宮津の目はその背中を凝視した。 「日本政府が要求を呑むことはない。 このまま追い詰められて、すべてのクルーは抹殺され るだろう。そして少佐も、戦い続ける理由を失ってしまった」 「なにが言いたいのです」 「『』をばらまいて、さつばりする気でいるのだろう ? 手伝うと言っているん 今度こそ振り返ったヨンフアは、不審と驚愕の入り混じった粘っこい視線をこちらに向け た。まっすぐそれを見返しながら、宮津は自分の頬の肉が勝手に動くのを感じた。痙攣して いるのだ。先刻のヨンフアのように、薄笑いを浮かべた狂気じみた顔になっているに違いな しばらく視線を注いだ後、考えをまとめるようにゆっくり背中を向けたヨンフアは、『 』のカプセルを収めた《ネスト》をやや傾け、側面にある保護システムのスイッチ を入れた。 章「 : : : まさか。そうなら、さっさとミサイルを撃っていますよ」 五「現状では、クルーがそれを許さん。発射キ 1 はわたしが持っているしな。だから、よそに 移し換えると見せかけて、東京港に入ったらその抽出レバーを引くつもりでいる。違う
「発射できなくすればいい」 即座に言い返し、こちらを見返した行の顔にきよとんとした仙石は、すぐにその考えに思 い至って呆れ返った。ここには行と自分の一一人しかいない。なにをするにも、自分たちが動 と声を荒らげた。 くしかないということだ。仙石は「冗談じゃねえ : 「この込悲で、おれたちだけでどうやるってんだ。 0—0 の武器管制システムはループ構造 で三重のプロテクトがかかってるし、ミサイルはそれぞれの管制室からマニュアルで発射す ることもできる。その全部をどうやって使えなくするってんだ。だいたい、『』 がどのミサイルに積まれてんのかもわかんねえんだぞ ? 「さっき、ヨンフアはあんたが仕掛けた爆発を政府の攻撃と思い込んで、報復のためにミサ イルを発射しようとした」 仙石の昂りを無視して、行は再び思索する顔になった。 「艦長たちに止められて思いとどまったが : : : あの時、ヨンフアは迷わずの発射スイ ッチを押そうとした」 四「ディスプレイには自動制御の表示が出ていた。のミサイルのどれかに『』 が搭載されているなら、発射制御は手動になっているはずだ。『』を搭載したミ サイルのセルだけ残して、他のセルのミサイルは使えるように」
144 。疲れきって水面に出た途端、接防既火に狙い撃ちされておしまいだ・ = 「あんた、なんだって戻ってきたんだ」 休むに似たりの考えをめぐらす間に、行がばつりと言った。え ? とその顔を見返した仙 石は、視線を合わせて意味もなくどぎまぎしてしまった。 「さっき放送で言ったろうが。何度も言わせるな」 納得いかないといった目で、行はこちらを見下ろしている。これから否応なく生死をとも にする相手の心情は、完全に理解しておきたいというところか。少し考えた仙石は、「 : それに、忘れ物もしちまったんでな」と付け加えた。 「忘れ物・ : 「筆だよ。もらった筆」 言った後で気恥しくなり、仙石は行の視線を避けてロック外しに専念した。背中にじっと 視線がっき刺さり、ちらとだけ振り返った仙石と目を合わせると、行はばそりと呟いてい 「・ : ・ : やつばりバカだ」 つくづく、可愛げがない。「ほっとけ」と返してハッチに向き直ろうとした仙石は、ゴト ンという微かな振動音を聞いて手を止めた。 モ 1 ターの作動する音がそれに続く。行と顔を見合わせ、「なんだ : ・ : ? 」と周囲を見回
337 第五章 れない別の男のことを考え始めた。 如月行。彼は若さと、自らをも破壊しかねない暴力の衝動をうちに秘めている。ただ兄が 一一一一口う通り、つまらない既成観念に囚われているために、己の本質と向き合うのを恐れて跳べ ずにいるのだ。 なら、それを引き出してやればいい。互いに命がけになるだろうと予感しながらも、自分 が男を育てるという想像は、兄とは別の意味でジョンヒの女の部分を刺激するようだった。 「・ : ・ : どうした、ジョンヒ ? なぜなにも言わない。なぜ考えを隠すんだ。こっちを見てく れ」 閉ざした意識に気づいたのか、手をきつく握りしめながらョンフアが一一一一口う。ジョンヒは、 もうそれをうっとうしいものとしか感じなかった。敗者の翳りを漂わせ始めた男の目は見ず に、如月行と接触する方法を考えていた。 呆れるほど小さいものだな、という感想しかわかなかった。発見された十一一個の盗聴器は どれも大豆ほどの大きさで、平らな円形の本体から、芽のようなアンテナ線をちょろりと出 している。出航準備の合間を縫い、盗聴器の捜索状況を確かめようと士官室に降りてきた宮 とら
