人間 - みる会図書館


検索対象: 亡国のイージス 下
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1. 亡国のイージス 下

ゝってッラでしやしやり出て 艦にもあんたみたいのがいて、邪魔するんだよ。物分かりがいし うやむや いい加減にしてくれよ。護衛艦は町内会の寄 きて、なんでも有耶無耶にしちまって : ・ り合いじゃないんだ」 子供さながら、杉浦は叫び続ける。きわめて優秀な頭脳と勤勉さを持ち合わせていなが ら、それだけでは渡れない世間の現実を認めようとしない男の声だった。そうした理不尽の 中で人間修養を積んでこそ、幹部と呼ばれるに足る存在になるのではないか ? 仙石は思っ たが、偏差値が人格の優劣を決定する環境に慣れ親しんできた杉浦のような男には、艦の訓 練成績向上がすべてなのだろう。教本に書かれてない人間修養などは、自分の仕事を阻害す るものでしかないということのようだった。 その憂さを晴らすために有事法制研究会にも加わったのだろうが、それが結果的に彼の将 来を閉さしてしまった時、叛乱という大それた行為になだれ込んでいったのも、杉浦が無意 識に社会との関わりを絶ち、独善的な価値観を正義と錯覚したからに他ならない。叛乱グル ープの半数近くがそうした人種で構成されている現実に思い至った仙石は、やりきれない気 章分になった。 五 こんな大人子供たちに遺志を引き継ぐと言われても、宮津隆史は喜びはしない。教条、王義 第 おんりよう と心中しかけて死にきれず、怨霊と化した杉浦の顔を睨みつけた仙石は、「 : : : それが、一 千万人の人間を殺す理由か」と吐き捨てた。

2. 亡国のイージス 下

講談社文庫刊行の辞 二十一世紀の到来を目睫に望みながら、われわれはいま、人類史上かって例を見ない巨大な転 換期をむかえよ、つとしている。 世界も、日本も、激動の予兆に対する期待とおののきを内に蔵して、未知の時代に歩み入ろう としている。このときにあたり、創業の人野間清治の「ナショナル・エデュケイター」への志を 現代に甦らせようと意図して、われわれはここに古今の文芸作品はいうまでもなく、ひろく人文・ 社会・自然の諸科学から東西の名著を網羅する、新しい綜合文庫の発刊を決意した。 激動の転換期はまた断絶の時代である。われわれは戦後一一十五年間の出版文化のありかたへの 深い反省をこめて、この断絶の時代にあえて人間的な持続を求めようとする 。いたすらに浮薄な 商業主義のあだ花を追い求めることなく、 長期にわたって良書に生命をあたえようとっとめると ころにしか、今後の出版文化の真の繁栄はあり得ないと信じるからである。 同時にわれわれはこの綜合文庫の刊行を通じて、人文・社会・自然の諸科学が、結局人間の学 にはかならないことを立証しようと願っている。かって知識とは、「汝自身を知る」ことにつきて 現代社会の瑣末な情報の氾濫のなかから、力強い知識の源泉を掘り起し、技術文明のただ なかに、生きた人間の姿を復活させること。それこそわれわれの切なる希求である。 われわれは権威に盲従せす、俗流に媚びることなく、渾然一体となって日本の「草の根」をか たちづくる若く新しい世代の人々に、心をこめてこの新しい綜合文庫をおくり届けたい。それは 知識の泉であるとともに感受性のふるさとであり、もっとも有機的に組織され、社会に開かれた 万人のための大学をめざしている。大方の支援と協力を衷心より切望してやまない。 一九七一年七月 野間省一

