仙石 - みる会図書館


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1. 亡国のイージス 上

プをフル稼働させれば、通路に溜まった水は吸い出せるが、閉鎖区画の水は手の施しようが 、よ ) 0 ヾ、 ノラストタンクもやられたとなれば、船体の傾斜を立て直すのも絶望的だ。もたれて いた隔壁から体を起こした仙石は、わずかだが確実に艦尾側に傾いている床を靴袰で蹴りつ これだけメチャクチャにしておいて、あいつは、行はいったいどこに隠れてるんだ。胸の 中に呟き、拳を握りしめた仙石は、片足でどうにか立ち上がろうとしている若狭に気づい て、手を貸した。足首をを挫したらしい。「衛生員を呼んでくる。休んでた方がいい」と言 うと、若狭は「そうはいくか」と返して、仙石の手を払っていた。 「命の恩人に噛みつきたくはないが、おれはいい加減、堪忍袋の緒が切れそうだぜ。クル 1 は殺される、艦低に穴は開くー いったいなにがどうなってるんだ」 壁に手をついて体を支えた若狭は、聞かせてもらうまで一歩も動かんといった目を仙石に 注いだ。横目を見交わし、仕方がないというふうに頷いた竹中を見た仙石は、すべてを説明 するロを開きかけたが、不意に発した音にそれを遮られた。 ハンと一一つ鳴った音は、犠室の方向から聞こえた。銃声だと気がついた瞬間、体 第が勝手に動いて、仙石は若狭の制止を無視して走り出していた。 まどこ

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63 序章 上、徹底した個人指導で各種技術を教え込まれるとなれば、ほとんど宗教団体の修行の様相 を呈してきて、うひやあ、こりやエラいところに来ちまったと仙石は後悔しきりだったが、 け出したところでどこに行く当てがあるわけでもなかった。 近所中そろって共産党を支持している父は、仙石が自衛官になると一一一一口うと、事実上の勘当 を言い渡した。上等だ、と大見得をきって飛び出してきた以上、今さら家の敷居をまたぐこ とはできなかったし、慣れてくればここの生活もそれほど悪いものではなかった。 兄と比較されることもなく、ただ自分の行動と、その結果だけが評価の対象になる。お互 い助け合って前進しようとする同期の仲間たちは、だらだらつるんでいた不良仲間より魅力 的だったし、体力には自信があった仙石にとって、教育隊での日々は怒られるよりも褒めら れることの方が多かったのだ。 おまえには根性がある、きっといい艦乗屮になるぞ。初めて自分を正面から認めてくれた 教官の言葉が、仙石に居場所を与えた。それまで馴染みのなかった潮の匂いと波の音は、新 しい人生と不可分なものになり、それから三カ月後、仙石は護衛艦という家と、乗員という 家族に迎え入れられた。 最初に乗務した艦は《あまっかぜ》で、これは対潜水艦戦に重きを置いてきた海上自衛隊 が、初めて洋上防空に目を向けて建造したミサイル護衛艦の一熏だった。進水間もない最 新艦で、第一分隊砲術科に配属された仙石一一等海士は、艦対空いサイを扱う海自初のミサ

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間合い、仙石は上陸中は欠かさずそこでオムライスを食べて、なにも一一一一口わないでも大盛りオム ライスが運ばれてくるようになった頃、決死の覚悟で彼女を映画に誘った。そして一世一代 の恋愛をした末、にこぎ着けたのだった。 入籍から一年。娘が生まれ、それを機会に仙石は十年ぶりに実家に戻った。小さな酒屋は パーにセンゴクストアの看板が掲げられてい 既に取り壊されて、代わりに駅前の大型スー ーの店長がすっかり板についた前かけ姿の兄と 兄が宣言した通りだった。仙石は、ス 1 再会し、老いた両親と再会した。父は頼子に深々と頭を下げた後、職着に包まれた娘を抱き 上げて、涙を流した。母は終始、泣き通しだった。十年間のしこりが溶けてなくなり、仙石 は再び故郷を取り戻した。 帰り際、新繽のホームまで見送りにきてくれた兄は言った。「おまえのせいで店を継が なきゃなんなくなって、最初は正直、恨んだよ。でも今は咸齟してる。おれにも『なにかひ とつずば抜けたもの』があるってわかったんだからな」 センゴクストアの間がプリントされた百円ライターを差し出して、兄は微笑んだ。受け 取り、一緒にその手も握った仙石は、涙を見られないように頭を下げて、新繽に乗り込ん だのだった。

