十三さん襲撃事件の記憶がおばろにあるだけで、実態は少しも知りません。ニューヨークとロ ンドンで勤務したことがあり、欧米の知識は人並みにあります。しかしタイは行ったことはあ るものの、国王やタクシン首相に関する知識は皆無。インドネシアに至っては、行ったことす らありません。 こういうと、今度は「そんなことで新聞は大丈夫か」と心配されたり、「よくもまあ大胆に ニュースを判断できるものだ」とあきれる方がいるかもしれません。 しかし、ご安心ください。私個人の知識に限りがあるのは当然ですが、新聞社総体としての 知識量、情報量には、 かなりの蓄積があります。それは、個々の記者が、どこに行けば正確な 情報を入手できるのか、日夜必死になって追い続けているからです。 学芸部の専門記者であれば、大きな遺物発見のニュースでコメントできる考古学者の顔が、 たちどころに何人も浮かんできます。科学医療部には、コンピュータ 1 技術に関する専門家の 友人を多くもっ記者がいます。社会部には、法律家を大勢知っている司法記者が裁判所クラブ報 におり、警視庁クラブには、暴力団を追う警察官や幹部と親しい専門記者がいます。 こうして、各記者はその道の情報のプロと直結し、正確な情報を聞き出したり、その意味づ第 けを確かめることができるのです。 このように、情報の中身ではなく、「どこに行けば、誰に聞けば確かな情報を得られるの
革命」の特異性なのです。その特徴は四つに要約できます。 一つは、モバイル社会の標語となった「いつでも、どこでも」という「時間と空間の制約の 消失」です。長い間、手紙は、個人から個人に確実に連絡を取る手段でした。時間がかかる以 上にやっかいなのは、送り先の住所が必要なことでした。住宅か事務所、私書箱がない限り、 郵便は受け取れません。 ファックスは時間の壁を越えましたが、先方の器械の近くに人がいなければ、即時に書類を 受け取ることはできません。そこにも空間の制約性はありました。電話が携帯に切り替わって 初めて、この空間の壁は突破されました。そして大容量化したパソコンが、低廉なインターネ ットと結びついたときに、初めて時間と空間の壁の制約は消えたのです。 二つ目は「検索力」の増大です。パソコンには、膨大な情報から瞬時に必要な情報を引き出る え 云 す力があります。かっては有料のデ 1 タ・べースしかありませんでしたが、ネット上の情報の を 報 蓄積と、検索エンジンの発達が相まって、ただで必要な情報が手に入るようになりました。 情 三つ目は「転写性」です。デジタル技術は膨大な情報を瞬時に転写し、複製することを可能章 にしました。転写によって「実物」は劣化することなく、「実物」と「複製」の違いもありま 第 せん。加工も簡単です。複製にはほとんど経費もかかりません。こうした「転写性」は、情報 の流通量を飛躍的に高める結果をもたらしました。
ということもあるかもしれません。他人に頼ま れば、その前後の自分の行動を振り返りたい、 れ、ある日の会合についての記憶を思い出すよう迫られるかもしれません。自分の過去の行動 にかかわるこうした情報は、「インデックス情報」だけを管理して、その指一小する場所に行け ば見つかる、というものではありません。個人のみにかかわる特殊な情報は、公共のストック には残っておらす、自分の記憶に頼るか、あるいは情報在庫のかたちで残しておくほかありま せん。 手帳や予宀疋表は、将来の情報管理には役だっても、過去の情報管理には向いていません。予 定していた会合や約東がキャンセルになったり、突発の事件が起きたり、ことの成り行きで知 らない人に会ったりということが頻発するからです。 日記を書くというのも、一つの手段でしよう。私も若いころから、何度も試みてきました。 しかし、自分の日記を読み返した経験のある方はおわかりのように、日記には、その日に感じ たことや考えたことが記されていることが多く、当時の気持ちや感情、迷いや悩みは綴られて いても、自分が置かれていた客観的な状態については、驚くほど手がかりが少ないことが多い ようです。数年前の出来事を思い出そうとして日記のページを開き、釣られて読み耽るうちに すっかり感傷に浸って最初の目的は忘れてしまう。蔵書の山から必要な本を探そうとして、ふ と懐かしい本の背表紙に目がとまり、読み耽っては時間を忘れる読書家のようなものです。 180
