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検索対象: 亡国のイージス 上
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1. 亡国のイージス 上

いびつ 浦に汲々とし、いまだに有事法制も整わないまま、歪な装備の更新を継続する自衛隊も、同様 の危機を孕んでいるとは言えまいか》 《バブル崩壊が経済システムを袋小路に追い込み、辺野古ディストラクションが安全保障の 存立を揺るがせた今こそ、日本は独自の姿勢を表明すべきだった。だが結局もとの鞘に収ま ってしまうのも、誰一人として「日本とは何か」「何を優先して、何を誇るのか」について、 世界に通用する明確なロジックを持っていなかったからだ》 《重要なのは、国民一人一人が自分で考え、行動し、その結果については責任を持っこと。 それを「潔い」とする価値観を、社会全体に侃させ、集団のカラーとして打ち出してい った時、日本人は初めて己のありようを世界に示し得るのではないだろうか》 《保身にばかり長けた政治家ではなく、一人の人間として自らを誇れる人物にこの国のを 取ってもらいたいと願うのは、過分な望みなのだろうか。そうした人たちがその存在をもっ て範を垂れ、すべての人に美徳を示すことは夢なのだろうか》 《ギリシャ神話に登場する、どんな攻撃もはね返す楯。それがイージスの語源だ。しかし現 状では、イージス艦を始めとする自衛隊装備は防御する国家を失ってしまっている。亡国の 楯だ。それは国民も、我々自身も望むものではない。必要なのは国防の楯であり、守るべき 国の形そのものであるはずだ》 いちず 破滅的なまでに純粋で、一途。若者らしい性急な理想を封じ込めた文章を読み終えて、最 さや

2. 亡国のイージス 上

逃亡を許してしまった日米情報の罷を反芻しつつ、なに食わぬ顔で乗客の一人になっ ているサプジェクト・デルタの様子を窺うしかないのが、 645 の立場だった。 オ 1 ストラリア行きの航空券とパスポート、荷物検査除外を約束する外務省特別通達書を せしめた七人の強奪グループは、籠城していた森村ビルを後にすると間もなく分散した。七 人全員が〃あれ〃を収めた容器、ーー《ネスト》を所持している以上、拘束の挙に出ることは アルフアプラボ 1 チャ 1 デル》エコ 1 フォックスロットホテル できず、それぞれサプジェクト、、 07 、、のコードを付けーーーち なみに、はこの事件のコード名である事案と重複するために抜かされた 、空陸両方 から使える限りの手を使って追跡した日米情報を尻目に、六人はその晩のうちに関東圏 を脱出。デルタだけが都内に残り、上野のビジネスホテルで三日間過ごした後、新卑示国際 空港に向かってこのボーイング 747 型旅客機に乗り込んだのだった。 単独行動ならいっかは拘束・奪還のチャンスが生じると信じ、徹底マークを続けた 645 たちを嘲笑うかのように、サプジェクト・デルタは片手を《ネスト》に塞がれた状態で、食 事や排泄、睡眠などの日常行為を完全にこなしている。手首に固定され、少しの衝撃で抽出 章レバーが引かれる《ネスト》を傍らに置いて、今も片手で食事を済ませたらしいデルタの気 二配を斜め前に感じながら、 645 は誰にともなく「 : : : 本物かな」と呟いていた。 七人が所持する《ネスト》のうち、本物はひとつで残りはダミ 1 。それは間違いない。そ れぞれ別の監視班が張りついている他の六人の情報も今は知りようがなく、なにもできない ゴルフ