ーーー大統領補佐官は、「そうだが : ・ と一一一一口葉を濁した。 「あまりにも犠牲が大きすぎた。情報が漏れなければい ) しという題ではない。もう一一度と こんな作戦はやりたくないというのが、大統領のお考えでもある」 沈痛の皮をかぶった声を聞いて、男はなるほどと納得した。大統領補佐官は極め付きのエ セ・ヒューマニストで、みんなそれに調子を合わせて寡黙な顔をしていたというわけだ。電 波傍受と解析を専門に行う機関の代表として、もっとも後発でこの作戦に加わった男には、 苦りきった補佐官の顔を見るまではわからないことだった。 「彼らは。に・・、です。やむを得ません」 「あの国では、その死が正当に評価されるとは思えませんがね」 「百年後に世界連邦でも樹立されれば、すべてを公開して勲章をやればいいさ。彼らはある 意味、我が国のために戦死したのだからな」 そうロにした情報将校の、最後の言葉は余計だった。補佐官は目頭を揉む仕種を見せる と、報告のためかトイレにでも行くのか、部屋を後にしようとした。それまで無一一 = 口を通して 章きた男は、その背中に思いきって声をかけてみた。 五 「補佐官殿。辺野古から回収された本物の『』は、今後どのように扱われるので 第 1 レよっ ? ・ 全員の冷たい目が向けられたが、個人的に確かめておきたいことだった。機密接触資格を
されるだろうから安心してもらいたい ) : あの、《いそかぜ》はどうなったのでしようか ? 」 「は。 ( 残念だが、それも教えるわけにはいかない。自分の艦の現在がわからないというのも、理 不尽な話だと思うだろうが : : : ) 一一 = ロ葉を濁した渥美に、艦乗りの心情をわかってくれている人だ、と若狭は微かに感心し た。未知の状況下で顔もわからない人物と話していれば、そんなことでも安心の欝になっ 」 0 ( それで、《いそかぜ》の先任海曹であった曹長に、確認しておきたいことがある。現在ま でに死亡が確認されているクルーは、田所祐作海士長と、菊政克美一一等海士の一一それに 仙石恒史海曹長が行方不明ということだが、若狭曹長は彼が失踪する場に居合わせたそうだ な ? その時の状況を教えてもらいたい ) なぜですか、と聞きたい衝動を堪えて、若狭は救命筏を飛び出し、《いそかぜ》に向かっ て泳いでいった時の仙石の様子を説明した。時おり疑義を挟みつつ聞き終えた渥美は、 ( な 章るほど。よくわかった ) と言った後、考えをまとめるようにしばらく沈黙した。 五 ( で、これは曹長の個人的な感想でいいんだが : ・ ・ : 。仙石曹長という人物は、突発的な事態 にうまく対応できるタイプか ? ) 「は、それは・ : : ・意外な質問に戸惑いながらも、若狭は親友といっていい男の印象を思い こら
150 おれが鬲に取りつけた爆破装置は、取り外せないでそのままになってるんだ」 思いもよらないことだった。「本ョかよ : : : 」と身を乗り出した仙石に、「ヨンフアはそ う一一 = ロっていた」と一何。 「だったら、なんでそっちに向かわなかったんだ。犠室なら、爆弾責めに合わないで籠城 できたのに」 「最初に守りを固めているさ。犠室から追手が出てきたの、見たろう ? 腕を組み、壁の一点を見据える行の墨慮深い矗は、咸物を隠した無表情とも、絵筆を握 った時の真摯な表情とも違う。状況をし、実行可能な戦術の考案に努める兵士の横顔だ ーナ 1 で隔壁を焼き切りながら繿低を移動する。第一機 「亀裂から侵入した制圧部隊が、バ 械室の繿底点検ハッチまで到達して、爆薬を仕掛ける。そうすれば、おれがセットした爆弾 を誘爆させることもできる : : : 」 考えをまとめるように、行は背中を向けたまま呟く。実行できれば、確かにミサイルを発 射する間もなく《いそかぜ》は沈むだろう。が、それはあまりにもこちらに都合のよすぎる プランだった。仙石は、「でもよ、繿低にも見張りは立ててるだろ ? 」と口を挟んだ。 「気配がちらっとでもわかっちまったら、おしまいだぜ。『』とかってのを積ん だミサイルが、啝示を直撃だ」
