確かな分析の数々 〇三年五月二七日、私はロンドンの福田伸生特派員 ( 当時 ) と一緒に、「イラクの大量破壊 兵器」に関する大型の解説記事を書いたことがあります。イラク戦争の「大義」とされた大量 破壊兵器が、実は元々なかった可能性が高いことを指摘した記事です。その根拠となったのは、 九五年に国連査察機関がヨルダンで行った亡命中のフセイン大統領の娘婿に対する事情聴取文 書でした。大量破壊兵器の開発を指揮したこの人物、フセイン・カメル氏は、事情聴取の中で はっきりと、「 ( 九一年の ) 湾岸戦争後に、すべての大量破壊兵器を破棄するよう命じ、今は存 在していない」と明言していました。カメル氏は、「国連査察は重要な役割を果たした。あな た方は自らを過小評価すべきではない。非常に効果的だった」とすら言っていました。もちろ んカメル氏が、国連をだますために偽情報を流した可能性は捨て切れませんが、彼は翌年には イラクに帰国して殺害されていますから、むしろ真実を話していたと推認する方が自然でしょ報 この記事を掲載した当時、米英軍はまだ大量破壊兵器の捜索を続けていましたから、記事を第 出して間もないうちに、「やはり兵器が見つかった」という情報が飛び込んでくる可能性は十 分にありました。それでも確信をもって掲載に踏み切ることができたのは、「信頼すべき筋」
目でわかるからです。こうした考え方が身についていれば、相手がどのような戦略目標を立て、 どのようなオプション体系をもとに交渉に臨んでくるか、相手側の手のうちについて、一定の 予測もできるでしよ、つ。 米欧相手の交渉にあたって、「ハラを割って話せばわかる」とか、「気迫で相手をのむ」とい った「腹芸」は何の意味ももちません。むしろ自分が望む点、譲れない点を明確にし、相手の 事情をここまで理解しているということを明暸に語る方が、交渉が円滑に進むことが多いよう です。「オプション」の考え方は、自分が交渉ごとに使わないまでも、相手の思考方法を分析 する手法としてはかなりの程度、有効な武器になるでしよう。 自分で「結論」を出してみる あなたがある情勢分析や、予測をする場合、報告書の結論はどう締めくくるでしよう。 「今のところ、こうなるという見通しが強い。しかし、この点がこうなれば、結果は覆る可能 性もある。またあの点がこうなると、そうなる可能性も捨てきれない」 「この占がこ、つなれば、こ、つなるだろ、つ。あの点がこうなれば、そ、つなるだろ、つ。しかしその 点についても注意深く推移を見守る必要がある。事態は予断を許さない」 表現にばらっきはあるにせよ、おおかたはこうした結論になりがちではないでしようか 130
もし自分が最近 < 派に近い立場をとり、派と親しくなければ、③の可能性は少ないでしょ う。しかし①か②を疑う必要があります。逆に自分が派に近いなら、②、③を疑ってかかる べきでしよう。この場合は①の可能性は低くなります。自分が派に近いなら、それを自分か ら伝え聞いた派がもみ消したり、対応策をとる公算が大きいからです。 このように、自分がどのような位置にいるかを知ることが、偽情報や情報操作から身を護り、 発信情報の偏りをただす基本になります。 新聞記者は、「不偏不党」と「客観報道」を職業倫理の二つの柱としています。この二つは 似たような考えのようにも見えますが、実は区別しておかねばなりません。「不偏不党」とは、 どのようなイデオロギーや党派にもくみせず、中立を心がけることです。他方、「客観報道」 とは、どのような偏見や固定観念、情報操作にもとらわれず、ただ事実のみを報道する姿勢をむ っ いいます・。 を ふつうの人に、「不偏不党」を求めるのは困難な場合がしばしばあります。いずれかの政党 や団体を支持し、宗教に帰依するのは自然でしようし、会社員なら会社、公務員なら役所、生 章 活者なら消費者としての立場でものをいい、考えるのがふつうでしよう。しかし、その場合で第 も、情報を「客観的に」扱うことはできますし、そう心がけるべきなのです。どのような立場 にいようと、自分が入手した情報は事実かどうかを確認し、ゆがみや偏りを補正し、つねに客
