「オプション」とは何か こうした「」と「」の考え方を、過去の情勢分析にではなく、将来の政策決定 の場に持ち込むとしたらどうでしよう。それが米公文書に頻繁に登場する「選択肢 ( オプショ ン ) 」という手法です。 米国では、ある政策を決定するにあたっては、決定権者に対し、複数の選択肢 ( オプショ ン ) を提一小し、どの政策をとれば、どのようなメリットやデメリットがあるのかを予測してお くのが、ごくふつうの手順です。 具体例で説明しましよう。たとえば米国のニクソン大統領は就任後間もない一九六九年一月、 対日関係と沖縄返還に関する検討に入るよう指示し、関係省庁が三カ月後に報告書をまとめま した。大きな論点は一一つ。一つは七〇年に期限が切れる日米安全保障条約を継続するかどうか。 もう一つは、沖縄返還をすべきか。もしするとしたら、その時期はいつがよいのか。返還は米 軍の行動にどのような影響をもたらすのか、といったことでした。詳細は省きますが、後に公 開された報告書の最終案は、「選択肢 ( オプション ) 」の形で提示されていますから、一つの典 型例として、その結果部分だけを引用してみましよう。 124
が一〇センチ近くの分厚い書類になったのを覚えています。裏付け証拠がないばかりに、せつ かくの魅力ある多くのエピソードも割愛せざるを得ませんでしたが、記事の信頼性を確保する には、そうする以外にはないと考えました。ほとんどは事実であっても、たった一つの虚偽が 混じるだけで、すべての記事の信頼性は失われます。「情報を伝える」ことは、岩登りと同じ ように、真剣勝負なのだと思います。 2 引第三章情報を伝える
外壁を塗り替えるためにハシゴを立てかけ、バケツをもってハシゴ段に足をかけた。ここまで は、少女の行動もペンキ屋さんの行動も、それぞれの因果関係の中で説明できるでしよう。し かし少女の自転車とペンキ屋さんがぶつかり、ペンキ屋さんが白ペンキを頭からかぶるという 結果は、孤立したそれぞれの因果関係の延長では説明できません。そこでは異なる因果関係系 が衝突し、「事件」が発生しているからです。 論理は、孤立した因果関係系のうちでは、きわめて有効にはたらきます。しかし、異なる因 果関係系がぶつかる将来の「事件」を予測するには不都合で、それだけではほとんど役に立た ない、といってもよいでしよ、つ。 しかし、論理がまったく無益であるはすはありません。「すでに起きたこと」については、 きわめて有効な分析手段です。たとえば少女の行動とペンキ屋さんの行動についても、それぞ む よ れの因果関係系を >< とに置き換えれば、一見無縁な >< との間には、「が不注意なまま坂 を を下ったため、その途中で作業しているにぶつかり、が白ペンキまみれになった」という報 因果関係が成立します。 章 実際の出来事は、こうした無数の因果関係系が複雑に絡み、ぶつかり合い、互いにさまざま 第 な作用と反作用を与え合って進展していきます。「すでに起きたこと」を、もつれた糸をほぐ すように一つ一つ筋道を立てて分析し、理解するうえでは、論理はきわめて重要な手段になり
注意すべき点を述べましよう。 一つは、多くの場合、オプションには「現状維持」という項目が含まれる、ということです。 政策決定といえば、何らかの政策変更を連想しがちですが、「現状を選び直す」という「現状 維持」の道も、つねに念頭に置かねばならない選択肢の一つです。 第二は、こうした選択肢の手法は、「想定される限りの可能性を網羅した一覧表」であると いうことです。政策は、思いっきや、行き当たりばったりの状況対応的な弥縫策ではなく、あ らゆる可能性を考え尽くした末の最良の選択でなければならない、という米国流の考え方が、 その基本にあるといえるでしよう。 第三は、政策決定は一連のオプションの連鎖であるということです。先の例でいえば、日米 安保条約の扱いがまず第一のオプションとして提示され、そのうえで在日米軍全体をどうする のか、沖縄返還のタイミングをいつにするかという決定を迫ります。この順序は、政策決定に おける優先順位を示しており、ある決定の先に、次々に道が枝分かれをするという構造になっ ています。ある政策を逆にたどっていけば、政策決定権者が、なぜ、どのようにこうした政策 を決めたのか、論理のプロセスが一目でわかる仕組みです。その政策が結果として間違ってい れば、どの枝分かれで誤ったかが点検できるという意味では、政策の設計図、あるいは配電盤 のような役割を果たすといってよいでしよう。 128
