次に考えることは、自分が感じたことや考えたことは一切省き、自分が会った人や取った行 動、つまりは客観的な事実だけを記録する方法です。政治家や財界人には、こうした「備忘 録」や「日録」をつける人が多いように見受けられます。しかしこの方法の問題点は、無味乾 燥な備忘録を書き続けるだけの動機づけが見いだしにくい とい、つことでしよ、つ。誰もが関、心 を持つ高名な人なら、「後世の研究者や伝記作家のために」と思って書き続けるかもしれませ ん。しかし普通の人間にとって、いっ役立つか知れず、結局は無駄になってしまうかもしれな い日常の些事を、こまごまと書き続けるのは苦行に近いものです。では、どうしたらよいのか。 この十数年、私がとっているのは、「備忘録」と「日記」を分離する方法です。ここでも、 基本原則三膨大な情報を管理するコツは、情報管理の方法をできるだけ簡単にすることである。 というのが指針になります。 ルースリーフに一日一行 具体的にご説明しましよう。私は毎日、バインダーに挟んだル 1 ズリ 1 フの紙に、自分の行 動記録を一行に要約しています。たとえばロンドンに住んでいたころのある一日は、こうなっ 181 第二章情報をよむ
では実際にはどんなふうに仕事をしたらよいのか。次に考えたのはそのことでした。職人頭 としての任務はただ一つ、「情報力を高める」ことです。「情報力」とはこの場合、情報の収集、 分析・加工、発信といったプロセスでの総合力と定義しましよう。ひらたくいえば、どうした ら正確な情報を早くつかみ、それを読み解き、読者にわかりやすくお伝えするのかを日夜考え るのが、私の仕事ということになります。その一つひとつの過程で、私が過去に先輩から教わ ったテクニックを吟味し、情報技術 (—e) 社会にふさわしい形に鍛えて仲間と共有できるか どうかが勝負です。 目標と方法論が定まったあと、私は具体的に、先輩から学んだその技術の要点をメモに書き 抜いてみました。おおざっぱにいうと、私はその技術の体系を、いくつかの基本原則にまとめ られると考えました。列記すると左のようになります。 基本原則一情報力の基本はインデックス情報である。 基本原則ニ次に重要な情報力の基本は自分の位置情報である。 基本原則三膨大な情報を管理するコツは、情報管理の方法をできるだけ簡単にすることである。 はじめに
分の情報」です。「いま」を知るためには、その現場がたどってきた過去の歴史についての知 識が欠かせません。「ここに」を知るためには、その土地の地理に関する知識が必要です。 私は新聞記者になってすぐから、赴任地や取材先で知らない土地に行った場合、「地理」と 「歴史」を学ぶ便利な方法を編み出しました。一つは、知らない場所に行ったら、迷わず地図 を手にして観光バスに乗ることです。観光バスは、決まってその町のランドマークやゆかりの 場所を回ります。その町の名所や名跡を知れば、それが町を歩く場合の座標軸となり、どこに 行っても、自分の位置がわかります。 他方の「歴史」について、最もお勧めなのは、小学校の郷土史の副読本を読むことです。町 の成り立ちがわかりますし、小学生の興味をつなぎとめるために、エピソードやコラム、図表 が満載されていて、簡単に読み通すことができます。もう一つは、その町の郷土博物館を訪ねむ っ ることです。どんなに小さな町でも、郷土の歴史をつづる博物館があるのは、私たちの郷土愛 を 報 が、その歴史と密接に結びつき、普遍的な現象となっているからなのでしようか。 情 安直な方法にも見えますが、これが私の「位置情報」の入門編です。知らない町に行く場合 章 は、ぜひ一度試してみることをお勧めします。 第