注意すべき点を述べましよう。 一つは、多くの場合、オプションには「現状維持」という項目が含まれる、ということです。 政策決定といえば、何らかの政策変更を連想しがちですが、「現状を選び直す」という「現状 維持」の道も、つねに念頭に置かねばならない選択肢の一つです。 第二は、こうした選択肢の手法は、「想定される限りの可能性を網羅した一覧表」であると いうことです。政策は、思いっきや、行き当たりばったりの状況対応的な弥縫策ではなく、あ らゆる可能性を考え尽くした末の最良の選択でなければならない、という米国流の考え方が、 その基本にあるといえるでしよう。 第三は、政策決定は一連のオプションの連鎖であるということです。先の例でいえば、日米 安保条約の扱いがまず第一のオプションとして提示され、そのうえで在日米軍全体をどうする のか、沖縄返還のタイミングをいつにするかという決定を迫ります。この順序は、政策決定に おける優先順位を示しており、ある決定の先に、次々に道が枝分かれをするという構造になっ ています。ある政策を逆にたどっていけば、政策決定権者が、なぜ、どのようにこうした政策 を決めたのか、論理のプロセスが一目でわかる仕組みです。その政策が結果として間違ってい れば、どの枝分かれで誤ったかが点検できるという意味では、政策の設計図、あるいは配電盤 のような役割を果たすといってよいでしよう。 128
ニスタンに潜行していると報じており、米軍当局者もその報道を否定していないことがわかり ました。特殊部隊が現地入りしているという情報は、すでに作戦が始まっていることを意味し ており、当然その情報は、アフガニスタンの当局者にも察知されているでしよう。結果として、 新聞で攻撃準備を報じても、取材源に危険が及ぶ可能性は低いと判断し、掲載に踏み切ること にしました。 178
これですべてです。私はまず、それぞれの原稿を出す部の元締めである当番デスクに、記事 の内容を簡単に説明してもらいます。 タイ総選挙はなぜ、やり直しになったのか。外報部デスクが答えます。憲法裁判所が選挙を 無効と判断したためだ、と。では再選挙となってタクシン首相が返り咲く可能性はあるのか。 もしあるのなら、その見通しの根拠はどこにあるのか。 スハルト氏の容体はどうか。万一の場合、インドネシア政局や日本に与える影響はどの程度 あるのか。 続けて、生活部デスクの出番です。メタポリック症候群とは何か。そもそもメタボリックと はどこからきた言葉なのか。男性の半数というが、女性の場合はどうか、年齢別の統計はどう なっているのか。 む 今度は科学医療部デスクが発言します。新薬治療の仕組みはどうなっているのか。欧米の治っ 験データを参考にすれば、試薬開発を短くできて製薬会社にも患者にも便利というが、日本人報 に固有の副作用をチェックする仕組みはあるのか。効率性だけを追求して安全性をおろそかに 章 してはいないか 第 こうした一連の問答の後、次は朝日新聞の一一面で売り物にしている「時時刻刻」という大型 特集記事に移ります。
四つ目は「発信力」の増大です。かって個人が発信できる情報の量と範囲はごく身近に限ら れ、活字印刷であっても頒布するにはコストがかかりました。マス・メディアが力をもったの は、一定の情報を広く送達する装置を握っていたからで、個人のミニコミや対抗文化との大き な違いはここにありました。しかしデジタル革命が起きてから、個人や集団が数万単位の人に 同じ情報を送ることは、もう難しいことではなくなりました。 ZCO 、の登場は、こう した情報発信力の増大とは無縁ではありません。 コアジタル原住民」は社会を変えるか ほとんど無限の可能性を拓いたかに見える「デジタル革命」ですが、こうした変化は、い、 ことずくめとは限りません。いくつかの問題を列挙してみましよう。 第一は、「優先度の崩壊」です。マサチューセッツ工科大学のコンピュ 1 ター専門家に取材 , イカもたらした最大の変化は「緊急性の喪失」だといいまし した際に、その博士は、デジタレヒゞ た。以前は、電報が届けばそれだけで、近親者の不幸か変事があったのではないか、と身構え ました。夜中にかかってくる電話も異常事を告げました。つまり、メディア自体がメッセージ となって、「緊急性」を告げていました。今では、自分にとって最も重要なメッセージも、ジ ャンク・メ】ルも、即時に手元に届いてしまいます。多くのメールに埋没してしまわないよう 236
