310 「淳于瓊は酔いつぶれていて、手向かいできなかったのでございます」 と言ったので、袁紹は怒ってその場で斬り棄てさせた。 一方郭図は、張部・高覧が帰陣すれば己のあやまりが明らかになってしまうと思ったので、二人 のもどらぬ先に袁紹の前に出て、 「張部・高覧は殿がお敗れになったのを見て、必ず喜んでおりましよう」 ぎんげん と讒言した。 「それはどういうわけじゃ」 「二人はかねてより曹操に降参せんと思っておりますゆえ、いま敵陣を討ちに遣わされても、わざ と力を尽くさず、兵士を失いますでございましよう」 袁紹は大いに怒り、使者をやってただちに二人を呼びもどしたうえ処断しようとした。それに先 立って郭図が人をやって、 「殿が貴公らを殺そうとされていますそ」 と二人に言わせておいたので、袁紹の使者が来ると、高覧は、 「殿はなぜわれらをお呼びなのじゃ」 と尋ね、使者が、 「よう存じませぬ」 と答えるや、剣を引き抜いて斬り殺した。
274 つるおと 突きたった。孫策がその矢を抜きとって弓につがえ、いま射かけた者へ射返せば、弦音とともに、 ばったり倒れた。他の二人は槍をかまえて左右よりさんざんに突きたて、 「われらは許貢殿の食客だ。主君の仇、思い知れ」 と叫んだ。孫策は手許にえものがないので、やむなく弓で防ぎながら逃れようとしたが、二人は いっかな退こうとせず、孫策は身に数カ所も穂先を受け、馬も傷ついた。もはやこれまでかに見え ていふ たとき、程普が数人の者をひきいて駆けつけたので、孫策、 くせもの 「曲者を射ちとれ」 と叫び、程普らが一斉に躍りかかって、かの者たちを斬りきざみ肉のかたまりのようにした。孫 1 ) かい じんばおり 策はと見れば、顔中、朱に染まり、深手を受けているので、戦袍を切りさいて傷を縛り、呉会 ( 呉 郡 ) に連れ帰って養生させた。後の人がこの許家の三人を讃えた詩に、 孫郎が智勇江のに冠たりしに こんき 山中に射猟して困危を受く 許客三人よく義に死す よじよう ( 注一 ) 殺身の予譲もいまだ奇となさじ ちゅうげん かだ さて孫策は手傷を負うて帰り、華陀を呼びにやらせたが、彼はすでに中原に去っておらず、弟 たた
「あいや、しばらくお待ち下され。貴公にお見せしたいものがごギ、る」 と彼を書院に伴い、詔を取り出して見せた。 馬騰はそれを読むや、髪を逆立て、きりきりと歯を噛みしめた。そして、破れた唇より血を滴ら せながら言うのに、 「貴公が事を起こされる時には、それがし西涼の軍勢をひきいて馳せ参じましようぞ」 董承は彼を一同に引き合わせ、連判状を取り出して、馬騰にも名を連ねさせた。 馬騰は盃をとって血を滴らせ、それを飲んで誓った。 「われらは死しても盟約にそむくまいぞ」 しそして席上の五人を指さしながら、 じようじゅ 打「これが十人になれば、大事の成就疑いないのだが」 田「忠義の士は、なかなかおるものではない。いかがわしい者を加えたりすれば、かえって為になら 瞞ぬ」 えんこうろじよば 曹と董承が言うと、馬騰は鴛行鷺序簿 ( 職員録 ) を取りよせて繰っていたが、劉氏の一門まで来た 回 とき手を打って、 十 「この人こそ、その人だ」、 第 一同がその名を尋ねると、馬騰はあわてずさわがず、その人の名を言い出す。正に、国舅に下っ た詔、ここに皇族乗りいだす、というところ。さてその馬騰の言葉とは。それは次回で。
120 「あの雷で、醜態をお見せしました」 曹操は笑った。 「大丈夫たる者でも、やはり雷が恐ろしゅうござるかの」 じんらいふうれつ 「聖人すら迅雷風烈、必ず変すと申されております。恐れずにおれましようか」 玄徳がこう言って、先の曹操の言葉で箸を取り落としたことを、軽くそらしたので、曹操はつい にそれに気づかずに終わった。後の人の讃えた詩に、 っと 勉めて虎穴よりしばらく身を趨けしに 英雄を説き破りて人を驚殺す えんしよく たくみ 巧に雷を聞くを借りて掩飾し ま , 」と 機に随い変に応ずること信に神の如し ちんにゆう 雨がやむとみるや、二人の男が裏庭に闖入し、止め立てする側の者を払いのけて、宝剣片手に 亭の前に躍り出した。曹操が見れば、関・張二人である。もともとこの二人は城外で狩をして帰っ て来たところ、玄徳が許緒・張遼に連れ去られたと聞いてあわてて丞相府に駆けつけ、裏庭にいる とのことなので大事があってはと飛びこんで来たもの。ところが玄徳が曹操と差し向かいで酒を飲 んでいるので、剣を手にしたままその場に立ち止まった。何事かと曹操に尋ねられて、雲長が言っ しゅうたい