方法もあるでしよう。なお、東京都世田谷区八幡山にある「大宅壮一文庫」では膨大な雑誌を 保管しており、人名・件名別の四二〇万件もの索引が使えます。 「捨てる」までの試行錯誤 さて、これまで、「情報は物のかたちで保管せず、インデックス情報で記憶する」という方 法を書き述べてきました。実はこの方式を採る前、私は数年にわたって一見正反対の情報管理 を続けてきました。ロンドンで特派員として暮らした三年一二カ月、私は英紙を切り取ってはフ アイルに投げ込み、まさに情報を「物のかたち」で保管してきたのです。 こうしたファイル方式は、一九八九年から九三年まで、ニューヨ 1 ク特派員をした時期に始 めました。米国では新聞といえばニューヨーク・タイムズかワシントン・ポストがあれば、情 報は必要にして十分です。英国ではそうはいきません。少なくともフィナンシャル・タイムズ、 テレグラフ、ヘラルド・トリビュ ガーディアン、インデベンデント、タイムズ、ディリー・ ンといった必読紙があります。六紙に加え、発行部数の多いタブロイドの娯楽紙も数紙は目を 通すのが日常でした。もちろん、全紙を熟読することなどできません。迷った末に思いついた のは、ある記事で最も詳しく報じた一紙を切り取り、紙挟みに入れる方法でした。表題にキー ワードを書き、特定のジャンルのものは一カ所に集めるようにしました。
て先入観を醸成したりする方法です。もう一つは、報道機関に「検閲」を課し、自分に不利な 情報が流れないように制限する方法といえるでしよう。 民主主義国家では前者が、独裁国家では後者が使われがちですが、ときには体制のいかんを 問わす、両方がセットで使われる場合もあります。典型的な例は、戦争でしよう。 一九九〇年の湾岸危機から翌年の湾岸戦争にかけての時期には、米国・クウェート、イラク の双方が、これらの手法を駆使し、「情報戦争」とでもいうべき心理作戦を展開しました。イ ラクがクウェートに侵攻した後の九〇年一〇月一〇日、米下院人権幹部会では、クウェートの 病院から脱出したという女性が、「イラク兵は病院に来て、保育器に入っていた乳児を取り出 して放置し、殺害した」と証言したことがあります。しかし湾岸戦争をめぐる宣伝工作を調査 したハー 1 ズ・マガジン発行人のジョン・マッカーサー氏は九二年、著書『第二の戦線』 む ( 未訳 ) などで、涙ながらにその証一言をした女性「ナイ 1 ラ」が、駐米クウェート大使の娘でよ 報 あったことを暴露しました。 情 新生児殺戮をめぐっては、九〇年一一月の国連安保理公聴会でも、クウェートの外科医が、 章 「私は、保育器を外されて死んだ四〇人の幼児を埋葬した」と証言し、アムネスティ・インタ 第 ーナショナルも一二月、三〇〇人以上の新生児が殺されたという報告をしています。しかしそ の後追跡調査をしたニューヨークの人権団体「ヒュ 1 マン・ライツ・ウォッチ」は、殺戮の事
7 わが被害は小さく、敵被害は甚大 8 知識人も正義の戦いを支持している 9 わが大義は神聖 正義を疑問視する者は裏切り者 ここに見られるレトリックは、人々を「敵」と「味方」という抽象的集団に二分し、「敵は 殺せ」という命令法に向けて憎しみを駆動する心理回路をつくる方法だといってもよいでしょ う。ここでは懐疑精神がまず犠牲にされ、「われわれ」の絶対的正当性と、「敵」の類い稀れな 悪辣さとが、光と影のように対置されています。「敵」の側も、まったく裏返しのレトリック によって人々を戦争に動員することが多いのですから、これはイデオロギーや思想を問わす、 共通して使われる宣伝の手法だといってもよいでしよう。危機にあたって私たちは、こうした レトリックの轍にはまらぬよう、つねに批判と疑いの精神を保ち続けなければならないと思い ます。 湾岸戦争での報道統制 世論を誘導するもう一つの「からくり」は「検閲」の手法です。 172
意見として各論点を整理し、それぞれの見方のどちらが説得力をもっかを比較考量してみるの が、この「 0 」と「 0 」の方法です。 この場合、注意すべき点がいくつかあります。箇条書きにしてみましよう。 各項目には、できるだけ「事実」や「情報」を書き、推測や憶測はまじえない 2 初めからどちらかの結論を立てて議論を誘導するのではなく、あくまで価値中立を厳守 する。 3 各論点ごとに対照できるように表をつくる。相手の論点に対する主張や事実がなければ、 空白のままにしておく。 このようにして「」と「」の論点表を作っておくと、情勢分析はより的確なも のになります。 大半の場合、それぞれの見方には一定の論拠や証拠があり、どちらかが正論で他が邪論とい う明快な線引きはできません。「。」の立場を主張する人 ( たとえば政府 ) もいれば、「 。」を主張する人 ( たとえば野党 ) もいるでしよう。専門家や有識者の中には、「。」の 立場に身を置きつつ、「。」の指摘の一部を支持したり、逆に「。」の側に立ちつつ、 121 第二章情報をよむ