3. 亡国のイージス 上

482 石は、探照燈の明かりを頼りに、丹念に描かれた艦内のスケッチを一枚一枚見ていった。 犠舵取機室、発射管制室。鉛筆で精緻に描き込まれたスケッチ画は、あんな もの誰でも描けるといった本人の言葉をよそに、やはり天才の片鱗を存分に窺わせるものだ った。なにごとにも冷淡な無表情が、筆を握ると途端に真摯な顔つきになる。ほんの数日前 のことが、今はひどく懐かしく思い出され、仙石は気がついた時には泣いていた。大事で、 かけがえのないものが、あまりにも多く奪われてしまった。一一度と取り戻すことはできない その重さがずしりと心に響き、自らそれを投げ捨ててしまった愚かさを、あらためて自覚し たからだった。 水を吸ってよれよれになったペ 1 ジをめくるうち、他のスケッチとは明らかに異なる絵を 見つけて、仙石は手を止めた。間欠的に差し込む探照燈の光に浮かび上がったスケッチ画 。 , ロデッキを模写したものだった。他の絵にはいっさい人の姿がないのに、これだけは 山英に人の背中が描かれている。いちど描いて消し、あらためて描き直した跡がわずかに残 っており、目を近づけてよく見た仙石は、それがスケッチブックを膝上にして、床の上に座 り込んでいる人物の絵だとわかって、小さく息を呑んだ。 無機質な艦内のスケッチの中に、たったひとっ描かれた人の姿。それは、すべてに対して 閉ざされていた描き手の心が、唯一とらえた人の形なのかもしれない。人の中にまみれ、他 人と関わりあうことを覚え始めた心が、ためらいながらも描かずにはいられなかった、温も へんりん

4. 亡国のイージス 上

ーの束は読まずに捨てていた。 ひとりだけ親身になってくれる教師がいた。寝不足顔にたびたび生傷をこしらえてくる行 の様子を気にした彼は、父と判しに家にやってきたのだが、すぐに酒が運び込まれ、女 たちの車が庭に集まり出すのを見て、行はほんの少しでも事態が改善されるのではないかと 期待した自分を恥じた。誰も当てにはできないし、信用もできない。なにかを期待すれば、 そこには必ず手ひどい裏切りと痛みが待っているものだ。案の定、教師はそれから一一度と行 の家庭事情をることはなく、代わりに即金で新車を買った。余計な金を払わされた父 は、その怒りを当然のこととして行にぶつけた。そして同等かそれ以上の体格に育ちつつあ しない った息子を殴るのに、竹刀を使うのをためらわなかった。 このクソガキが、拾ってやった恩を佖で返すような真似しやがって。謝れ、謝れ、謝れ。 絶叫とともに何度も竹刀は振り下ろされ、いちど殴られたところに竹刀が食い込むと、体が 震えるほどの痛みが走ったが、行は決して声を出さなかった。これまでそうしてきたよう に、ひたすら耐え続けることに努めた。憎悪すら感じなかった。そんなものは人が人に対し て感じる感情で、こうしてなにかに取り憑かれたように竹刀を振い続ける父も、すべての感 覚を遮断してそれを傍観している自分も、すでに人ではない、人であることをやめたなにも のかだった。 行にあるのは、おれは逃けない、逃けずに戦い抜いてみせるという意思だけだった。父と

5. 亡国のイージス 上

127 第一章 梶は、監視機器の詰まったコンテナに飛び込んでコンソール上の無線マイクをつかんだ。絶 対に手出しは無用、ほんの少しのきっかけで″あれ〃は開放される。その事実を別の場所で 待機する追尾班にも伝えようとして、「なんだ、ありや」と呟いた声に止められた。 警察から出張ってきた公安捜査官の声だった。何度かサッ回りの新聞記者に尾行される失 態を犯して、のメンバーからは無視の憂き目にあっている男だったが、簡単に あらわ 驚きを露にするタマではない。視線を追って暗視映像を映す八面モニターのひとつに目をや ると、森村ビルの玄関に数人の人だかりができているのが見えた。 七人の籠城犯たちだ。狭い場所に密集して立っているのは、狙撃がないとわかっているか らか。そこまで考えて、彼ら全員が手にするものに気づいた梶は、絶句した。 《ネスト》だった。″あれ〃を収めた銀色の筒を、七人全員が所持している。無論、本物は ひとつで、残る六つは精巧なダミーなのだろうが、ここからでは半別できない。呆然とする ふところ 間に、ひとりが懐から携帯電話を取り出して、耳にあてる姿がカメラに映った。 とくそく 本部に傍受を督促する必要はなかった。五分後、彼らの要求に従って封鎖を解除した通り に、次々タクシーが押し寄せてきたのだ。七人はそれぞれ別の車に乗り込み、ばらばらに森 村ビルを後にしていった。 タクシ 1 の運転手は、飲み会帰りの客を乗せたとでも思っていることだろう。それぐらい 自然で、呆気ない最後だった。タクシーの車番と会社名を追尾班に伝えた後は交わす一 = ロ葉も あっけ

