲でしよう。し なると、幻覚を引き起こしやすくなるのです。これ かしプッダとア 1 ナンダ尊者は、苦しみと死をつか は日常茶飯事に起きていることです。 さどる蛇を見た時と同じ感想を起こしたのです。で 宗教では、あえて幻覚機能を作る訓練をするので すから、美人をプスと見ることも、プスを美人と見 す。神・ホトケ・お不動さん・阿弥陀さん等を感得 ることも、食べものを美味しいと見ることも、不味 する訓練をするのです。ヒンドウ 1 教でも様々な神 いと見ることも、金を財産と見ることも、迷惑とし を感得する訓練をします。魂を体験する修行もしま て見ることも、可能です。主観に囚われないと、視す。欲にもとづいて作った感情を繰り返し脳に叩き 野が拡がります。 こむと、脳がその幻覚を作ってくれるのです。幻覚 主観は妄想に似ていると言いました。主観を作る を幻覚だと発見するのは至難の業です。ですから、 時、ひとの思考、感情などを混せるのです。怒りの 非常識な幻覚を経験したら、それこそ真理だと固執 感情がある時は、我が子でさえも邪魔者に見えるの するのです。このように心が誤作動ばかりすると、 です。存在欲と「私がいるーという実感を混ぜると、 真理を発見することはできなくなります。幻覚が引 ひとは認識するたびに自我意識が現れるのです。感 き起こすためにも、感覚のはたらきが欠かせないの 覚に入る情報を、自分の都合にあわせて捏造して認 です。ですから念処経で説かれているように、あり
丘には、これが、法のままなるものと成ります。説 明するなら、この者は、法を法のままに実践する者と、わたしは聞きました。ということで である、ということで、〔彼が〕語っているなら、 法 ( 真理 ) だけを語り、法ならざることを〔語ら〕 ず、あるいは、〔彼が〕思考しているなら、法 ( 真理 ) の思考だけを思考し、法ならざる思考を〔思考せ〕す、 あるいは、また、その両者を回避して、放捨の者と して、気づきと正知の者として、〔世に〕住みます」 と、この義 ( 道理 ) を、世尊は言われました。そこ で、このことが、かくのごとく説かれます。 「法 ( 真理 ) を喜びとし、法に喜びあり、法を〔常 に〕弁別し、法を〔常に〕随念している比丘は、正 法から袞退しない。 もしくは、歩いていようが、立っていようが、坐り、 あるいは、また、臥しているとして、内に静まって いる心は、まさしく、寂静〔の境地〕に到達する」と。 3 ・ 4 ・ 8 盲者に作り為すものの経 「まさに、このことが、世尊によって説かれた、 阿羅漢によって説かれた」と、わたしは聞きました。 〔すなわち〕「比丘たちょ、三つのものがあります。 これらの、盲者を作り為し、無眼を作り為し、無知 を作り為し、智慧の止滅となり、悩苦の項目となり、 涅槃ならざるもののために等しく転起する、善なら ざる思考です。どのようなものが、三つのものなの ですか。比丘たちょ、欲望の思考は、盲者を作り為 し、無眼を作り為し、無知を作り為し、智慧の止滅 「この義 ( 道理 ) もまた、世尊によって説かれたー 〔以上が〕第七〔の経〕となる。
これが無明ということです。 では、すべての欲が苦しみをもたらすのでしょ え、中に 、つか ? 必要ないのでしよ、つか ? は育てるべき欲もあります。それは、智慧を育て たいという欲、禅定を得たいという欲、煩悩をな くしたいという欲、常に幸福でいたいという欲で す。こうした欲は善い欲 ( 意欲 ) と呼ばれ、欲を なくしたいという欲なのです。これらは育てるべ きものです。他方、悪い欲は、あらゆる痛みや苦 しみを引き起こすのです。 ( 次号に続きます ) 意欲 連載翻訳 四つの聖なる真理 ◎ 1996 Bhante H. Gunaratana Four N0ble Truths by Bhante Gunaratana
スマナサーラ長老によるパーリ中部経典の講義を 2 作品収録。 蟻塚経 : : 夜に煙を出し、昼に燃える蟻塚を、剣で掘りなさい。比丘に一小さ 老中部経典「蟻塚経」 & 円 ~ 料れた蟻塚の話の意味とは ? 掘り進み、修行者が蟻塚の〈龍〉までたどり着 号くと、修行は終了する。喩えを使って語られる煩悩の滅尽へのプロセス。 ラ 小空性経 : ・・『中論』の著者・竜樹は「空」の論理で仏教を再構成しようと サ 盟「小空性経」講義響 した。では、お釈迦さま自身は「空」をどのように説かれたのか ? 涅槃へと ナ マ 至るためにこころの成長を促す、「小空性経」を取り上げた異色作。 ス 心とはいったい何か ? 