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検索対象: 転落・追放と王国
150件見つかりました。

1. 転落・追放と王国

く息をして、爽やかな光を飲んでいた。青天井のもとに今すっかり黄色を帯びつつある、その親 しい大きなひろがりを前にして、彼のなかには一種の興奮が生れていた。二人はさらに一時間歩 いて、南へ降りた。もろい岩石から成る平たい高みに着いた。ここから高原は下りになる。東は、 や 若干の疥せた樹木が見分けられる低い原野に向い、南は、風景に苦しけな外観を与える岩山のた たなわりに向う。 ダリュは二つの方角を調べた。地平には空しかない。人影一つ見えない。彼はアラビア人のほ うを向いた 男は訳もわからすに彼を見つめていた。ダリュは男に包みをさしだした。「持って 王行け。棗とパンと砂糖だ」と彼は言 0 た。「これで二日分だ。ここに千フランある」アラビア人け と包みと金を受取った。しかし、品物をのせた両手を胸の高さにひろけたままでいた。与えられな 放ものをどうしていいかわからないとてもいうように。「さあ見ろ」と教師が言った。彼は東の方 遉角をさし示した。「あれがタンギーへの道だ。歩いて二時間かかる。タンギーには役場と警察があ る。彼らはお前を待っている」アラビア人は東を見た。しつかりと包みと金とをかかえたままで いた。ダリュは男の腕をとって、乱暴に四分の一だけ南へその男をまわした。二人が立つ高みの やまみち 足もとに、わすかにそれと知られる道が見分けられた。「あれが高原を横切る山径だ。ここから一 おぎて 日歩けば、草原に出て、遊牧民にぶつかる。連中は、その掟に従って、お前を迎え、お前をかく ろうばい まってくれるだろう」アラビア人は今ダリュのほうを向いた。一種狼狽の色がその顔に現われて 2 いる。「聞いてくれ」と男が言った。・ タリュは頭を横に振った。「いや、黙ってろ。さあ、お前を

2. 転落・追放と王国

リで弁護士をやって Ⅷなたに妙に愛着を感じていたんですが、やはり意味があったわけですな。。ハ るとはねえ ! われわれが同じ種族だくらいは知っていましたがね。われわれはみな似ているの じゃないですか ? ひつぎりなしに、誰にともなくしゃべりまくり、答えはわかっているくせに、 年じゅう同じ質問の前に立たされてね ? さあさあ、話しなさい、セーヌの河岸で、あるタ暮、 あなたの身になにが降りかかったか、そしてどうやって、あなたの一生を危険にさらさすにすむ ようにやってのけたか。あなた自身の口から言ってしまいなさい、ほら、あの言葉、何年来わた しの夜な夜なに鳴り響きつづけた言葉を。ああ、ついにわたしはあなたのロを通して言うんだ、 〈おお、娘よ、もう一度水に身を投げてくれ ! そうすればわたしは今度こそ、わたしたち二人 と 追が救えるかもしれない ! 〉今度こそ、か。どうですね ? なんて軽はすみだ ! ね、先生、考え 落てもごらんなさいよ、これが言葉どおりに受取られたら ? 仕方がない、やらなくちゃなるま い、うわあーっ ! 水は冷たいそ ! しかし心配無用 ! 今じや手遅れだ。これから先だって、 ずっと手遅れですよ。ありがたいことにー

3. 転落・追放と王国

せんでしたか ? オランダの空は何百万という鳩だらけで、見えないほどの上空にいて羽搏きを し、一挙に上昇したり下降したりして、空中を風のまにまに舞う灰色がかった無数の羽でいつば いにしてしまう。鳩たちはあの高みで待っている、一年じゅう待っているんですよ。陸の上を舞 っては下を眺め、できれば降りたいと思っている。だのに、海と、運河と、看板だらけの屋根の ほかはなにひとつない、翼を休める人の頭もないのです。 わたしの言いたいことがおわかりになりませんか ? 正直いって疲れてるのです。自分でもな 落にを話しているのかわからない。わたしにはもう、友人たちがしきりにほめそやしてくれた頭の するどさというものがなくなってしまいましたよ。今友人たちと言いましたけど、これは慣例に 従っただけで、わたしにはもう友人なんそいません。わたしには共犯者がいるだけです。そのか わり人数は増えました、入類全体がそうなんですからね。人類全体のなかでも、まずあなたが第 転一。そばにいる者がいつだって第一ですよ。友達がないことがどうしてわかるかですって ? 至 極簡単ですよ、そんなこと。わたしがそれを悟ったのはあるとき、友人たちに一杯食わせてやれ、 まあ言ってみればやつらを懲らしめてやれと思って、自殺を考えたときなんですがね。だが待て よ、どいつを懲らしめるんだ ? ひっくりするやつはいても、懲らしめられるやつなんそひとり もいまい。というわけで、わたしには友達なんそないとわかったんです。もっとも友達があった にしたって、どうということもありませんがね。わたしが自殺したあとでやつらの顔を拝めると でもいうのなら、そりやむろん骨折り甲斐もありますが。なにしろ地面の下は真っ暗闇。ねえ、お