破れ、血が一面に流れ出たので、曹操は殴り殺しては生き証人がなくなってしまうと考え、人気の ないところに引きずって行ってしばらく息をつかせるよう獄卒に命じた。 翌る日、宴会をやるからと言って、大臣たちを招いた。董承は病気と称して出なかったが、王子 服らは曹操に疑いをもたれるのを恐れて、揃って出席した、曹操は奥の部屋に席を設けたが、酒が ほどよく回ったとき、 ここに一人、おのおの方の酒の肴に頃合いなものが 「折角の宴席に余興がなくては面白くもない。 ごギ、る」 と言って、二十人の獄卒に、 「引っ立てて参れ」 くびかせ と命じた。たちまち首枷をはめられた吉平が庭先に引きすえられれば、 「おのおの方にはご存じござるまいが、こやっ悪人ばらと徒党を組み、朝廷に背き、身どもを殺そ たくら うと企みおったが、天罰下って今日こうして縛についたのじゃ。ひとっここで白状させてみよう」 と言い、まずひとしきり打ちすえさせたところ、気絶したので、顔に水を吹きかけさせた。 吉平、息をふきかえすや、目を怒らし歯をかみならして罵った。 「曹操。おのれはわしをいつまで半殺しにしておくのか」 「共謀の者は先に六人、貴様を入れて七人であろう」 吉平は返答せずにひたすら罵りつづけ、王子服ら四人は顔見合わせて、針の蓆にすわるが如き心 さかな むしろ ひとけ
でござる」 げんとく 、ま、ちど丞相の御許にお帰りになっては、どうでござ % 「玄徳殿のご所在が分からぬとあらば、しし る」 「それはできますまい。貴公お帰りの上、丞相によくよくお詫びいたしおいてくだされい」 きようしゅ と笑った関公は張遼と拱手して別れ、張遼は夏侯惇とともに軍勢を随えて帰って行った。 関公は車の行列に追いついて、この由を孫乾に話し、二人はを並べて進んだ。行くこと数日し たとき、にわかの大雨に何もかもずぶ濡れとなったが、遙かな丘の裾に屋敷のあるのが見えたので、 関公は一行を連れて宿を求めに行った。一人の老人が迎えに出たので、関公がわけを話すと、老人 じよう 「わたくしは姓を郭、名を常と申し、代々この土地に住んでおる者でございます。かねがね将軍の ご高名を承っておりましたが、お顔を拝することができようとは夢にも思っておりませんでした」 ギ、しき と言って、羊をつぶし酒を出してもてなし、二人の夫人を奥に案内して休ませた。郭常は草堂で 関公・孫乾の酒の相手をし、また荷物をかわかしたり馬にかいばをかったりする世話をやいた。日 の暮れ方、とっぜん一人の若者が数人の男たちを連れて屋敷にはいって来ると、無遠慮に草堂に上 がって来た。 郭常は、 かく おんもと くつわ
わざわ いたさるべし。地方におらせるは、後の禍いとならん。 この使者が書面をたずさえて長江を渡ろうとした時、警備の者に捕えられて孫策の前に引き出さ れた。孫策は書面を見て大いに怒り、その使者を斬ったうえ、人をやって他事にかこつけて許貢を 呼び寄せた。許貢が罷り出るや、孫策は書面をつきつけて、 「貴様はわしを死地へ追いやろうとしたな」 となじり、武士に命じて縊り殺させた。許貢の家族はみな逃げ去ったが、彼の家に寄食していた 三人の者は、仇を討とうとして機の至るのを待っていた。 たんと 斬 一日、孫策は軍勢をひきいて丹徒県の西山に巻狩をもよおしたが、一頭の大きな鹿を狩り出して、 を 士ロ」お」 一騎、馬を躍らせて山の上まで追って行った。途中、林の中に槍や弓を持った三人の男が立っ てているのを見かけたので、馬をとめ、 怒「その方らは何者か」 と尋ねたところ、 そんけん 「韓当殿 ( 孫堅の時からの部将 ) の手の者でございます。ここで鹿を射止めようと待っておりまし 回 十 もも と言うので、そのまま行き過ぎようとしたとき、一人が槍をとりなおすなり孫策の左の腿にぐさ 第 はいけん りと突きたてた。驚いて孫策、急いで佩剣を引きぬき、馬上から斬りつけようとしたところ、刀身 よこつら が抜け落ちて柄だけが手に残った。その隙にもう一人が放った矢が、孫策の横面にはっしとばかり かんとう まか