人圄を動かし、意のままにならない心のメカニズムを探る。 レ < 料 0 無 ッ 心と身体の不思議な関係 / 心は何をしているのでしよう / プラスの心・マイナ こころの仕組み 号つ」料 ム 番幻体送スの心 / 心は中道によって育っ / 心の完成 1 レ 円料は ~ である。日本の仏壑〕を覆し、生大叩の心の仕組みを明快に説い〔別睥 無根本仏教と宗教の違い / 釈迦尊の真理の世界 / 釈迦尊が発見した中道とは / 幸 釈迦牟尼仏陀 5 教えの基本 講 番幻体送福と悟りについて / 仏教で考える現代社会 < 。料お釈迦さまが、こころを育て悟りにいたる「気づき」の実践方法を体系的に説 大念処経 号かれた『大念処経 M 挈 = を = 言 = 三 taJ 。その全貌を明らかにした、スマナサー ロ タ 番体ラ長老渾身の講義録。仏道を志すものは必聴の名作。※・二枚組。 カ 円円料初期仏教の真髄。「体に入った蛇の毒をすぐに薬で消すように、生まれた怒り 「し 無を速やかに制する修行者は、蛇が脱皮するように、この世と、かの世を共に捨 スッタニバータ蛇の章 番幻体て去る。」真理の核心を細心の注意を払って説かれた説法集。 ししようたい イ 「生きる」ことの正体は何か ? 自分で観察によって生きる意味を発見するこ 円料 0 開無となく、決りきった価値観に振り回されている現状から、我々は果たして脱出 「生きる」解説 5 四聖諦 5 号つ」料 フ 番幻体送できるのか。真理の視点から「生きる」ことを見直す。 声 円料我々は釈尊の教えの一部を切り取り、部分を持ち運んで「知ってるつもり」に 蛇を頭でつかむ 5 誤解の危機 5 号なりがちである。しかし、大蛇の尻尾を掴めば痛い目に遭うように、誤解は時 番幻体送に命取りにもなりかねない。修行者が陥りがちな危険への警鐘。 中部猛 ( 蛇喩経
仏教思想と罪の概念 宗教は「罪」という一言葉を中心として自分の教えを拡げますが、仏教は「執着・束縛」 いう言葉を中心に真理を語るのです。罪の概念は、仏教思想の中心的な概念ではあリませ ん。束縛があるから、人は罪を犯すと説くのです。同時に、束縛があるから、人は善も行 うのです。 執着の親分 それでは束縛とは何かと、理解しなくてはいけなくなります。束縛するもの・束縛の対 こ、権力に 象は、簡単に理解できます。子供に、家族に執着する。財産に執着する。知識し 執着する。仕事にも執着する。食べ物や娯楽にも執着する。無数の執着のなかで、最強の 執着は、自分自身の身体に執着することです。自分の肉体に執着するからこそ、他の執着 も起きてくるのです。執着の親分は、自分の身体なのです。他の執着は子分なのです。
苦しみの原因は「欲」 私たちは生まれたら、成長していきます。一つ に増え続けます。ある程度までいくと、それで充 の細胞から始まって、赤ちゃんとして生まれると分だと考えます。それ以上、年をとりたくありま きには三兆個もの細胞にまで増えています。さら せん。しかし、生の中には老いが含まれています。 —Four Noble4ruths / / 四つの聖なる真理 Bhante H. Guna 「 0 na グナラタナ長老 ~ 。、、 YQShikö Demu 「 0 翻訳出村佳子 ー ) ・ーけ。いグナラタナ長老 スリランカ生まれ。十一一才のとき出家。 インドやマレーシアで仏教活動をおこない、 」九六八年、、聘ヤ」れて渡米 ' 乃メリカ大 学で哲学博士号取得。現在、アメリカでテー ラワ」ダ仏教の瞑想指導と説法をおこなっ ている
釈尊の教え・あなたとの対話 礬」頭十一代占 自分が作った網に自分でかかる 、苦しみとは、身から出た錆、 Build you 「 prison and get imprisoned 根本仏教講義 心の洗濯【 4 】汚れた布は綺麗な色には染まらない 【】渇愛と目標・意欲の関係 / 「心の成長」に不可欠な条件 / ・他編集 / 佐藤哲朗 Fou 「 NobleT 「 uths 四つの聖なる真理【 2 】 ーリ経典を読む 念処経講議、ブッダが説かれた「気づき」の実践方法 ( Ⅱ ) イティヴッタカ【】 ハテイハダー 8 月号 ー " 宀 1 ロ 目次 グナラタナ長老 翻訳 / 出村佳子 監烽 / ・スマナサーラ長老 編集 / 佐藤哲朗 翻訳 / 正田大観 ・スマナサーラ長老 編集 / 出村佳子 Sabbe sattä bhavantu sukhitattä 生きとし生けるものが幸せでありますように
