事件 - みる会図書館


検索対象: 亡国のイージス 下
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1. 亡国のイージス 下

か。その単純なクエスチョンは、自殺した海幕人事課長が以前からダイスに監視されてお り、それが〃あれみの強奪事件ーー ()ö事案に関与するものだったという噂、今は《いそか ぜ》に〃あれ〃があるという事実に補強されて、ひとつの確信を瀬戸に抱かせる。すなわ ち、ダイスは《いそかぜ》が叛乱する可能性を事前に察知していた。それでいながら、表立 って阻止作戦を展開できないなんらかの引け目があったために、最悪の事態を防ぐことがで きなかったのだ、と。そしてその引け目とは、おそらく梶本総理を始めとするダイスの意志 決定機関・・・・。・・。・。、国家公安委員会と情報活動監視委員会も、等しく抱えているものに違いなかっ いつもの市ヶ谷びいきらしい一一 = ロ葉で茶を濁そうとした梶本に、瀬戸は「しかし、その代償 がこの事件という話は承服できません」と、釘を刺しておいた。 「《いそかぜ》の叛乱を、ダイスが察知できなかったはずがありません。出港停止などの強 制措置が取れなかったのは、我々外野の目を意識したからなのでは ? 」 それでなくとも、《いそかぜ》は梶本のもうひとつの構想ーーー日本版の始動を印象 づける艦として、内外の注目を浴びていたという経緯がある。「理由のひとつではあるが、 四それが原因ではない」とあっさり認めた梶本は、縁なし眼鏡の下の丸い目をぐっと細めた。 「『』だ。米軍が、あんなものを沖縄の地下にため込んでいなければ、こんなこ とにはならなかった」

2. 亡国のイージス 下

506 目の縁に溜まった雫を慌てて拭いながら、なにに対する涙なのだろうと思う。事件が終息 した安堵というのとは違う、もっと深く大きな波動が《いそかぜ》から発して、最期の息吹 きのように胸を圧迫し、去っていった。穏やかな波動はとても大事なことを教えてくれたら しいのに、つかむ間もなく幻のように消え去ってしまい、自分にはおそらく、それを追い求 めることができない。そんな理解と予感が一時に押し寄せ、切なさだけが残った心が、とり あえず涙を流させたのかもしれなかった。不意にべったりとした疲労が押し寄せ、椅子に座 り込んだ渥美は、しばらくはなにをする気力もないという感じだった。通信のやりとりに追 われるオペレータ 1 たちの背中を見つめ、これから始まる苛酷な時間をばんやり想像した。 拘束した叛乱グループの取り扱い。一一隻の護衛艦と戦闘機一機が失われた事実をどのよう に粉飾、発表していくかといったことに代表される、事件そのものの隠蔽工作。『 』が存在しなかった謎ーーまあ、だいたい事情は想像がつくがーーの究明。 の遺体回収を始めとする現場の事後処理 : : : 。他にもやることは山ほどあったが、今は十 分、いや五分でかまわないから、なにも考えないでいい時間が欲しかった。 現場には早くも多数の自衛隊機が押し寄せて、マスコミのヘリを牽制する仕事を開始して いる。《いそかぜ》が自沈する光景は多数の人が目撃しているから、その報道の「自粛」は あきらめるにしても、湾の中央部に漂う、隊員たちの遺体を撮影させるわけに はいかなかった。今頃は大混乱に陥っているだろうダイス本部、首相官邸の光景を思い浮か