3. 亡国のイージス 下

がら、行は反問する。 わかるわ。私たちの力は、それを代償にしなければ手に入れられないもの。だから ね、そういう人間たちは殺してもいいの。 ーーー殺してもゝ しい ? 身勝手で、臆病で、自堕落な人間・ : そう。生きる価値のない人間がこの世界をダメにする。私たちに与えられた世界を、 そういう人間たちが食い潰している。我慢することないわ、私たちには力があるんだもの。 弱い人間が作ったルールに従うなんて、バカげてるじゃない。だから私たちはなにをしても しいの。そうすれば、この世界はとても楽しいところになる。もう苦しまなくてすむわ。私 と一緒に来れば : 頬に触れていたジョンヒの手が動き、行の口からマウスピースを抜き取る。ジョンヒの瞳 が視界を塞ぐと、柔らかな感触が唇に触れ、ぬるりとした異物がロ腔に侵入してきた。 頭の芯が痺れ、手足の力が萎えた。絡みつく舌が奥底に沈む火種に息を吹き込み、行は無 意識にジョンヒの腰に手を回していた。 体が内側から熱くなり、心の驪に塗り固めた痛みの記憶が溶けてゆく。行の体と心は、そ れを楽だと感じているようだった。 そう、楽 : : : 。疎外感も、罪悪感もない。この咸と畳昆北が、必要なものすべてを与えて くれるとわかる。どうして今まで気づかなかったんだろう ? 自分からジョンヒの唇を吸お ふさ

4. 亡国のイージス 下

544 「そう。事故で沈んだ《うらかぜ》の艦長だ。阿久津っていって、海幕は世間体を気にして 陸上配置にするつもりだったらしいがな。本人の強い希望と、梶本前総理の鶴のひと声で艦 長就任が決まったってのが、もつばらの噂だ」 「へえ : : : 」 「そんな調子で、事件に関わった人間が同じ艦でよろしくやってんだ。世間の注目もほとん どなくなったし、政府の監視も一段ゆるくなったって見ていいんじゃないか ? もう過去の 話だからな」 そう一一 = ロわれれば、このところ監視員の数は減ってきているようだと仙石も思いつく。が、 それでなにもかも一兀通りになってゆくのかと言えば、これはまったく別の問題だった。「過 去、か : : : 」と呟いた仙石は、夕暮れの海を描いた壁画に目を戻した。 過去と呼ぶには、あまりにも生々しい痛み。他人がどうであれ、自分の中に刻み込まれた 記憶が薄れるものではなかった。我慢できる程度のきに変わってゆくだけで、この痛みは 終生、心の中に残り続けるのだろうと思う。生死の界面をともに駆け抜け、ひとり先に逝っ てしまった若すぎる命。あの時、あの海で、如月行を見つけられなかった痛み・ : 「ああ、そうだ。あんたに見せようと思って持ってきたんだ」 そんな思いをよそに、バッグの中を探った若狭が「これ、知ってるか ? 」と言って差し出 したのは、新聞記事の文化欄の切り抜きだった。〈異例尽くしの天才新進画家、黒田賞にチ

5. 亡国のイージス 下

330 いま引き下がってしまえば、もう一一度と向き合えなくなる。そんな予感があった。赤色灯 を映す水面に目を向けた仙石は、胸の中にあるものはすべて吐き出してしまおうと決心し て、言葉をまさぐり始めた。 「甘ったれたこと言ってるんだって、わかってるよ。その程度の覚悟もなくて、《いそかぜ》 を取り戻すなんてほざいてたおれが、いちばんのアホなんだってな。でもよ、撃たれる前に 撃って、人が死んで、また殺し返して : : : 。終わりがねえじゃねえか」 事件の発端となった宮津隆史の暗殺が、まさに撃たれる前に撃つの論理で仕掛けられたも はんすう のであることを反芻した時、その一一 = ロ葉は心の奥底から自然に紡ぎ出されていった。が、「身 勝手で、臆病で、放っておけばどこまでも自堕落になる。それが人間だ」と即座に切り返し た行は、振り向きかけた体をもとに戻してしまった。 「 : : : それが現実だ。あんたの言ってることは理想だ。戦場では、考えた者から順番に死ん でゆく」 「そうかもしれねえけど : : 。おれは、それでも考えるのが人間だと思う。ためらうのが人 間だと思う。そうでなきや、動物と変わんねえじゃねえか。考えて、悩んで、ためらって : その一瞬に殺されちまうのかもしれねえけど、そうすることで、もしかしたら戦争なん かやんないでも済むようになるんじゃねえかって : : : そう思いたいんだ」 古いものから新しいものまで、無数の傷に覆われた行の背中は、人間は争いをやめられな

