凍結した道路で急プレーキをかけたり、急ハンドルを切ったり、とにかくあらゆる乱 暴な動作を試してみた。おかげで一八〇度スピンしたり、延々とスリップしたり、たい ていの恐ろしい目にはあった。でもいつも週末で人影も車影もない、広々とした郊外の ビジネス団地の道路でやっていたから、実質的な危険はなかった。せいぜいアスファル ト道路から野原に飛び出したり、木の柵に軽く車体をぶつつけるくらいだった。こんな 無茶苦茶なことは、日本にいるときはとてもじゃないけれどできなかった。 れ それで結論としてひとっ思ったのは、「雪道をうまく走れるようになるには、雪道を え てしつばい走って、ひととおり危ない思いをしてみるしかないんだな」ということだった。 いろんな運転操作の、どこまでが安全でどこからが危険なのか、そのポイントは自分の 体で覚えるしかない。だから今では雪が降っても、運転するのはそれほど布くない 堂 こからか危ないとい、つことかわかっているから、逆にそんなには布くないのだと田 5 、つ。 上いざとい、つときに <<ß2()n かどんな利き方をして、スピンしそ、つになったときどんな風に ンドルを男れよ、 ) 、、 : ししカそういうことも実感としておおよそ掴んでいる。僕はぜんぜ ん運転のうまい人間ではないけれど、その手のことに対しては全般的にけっこう研究熱 心ではある。暇だ、という要素もかなり大きいですけど。 112
いるのが、いちばん妥当な空中浮遊のあり方であるように僕は感じる。 というのは十五年くらい 僕はこのパタ 1 ンの夢を昔から定期的に見ているらしい 前にも、この夢についてのエッセイを某朝日新聞に書いたことがあるからだ。そこにも ちゃんと「僕は空中に浮かぶ夢を昔からよく見るーと書いてある。とすると僕は、思い 出せないくらい昔から延々と、同じようなパターンの空中浮遊の夢を見つづけてきたと からた たいうことになる。そして夢とはいえ、その浮遊感覚は僕の身体にかなりしつかりと染み 着いてしまっている。だからオウムのアサハラさんが空中浮遊だか浮揚だかできるとい え 鍛う話を初めて耳にしたとき、信じるとか信じないとかそ、ついうことよりも、「だから何 になんだ ? 」と僕はまず思った。空中浮遊は僕にとっては決して特別なことでも異様なこ とでもないからだ。そんなこと僕にだってできる。もちろん夢の中でだけれど。 堂 空に浮かぶ夢を定期的に見ることが精神分析的にどんな意味を持つのか、僕は知らな 社いし、とくに知りたいとも思わない。この夢に関しては分析的な意味なんてたいして重 要ではないだろ、つとい、つ気がするからだ。こ、つい、つことを一一一一口、つとちょっとアブナイかも しれないけど、むしろこれは純枠に啓示的な種類の夢じゃないかとさえ思う。ひょっと していっか僕は本当に空中に浮かべるのではあるまいか。もしそうなったらいいだろう なと思う。というのはたとえ夢の中とはいえ、意味も目的もなく空中にふわっと浮かん でいるのよ、形容しがたく気持ちの良いことだからである。思わず顔がほころんでにこ
ハイ、不ケン・ビールの 優れた点について 、 0 日本でガソリン・スタンドに入ると、ど、つい、つわけか やたら威勢のいい従業員をそろえているところがある。 何も言わずにぶすっとしているよりはいいのかもしれな あいさっ いが、怒鳴るような大声で挨拶されたりお礼を言われた り、深々とおじぎをされても、僕なんかは正直言って困 ってしまう。高校野球をやっているわけじゃないんだか ら、ガソリンくらいも、っちょっと静かに理曲的に入れて もらいたいと思う。初めて日本でガソリン・スタンドに いきなり大声で怒鳴りつけられて腰を 入った外国人は、 抜かすんじゃないだろうか。なんだか『戦場のメリーク リスマス』みたいな光景ですよね。このあいだも車を運 転していたら、「日本一大きな声であいさつをするガソ リン・スタンドという広告看板を見かけた。もちろん こんなところに僕がわざわざ入るわけがない。まったく もう何を考えているんだか、である。日本一大きな声で あいさつをするからといって、それがいったいどうした とい、つのだ ?
