先任伍長 - みる会図書館


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1. 亡国のイージス 下

肥からはなにひとつ行動を起こさなかった。兵長が言った通り、おれは受け身一辺倒で、いっ の間にか進けに転じていたのかもしれない。 なにから ? 過去から。生きることから。でも、生きるってどういうことだ。先任伍長が 言ったように、なにか甲斐を見つけることか ? 絵を描いていればよかったとでも一一一一口うの か ? 自分自身の心と向き合う勇気もない者の描く絵なんて、なんの価値もありはしないの に。生きててよかったと思うこと、それがあるから人は生きていけるのだと先任伍長は言っ ていた。なら、おれにとっての生き甲斐は : 足音が近づいてくるのが聞こえ、数時間ぶりにジョンヒが立ち上がる気配がそれに続い ささや た。ドアが開き、朝鮮語の囁き声が狭い部屋の空気を震わせるのを聞いた行は、思考を閉じ て全身の筋肉を弛緩させることに努めた。 ホ・ヨンフアを相手に無駄な抵抗だとわかっていたが、手足の自由が完全に奪われていて は、他にできることはなかった。ジョンヒが入れ替わりに出て行くのを見送ったヨンファ は、案の定、狸寝入りなど先刻お見通しといった様子で、「気分はどうだ ? , と気軽な声を かけてきた。 ・ : 。おれは必要ないと言ったんだが、 「いいわけはないな。クラシカルな猿轡までされて : ・ いかんせん慎重な部下たちでね」 シャツの襟首をつかみ、強引に行を引き起こしたヨンフアは、猿轡を外しながら黒いガ

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376 「わたしが私怨だけで動くと思っているのなら、間違いです。ジョンヒは偵察局でも最強と われた兵士だった。それを倒したのであれば、如月たちに対する脅威評価は改める必要が いても、先任伍長たちにはわからないんだった ) ( 奥歯に物が挟まったような言い方をする。なにが不満なんです ) ( 心配なだけだ。『解毒の攻撃を防ぐために、一刻も早く東京港に向かわなければなら ないのが我々の立場だ。先任伍長たちにかかずらわってる暇はなかったんじゃないのか ? ) も、つら 奇妙に多すぎる副長の一一一一口葉に、こちらが欲する情報のすべてが網羅されていた。罠か ? 自問した仙石は、しかしそんな小細工をする必要がどこにある、とすぐに思い直した。彼ら の戦力はこちらを圧倒している。まさか : : と思いかけた途端、「作戦変更だ」と一 = ロった行 の声が間近に弾けた。 「バリケードをとっ払うんだ。急げ」 仙石が慣れない勘ぐりをしている間に、兵士の本能で事態を察したらしい行の声は明確だ った。包囲される前に、がら空きになっている後部デッキに向かう。 ハリケードに取りつい た仙石は、積み上げた椅子や砲弾を手当たり次第にどかし始めた。

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が、「両側とも、中から鍵が閉められているんだな ? 」と聞き返したヨンフアの声は、行に ははっきり聞き取ることができた。 「間違いない、応急指揮所だ。すぐに押さえろ。隔壁はバーナーで焼き切れ」 頷き、戦闘服の男は風のように O—O を後にする。外にはジョンヒの姿もあったようだ。 宮津たちが知らずに放送に聞き入っているのを見ながら、行は目を動かしてそれとなく人の 配置を確認していった。ぐずぐずしてはいられない。奴らに囲まれたら、先任伍長に勝ち目 オし・ ( おれは一度、それを捨てちまった。そこで手に入れた大事な人の関係を、それが先任伍長 の義務だと思って投け捨てちまったんだ。でもそうじゃない、おれが《いそかぜ》の先任伍 長だっていうのは、そんな理屈だけのことじゃないんだ。だから戻ってきた。あんたらをこ こから叩き出して、おれは必ず《いそかぜ》を取り戻してみせる。そのためにはなんだって やるぞ ) スピーカーの声督がこもり、 0—0 の空気が一瞬、浮き星ったようだった。直後、 ! ) と叫んだ仙石の声が発し、それを合図にして、大音量の警報 ( これはその一発目だ : ベルが O—O の薄闇を揺らした。 同時に、出口の上に設置された赤色ランプが回転を始める。常備灯のオレンジがかった赤 ! 」と竹中が とは違う、真に危険を示す警告の赤だった。動揺の声があがり、「まさか :