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る複数の大臣たちの了解を取りつけなければならないことです。聞いてしまえば、今後あな たの行動の自由はかなり制限されることになる。これからお話しすることは、そういう種類 の機密です。よろしいですか ? ー 協力しろと一一一一口うなら、なにもかも話せと要求した仙石に対する、それが溝ロの返答だっ ? 」 0 ゝ ) オししも悪いもない、と仙石は思った。ややこしい機密に興味はないが、菊政が死ななけ ればならなかった理由、如月行が北朝鮮の密偵であることを証明する事実がそこにあるのな ら、それは是が非でも聞かなければならない。頷いた仙石の顔をしばらく注視した後、仕方 ないといったふうに大きな息を吐いた溝ロは、ズボンのポケットから鍵を取り出した。壁に 据え付けられたダイヤル式の金庫に向き合い、慣れた様子で施錠を解く。 「こういうこともあろうかと、一応用意しておいた。我々の偵察衛星が撮った写真です」 中に収められていたアタッシェケースから数枚の大判写真を取り出しつつ、溝ロは一一一一口う。 用の監視衛星は、試験型のものが再来年に打ち上げになる予定だったが、「我々の偵 察衛星」とこともなげに言った声は、彼らがずっと以前から独自の衛星をしていたこと の証明だった。あらためてぞくりとするものを感じながら、仙石は受け取った写真に目を落 とした。 粒子の粗い白黒写真に、地表一キロ近くから見下ろしたどこかの沿岸地帯の鳥瞰図が写っ ている。その中心に穿たれた巨大な穴を見て、仙石は吐きかけた息を呑み込んだ。 あら うが

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でごまかしてから、仙石もその後に続いた。 通路の先には艦長室と司令室がある。引き返せない一線を踏み越える予感が足を重くする のを感じながら、仙石は薄闇に溶けてしまいそうな宮津の背中を追うことに努めた。寡黙に 見送る竹中と杉浦の目が、なぜか自分を哀れんでいるように見えた。 案の宮津は艦長室ではなく司令室の扉を開けた。死んだはずの女が、溝ロと一緒にい たという部屋。戸口の前で立ち止まった仙石は、もういちど深呼吸してから室内に足を踏み 入れた。 八畳ほどの空間に、べッドと執務机、簡単な応接セットが置かれており、壁には室町時代 に描かれた日本画のレプリカが掛けられている。海外の賓客を乗せた時の受けを狙ったの か、前に座乗していた司令が残していったもので、ビジネスホテルのシングル・ルームとい った風情の部屋を見回した仙石は、背後に突き刺さる視線を感じてぎよっと振り返った。 戸口の脇に立っていた溝ロは、扉を閉めてからあらためてこちらと視線を合わせた。驚い 章たのも一瞬、探るような視線にむっとなった仙石は、執務机の椅子に腰かけた宮津に問う目 一一を向けた。宮津は俯いたきりこちらを見ようとせず、代わりに溝口が近づいてきて、「先ほ どの会議では、失礼をしたと思っています」と薄い唇を開いた。 「自分の立場では、ああいう態度を取らざるを得ませんでした」