6. 亡国のイージス 上

ジャコップを手放す時、指先が《いそかぜ》の乾舷に触れ、その冷たい感触に、艦を捨て たのだという実感が突然のしかかってきた。艦橋構造部と、その上で灯火を消したマストを させている《いそかぜ》の物言わぬ横顔を見上げ、すまない、と心に念じた仙石は、後 はもうなにも考えずに筏の上に腰を下ろした。田所の遺体を収めた死体袋の傍らに座り、胸 上に組み合わされた手に自分の手のひらを重ねて、もやい綱を解く若狭の背中をばんやり見 つめた。 もやいが解かれると、救〈伐はゆっくり海上を漂い始めた。幌の隙間から見える《いそか ぜ》の船体が、次第に遠ざかってゆく。探照燈の光が慌ただしく錯綜し、追い散らすように 時おりこちらを直撃する。艦に残った幹部は、全部で一一十八人。ホ・ヨンファたち一一十三人 にジョンヒも加えて、総勢五十一一人がこの先《いそかぜ》を動かすことになる。艦に不慣れ なョンファたちを半人前と計算しても、自動化システムをフル稼働させ、常時総員配置を実 施すれば、十分に運用できる数だ。舷側に走り出た一一人の初任幹部が、ジャコップを回収す る姿を眺めつつ、誰もなにも話そうとしない沈鬱な空気に身を浸した仙石は、ふと脇腹の異 章物感に気づいて、救命胴衣のファスナーを外した。 まだ湿り気が抜けない制服シャツの中に入れてあったのは、一冊の大学ノートだった。行 第 の荷物を調べた時、べッドの上に投け出してあったのをシャツの内側に入れたきり、すっか り忘れていた。びしよびしょに濡れ、ちぎれそうになったノートの表紙をそっとめくった仙

7. 亡国のイージス 上

450 それだけだ」 「ごまかすな ! じゃあおめえは意味もなく人を殺したのか」 「実戦になって、ム哭されれば、あんただってタ 1 ターを撃つ。直撃すれば何十人もの人が 死ぬ。それにはなにか意味があるのか ? 」 向けた銃口をそよとも動かさず、行は一一一一口う。三十年の自衛官生活の間、ちらりと考えはし ても、本気で向き合うことはしなかった設問だった。なにも言い返せず、ロごもる仙石をじ っと見据えて、行は静かに続けた。 「戦略的な意味、政治的な意味、そんなものは現場にいる人間には関係のない話だ。それが 任務だから、やる。誰だって同じだ」 その一 = ロ葉には、実戦を知る者だけが持ち得る重みがあるように感じられた。気圧されつつ も、ここでやり込められては田所と菊政に申しわけないという思いで踏み留まった仙石は、 「ガキが、知ったふうな口ききやがって : ・ ! 」と行を睨み返した。 「そうやって割り切ってりや楽なんだろうけどな、生きたり働いたりするってのは、そうそ う単純なことじゃねえんだ。それじゃなんのために生きてんだかわかんねえじゃねえか。甲 斐はどこにあるんだよ」 「甲斐 : : : ? 」 「生き甲斐だよ。生きててよかったって思うことだよ。それがあるから人間、生きていけん