と礼を述べたので、関公が、 さと 「連れて参られい。わしからよく諭してつかわそう」 と言うと、郭常が一言った。 「せがれめは四更の時分に、また無頼漢どもを連れてどこかへ出て行きましてござります」 関公は郭常に礼を述べ、二人の嫂に車に乗ってもらうと、その屋敷を出て、孫乾と駒を並べ、車 かしら を守って山道へま、つこ。 。しオ三十里も行かぬうち、山かげから百人あまりの一隊が現われた。頭だっ - 一うきん じんばおり た二人が馬に乗っていたが、一人は黄巾で頭をくるみ、戦袍を着ており、そのうしろに控えたのは、 釈 をなんと郭常の息子である。 弟黄巾の男が言った。 てんこう ちょうかく て「おれは天公将軍張角の下で一手を預っていた者だ。そこへ来る奴、命ほしくば赤兎馬を置いて っ 斬ゆけ」 を 陽関公からからと笑って、 ちょう りゅう 「物を知らぬ奴め。貴様、張角の下で悪事を働いていたと言うなら、劉・関・張の三人兄弟を知っ 回 ておるだろうが」 十 ひげ 第「おれは、真赤な顔で長い髯をはやしているのが関雲長とかいうのだとは知っているが、まだ見た ことはない。そういうお前は誰だ」 関公は薙刀を小脇にして馬を止めると、袋をはずして長い髯を見せた。その男は馬からころげ下
と逐一話して聞かせれば、二人の夫人は顔を覆って落涙した。関公は孫乾の言に従って河北へ行く 幻ことをやめ、一路、汝南を目指した。行くうち、背後に砂煙まいあがるとみるや、一隊の軍勢が追 いすがってきて、まっ先に立った夏侯厚が大声に、 「関雲長、待てい」 と叫ぶ。正に、邪魔した六人手もなく死んだが、またまた一人立ちはだかる、というところ。さ て関公いかにしてこの難を逃れるか。それは次回で。 注一流星鎚また飛鎚ともいう。縄の両端に鉄の錘がつけてあり、その一方で敵を撃ち、一方で身をま もるもの。 おもり
( 注四 ) 「『鼠に投ぜんとするも器を忌む』と言うではないか。曹操は天子のすぐお側におり、腹心の者ど 1 もがまわりを固めておるというのに、そなたが一時の怒りにかられて軽率な振舞いに及び、万が一 仕損じて天子を傷つけるような事ともなれば、かえってわれらが罪に陥されてしまうではないか」 「したが、今日あの国賊を殺しておかなかった上は、のちのち必ず悪事を働くでございましよう」 「この事はしばらく胸におさめておけ。きっと口外するでないぞ」 ふく かんぎよ さて献帝は還御なされて、涙ながらに伏皇后に仰せになった。 「朕が即位してよりこの方、奸雄一時におこり、董卓の禍いや、李催・郭汜の乱にあって、世の人 の受けたこともない苦しみを、朕はすべて一身に受けて参った。その後、曹操を得て、はじめて忠 義の臣を得たと思ったもっかの間、案に相違して大権をほしいままにし、人もなげなる振舞いよう。 むしろ 朕は見るたびに針の蓆にすわっておるような思いをしておる。今日の巻狩でも、朕をさしおいて臣 むほん 下の祝詞を受けおった。まことに無礼この上もないではないか。思えば、彼が近々に謀反の企てを いたすは必定。われら夫婦も何時どこで死ぬることになるか知れたものではない」 「朝廷に仕えおりまする大臣たちは、みな漢の禄を食んでおりまするに、国難を救おうという者は 一人もおらぬのでございますか」 その言葉も終わらぬ時、とっぜん一人の者がはいって来て、 「陛下、皇后さま、ご心配あらせられまするな。わたくし、国賊を除く者を一人推挙つかまつりま かん とうたく