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いてくれ。 現在をもって、《いそかぜ》を仙石曹長の指揮下に預けたく思う。無論、反対する者もあ るたろ一つ・ : : ・ が、わたしは脅されて言っているのでも、狂ったわけでもない。むしろ、正気 ・《いそかぜ》を愛し、最後まであきらめずに闘い抜いた : : : 先 に返ったのだと一一『ロえる。 任伍長の勇気に、以後の、艦の命運を : : : 託したい」 驚きも、反感もなかった。体内の熱い塊がひときわ熱量を増し、新しい力を取り込んでゆ くのを感じながら、仙石は宮津の言葉をありのままに受け止めた。 「わたしを信頼してくれた皆には、本当に申しわけなく・ : ・ : 思う。だがこれが、皆を守りき れなかった自分にできる、たったひとつの : : : 罪滅ばしなのだと、理解してもらいたい。 これより、先任伍長の一言葉は、わたしの一一一一口葉である。各員は、その指示に従い : : : 生きる ために、生き延びるために、最善を尽くしてもらいたい。以上」 その声は狭い管制室の壁をすり抜け、全艦に響き渡ってそこに在る人の心を揺らした後、 はるかな水平線に向かって拡散していったようだった。狂気が祓われ、浄化の沈黙が訪れた 章管制室に声もなく立ち尽くした仙石は、言い終えた宮津が厳格な目をこちらに向けているこ 五 とに気づいて、反射的に威儀を正した。 第 「先任伍長、操艦 ! 」 艦長の目と声で、宮津が令する。仙石は敬礼で応じた。

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156 津やヨンファたちの鼻をあかして、《いそかぜ》から叩き出してやる。その思いを胸に噛み 締めて、仙石はニタリと笑ってみせた。 「先任伍長はじゃないってところを見せてやるよ」

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190 出すことに努めた。「はっきりそうだとは申せません。乗員ひとりひとりを思いやる繊細な 。ただ、先任伍長としての 神経がある一方で、とても不器用なところもありましたから : ・ 責任感は人一倍です。もし艦に戻っているなら、必ず《いそかぜ》を取り戻そうとするはず です」 言ってしまってから、今この時に情報本部の幹部が仙石のことを知りたがるのはなぜか、 わかったような気がした若狭は、自分が迂闊な物一一一一口いをしてしまったらしいと気づいて、ロ を噤んだ。渥美は、 ( そうした行動を起こせる能力がある、と思うのか ? ) と質問を重ねた。 。自分にわかることは、先任伍長は後先のことを考えて、今やらなけ 「能力の問題では・ : ればならない行動をためらうような男ではない、ということです。これは《いそかぜ》のク ル 1 であるなら、全員が了解していることと思います」 ( : : : そうか。ありがとう、たいへん参考になる意見だった。ここで話したことは口外無用 曹長は、《いそかぜ》でなにが起こっているのか洞察しているようだが、それ も口には出さない方かいし 。その方が早く家に帰れると、他のクルーにも伝えてもらいた 渥美が、失一一一口を聞かなかったことにしてくれたと知った若狭は、それに対して礼を一一一口う愚 は犯さなかった。「は ! 伝えます」とべテラン海曹らしい応対をして、電信室の外で待っ ていた宮下と席を替わった。

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124 思わず目を見開いたのは、行だけではなかった。その場にいる全員が注視する中、「不審 者 ? 制圧部隊の攻撃ではないのか」と、ヨンフアは冷静に問いただす。 ( 不明です。ただ、ドンチョルが妙なことを言ってます。先任伍長が現れた、と ) 心臓が跳ね上がり、意志とは関係なく体がびくりと動いてしまっていた。ミンソンが拘束 の力を強め、 ~ 肋に当てた銃口をぐいと押しつけてきたが、行は構わずにヨンフアの方を振 り返った。 「ありえん。先任伍長は離艦したはずだ」 無表情に言いながらも、無線機を握るヨンフアの手は緊張していた。 ( ドンチョルは間違 いなく見たと言ってます ) の声を返した無線から顔を離したヨンフアは、「どういうこと だ ? 」と竹中と宮津を交互に見た。 「わかるものか。艦内検索なら我々もやった。閉鎖区画以外は残らず : ・ そこまで言って、竹中はなにかに思い至ったように口をんだ。宮津とヨンフアも同様の 結論に達したらしく、顔を硬直させる。浸水した閉鎖区画は調べていない。そして今、その 閉鎖区画の隔壁が爆破された・ : 瞬間、艦内放送のスピ 1 カ 1 が不意にハウリングの音を立てて、 0—0 にいる全員がぎよ っと天井を見上げた。とんとんとマイクを叩↓駄聞き覚えのある咳払いの声が耳を打ち、 行は信じられない思いで顔を上げた。