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212 そう一言った。不意に身近な匂いを漂わせた顔を見つめて、仙石は「 : : : わかった」の返事を 搾り出した。 ほんの微かに笑みを浮かべると、行は再び歩き始めた。贈られた筆を胸のポケットにしま って、仙石もその後を追った。 さっきまで体にのしかかっていた虚脱感がなくなり、足が軽くなっていた。筆から発する 暖かみが胸から全身に広がり、わだかまる思いを溶かしてくれたようだった。 翌日。相も変わらぬ真夏日の下、出港準備に追われる《いそかぜ》の驪から外れた仙石 は、杉浦砲雷長とともに舷門に立った。 舷門は、上陸するクルーの出入管理を行うため、停泊時に舷梯の脇に仮設されるテント小 屋で、艦の受付窓口の役割も果たす場所だ。その管理長である擎士官の杉浦と、先任警衛 海曹の仙石が出港作業の最中にわざわざ待機していたのは、これから特別な客を迎え入れる ためだった。 ほどなく一一トン積載の七三式トラックが一一台、、 ースに乗り入れてきて、舷梯の前で停車 ほろ した。助手席から降り、荷台の幌をめくっててきばき荷降ろしを始めた海曹の制服に、海上 訓練指導隊の赤腕章が巻いてあるのを見た仙石は、腰の後ろで組んでいる手をしつかり握 り、顎を引いて休めの体勢を正した。

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必死に伝えようとする思いのためか、銃を持った行の手首がわずかに上がる。今なら、奪 うことができる。前後の脈絡を吹き飛ばしてその思いが爆発した瞬間、体が勝手に動いてい ア」 0 行の手首をつかみ、そのまま肩に全体重をかけて体当たりを仕掛ける。完全に不意を打た れたらしく、行の体は大きく後ろによろめいていった。 引き金が引かれ、銃声が第一室にこだましたが、仙石は無我夢中でつかんだ行の手首 を離さなかった。両手で拳銃ごと手首をつかみ、引っ張って足払いをかけようとする。もう 一方の手に起爆スイッチを握っているため、思うように反撃できない行は、いったんそれを 手離したようだった。もみ合い、激しく動く視界の中に、床に落ちた起爆スイッチがちらり こんしん とよぎる。自由になった行の左手が首にかかる寸前、仙石は渾身の蹴りをその腹に見舞っ 行の体が床に転がり、すぐさま立ち上がると、起爆スイッチ目がけて躍ナる。もぎ取っ た自動拳銃の銃口を向け、仙石は狙いを定める間もなく引き金を引いた。 章火花が起爆スイッチの直前で弾け、床を小さく削る。床に伏せ、のばした手をびくりと止 第めた行に、「動くな ! 」と怒鳴った仙石は、硝煙をたなびかせる銃口をその頭に向けた。 「ちょっとでも動いたら、そのイカレた頭を吹っ飛ばすぞ」 今にも爆発しそうな心臓をなだめつつ、仙石は起爆スイッチを拾い上げた。一世一代の不

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りに自 5 を吐いた。 立ち去り難い様子で、じっとその場に立ち尽くしている。下手に顔を出されては行を刺激 するばかりだと思い、追い払おうと振り向いた仙石は、ひどく気まずそうな溝ロの顔に、か ける声をなくしていた。 : こんなことに巻き込んでしまって、ひどい連中だとお思いでしようが : 目を逸らし、呟くように溝ロは一一一口う。情報官吏らしい能面を崩さなかった男が、それは初 めて見せた日なのかもしれなかった。仙石は「いいよ」と応じて、その顔を見上げた。 「わかってるつもりだ。同じ宮仕えの身だもんな」 微笑してみせられたのは、自分でも意外なことだった。わずかに目をらげて応えた後、 すぐに真顔を取り戻した溝ロは、「ご無事で」と脱帽敬礼をした。 それを最後に溝ロは煙路室から出てゆき、ひとりになった仙石は、ひとっ深呼吸してから ハッチに向き直った。このハッチは気づかれていて、開けた瞬間に地雷が爆発 : : : なんてこ とになるかもしれない。おれが死んだら、頼子と佳織はどうするだろう ? 少しは悲しむだ 章ろうか = = = と考え、すでに三半をつきつけられている我が身を振り返「た仙石は、苦笑と 一緒にその思いを消した。生活は、兄貴が面倒を見てくれるだろうから心配はない。帰りを 第 待つ者もいない男が一匹、ここで拶微塵になろうとどうってことはない。そう自分に言い聞 料かせ、覚悟を決めたつもりになった仙石は、腹に力を込めてハッチの把手を捻った。