急速に進むデジタル化 情報の収集、分析、伝達と、順を追ってたどってきた「情報のさばき方」についての話も、 そろそろ終わりに近づいてきました。そこで最後は、インターネットを中心とする情報技術 (—e) 革命の時代に、どう情報に接したらよいのか、私なりの考えをまとめておきたいと思 います。初めに、個人的な体験を書くことをお許しください。 一九七七年に私が入社したころ、朝日新聞の東京本社はまだ有楽町にありました。その社屋 の屋上には、まだ伝書鳩の鳩小屋が残っていたーー・そんな話をすると、若い記者は一様に驚 きの表情を浮かべ、あるいは笑い出します。かっては携帯電話などという便利な道具もなく、 公衆電話がない山間部などでは自動車電話か、もっと前では無線だけが頼りでした。もちろん、 無線が届かない地点からは、何の交信手段もありません。地方支局にいたころには、「伝書鳩 を抱えて山岳遭難事件を取材し、鳩に託してメモを送って特ダネを取った」という先輩が、ま 3 社会と情報 232
ディア・リテラシー ( メディア情報の読み取りカ ) を高めるかは、現代に生きる多くの人々にと って急務の課題になりつつあります。 この本では、そうした幅広い人々を対象に、私なりの体験から得た情報力を高めるヒントを、 できるだけ具体的に記そうと思います。五つの基本原則は、情報の入手から発信まで、さまざ まなプロセスにかかわりますから、そのつど、確認をさせていただくつもりです。これからし ばらくは、情報の入手、分析・加工、発信の順序で話を進めていきます。本書をご参考に、ご 本人の技の磨き方や習熟度に応じて、それぞれに合った工夫 ( カスタマイズ ) をしてみる方が 一人でも多く現れることを望んでいます。 一一〇〇六年九月 外岡秀俊 はじめに
てから、そのイメ 1 ジは一変しました。外国の報道記者は、現職の 0—< 職員に接触すること を禁じられ、 ージニア州ラングレーの本部にも立ち入ることはできません。けれど、おおら かといえばいえるのでしようが、退職後の 0—< 職員に取材するのは、比較的簡単です。彼ら 自身、元 0—< 職員や高官の肩書で本や論文を執筆し、寄稿することもあるくらいですから。 ただし彼らも退職時には、現職中の個別の作戦に関する証言や情報提供をしないことを文書で 誓約させられ、論文などの公表にあたっても、当局の検閲が課せられます。 海外で勤務する 0—< 職員は、他の国と同じく、多くは大使館で外交官の肩書をもってステ ーション ( 支局 ) を運営したり、特派員や会社員などの偽装のもとに活動しています。自らが 情報収集活動にあたることは少なく、公開情報を定期的に本部に送る以外は、国内に協力者を 養成して、間接的に情報を入手するのが一般的といわれます。 一般に秘密作戦や謀略を行うのは工作本部ですが、そのスタッフは 0—< 全体一一万一一〇〇〇 人のうち、約四〇〇〇人にすぎません。残りの大半は情報分析、科学技術に関する収集や支援、 行政部門などです。このうち最も充実しているのがスラブ・ユーラシア、欧州、東アジアなど の地域別、科学・武器、資源・通商などジャンル別に区分された情報本部です。私が取材した 0*< 元職員の多くはこの分析部門の出身者で、その実態は、地域の一一一口語や歴史などに詳しい 研究者や、科学技術などに明るい研究者などの専門家集団でした。大学や研究所に籍を置いて 140
