私自身、これまでサービスの経験がまったくなく、しかも内外に有名な″官僚体質。を変 革する、という大きなテーマを持った委員会ということもあり、私自身進めるべき方向が皆 目見当っきませんでした。 しかし、ここで役にたったのが、「知的生産の技術」研究会での一〇年にわたっての活動 です。今まで接してきた講師の中から、アドバイスを受けるのにふさわしい人に相談に乗っ てもらい、社外のアドバイザーとしてバックアップしてもらったのです。 結果的に比較的短期間に全社のサービス向上が達成されましたが、この間の経験もまた得 がたいものでした。一一万人を超える大企業、四万人を超えるグループを巻き込んで、求心力 を生み出し、総合力としてのサービスを目に見える形で向上させていく、という大きな仕事 ですからね。 ビジネスマン人生には、いろいろ思いがけないことが起こります。得意な分野を任された 時はいいのですが、自分の不得意な分野や、まったく新しい分野の仕事にまわされた時は、 慌てふためいてはいけません。そんな時こそ飛躍のための正念場なのです。 不得意な分野に取り組むときは、社内外の人脈を駆使してその分野の大事なポイントをは やくつかみとり、その分野の全体像と、解決すべき課題とを見つけなければなりません。
こういう場合、特に社外の人脈は重要です。企画なら他社の企画担当者の人脈、広報なら マスコミ人の人脈、教育なら講師選定の目を持っている人脈。各分野にそういう人脈を擁し ていると、社内の専門家とは一味違う角度や視点から仕事を見直すことができます。 私の場合も、窮地に立たされた時は、知研で知り合った講師の方々の中から、その仕事に 最もふさわしい人物に相談することで、辛うじて乗り切った経験が何度もあります。 縁のない分野や不得手な分野には、経験から学んだカンが働きません。また関連する本を 読みふけっても、勘所がっかめるとは限らないのです。 その分野に関しては素人であるというマイナスを、社外のプロを味方につけることによっ て、プラスに変換していくことができれば、今まで社内の誰も成し得なかった大きな成果が る 手に入ることも夢ではありません。 事 こうして始まった時には想像もできない地平にまで、この委員会は育っていきました。現 仕 在私は宮城県仙台市で地域の行政や企業に関わる仕事に携っていますが、このプロジェクト 凡 の経験は組織変革のノウハウがすべて込められており、私にとって汲めども尽きぬ泉のよう 1 な存在になっています。 第
まこと 思想家・実践家の小田実、企画塾の高橋憲行、『「超」整理法』の野口悠紀雄、脳研究の養 老孟司、資格三冠王の黒川康正、『ゾウの時間ネズミの時間』の本川達雄、米国三井物産の 寺島実郎 : : : と錚々たる顔ぶれです。 幹事は同時に司会を担当することも多々あります。お招きする以上、こちらとしても、そ の方のことを知らないのはまずい、ということで、事前に講師の方の著書を最低一冊は読む という癖がっきました。それが結果的に、自分が直接関心がない分野でも、相応の知識が身 につく、という副産物をもたらしたのです。 これが、後々、本業のほう、特に広報の仕事に就いたときにおおいに役立ちました。この 、あの分野なら誰がいいなど、ある程度カン 分野について原稿を書いてもらうなら誰がいい る にが働く。面白いもので、結果的に自己啓発としてやってきた知研の活動と、本業とが重なっ 驕てきたのです。 三〇代は激務の連続でしたが、その間もなんとか知研での活動を継続してきたおかげで、 凡 仕事のほうにもしだいに好影響が出てくるようになりました。 章 第
【ワンポストワンテーマ】 ここで、異動について述べてみましよう。私自身、二四年のビジネスマン生活で一〇 回以上の異動を経験しました。しかしこの間、希望どおりの部署に配属されたことは、 不思議なことに一回もありませんでした。 入社時には営業部門志望でしたが、配属されたのは整備部門でした。三〇代半ばのこ ろは、人事勤労部門を希望していたのに広報部門に異動になったり、海外勤務を希望し きゅうきょ ていたのに新規プロジェクトに急遽投げ込まれたりという具合です。 しかし、それで不満を持っているかというと、そうでもないのが組織勤めの不思議な ところです。この間、自分でも知らなかった能力が自分にあることに、何度も気づかさ れました。労務、広報、経営革新など、今の自分を形作ってきた仕事は、意外ですが、 自分が得意分野だと思い込んでいた分野とはまるで違ったのです。 人事異動によって新しい仕事に取り組むのは、いわば自己発見の連続といってもいい でしよう。これが組織に勤める面白みでしようか。 「自分の得意領域はここだ」「自分は企画に向いている」「マーケティングしか頭にな