る。 3 緊急時の他の基地の再使用権を条件に、急速に基地体系を、カギとなる海空軍基地 にだけ縮小する。 【沖縄返還のタイミング】 実現可能な一一つの主要な選択肢がある。 六九年中に返還後の米軍基地使用の統治に関する重要な問題について合意すること を条件に、交渉がその時点で終了していれば、七二年に返還することに合意する。 2 六九年に返還に合意して交渉に入り、交渉が終わったら返還する。 【米軍の軍事権】 返還後に米国がもっことのできる最適で明らかに好ましい軍事的な権利は、現在の権 利の継続である。最小限は、日本に現在適用されているのと同じ権利、すなわち日本が 望む「本土並み」である。 【核兵器貯蔵と核作戦の自由】 126
さんは、そうした鋭利な筆の威力に嫌気がさしてか、わざと文章の角をそぎ、徹頭徹尾、事実 をして淡々と語らしむ風がありました。 投手と捕手 「仮説」と「現場」の相克という話題のついでに、私が見聞きしたもう一つの例を挙げたいと 思います。私が初めて特派員に出た一九八九年にさかのばります。 私は以前に留学したこともなく、語学習得の経験もないまま、その年にニューヨークに送り 出されました。数カ月の外報の内勤の後、送別会で、ある先輩にこういわれました。 「きみは海外は初めてだろう。いいことを教えてあげよう。海外の特派員は、いわばピッチャ ーだ。外報デスクはキャッチャーだ。捕手はいつでも、ここがストライク・ゾーンで、次の球む っ はこう投げろ、と指一小してくる。しかし、サインは無視しろ。きみが、これこそが俺の球だと を 思うボールで勝負しろ。それが暴投であってもかまうものか。きみにしか投げられないポール報 を投げるんだ」 章 野球好きのその先輩の言葉を、その後、何度も反芻することがありました。日本では、ニュ 第 ーヨークであれば「摩天楼」や「プロードウェイ」、「グリニッジ・ビレッジ」、「五番街」とい った月並みなイメージがあります。その日本のイメージの「圏内」であれば、記事は大きく扱
ったことがあります。最初のうちは、後悔と打撃の大きさで、数時間も意気消沈してしまった ものです。ところがある時、「仕方がない」と割り切って直ちに打ち直しを始めたところ、頭 の中で構成した文章がほば正確に記憶からよみがえり、数十分のうちに再現できました。集中 して頭に刻んだ情報は、気分が脇にそれて薄らがない限り、かなり正確に復元できることを知 りました。 もちろん、記憶にも限界があります。そこで、録音による正確な言葉の復元作業で、もう一 度メモをプラッシュ・アップします。そうすれば、せつかくのキーワードを聞き取れなかった ことや、数字を間違って書きつけたなどのミスをしていたことがわかります。別の色の字で補 足するのは、後で読み直して、自分のメモ取り能力を一目で判定できるようにしておくためで す。 英語力が鍛えられたテープ起こし 八九年に海外ではじめて特派員を務めたのはニューヨーク支局でした。当時の金丸文夫支局 長は、留学体験のない私に、二つの原則を課しました。第一は、電話が鳴ったら、助手に任せ す、自分で電話を取ること。アポイントも自分で電話するよう言い渡されました。もう一つは、 米国人にインタビューをしたら、これも助手にテープ起こしを頼ます、自分でメモ起こしを作