6. 亡国のイージス 下

とりあえずまとめられるだけの資料をまとめ、同じ市ヶ谷駐屯地内にある防衛本庁ビルの 玄関をくぐったのは、午前七時半を少し回った頃のことだった。渥美大輔内事本部長は、一 Z O O r-n 様に重苦しい表情のダイス幹部たちとともに、地下の新中央指揮所に降りるエレベータ 1 に 乗り込んだ。 防衛庁の移に伴い、総額五百億円の予算を投じて新設されたは、それまで六本 本庁舎にあった旧中央指揮所が政府高官用の観覧席の域を出なかったのに対して、防衛ネッ トワーク回線を介した府中航空総隊作戦指揮所・横須賀自衛艦隊司令部との情報相互通信、 全地球測位システムによる各部隊の展開モニタ 1 機能など、リアルタイムで前線の状況を把 握し、後方の指揮判断を速やかに全部隊に伝達できる設備を整えている。現代戦略の要が シーキュ 1 ブドアイ の整備にあることを認識した日本が、初めて造り得た本格的な総合指揮センター O と言えたが、この数時間の無様な対応、流された膨大な血の量は、扱う人間の意識が整って とりで 四いなければ最新技術の砦も無用の長物と化す現実を証明していた。 今、その ZOOco に隣接する会議室には、それぞれマスコミの目をまいて集まってきた日 本政府のトップと呼ばれるべき人々が居並んでいるはずだった。とにかく頭と体を動かし続

7. 亡国のイージス 下

490 置しており、ラッタルを下る労力だけでここまで来れたとはいえ、腹に弾丸をめり込ませて いる人間がやるべきことではない。酒井機関長が置いていってくれたモルヒネを打ちたいと ころだったが、いま痛みが和らげば、再び意識を失ってしまう恐れがあった。最後の仕事を 終えるまで、眠るわけにも死ぬわけにもいかないと思い直した宮津は、ちょうどいい眠気覚 ましだろうが、と自分に活を入れて、第一機械室に続く通路をたどり始めた。 一歩あるくたびに止血帯から血が溢れ、押さえた指の隙間を伝ってズボンを濡らす。命の 力がこばれ落ちてゆくのを実感し、自分は今、死に向かって歩いているのだろうと他人事の ような冷静さで考えた宮津は、第一機械室までの距離、行うべき作業量を頭に思い描いて、 大丈夫、間に合うとこれも冷静に判断を下した。まるで風向きや波の量から艦の行足を測っ ているようだったが、思えばそうして物事の可不可を見極め、できる範囲で最善を尽くそう とするのは、防大で部屋長になって以来、とかく人を束ねる役に回ることが多かった自分 が、知らないうちに身につけてきた習い生だった。 一度は道を踏み外しながらも、こうして本米の自分に戻り、決着をつけるための行動を起 こすことができた。その事実に感謝した宮津は、もう毎眼に駆られることもなく、一歩一 歩、確実なペースで歩き続けた。怒りや憎しみ、哀しみや怖れといった咸僣を燃焼させ尽く した自分の心が、驚くほど静かであることを確かめながら、誰もいない通路をたどった。 そうして機械室区画の防水隔壁にたどり着くと、隔壁の水密尸が半開きになっているのが