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1 ダーの探知能力をもってすれば十分に識別可能であるにもかかわらず、誤認を装って戦闘 配置が令されたのは、仙石の依頼が宮津に聞き届けられたからだ。 行が推測される通りの者であるなら、不目然なタイミングに罠を察して、必ず先に荷物を 隠そうとする。溝ロたちを間に入れず、ひとりで行と対するために艦ぐるみの芝居を打った 仙石は、案の定、総員配置を無視して居住区に舞い戻ってきた行を目前にして、「 : : : そう なのか ? 」とだけ尋ねた。ぎゅっと拳を握りしめて、行は無一 = 口を通した。 たかぶ いつもの、自分が知る如月行そのものの態度だった。不意に感情が昂り、「なんとか言 え ! 。と怒鳴った仙石は、手にしたグロックを突き出していた。 ャパくなったら殺しちまおうって、そういう薄汚ねえ根 「みんな騙して、利用して・ : 性でこの艦にもぐり込んだのかって訊いてんだっ ! 答えろ ! 」 「 : : : あんたにわかる話じゃない」 顔を伏せたまま、行はばそりと答えた。「ふざけんじゃねえ ! , とがなり、一歩踏み出し た仙石は、震える銃口をさらに突き出した。 章「おれはこの艦の先任伍長だ。舳先から艦尾まで、この艦のことはなんでも知ってなきゃい 三けねえんだ。おまえらが船酔いで吐いた反吐の色も、幹中が磨り減らした鉛筆の数も、 全部わかってなきゃいけねえって、そういう仕事なんだ・ : 自分自身に言い聞かせるように、仙石は一気にまくし立てた。行は逸らした目を上げよう

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修正だらけのクル 1 の配置表に目を戻した仙石は、若狭に入浴時間夂更プランの説明を続 いよいよ明日に迫った《うらかぜ》との遭遇戦演習に備えて、艦内は既に哨戒配備が敷か れている。少ない人員での三直交代は思ったより厳しく、効率よく食事や休憩ができるよ う、それぞれ日課に従事している各班長たちに変更プランを説明して回り、クルーの総意と して幹部に上申するのも、仙石の仕事のうちだった。 点検の手を休めずに説明を聞いた若狭は、一一、三質問しただけですぐに同意を示した。今 度は隣の揚弾室にいる掌砲長のもとに赴こうとした仙石は、艦鬻造脇の水密尸からぞろぞ ろ甲板に上がってきたクルーたちの姿に足を止めた。 同じ台座内にある教練弾格納所に、訓練魚雷を取りにきた魚雷員たちだった。敬礼しつ つ、急ぎ足で横を通り過ぎてゆく救命胴衣の一団の中に、昨日から気にしていた顔を見つけ た仙石は、「菊政」と呼びかけた。 ぎくりと立ち止まった菊政は、ばつの悪そうな顔を振り向けると、恐る恐るの様子で近づ と言いかけた仙石に、「幽霊の件、ですか ? 」と先回りして、上 章いてきた。「おまえさ : 一一目遣いにこちらを見た。 「幽霊はどうでも ) しい。なんで司令室になんか行ったんだ ? 昨夜は訓了後も雑務に追われ、話したくてもその暇がなかった。なにかをじっと飲み