のではないか。誰がなんといっても、杉浦はその考えを変えるつもりはなかったし、それで 曹士クル 1 に嫌われようとも別にかまわない。先任海曹のご機嫌を収らなければやっていけ ない幹部など、幹部ではないと思っていた。 が、今も艦内でしぶとく抵抗を続けている、仙石に代表されるべテラン海曹たちの気性 は、自分たちこそが艦の主だと宣言して憚ない。そして大抵、どの艦の幹部も彼らの論理 に屈するのだ。護衛艦が、高度な教育を受けた幹部のスマートな雰囲気ではなく、叩き上げ 海曹の現場仕事的雰囲気に満たされていることが我慢ならず、それもこれも、自衛隊が軍隊 ではないからだと結論した杉浦が、有事法制研究会にのめり込んでいったのは当然の帰結だ 「そんなの、さっさと沈めてやりゃあいいんだ」 ミサイル士が苦々しく吐き捨てて、杉浦はズボンをこするうちに遊離していた意識を引き 戻した。接近中の報道クルーザ 1 のことを言ったらしいと気づいた杉浦は、どういう奴なの だろう ? と、あらためて幼さの残る初任幹部の顔を見つめた。 章そんなふうに、他人に興味を持ったことなどない。杉浦の興味は護衛艦の機器とシステム 第にだけ注がれ、人に向けられることはほとんどなかったし、その必要を感じたこともなかっ た。このミサイル士にしても、一緒にいる時間は航海中いちばん長かったはずだが、新たに 設置されたミサイル垂直発射装置の付属品ぐらいに思っていた。名則は知っているが、それ
332 人を感動させる絵が描けるんだ。その心があれば、理想の大切さだってわかるはずだ。狭い 考えに自分を閉じ込めとくことはねえ。おまえにはもっと : : : 」 歪思に片膝を立て、身を起こした行が、その先の一一一一口葉を封じた。テ 1 プルが軋み、水面に 波紋が走ってゆくひそかな音を耳にしながら、仙石はその背中を見上げた。 「 : : : 艦が移動するのは、多分『解毒剤』が使われるのを阻止するためだ」 湿った空気を断ち切る乾いた声だった。仙石は思わず「『解毒剤』 : : : ? 」と聞き返した。 「『』を完全消滅させる高性能火薬、 e プラス。使用されれば、《いそかぜ》は破 壊される。中にいる人間はひとりも助からない。全員、死ぬ」 容赦のない現実が周囲を取り囲んでいることを教えると、行は少しだけ首を動かして、青 ざめたこちらの顔を窺った。 「ヨンフアは、艦を陸に近づけてそれを防ぐっもりだ。艦が移動を開始したら、あんたは艦 底の亀裂から脱出しろ」 体が揺れるのを自覚した途端、足もとのテープルが再びギッと軋んだ。仙石の反論を封じ るように、行は間を置かずに続けた。 「発見されても、ヨンフアには引き返す余裕はない。この海域は四方から監視されているか ら、すぐに誰かが見つけて救助してくれるはずだ」 なにをどう言ったらいいのか、すぐにはわからない自分の鈍さが腹立たしかった。しばら
口には全国から招集されてきた海上保安庁の巡視艇が配置され、レジャーポ 1 トやマスコミ のボートが海に進入するのを防いでいます」 ※クローズアップされる放水路上の巡視艇。船尾に《やまぶき》の船名が記してあるのが 読み取れる。甲板上には、双眼鏡を手にしたクルーが川の上流を監視している姿がある。 「機雷掃海作業に端を発したこの異例の事態に対して、関係者からは戸惑いの声があがって います。インタビュ 1 の模様をお聞きください」 ※画面転換。インタビューの >I—X-O 画面上端に『千葉県市川漁港』、下には『漁業関 係者はーーー』のテロップ。係留された漁船を背景に、インタビューに応じる初老の漁師の クローズアップ。 ( いや、おれは朝の四時には漁に出つからさ、びつくりしたよ。えれえ剣幕で引き返せって 一一一一口われてな。しようがないから、なんにもしないで帰ってきたわ。ーーああ、おれだけじゃ ねえと思うよ。船のガス代だってあんだからよ、なんか補償してもらわなきや合わねえよ な。いや本当に ) ※画面転換。『川崎市浮島町』『石油精製工場の職員はーー』のテロップ。出勤途中らし 章 いスーツ姿の三十代男性。 第 ( え、いや、知らないです。 ええ、本当ですか ? 港、全然使えないんですか ? まい ったなあ : ・ いやあ、今日の仕事どうなるんだろ )