りません。一人でも多くの人に情報を伝えたいのであれば、興味のない人にも読んでいただく 工夫が必要です。 ある先輩記者は、記事を書くときはいつも、「一行ごとに、数万人が離れていく」と念じて いるといいます。最初の数行でつますけば、そこで嫌になって文章から離れる人が数万人はい る。次の数行でつまらなければ数万人が読むのをやめ、あらかじめ文章の結末がわかってしま えば、もっと多くの人が次の記事に移ってしまう。最後まで読んでいただくには、並大抵の努 というのです。 力では足りない、 要約を冒頭に、結論はわかりやすく そこで「事」を理解していただく上で重要になるのが、「理」と「情」です。「理」は論理、 「情」は感性に訴える情調を指します。「情理を尽くした文章」という一言葉にもあるように、情伝 に訴え、しかも筋道の通った文章で「事」を伝えるというのが、情報伝達の基本といえるでし報 よう。その際に気をつけねばならないことが二つあります。 一つは「理」に関する注意です。権力は「カの論理」を押し通そうとするのに対し、情報を第 伝えるメディアは、「論理の力」で対抗し、権力をチェックします。しかしその情報が形式論 理の「理詰め」であっては説得力がありません。情報を伝える際の「論理」とは、論理的な整
/ ノートの表紙に「インデックス情報」 / メモの工夫 4 人にムっ 事前準備が欠かせない / 相手の警戒心を解く / 疋田桂一郎さんの「知恵」 複数の人に同じ質問をする / なぜ写真を撮るのか / 取材源を守る / 「匿 名取材源」の許容度 5 真偽を見極めるポイント 一次情報にあたる / 多メディアのクロス・チェック / 予断を持たない / 仮 説を立てる / ケース①伊勢湾台風の被害 / ケース②北アルプス東大生遭 難 / 投手と捕手 / 湾岸戦争の教訓 / ウラを取れ、ロ裏合わせを疑え / 矛 盾を衝く 第一一章情報をよむ 分析に役立っ基本技 情報の「幹」と「枝葉」 / 常に先手を打っ / 米国流分析の技術、「。」 と「。」 / 論点表の効用 / 「オプション」とは何か / 相手の思考方法 112
行けばこのニュースを詳しく知ることができるか」という「インデックス情報」の一つなので す。正確な記事の場合、段落ごとにこのニュース・ソ 1 スを示すのが普通です。たとえば、 「〇〇警察署によると、被害者は同所に住む無職八巻五郎さん ) 。八巻さんは一一年ほど前 に現住所に引っ越し、独りで住んでいた。未明に帰宅し、玄関前で何者かに襲われたらしい。 近くに住む無職男性 ( ) によると、前夜から、近くの路上に白いバン型乗用車が停車して いたという。〇〇署もこの情報をつかんでいる模様で、白い不審車両と八巻さん殺人事件との 関連を調べている。 隣りに住む別の女性 ( ) によると、当時八巻さん方玄関前で言い争うような会話が聞こえ、 八巻さんと別の男性が怒鳴り合う声がした。その後、ドシンという物音がして、八巻さんがう めく声がしたという」 この場合、「白いバン型乗用車」のニュース・ソースは無職男性であり、警察署は「白い不 審車両」としか把握していません。隣家の女性によれば、被疑者は男性で、八巻さんとはまっ たく見ず知らずの仲ではないようです。しかし、この情報は捜査当局が裏書きしていないため、 未確認情報の域を出ません。 このように、正確な記事は、情報ごとにニュース・ソースを明一小するのが普通です。ソ 1 ス を提一小していない場合は、ソースにあたって自ら確かめるか、噂話や流言、記者の勝手な推測
かけて「中国包囲網」を敷いた布陣は、一定の効果をあげた。 4 しかし、もし中国が拒否権を使えば、「国連の一体性」は崩壊し、そもそも日本が目指 す北朝鮮への国際圧力は失敗に終わる。中国も、「伝家の宝刀」としての拒否権を使えば、 それは国際的な孤立、外交上の失敗を意味する。その意味では、日本、中国双方にとって、 「拒否権を使わない」ことを共通目標にするという暗黙の前提があった。 5 こうした点を加味すれば、今回の国連決議は一方の勝利、他方の敗北という結果ではな 、双方が勝利し、双方が譲歩するという「」の結果であったと仮定す ることができる。さらに情報を分析するには、双方が何を獲得し、何を妥協したのかをさ らに精査する必要があるだろう。 む よ 以上のようなことを頭の中で考え、私はすぐに外報、政治部の同僚にこの意見を話し、その を 報 後も分析を続けていただくようお願いしました。 情 もちろん、私の「仮説」が間違っていることも多く、同僚が反対意見を主張するのがふつう 章 です。しかし、そうした議論を経て、「独りディベ 1 ト」は本当の「ディベート」となって深第 まるのですから、そのたたき台としての「。」と「。」は一定の役割を果たした、と い、つべきでしよ、つ。