革命」の特異性なのです。その特徴は四つに要約できます。 一つは、モバイル社会の標語となった「いつでも、どこでも」という「時間と空間の制約の 消失」です。長い間、手紙は、個人から個人に確実に連絡を取る手段でした。時間がかかる以 上にやっかいなのは、送り先の住所が必要なことでした。住宅か事務所、私書箱がない限り、 郵便は受け取れません。 ファックスは時間の壁を越えましたが、先方の器械の近くに人がいなければ、即時に書類を 受け取ることはできません。そこにも空間の制約性はありました。電話が携帯に切り替わって 初めて、この空間の壁は突破されました。そして大容量化したパソコンが、低廉なインターネ ットと結びついたときに、初めて時間と空間の壁の制約は消えたのです。 二つ目は「検索力」の増大です。パソコンには、膨大な情報から瞬時に必要な情報を引き出る え 云 す力があります。かっては有料のデ 1 タ・べースしかありませんでしたが、ネット上の情報の を 報 蓄積と、検索エンジンの発達が相まって、ただで必要な情報が手に入るようになりました。 情 三つ目は「転写性」です。デジタル技術は膨大な情報を瞬時に転写し、複製することを可能章 にしました。転写によって「実物」は劣化することなく、「実物」と「複製」の違いもありま 第 せん。加工も簡単です。複製にはほとんど経費もかかりません。こうした「転写性」は、情報 の流通量を飛躍的に高める結果をもたらしました。
エルト氏本人が名乗りをあげ、ウッドワード記者も著書で取材の内幕を明かしました。これは 記者と取材源との間に公開についての取り決めがあったためでしようが、通常ならば、本人が 正体を明かしても記者は沈黙を守るところでしよう。 しかし、この「取材源の秘匿」の原則にも例外はあります。新聞社内で、ある記者が重要な ニュースを報じようとする場合、新聞編集の責任者はそのニュースの信憑性や確度を測るため、 取材源を知ることが必要な場合もあります。そうでなければ、最悪の場合には捏造や誤報を見 逃すことになってしまうからです。もちろん、この場合にも、ごく限られた信頼すべき人間だ けが、取材源を聞くことになりますが、新聞社全体で取材源を秘匿し続けることは当然の原則 です。 私も、ある省庁の取材で、「取材源の秘匿」について考えさせられた経験があります。取材 班のキャップとしてある極秘事項を報じた際、後輩の取材記者に取材源を聞かなくてはならな い場面が生じました。報じれば、担当省庁は内部の取材源を探るだけでなく、取材記者を監視 下に置く可能性がありました。そこでます他の記者に席を外してもらい、デスクと二人で取材 記者から取材源について聞き、その資料を見せてもらいました。取材記者には当分自宅を出て、 取材源とも接触しないようにさせました。
るか、政権を転覆されます。独裁は一見、限りなく基盤が強固にみえますが、体制の最も弱い アキレス健や不合理な点についての情報が隠されているため、そうした弱点を補ってシステム を漸進的に改善する可能性を失ってしまい、矛盾が極大化した瞬間に、あっけなく崩壊してし まうからです。 企業の粉飾決算をとっても同じでしよう。独裁経営体制を維持するために、見かけの好成績 を装ってその場しのぎの延命を図っても、最終的にはツケが回り、情報の操作や隠蔽工作が露 呈してしまいます。 詰まるところ、情報分析の重要な役割は、ある組織がどのような状態に置かれ、どのような 危機や問題に直面しているのかを正確に知らせる警戒警報としてのはたらきでしよう。そのた め一には、 1 情報分析官は、組織の方針決定とは独立していなければならない。 2 分析官は、その分析の正確さによって評価を受ける。分析の結果が、指導部の意向に沿 っているかどうかを評価の尺度としてはならない 3 情報の政治化を避けるためには、組織に有利な情報を割り引き、不利な情報に、より多 くの注意を振り向けるようにする。 145 第二章情報をよむ