8. 亡国のイージス 下

章 四 第 しばらく隔壁の水密戸を打ち鳴らしていた銃撃は、弾の無駄とされたのか、間もなく Ⅲ鳴りゃんだ。行に引きずられるまま艦尾方向に走り、最後部から数えれば三つ目にあたる防 柄にもない勘ぐりをする間に、「どうなってるんだ ? 」と言った竹中が、ヨンフアに詰め 寄った。ばんやりしていた自分に、疲れているなと自覚した宮津は、救命胴衣の襟を正して からそちらを見た。 きゅうそ 「窮鼠、猫を噛むというやつです。心配はいりません、すぐに退治しますよ」 ニヤと笑ったヨンフアとは対照的に、眉をひそめた竹中の目にはさらに濃くなった反感の 色があった。先任伍長の声を聞いて以来、どこかびりびりしているのは竹中だけではない。 コンソールに向き合う初任幹部たちの背中にも先刻までの落ち着きはなく、互いの顔色を窺 うようにしている。不協和音を第で始めた 0—0 の空気に息苦しさを覚えた宮津は、監視力 メラの映像に目のやり場を求めた。 入道雲がわき立っ真夏の空はどこまでも青く、船影のない海は穏やかに凪いでいる。小さ な艦の中で殺し合いを演じる人の哀しさになど目もくれず、一羽のカモメがひらりと画面を 横切っていった。

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「先任伍長もそこを通ってきたんです。制圧部隊にとっては、格好の突入口になる。そこか ら一隊を艦内に侵入させて、別の隊を海上に待機させれば、中と外の両側から攻めることが できる。少々、厄介なことになりますよ」 「しかし、人が通れるほどの亀裂があるとは、離艦した曹士クル 1 も知らないはずだ。どう して政府がそれを前提にした作戦を立てられるんだ ? 籠城した先任伍長たちが、外部と連 絡を取る術はないんだぞ」 「そうですが : : : 」と言いかけたヨンフアは、竹中から逸らした目を一点に据えた。その眉 根に微かな皺が寄るのを見た宮津は、視線の先を追ってコンソ 1 ルに振り返った。 艦内の電気系統を監視するコンソ 1 ルの上で、第一一発電機の作動状況を示すランプが小刻 みに点滅していた。第一一発電機室は仙石と行が籠城した区画にあるため、現在はシステムか ら除外してある。不調であろうと艦の運用には関係なかったが、ヨンフアはそこに据えた目 を動かそうとはしなかった。 「あれは ? 」 章「第一一発電機室の作動灯だ。少佐が手榴弾を投け込んでから、ずっとあの調子だ」 五 やや皮肉めいた竹中の口調にも反応せず、ヨンフアはじっと作動灯の点滅を見つめてい 第 る。さっきまで収まっていたのだがな : : : と思いながら、宮津ももういちど緑のランプを振 り返った。

10. 亡国のイージス 下

〈主な登場人物〉 宮津弘隆海上自衛隊ミサイル護衛艦《いそかぜ》艦長。二等海佐。的歳。 仙石恒史同艦先任警衛海曹 ( 先任伍長 ) 。歳。 如月行同艦第一分隊砲雷科一等海士。幻歳。 竹中勇同艦副長兼船務長。三等海佐。犯歳。 杉浦丈司同艦砲雷長。一等海尉。肪歳。 横田利一同艦航海長。一等海尉。歳。 酒井宏之同艦機関長。一等海尉。歳。 風間雄大同艦砲雷科水雷士。三等海尉。幻歳。 若狭祥司同艦掌帆長。海曹長。町歳。 田所祐作同艦第一分隊砲雷科海士長。幻歳。 菊政克美同艦同科一一等海士。跚歳。 溝ロ哲也海上訓練指導隊所属三等海佐。歳。 衣笠秀明第簡護衛隊司令。一等海佐。歳。 阿久津徹男ミサイル護衛艦《うらかぜ》艦長。二等海佐。新歳。 吉井真人第一護衛隊群司令。海将補。歳。 安藤亮ニ百里基地第七航空団・第 204 飛行隊所属三等空佐。歳。 宗像良昭同隊所属一等空尉。歳。