8. 亡国のイージス 上

れ、起爆するというわけだ。 いくつか中継点を経て手榴弾とハッチを結んでいるピアノ線は、切断すればいいというも のではない。一カ所切れば、びんと張られた糸の均衡が崩れて、その瞬間に安全ピンが外れ てしまうかもしれない。どうすることもできず、半ばハッチを開けた状態で固まった仙石の 耳に、コ戻れ」と重ねた行の声が響いた。 「そうはいかねえ。話がある」 「話すことなんかない。要求は伝えてあるはずだ」 「そっちになくてもこっちにあるんだ。さっさとこの面倒な仕掛けを外せ。さもなきやこの まんま開けちまうぞ」 本気だった。これ以上ナメられてたまるかと思い、ヤケクソの思いでハッチを引き上げる 手に力を入れると、「よせ ! 」の声が、少しの狼狽を見せた行の顔から発せられた。 「 : : : 死ぬぞ」 「知ったことか。こっちは大事な部下を一一人も殺されて、頭にきてんだ。このうえ艦まで盗 章まれて、どのツラさげてに帰れってんだ」 見上げる行の眉間に、微かな皺が浮かんだ。三人 : : : ? 」と呟いた顔に、「菊政と兵長。 第 どっちもおめえのことを最後まで気にかけてた一一人だ ! ーと仙石が怒鳴ると、無表情な顔に 一瞬の動揺が浮かぶのがはっきり見えた。

9. 亡国のイージス 上

25 序章 衛艦に手を振っていた。 母が死んでから、初めて出した大声だった。そうすることでれる感情を発散させよう と、一心に手を振り続けるうち、艦橋上にいる米粒大の人の形が、双眼鏡でこちらを見たよ うな気がした。 どきりとした。まさかと思いながら目を凝らすと、低い警笛の音が海の向こうから発し た。岬にはね返り、背中にぶつかって体に染み渡っていった擎笛の音を噛み締めて、行はも う一度、前より大きく手を振った。 艦橋の上で、向こうも手を振り返すのがはっきり伝わった。応えてくれた。通じたよ、母 さん。ただ目の前を通りすぎるだけだったものが、こっちを見て、返事をしてくれたんだ。 わかる ? こんなこともあるんだ、世界には。耐えるだけじゃなくて、生きていればこんな 瞬間に出くわすことだってあるんだーーー。母が死んだ時にも出なかった涙が溢れてきて、そ れをううち、行は母を許している自分に気づいた。母の匂いではなく、絵の具の匂いや、 離れの黴臭い匂いが形成する新しい世界の輪郭が自分を包んでいることに気づいた。憎む必 とら 要も、嫌う必要もない。人を人と捉えることのできる自分が、そこにいることに気づいた。 船はゆっくり遠ざかってゆく。島陰に入って見えなくなるまで、行はそれを見送った。 そうして開けた新しい世界だったが、長くは続かなかった。母の体から腐敗臭が漂い始め

10. 亡国のイージス 上

え、両方の壁に並ぶ扉のひとつが、わずかに開いているのが目に止まった。 それが、が占有する倉庫だと気づくのに、さほどの時間はかからなかった。以前は 簡易ジムに使われ、今は防衛秘密区画として一般クルーの立入が禁止された場擎士官 によって厳重管理されているはずの倉庫の扉が、どういうわけか施錠もされずに半開きにな っているのだった。左右を見回し、人の姿がないことを確かめた田所は、そっとそちらに近 ついていった。 扉の隙間から、中を覗き込む。八畳程度の空間は闇に塗り潰されていて、通路から照らす 非常灯のわずかな光では、なにがあるのか見分けられなかった。積み重ねられた木箱が朧に 見え、電気をつけようと思い立った田所は、扉の隙間を広けて倉庫の中に足を踏み入れた。 背後に人の気配がわき起こったのは、その瞬間だった。 咄嗟に振り向いた田所の目に、ゝ しつの間にかすぐ後ろに立っていた人の形が映った。それ まで空気に溶け込んでいたものが、凝縮して実体化したかのような唐突さだった。非常灯に 赤黒く染められた無表情な顔を凝視し、すべての真実を悟った田所は、憎悪の目をその者に 章注いだ。 「・・・・ : やつばり、おまん 第 喉に走った強い衝撃が、その先の一一 = ロ葉を封じた。見かけからは相黴できない素早さと強さ で繰り出された手が、田所のを絞め上げたのだった。手首を押さえて引き剥がそうとし