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る毒ガス兵器『』が製造、隠匿されていた事実、及びその漏出事故のために辺野 古基地が自爆を余儀なくされた事件、通称『辺野古ディストラクション』と呼ばれる隠蔽工 作の真相を、余すことなく公表すること。ひとつ、朝鮮民主主義人民共和国の崩壊、極東軍 事プレゼンスの維持を企図し、反体制クループを蛎して北朝鮮に弾道ミサイル実験を強行 させたアメリカ合衆国の謀略について、煽動工作に関与した米中央情報局員の名前と潜伏 先、協力者の名簿をすべて公表すること。また、その際に当方が提出するビデオテープを同 : ・こと。以上、公表は内閣総理大臣みずからの口から、地上・衛星両 時に放映すること。 波を用いた国営放送にて全世界に発信することを条件とする。この際、内閣総理大臣は、日 本政府がアメリカに追従して一連の事件を看過したばかりか、経済政策に利用し、政治的譲 歩を引き出すためだけに日本版計画を起案したことを国民に陳謝し : : : うこと。 要求が拒絶された場貪本艦は搭載する全ミサイルを啝都心に向けて発射する。そのう ちの一基は『』を弾頭に装備している。これが空中で起爆すれば、分解不能の毒 ガスが都下を完全に被覆し、一千万都民を死に至らしめる結果になることはよくご存じのこ とと思う。最終期限は十一一時間後、一八〇〇。それまで、三時間ごとに当方から定期連絡を 入れる。賢明かっ迅速な決断を期待する。以上 ) レコーダーの停止ボタンが押される微かな音が、奇妙に大きく会議室に響いた。腕を組 み、あるいは机に肘をついてじっと押し黙る一同の中、渥美は信じられない思いで円卓の中

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に迫ってくる今朝だけは違った。今日いつばいで、渥美は辞表を提出する心積もりだった。 「《いそかぜ》事件」が終結してから、八カ月あまり。一日の間に一一隻の護衛艦が失われる という前代未聞の事件は、《うらかぜ》が自艦に搭載した対艦ミサイルの誤爆、《いそかぜ》 が回収した機雷の暴発とそれぞれ発表されて、翌日の新聞、テレビを大いに賑わせた。さし て珍しくもない戦闘機の墜落事故はその陰に隠れた形になったが、苦しいにもほどがある嘘 は、軍評論家を中心に多くの人々から懐疑の目を向けられることになった。 《いそかぜ》が自沈する光景はくり返しテレビで放送され、その見た目の派手さが、国民の 野次馬根性を必要以上に掻き立てる格好になったのだった。これに対して、日本政府は記者 クラブ制度に代表される政府発表の恣意性をフルに発揮し、また、事件を表沙汰にしたくな いという点では利害が一致しているアメリカとも共同戦線を結んで、一枚岩の徹底した防御 態勢を敷いた。 対艦ミサイルが誤爆するなどあり得ないし、それで艦が沈むなどもっとあり得ないという 疑問に対しては、「でも沈んだんだから仕方がない」旨の開き直りで対抗し、開発元である げんち アメリカの軍事産業から技術者の言質も取って、難解なテクニカル用語の羅列でとどめを刺 す。ミサイル護衛艦の《いそかぜ》が機雷掃海に駆り出されたのは、新型海底探索機械を搭 載した唯一の艦であるからで、沿岸近くに接近したのはそこに機雷の反応があったため。暴 発で機関が誘爆するとは、不幸な事故としか言いようがないーー等々。

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560 切通理作 ( 文化批評 ) 私は批評を生業としているが「解説」は苦手な部類だ。よくある「解説」にはストーリー のかなり細かい部分まで書いてある。同じ本に載っている物語を説明し直すのにどれだけの 意味があるのだろうか。そうした方が、長い小説の場合、読んでいる途中でも展開をたどり なおすよすがになるという利点はあるだろう。 だが、まだ読む前にこの解説の頁を開く人の場合、登場人物や事件といった小説内の要素 は、あらかじめ〈こういう人がいて、こういうことをする〉とわかってしまっては面白味が 半減するのもまた事実だ とりわけこの『亡国のイージス』は、冒頭から掲けられていく要素がどう織り成されてい くかということを楽しむ作品だ。事件そのものの全貌が明らかになり、後はそれに対して、 解説「日本人が生れ直すために」