を決めておいて、その決定に有利な情報だけをつまみ食いしたり、情報にわざと強弱をつけて、 政策を決める理由を補強したりしてはならない。そう彼らは主張します。情報はあくまで、政 策とは独立して扱われるべきだ。そうでなければ、正確な情報提供などできはしないし、情報 を収集・分析する意味すら失われてしまう。正確な情報とは、自動車運転や飛行機操縦に必要 な計器のようなものです。順調に運行しているのかどうか、進路は正しいのかどうか、計器そ のものが恣意的に操作されてしまえば、運行そのものの異常をチェックできなくなってしまい ます。 その第一一は、為政者や情報の提供先に有利な情報だけを流すのではなく、あえて不利な情報 も流す、ということです。権力者は往々にして、耳目に心地よい言葉を求めがちです。さすが に今は、不利な情報を直言する使者を、「不吉」だからといって切り捨てる愚かな支配者はい ないでしようが、諌言や批判よりも、甘言やおべつかを受け入れやすいのは、独裁者に限らず、 世の人の習いでしよう。 一般に、ある組織で高位になるほど、あからさまに批判する下からの声は届きにくくなるも のです。一つには、高位になるほど、批判をそれ以前よりも多く浴びやすいという事情がある のでしようが、かっては謙虚に批判に耳を傾けていた人が、ひとたびある地位を得ると、急速 に自己防衛の壁を厚くし、批判に対し驚くほど鈍感になっていく様は、見ていても痛々しくな 142
とつに、「すでに読者が知っていることを七割書け。ニュース部分は三割でいい」という一一一一口葉 がありました。記者は取材を進めるうちに、その分野での基本知識を身につけ、いつの間にか 普通の人よりも「通」になっていきます。しかし、その分野での真の情報のプロではなく、 「半可通」になっているにすぎません。いつばしの専門家を気取って記事を書けば、普通の読 者には理解が難しく、真の専門家にとっては物足りない読み物になってしまいがちです。すで に知っていることを書けば、読者は「ああ、あのことを書いているのか」と気楽に読み進み、 三割の部分のニュース性を自然に理解できる。それが疋田氏の教えでした。 編集長としての私の役割は、読者の立場にたって、個々の記者に質問することです。 「その意味がよくわかりません」 「もっと丁寧に説明してください」 「本当にそのニュースは確かですか。裏付けは何ですか。あなたの個人的な見立てに偏って、 本筋を見失ってはいませんか」 こう問い続けることで、個々の記者は再度情報のプロたちにあたって正確度を高め、読者に 理解しやすいかたちで記事を磨きあげることができると信じているからです。 そのためには、編集長はむしろ、生半可な専門知識をもっていないほうがいい。半ばは不勉 強な自分に都合のよい言い訳と感じながらも、そう思いながら仕事をしています。 23 第一章情報をつかむ
革命」の特異性なのです。その特徴は四つに要約できます。 一つは、モバイル社会の標語となった「いつでも、どこでも」という「時間と空間の制約の 消失」です。長い間、手紙は、個人から個人に確実に連絡を取る手段でした。時間がかかる以 上にやっかいなのは、送り先の住所が必要なことでした。住宅か事務所、私書箱がない限り、 郵便は受け取れません。 ファックスは時間の壁を越えましたが、先方の器械の近くに人がいなければ、即時に書類を 受け取ることはできません。そこにも空間の制約性はありました。電話が携帯に切り替わって 初めて、この空間の壁は突破されました。そして大容量化したパソコンが、低廉なインターネ ットと結びついたときに、初めて時間と空間の壁の制約は消えたのです。 二つ目は「検索力」の増大です。パソコンには、膨大な情報から瞬時に必要な情報を引き出る え 云 す力があります。かっては有料のデ 1 タ・べースしかありませんでしたが、ネット上の情報の を 報 蓄積と、検索エンジンの発達が相まって、ただで必要な情報が手に入るようになりました。 情 三つ目は「転写性」です。デジタル技術は膨大な情報を瞬時に転写し、複製することを可能章 にしました。転写によって「実物」は劣化することなく、「実物」と「複製」の違いもありま 第 せん。加工も簡単です。複製にはほとんど経費もかかりません。こうした「転写性」は、情報 の流通量を飛躍的に高める結果をもたらしました。