でも、これは本当のことでしようか ? 老いや 死の苦しみはスリランカやアフリカ、インドなど の国々にあって、オ 1 ストラリアのメルボルン やアメリカのニューヨ 1 クにはないのではないで ー ) よ、つ、か なぜ苦しむのか ? ど、つしてそんなことが言えるでしようか。苦し みはどこにでもあります。苦しみのことを考える そこで、探究し始めます。なせ苦しむのか ? と、とても恐くなりますーーそれで人々は仏教は 苦しみの原因は何か ? 悲観的だと言、つのです。 お釈迦様は苦しみの原因を発見しました。それ 仏教は真理を説いています。お釈迦様はそこで は欲ーー欲望、執着、貪りです。しかし、人は苦 止まりませんでした。理性をもって苦しみを理解しみの原因は欲であると言いたがりません。なせ してください、とおっしゃいました。受け入れて、 なら、欲があらゆるものを創造しているからです。 理解するのです。動物は苦しみに関していつでも欲が創造主なのです。欲は私たちが望むものを何 心配したり悲しんだりしています。どうしていし らかの形で作り出すことができます。今生のため のかわかりません。皆さんは動物のようにはなり に、そして来世のためにも創造することができる たくないでしよう。知的で成長し、成熟した責任のです。欲は非常に力強く、幾生涯において諸々 感のある人間になりたいと思っているでしよう。 のものを創造することができます。「存在すること」 それで、こう言います。「そう、苦しみがあります。 ( 転生すること ) を繰り返し創造することができる 苦しみからは逃げません。苦しみに直面したいと。 それで ?
じ思考。ハターンになっているのです。ひとと喋ると、欲・怒り・混乱などが生まれるか ら、沈黙行をやる。人々が目に入ると、欲が生まれるなら、森に隠れる。修行システム は、一般人のストレス解消法と同じなのです。一般人がどのような方法を駆使してストレ スを一時的に解消したところで、ストレスが無くなることはないのです。苦行を実践して も、同じく束縛が無くなることはないのです。一時的に現れなくなるだけです。ですから お釈迦さまは、宗教の修行方法は「戒禁取 (silabbataparämäsa) 」という、もう一つの束縛だ と説かれるのです。 自縄自縛を乗り越える 悪の枢軸は、自分自身の肉体にある感覚です。ある日お釈迦さまは、蜘蛛の巣に喩えて この真理を語リました。蜘蛛は六方に糸を張って巣を作ります。自分が作った網の真ん中 に住みます。網に他の虫たちがかかったら、その糸を通してそれを感じます。それが蜘蛛 の生活です。自分が張った網から抜けられないのです。網を作る糸は、自分の身体から出 るのです。誰かが糸で網を張ってあげたわけではないのです。人間は六根の感覚器官から 外の情報を感じます。その情報に依存して生きているのです。六つの感覚は、当然、自分
が、内に、全面に、しつかりと現起されたものとし て、あなたたちに有りなさい。一切の形成〔作用〕 ( 諸行【形成されたもの・現象世界 ) について無常 を随観する者たちとして、〔世に〕住みなさい。比 丘たちょ、身体について『美しくない ( 価値がない ) 』 と随観する者として、〔世に〕住んでいると、すな わち、美しい界域 ( 身体 ) にたいする貪欲の悪習は 捨棄されます。呼吸についての気づきが、内に、全 面に、しつかりと現起されたなら、すなわち、外な る思考を依拠とする諸々の悩苦の項目は〔もはや〕 有りません。一切の形成〔作用〕について無常を随 観する者たちとして、〔世に〕住んでいると、すな わち、無明は捨棄され、すなわち、明知は生起します」 と、この義 ( 道理 ) を、世尊は言われました。そこ で、このことが、かくのごとく説かれます。 「身体について『美しくない ( 価値がない ) 』と随 観する者、呼吸についての気づきある者、一切の形 連載 リ経典翻訳 小部イティヴッタカ 成〔作用〕の寂止を一切時に見ている熱情ある者 まさに、彼は、そこにおいて、解脱することから、 正しく見る比丘である。まさに、彼は、〔あるがま まに〕証知して〔智慧が〕完成された寂静者、東縛 を超え行く牟尼 ( 沈黙の聖者 ) である」と。 と、わたしは聞きました。とい、つことで 3 ・ 4 ・ 7 法を法のままに実践する者の経 「まさに、このことが、世尊によって説かれた、 阿羅漢によって説かれた」と、わたしは聞きました。 〔すなわち〕「法 ( 真理 ) を法のままに実践する比 「この義 ( 道理 ) もまた、世尊によって説かれた」 〔以上が〕第六〔の経〕となる。