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とか。なんとなく希望を持ちながらも、この連帯感も永くは続かないのだろうと渥美は予測 した。今は屈託なく笑いあっている顔たちも、これから始まる事件処理という重い現実の中 で、再び硬化してゆく。警察とダイスの対立がなくなることもない。護衛艦を一時に一一隻も 失うという前代未聞の事態は、いかに巧妙な隠蔽工作をもってしても海上自衛隊の立場を苦 しくさせ、日本版は事実上頓挫。『』不存在の一件でどうにか痛み分けに 持ち込めても、アメリカに対して ~ 易なカードが切れなくなった梶本総理には、もうビッグ バン凍結の公約を守る力はないだろう。政権は交代し、すべてを一からやり直す混乱の中 で、誰もが自分たちが生き残るだけで精一杯になってゆく : だが、と渥美は思う。すべてが無駄だったというわけでもない。再び危機に見舞われれ ば、互いにいがみ合い、牽制し合いながらも、我々はきっとまた団結する。組織の枠組みを 踏み越え、手を繋ぎ合わせて事に当たることができる。その確信が得られたのだから、今は 目の前の仕事に全力を尽くそう。宮津隆史の暗殺を黙認し、彼の両親からかけがえのない子 供を奪ってしまった挙句、多くの人々に同じ悲しみを味わわせた。許されざる罪の償いは、 章すべてが片付いた後で考えればいい : 五 「時に、あの如月一一曹は ? 」 第 そんな罪悪感に追い打ちをかけるのは、梶本だった。ますます気分が重くなるのを感じな がら、渥美は、「の映像を見る限り、《いそかぜ》を離脱した一一隻の内火艇に彼の姿はあ

7. 亡国のイージス 下

なんどかひやりとさせられる局面はあったものの、結局、護衛艦が浮かばうが沈もうが自 と言って恥じない国民が、全体の九割以上を占めている現実が幸い 分の生活には関係ない、 した。初めの頃は現場に居合わせた自衛官や保安庁職員を買収し、真相を暴いてみせると息 巻いていたいくつかの雑誌も、世間の注目が薄まるにつれてトーンダウンしてゆき、二カ月 後にはすべての新聞と雑誌から事件の追跡記事が消えた。代わりに金融ビッグバン凍結の公 約を守れなかった梶本バッシングが開始され、一一隻の護衛艦が失われた事件は、時おり新聞 の隅を飾る関連記事を除いて、速やかに風化していったのだった。 そんな中、叛乱に加わった《いそかぜ》クルーの処分を穏当な形で収められたのは、せめ てもの救いと一一 = ロえた。官籍剥奪の上、終生、第一級機必鼠触者としての行動制限を課される ーー海外旅行の禁止、許可を得ない住居移の禁止、担当監視員への定期報告義務など。違 反した場合はただちに実刑に処されるーーものの、一応の社会復帰が許されたのだ。本来な ら内乱罪で十年前後の服役を申し渡されるところなのだから、ほとんど無罪放免に近い処分 といっても間違いではなかった。 章彼らが自らの意思で投降したこと、罪を一身に背負って自沈した宮津艦長の印象が強烈に 残っていることに加えて、一刻も早く事件の痕跡を消し去りたかった政府の事情もある。全 終 員、非公開で極刑に処すべしといった不穏な意見もあったのだが、なんとか血を流さずに事 件を終息させることができた。そして昨晩は、ボンソンたちを祖国へ帰す作戦も成功させた

8. 亡国のイージス 下

たミサイルの照準を、都心に設定している。直径一一十キロに及ぶ制海・制空権を主張した彼 らのために、機雷掃海というとんでもなく苦しい作り話で啝示湾を封鎖したものの、いつま でもっき通せる類いの嘘でないことは明白だった。 を合わせるべく、第一一掃海隊の艦艇を横須賀港から移動させ、関東圏を所轄する海上 むね 保安庁第三管区本部長には、昨晩から掃海作業が行われていた旨の発表にロ裏を合わせるよ う、長官からじきじきに通達していただいた。事件の一報が首相〔呂邸に届いてから、まだ四 時間未満。大荒てで既したパニック抑止の偽情報としては、上等の部類と言えなくもなか まころ ったが、 関わる人間がこれほど多くなると、どこから綻びが生じるか予測がっかない。《い そかぜ》一艦だけがばつんと鑼漑している啝湾の映像が、こうしてテレビに流れてしまっ しいことでも、各局がスタジオに招いた軍事評 ているのだ。大半の国民にとってはどうでも ) 論家連中は不審に思っているだろう。リモコンを放り、「市ヶ谷はなにをやっとるんだ」と 吐き捨てた梶本の声を聞きながら、瀬戸は寝不足の目には眩しすぎる陽光を車窓の向こうに 眺めた。 「マスコミ対策は彼らの専管事項だろう。撮影スタッフの動向までは抑えられんでも、放送 四そのものを自粛方向に持っていくことはできるはずだ」 市ヶ谷ーー防衛庁情報局では、「報道の自由」と「国益の保護」が両立し得ない事態に備 えて、各マスコミ産業の基幹部分に位置する人や企業体への影響力維持、・、、、、、・・・要するに弱みを