かを確認したうえでの掲載です。 このように、「レバルス・べイの白い砂浜」、「午前十一時、快晴」、「三人の人物」という事 実関係から、「白い浜辺に、短い三つの影が落ちた」という描写を導き、それを取材相手の確 認を経てまとめる手法が、「三角測量」の応 の第・、に一当第がをつ 物 用です。三」ハ回の「物語」は、大学ノートで →港 第島当第ッ ( ーにいを 香 第 - 、い、物を総 2 、餮下編け 一〇〇〇ページを超えるメモを、「三角測 ャ再参らを愛めて物を 載 量」で再構成した結果でした。 製に当し ~ 気亠はやみと發彎を れ - 物、と 0 を第第・をを しまれを第リしを 2 め 9 は・州ドまにいう „s ド窿をみ第い民の 月 「三点保持」によるスクリーニング 興川 0 を . まを 0 ? 与 0 め第 を一 み 5 物第ⅱり第を第をい物第 これとはまったく逆に、相手の証言を精査る を、第物長で駅を・み し、確かな情報だけを「事実」として提示す伝 一こ一」とい誓ャ、第縄 働年体にイリ人スをな 刳る方法があります。「二点を取材して、残り報 【第」一と鰺当、ゞ ~ 第 参日 にご「れ一びいはなさ を朝の一点を定める」という「三角測量」と区別章 第目するために、私はこの方法を、「三点保持の第 測回 原則」と呼んでいます。これは、岩を登攀す つん 三第 のるときに、両手足四点のうち、つねに三点を い物一一「 ? をが・第「フ編等第・第ーをイ第リ一 、新第られを一み第を第を第遥 蹇第 ~ 見ー「を物をン、い , ! 当、さ % い郵 第めた、、い々のい当、第を 一久は第【つ、第、き製「第のいすれわめみ 一 - は - 内で挙を第リ第物愛 1 を驫すを かさ、新な川求引 4 一と 0 第・ヂ第めて鷲人鑿 ・、しいを ′は“する、産、って 11 ル 十いの第えた・島を物、し あの男女 3 ス 奮いル第わせ都つを
情報の「幹」と「枝葉」 前の章では、どのように情報を収集するかについて書いてきました。この章では、入手した 情報をどのように分析し、管理していくかについて、私なりの経験をもとにいくつかのヒント を述べさせていただこうと思います。情報分析といえば堅苦しく響きますが、実は私たちが 日々、日常で行っている作業にすぎません。たとえば学生であれば、講義の前後に書くレポー ト、勤め人であれば、日々の業務について書く報告書や情勢分析がその例です。文書の形でま とめない方でも、毎日記録しているメモや家計簿などを前に、自分の日常を振り返り、これか らどうしたらよいかを思案するというのは、ごくありふれたことでしよう。ここでいう情報の 分析と管理は、無意識のうちに日々行っているそうした作業を少しだけ抽象化し、距離を置い て眺めてみる方法論のヒントだとお考えください。 さて新聞記者の場合、情報分析には二つの段階があります。一つは、さまざまな形で収集し 分析に役立っ基本技 112
物としての情報を捨てる 先に書きましたように、私は一時期、名刺の裏を使って「インデックス情報」をカード管理 しようとしました。ワープロやパソコンが導入されてからは、データ・べースのソフトを買っ てキーワード検索ができるような「インデックス情報」管理を目指した時期もあります。いず れも途中で挫折しました。入力に時間や手間ひまがかかり、その割に使用する頻度が低い情報 管理は、効率が悪く、多くの場合は管理の仕組みを構築する途中で投げ出してしまうことにな ります。ここで思い出しましよ、つ。 基本原則三膨大な情報を管理するコツは、情報管理の方法をできるだけ簡単にすることである。 「インデックス情報」で重要なことは、物の形で情報を管理しようとしないことです。極端な ことをいえば、記憶だけに頼るようにすることです。蔵書は必要ありません。あの本のどこか に、自分が必要とする情報があったはずだ。その記憶だけでいいのです。新書や文庫本なら、 多くの場合、近くの図書館や大型書店に行けばその日のうちに入手できます。絶版や品切れの ために入手できない本は、古書店が運営するインターネット・サイトで検索注文すれば、数日