した折、多摩大学学長の野田一夫先生から私に大学へのお誘いがあるとのご報告を申し上げ たことがございます。私は九州大学の法学部で学び、クラブは探検部に所属し、その時に先 生の名著『知的生産の技術』に出会いました。その後卒業して、日本航空に入社し、広報課 長を経て、現在は企業革新をテーマとした部署で仕事をしております。 一一年ほど前 ( 当時四四歳 ) にお話があったものの、私自身は学界への転身が可能なのかど うか半信半疑だったのですが、昨年後半あたりから、話が具体的になってきており、いよい よ本決まりになりましたのでご報告申し上げます。 来春仙台に開学予定の県立宮城大学は来年開学の目玉となっている大学で、野田一夫先生 るが初代学長を務められる予定です。当初は事業構想学部 ( プロジェクト・デザイン ) と看護 学部の二つの学部で出発します。野田先生からのお誘いで、教授として申請しましたところ、 一二日に発表された教育審査でパスしたとの連絡が入りました。 受け持っ科目は「知的生産の技術」「情報表現論」「プレゼンテーションの技術」「総合教 才 凡養演習」となります。このような分野は現在の大学を含む教育界の中では軽んじられてきた 章 分野ですが、知研での活動や企業の第一線での活動が宮城大学に必要だということでノミネ 第 ートされたとのことです。
た米からできた酒を「大吟醸」と呼びます。大吟醸は″酒の中の酒。といっていいと思 います。この精米の過程のアナロジーからは、仕事の完成度を考えるにあたって材料の 吟味がいかに大切かがわかります。 日本酒の世界は奥が深く、そのメカニズムもまだよく解明されていないらしいのです が、日々おいしいお酒を飲みながらの仕事とのアナロジーを考えるならば、それもまた 楽しいのではないでしようか。 自分の得意な分野をベースに、発想を広げていくことによって、アナロジーカが磨か れていくのです。 156
ン 政府機能経済社会 舌生化 ム月 産 援 機化資増支 険強的倍活 保知生 安心・豊かな生活 財政改革 プライマリーバランスの黒字化 国債発行 兆円以下目標 そのために 重点分野を絞り込んだ予算編成 の化 民話 十策明 国対 政透 分かりやすい政治 政策プロセス改革 -z 「冂〕〕 / 今後 赤字国債で な 悪循環を 断ち切る か 年々累積赤字が と 返済 っ 発行 財政 と 含め返済 140
実業界から学界への転身にあたっては、この二年半、野田一夫先生には大変お世話になり ましたし、八木さんからもいろいろとアドバイスをいただきました。八木さんは「知的生産 の技術」が大学の正式科目として認められたこと、そしてそこに永年一緒にやってきた私が 行くことをたいへんよろこんでおられます。 梅棹先生の本が出てから四半世紀を経て、この名著の題名をいただいた講座を持っことを 大変光栄に思っておりますが、一方でどういう方向でこの分野を学問として発展させていこ うかと思案を重ねているところです。 以前より「内定したら梅棹さんをお訪ねしてご報告せよ」との野田先生のご指示もあり、 そのご相談。 こ民博にうかがいたいと思っています。ご指導のほどよろしくお願い申し上げま す。 敬具 平成八年九月一四日 久恒啓一
に上ってまいりました。 野田先生が学長を務められる予定の宮城大学 ( 来年四月開学 ) で知的生産の技術や情報表 現やプレゼンテーションという分野を担当する専任教員としてノミネートされ、九月に文部 省の教員資格審査もパスしました。 四五歳前後という人生の分岐点に立ち、いろいろとこの二年半思いを巡らせましたが、思 い切ってもうひとつの人生を選択する決心をいたしたところです。社内での公表は来月を考 えています。 河村さんの「三菱商事取締役・著名なシャーロッキアン・大学教授」という生き方の高 さ・深さ・広さは、私の目指すところでもあります。ぜひ一度お時間をとっていただき、先 輩としてのアドバイスをいただけるようお願いいたします。 こちらからもお電話を差し上げますので、よろしくお取りはからい下さい。 なお、著書も別便でお送りします。 平成八年九月一一三日 敬具 久恒啓一
第 2 章図解仕事人への道 ことをいうと新聞を全部切り抜くはめになってしまいます。 さまざまな試行錯誤を経て私が到達したのは、自分のテーマを常日頃からはっきりさ せておくのはもちろんですが、ポイントとしては、自分の関心のある分野のグラフや数 字、図解を中心に切り抜いて、記事本文や解説記事には目をくれないという方法です。 記事の主張や解説は、記者や識者といった″他人″が書いたものであり、自分の身に つくものではありません。私たちの情報活動は、知識を増やすためだけではなく、自分 の頭で考えるためのものです。そういう観点からみると、グラフや数字や図解は文章と は違い、そのための材料となる確率が高いのです。 それらを組み合わせながら思考を巡らすことによって、自分なりの考えが次第に醸成 されていく。企画とは新しい考えを創り出すことですから、切り抜いた図やグラフ同士 の関係を考えることが訓練になるのです。 この方法のもう一つの利点は、従来のマスコミの情報伝達方法では文章が主流で、数 字やグラフや図解はその記事を裏付けるためのツマの役割でしかない、そのぶんさほど 量が多くはないので、切り抜きの量も少なくて済むことです。 このように、グラフや数字、図解を中心に切り抜くという考え方で、新聞切り抜きの 135