空中浮遊クラブ 通信② 少し前に「僕はよく空中浮遊する夢を見る」というこ とを書いたら、それに対する反応がまわりからいくつか あった。 ます最初は「週刊朝日」のこのコラムの担当者である イガラシさんで、彼も昔から一貫してよく空中浮遊の夢 を見るらしい。おい、朝日新聞社に勤務する人間が気安 く空中浮遊の夢なんて見ていいのかよと僕なんかは思う きせん のだが、 とにかど、僕と まあいいや、職業に貴賤はない。 同じように空中浮遊の夢をよく見る新潟県出身のイガラ シさんである。 ところでこのイガラシさんの場合は、空中浮遊の高さ はいつも決まっておおよそ二メートル、部屋の天井近く をふわふわと漂っているらしい。それに反して僕の場合 は、この前も書いたようにだいたい地上五十センチくら いのところまでしか上がらない。そんな話を聞くと、筆 者である僕がたかだか五十センチで、なんで担当編集者 ( といえば丁稚同然 ) のイガラシ ( 以下敬称略 ) が二メ でっち
蠏なんてあるんでしようか。石川県には「ダイコン」という名前のホテルがあって、ダイ コンがクロスした図柄の看板が道路沿いに出ているそうです。ディープですよね。 三重県には「おしゃれ共和国」と「はいから共和国」という双子ホテルがあるんだそうで す。看板が二つ出ていて、こっちが「おしゃれ」で、こっちが「はいから」なんだって。 前に立ったら、さてどっちに入ったものかと、深く悩んでしまうところですね ( 笑 ) 。 ①それは困ったね ( 笑 ) 。そう言われるとけっこう悩みますね。僕は、そうだな、 れ まだおしゃれ共和国のほうがいいかな。 え て④じゃあ僕はこっちのはいから共和国に入りましよう。それでは水丸さんがんばっ てください、またあとで : 、なんて意味のない冗談を言ってる場合じゃないですね。 丁稚私はまだのことが、なにか頭にひっかかっていて : 堂 ④続けます。兵庫に「ネコまぐれ」というラプホテルのネオン看板が出ていたそう とくめい 社です。ネコまぐれ ? でもこの方 ( 大阪市会社員・匿名希望 ) が何だろうと近くによっ てよく見たら、ただ「ネコの気まぐれ」の「の気」が消えていたんだそうです。紛らわ しいからちゃんと補修しておいてほしいですね、こういうのは ( 笑 ) 。しかし「ネコま ぐれ」って、宮澤賢治の世界に入ったみたいで何とも一一一一口えずいいと思いませんか。事後 に煙草に火をつけて、「ああ、けふもまたこうしてネコまぐれをしてしまった」なんて つぶや ふと呟いたりすると、胸にじわっと沁みるところがあります。もともとの「ネコの気ま
とにするようなサービスは、とてもサービスとは一一一一口えないのではないでしようか。私たちはそれ なりの代価を支払ってテープルに就いているのです。そして私たちは食卓で何か無理なことを要 わがまま 求したり、我儘を言ったり、偉そうな態度をとったりしたわけではないのです。 貴店にとってはどうでもいいことかもしれませんが、私は会社の接待費で飲み食いをする人間 ではありません。自分の手で稼いだ「身銭」を切って、「さあ今日はひとっーーで美味しい食事 を楽しもう」とそれなりの決心をしてやってくる一人の人間です。友人とともに、「ま、たまに ( いいか」とささやかな一夜の祝祭を求めてやってくる、ごく当たり前の人間です。そのために、 しめたくもないネクタイだってちゃんとしめたのです。個人的な話で恐縮ですが、私は今年にな 例 実ってまだ二回しかネクタイをしめたことはありませんし、貴店での宵はそのうちの貴重な一回だ 紙 ったのです。 手 の そのよ、つなまっと、つな心持ちが、思いもよらず裏切られるとい、つのは、私にとってはまことに 情 苦 残念なことです。夕刻に抱いていた華やいだ気分が、ゆえもなく目の前で薄らいで消えていくの を見るのは、あまりにも切ないことです。たとえそれが、我々のこの限定された仮初めの人生に おいて、しばしば起こりがちなことであったとしてもです。 最後になりますが、料理に関してはまったく文句はありませんでした。 337 村上春樹拝
342 対談◎村上春樹 / 安西水丸 春「なにやってんだか、まったく、ですね。 水「まあ、まだそこまではいかないだろうけ りゅうじん でもさ、温泉って場所によってそれぞれ用途適 じつは和歌山県の龍神温泉というとこ ろに行って、ついこのあいだ帰ってきたばかり性みたいなのがありますよね。たとえば、 ( 1 ) なんです。ここは田辺から山の中に一時間くら 一人で行くべき温泉、 ( 2 ) 家族と行くべき温 い入ったところにあるんだけど、ひなびた温泉泉、 ( 3 ) 愛人と行くべき温泉、とか」 水「そうそう、龍神なんてまさに一人で行く というか、秘湯です。旅館は小さいんだけど、 かぎ 温泉はすごくよかったね」 べき温泉です。部屋には鍵もなくて、襖ですっ だいほさっとうげ 春「それってひょっとして『大菩薩峠』に出とそのまま開けられちゃう。緊張しちゃいます よね。そのぶんスリルがあるっていえば、あり てきた龍神温泉ですか ? 」 つくえりゅうの 水「そうそう、あの山奥の龍神温泉。机龍之ますが、ふふふ」 助が目を悪くして湯治に来るところです [ 春「スリル・シ 1 カ 1 の愛人だといいんです 春「じゃあ水丸さんは、平成の机龍之助としね。じゃあ、普通の一般的な愛人同伴向けの温 て湯治場でどっかの後家さんを迷わせてきたと泉っていうと、具体的にどのあたりになるんで しよ、つ ? 」 水「やはり伊豆あたりじゃないかな。たとえ 水「いやいや、そんなことは ( 笑 ) 。まあ、 それに近いことは、ときおりありますけど ば部屋の中に専用の露天風呂がついている旅館 ふすま