8. 亡国のイージス 下

き、そこに自分の顔を映した行は、やつばりね、という声を聞いていた。 やつばり . : : ? 明確に意識の中に滑り込んできたその一一 = ロ葉に、行は払いのけることも忘 ・ : あなたがただ隠れているだけだったら、殺すつもりだっ れてジョンヒの瞳を凝視する。 た。ジョンヒの瞳がはっきりそう語り、その両手が、行の顔を包み込んでゆく。行は、それ を振り払うことができない自分に気づいていた。 そうしたら、やつばりあなたは行動を起こしていた。それが嬉しいの。ねえ、私と一 : ジョンヒの瞳が続け、行はもうそれを不思議と感じることなく、一緒 緒に来ない ? に ? どこへ ? と意識の底で聞き返した。 とても楽しいところ。そこではなにをしてもいいの。我慢したり、苦しんだりしない で、好きなことができるの。あなたなら来れるわ。だって、私の声が聞こえるんだもの。 聞こえる : : : ? 聞こえる。でも、行きたくない。おまえは、兵長と菊政を殺した。 彼らには生き残る力がなかったのよ。グズでノロマなくせに、私たちの間に入ろうと したからいけないの。だって、あなたは私に殺されなかったじゃない ? これまでもたくさ 章ん戦ってきて、生き残ってきたんでしょ ? それは、あなたが生きるに値する強い人だか 五 ら。この世界には、生きる価値のない人間が多すぎるのよ。あなたもそういう人間たちにい 第 じめられて来たんでしよう ? ・ : どす黒い血に染まった父の顔を想起してしまいな なぜ、そんなことがわかる ?

9. 亡国のイージス 下

562 読者の中には戦術シミュレ 1 ションや軍事ポリティカルフィクションを読み慣れており、 愛好している人も多いに違いない。その中ではかわぐちかいじの漫画『沈黙の艦隊』 ( 単行 本全巻 ) が累計一一五〇〇万部という売り上げを示し、多くの人に読まれている点ではトッ プに君臨する作品だ。 だが私はこの手のものはどちらかというと苦手である。反乱軍のリーダーも政府の側のリ ーダーも妙に竓応としていて不気味にすら感じられる。彼らの理想的な姿から、そうでない 日本の現状を逆照射するためにあえて極端に描いているのだと好意的に理解しようとはする ものの、どうにも距離を感じてしまう。 否、距離を感じるというより、そういう立派さに期待する己の心のひ弱さがそのまま置い てきばりになってしまうような気がして、読んでいてカタルシスがあればあるほど、居心地 の悪い思いが溜まっていくのだ。 その点『亡国のイージス』で描かれる人間像は、誰も彼もどこか煮え切らない。白なら 白、黒なら黒と物事をハッキリさせたいと思っているのに「でも : : : 」という感情に揺り戻 される。軍人としての主体性を持ちたいと願い、戦争とは人殺しであるという当り前の事実 を引き受けようとするのにもわらず、イザさっきまで生きていた者の屍や瀕死の重傷を負 った者を前にすれば、法まざるを得ない。 そんな人間たちが、文字通り七転八倒し、慟哭しながらのたうちまわる姿こそがこの小説

10. 亡国のイージス 下

いかに対処したらいいのかという段階に入るのも頁数を相当費やした後である。また登場人 物の履歴は単なる情報ではなく物語に深く根ざしている。 だからこの解説では、小説のあらすじを追わず ( 文庫のカバーにはある程度記されている であろうが ) 、登場人物の則にもプロフィールにもあえて触れないで進めていきたい。 日本政府が外交上の主体性を持っていないとはよく言われる。〈軍隊でありながら軍隊で ない〉自衛隊の曖昧さはその象徴とみなされることが多い。ひいては、戦後作られた平和憲 さかのぼ 法そのものが日本人自身の選択だったのかどうかという問題にまで遡る。 本書もまた、日本人の主体のあり方を問うている。政治・軍事上のみならず、登場人物一 人一人の生い立ちや家庭環境に根ざしたものとしても問い直されるのだ。 れそれは主要登場人物として描かれる三人にも、そして実は日本人にも留まらない。北朝鮮 生 やアメリカが物語に絡んできても、木書に登場する人間たちは最終的には国家を背負うので 本はなく、自分が本当一に逃けずに自分であり得たかを問い直していく。ィージス艦の「いそか ぜ」は、人としての再生を果たす子宮のように描かれる。 説 戦艦という場所は、小説が事件ア戦争 ) を複数の場所の同時並行として描きながらも、 解 人間の生きる場として一つに集約させることができるという点で効果的である。海上だと逃