9. 亡国のイージス 下

復するために、その著作論文『亡国の楯』を主要四大新聞に全文掲載すること ) ( : : : 国民に陳謝し、その体面のために用いていたダイスという秘密警察のごとき組織 については、国民にその存続の是非を問うこと ) 削除されていた声が〈葺主の空気を震わせ、梶本と防衛庁側の者を除くすべての出席者た ・これはいったい、、 とういうことだ」と呟いた明石警察 ちのどよめきがそれに続いた。「 : 長官の目が、野田局長を一直線に射る。 「これが事実なら、宮津一一佐の動機はまさに復讐だ。市ヶ谷が今回の事件を産んだというこ とではないか ! 「我々は任務遂行機関に過ぎない。与えられた指示〈哭を実施しただけで、宮津隆史の処理 を決めたのは : : : 」 ろう 「詭弁を弄すな ! 公安委や監視委はただの認可機関で、作戦の第疋そのものは市ヶ谷自身 が行っているのだろうが。だいたい、事件の根幹とも言える重要資料を保身のために改竄す るなど、一一一一口語道断としか : ・ 「危機のなんたるかも知らず、ダイス廃設を叫ぶ警察のエゴがあれば、こうするしかないの が我々の立場だった」 その野田のセリフは、あまりにも正直に過ぎた。あんぐり口を開けた明石警察長官を見据 えたダイス局長は、静かな、しかし一歩も退かない決意を滲ませた声で続けた。

10. 亡国のイージス 下

530 取った事件を目の当たりにした後、それらの痕跡を消し去る仕事を行ってきた自分が。極限 の中で紡がれる生き死にの光景に、人木来の力と可能性を見出しながらも、その輝きを塗り 潰さざるを得なかった自分が。その仕事をやりおおせ、これまでとなにも変わらない世界が 続いてゆくのだろうと実感した時、索漠とした胸中に残るのは、虚しさという一言葉では言い 尽くせない重い絶望、空疎な闇そのものだった。 けじめをつけるというのは言い訳に過ぎず、つまりは楽になりたがっているのだろうと自 覚する。そんな自分を託すのに、宮津芳恵以上の存在はないと渥美には思えた。それだけの 強さと魅力が、短い期間に夫と子供を相次いで亡くしたこの女生にはあった。 涙のひとつも見せず、一一一一口葉を失いがちな自分をむしろ励ましてさえくれる。いつまでも悲 じようとう しんでいたって、夫も息子も帰っては来ませんから、と。そうした立場に置かれた者の常套 しようよう 句とはいえ、絶対的な孤独に追いやられた芳恵がみせるこの強さ、従容と運命を受け入れる 心の在り方はいったいなんなのか。《いそかぜ》の叛乱が始まった直後、事情説明のないま ま市ヶ谷への同行を求められた時も、彼女は取り乱すことなく迎えに出た職員に従ったとい う。あまりの落ち着きぶりに、夫の胸中を見抜いていたのではないかと邪推した時期もあっ たが、人の嘘を見抜くのを商売にしている聴取官が出した結論は、宮津芳恵は事件に関する いっさいの知識を持たないというものだった。 三度の対面で、それは渥美自身も確かめている。彼女はなにも知らないーーー息子の死の真