かは知らないけれど、雰囲気的にいささか露骨ではないでしようか ①要するにラプホテルって、これはラプホテルだなってわかる名前じゃないと駄目 なんだよね。ばっと目を引かなくてはならない。だから多少変なものの方がいいんです。 芸能人が芸能人っほいカッコウをしたり、やくざがやくざっほいカッコウをするのと同 じなんですね。 というのが見え見 決①なるほどね。だから何でもありなんだと。しかし目立てばいい 賞えだと、ちょっと辛いですよね。もう少し味わいみたいなのがほしい。 可愛い名前のほのばのラプホテル路線というのもあるようです。少しあげてみます。 の 「おひるねラッコ」 ( 福岡・寝てるばあいじゃないだろう ) 、「黄色いくじら」「ピンクの象」 ( 京都・みなさん健康には気をつけましよう ) 、「妖精が忘れた緑の時間」 ( 中国自動車道有 馬ロ・うううう、つ : : : ) 、「ぼくんち」 ( 茨城・急にそう言われてもなあ ) 、「 3 ねん 2 くみ」 ( 石月・小道具なんかは置いてあるのか ) 、「勉強部屋」 ( 福岡・人生たしかに学ぶべきこ とは多い ) 。 マ 本 あと変わったところでは「すしゃのとなり」 ( 奈良の国道号沿い・わかりやすいけど、 もしスシ屋がなくなったらどうすんだ ? ) 、「いつものところ」 ( 石川・待ち合わせに便利 おぶせ ですね。しかし石川県が多い ) 、「無人島」 ( 長野小布施・信州の無人島というのはミスマ ッチで悪くない ) 。小樽市には「のうきよう」というホテルまであります ( 笑 ) 。農民割引
うさぎ んでしまうことになる。白い兎と黒い猿がジョニ ・テイロットソンの「キューティ ハイーを歌いながら春の野原を駆けめぐっているのどかな夢の世界へと のどかなんだかよくわからないけど いざなわれて、僕に会いたがっているという綺 麗な女の子とは無縁のままに終わってしまう。 しかしもし仮に水丸さんの一一一口、つことがほんと、つだとしても、誘われるがままにほいほ い女の子と会ったりしたら、これはきっとただでは済まないだろうなという気がしない れ ではない。 もうかれこれ十年くらい前のことだが、僕は水丸さんに、当時青山にあった え て訳のわからない無茶苦茶ワイルドなクラブに連れて行かれたことがある。そこには綺麗 にな元気のいいお姉さんたちがいつばいいて、みんなでお酒を飲んで、明日の朝には世界 が終わる「たいな感じで、わあわあと楽しく騒いでいた。「い 0 たい何なんだ、ここ 堂 は ? と田 5 っておそるおそるビールを飲んでいたら、女の子の一人が僕に「ねえダンス と回避していると、 上しましよ、」と言ったので、「いや、僕はそういうのちょっと : 水丸さんが厳しい顔で、「あのさ、村上くん、そういうのは気持ちよく踊ってあげるの こほんというので、 か礼儀と、うものなんだよ。女の子に恥をかかせちゃいけない。 そのころはまだ僕も若かったし、世間の布さというものをよく知らなかったし、「そう か、それが礼儀というものなのかーと思ってちょっとっきあったのだけれど、しばらく してから青山近辺で「村上はああ見えて、女の子と濃厚なチークダンスをするのが趣味
繝しみて知っていたのだ。そのようなアンビヴァレントな ( どちらにも本当には属せない という ) ほろ苦さのようなものが、彼の人柄にも、作品にもしつかりと拭いようなく見 受けられるような気がした。 僕も、ささやかなりとはいえ肉体労働を毎日毎日七年間続けていた人間として、その 気持ちはよくわかる。ひしひしとわかる。そしてまた、僕の会ったカーヴァーは知的で たシャイな大男で、物静かに話をし、好奇心に満ちて、目をきらきらさせた少年のような ら人物だった。僕はその人のことが、一目で好きになった。 てそんな思いや記憶があれこれ一緒になって、僕はカーヴァーの登場人物を「僕」とい う人称で訳してしまうことが多いようだ。すべてがすべてそうではないけれど、その方 れか作中の人が自然に動き出すように感じられるケースが多いのだ。それはあるいはある 瞠程度まで、僕自身の心持ちの投影であるのかもしれない。もしそれが「誤訳」であるの しいとさえ思っているのだ 社なら、僕は進んでその「誤訳ーを背負って、それに殉じても、 けれど :