4. 転落・追放と王国

落 もわたしは出かけなくちゃいけな、 もっともわたしの感傷や逆上をあまり信用し 。し。い、静かにしますよ。心配しなさんなー ちゃいけない、ちゃんと目的に添ってるんですから。さて、これからあなたが話をはじめる番だ。 それでわたしの刺激的な告白が目的の一つに達したかどうかわかるというもの。実をいうと今も かど わたしは、この話し相手が刑事だといい 、「潔白な裁判官」を盗んだ廉でわたしを逮捕してくれ ればありがたい、そう思っているんですよ。他のことについてなら、誰もわたしを逮捕などでき ない。ね、そうでしよう ? ところが一、の窃盗だけは、こりや完全に法律に触れるんだし、わた しが共犯になるように、万事仕組んである。この絵を隠匿しておいて、見たい者には見せていま さいさぎ すよ。そこで、あなたがわたしを逮捕してくれると、幸先がいいんですがね。たぶん、あとは誰 かが引受けてくれますよ、たとえば、わたしは首を斬られるかもしれない、そうなったらしめた 鉄もの、わたしはそれつきり死ぬのを怖れる必要もなくなって、救われる。そのときはね、集まっ た民衆の頭上に高々と、まだなまなましいわたしの首を掲けてくださいよ。やつらによく見える ようにね。それに、わたしがふたたび、見せしめとなってやつらを支配できるようにね。そうな ればなにもかも終りとなる。誰からも見られす知られす、わたしは荒野に呼ばわり、そこからで るのを拒む偽予言者の生涯を、見事に終ることになる。 いや、わかっていますよ、あなたは警察官じゃない。それじゃあまり話がうまくゆきすぎる。な んですって ? ほほう ! やつばりそうですか、いや、そうじゃないかと思っていましたよ。あ 129

5. 転落・追放と王国

おば どなっていた、その声は今でも憶えてますよ。 つまらんことだ、とおっしやるでしよう ? そうかもしれない。ただね、こいつを忘れるまで にだいぶひまがかかった。これが大切なんです。仕返しもせすになぐられっ放しだったけれど、 臆病だったわけじゃない。両方から難詰され不意を打たれて、なにがなんだかわからなかった、 相手はこちらの混乱につけこんだだけだ。だのに、名誉を失ったみたいにわたしは惨めだった。 しゃ 今でも忘れないのは、群衆の皮肉な視線にさらされて車に乗りこんだ姿です、わたしがとても洒 れ 国落た青の背広を着こんでいたので、群衆はなおのこと歓んでいた。〈間抜けめ》と言われても当 と然のような気がした。つまり公衆の前でおじけづいたのと同じだ。事情が次々と起ったからだと 追いうことは事実だけれど、事情というやつはいつだってありますからね。あとになって、こうす 落べきだったとはっきり気がついた 。痛快な一撃でダルタニャン君をぶつ倒す、車にとび乗ってわ たしをなぐった野郎を追いかける、追いついたらオートバイを歩道に追いつめて、やつをひきす りおろす、はなはだやつにふさわしいめった打ちを食らわすとね。わたしはこのフィルムを、多 少の変化をつけて、なんどもなんども頭のなかで繰返してみた。しかしもう遅すぎた、で数日は いやな気持をなめさせられたというわけです。 おや、また雨が降ってきた。よかったら、あのポーチのかけで休みませんか。ええ。どこまで でしたかね、話は ? ああそうだ、名誉の話でしたつけ ! さて、この事件を改めて思い出した とき、それがどういう意味なのかはっきりわかりました。要するに、わたしの夢想だって事実の

6. 転落・追放と王国

175 あらゆる生の泉であり、爽やかな水である。口を冷やし胃を燃やす薄荷のように爽やかな。 私はそのとき変った。奴らはそのことを理解した。奴らに出会うと私はその手にくちづけた。 さんたん 私は奴らの身うちに入った。倦ます奴らを讃嘆した。私は奴らに信を置いた。奴らが私を傷つけ たように、私の仲間を傷つけることを期待していた。宣教師が来ることを知ったとき、私は自分 がなすべきことを悟った。他の日々に似たこの日、あれほど前からつづいてきたこの同じ目のく らむような日 ! 午後の終り、一人の監視人が現われて、窪地の高みを走るのが見えた。数分の 後、私は、扉を閉ざしたままの物神の家へ連れていかれた。奴らの一人が、闇のなかで十字の形 いた。とついに、わけの 沈黙が長くつづ 王の剣でおどかしながら、私を地べたに押えつけていた。 とわからぬ物音がいつも静かな街を満たした。その声を聞き分けるのにしばらくかかった。その声 ゃいば 放は私の国の言葉を話していたからだ。が、それが響き渡るやいなや、刃の先が私の目の前に降り 追た。監視人は黙ってじっと私を見つめていた。そのとき二つの声が近寄ってきた。その音はまだ 私の耳に残っている。「なせこの家には番人がついているのか、中尉さん、扉を打破るのか」と 一瞬の後、「協定が結はれた。街は二十 一方の声がたすねた。「違う」ともう一人が短く答えた。 名の守備隊を受入れた。ただし、囲いの外に野営し、ここの風習を重んするという条件で」とっ け加えた。「装甲をはすす条件でか」と言って兵隊が笑った。士官にはわからなかった。とにか くはじめて、奴らは子供の手当のために一人の男を受入れることを承知したのだ。それは軍僧だ ろう。そのあとで管轄地域の問題ということになろう。「もし兵隊がここにいないとしたら、奴 はつか やみ

7. 転落・追放と王国

ものを見いだせなかったからである。彼の内の芸術家は、闇のなかを歩いていた。どうして真の 道など教えられたろう。しかし、彼はじきに、弟子というものは必すしもしきりに何かを学はう とする者ではないことを悟 0 た。むしろしばしばこれに反して、その師を教育しようという無私 の喜びのために、ひとは弟子となる。以来、彼は謙虚にかかる光栄が増えるのを受入れることが できた。ョナの弟子たちは彼に彼の描いたものを、その理由まで、長々と説明してくれた。こう してョナは、自分の作品のなかに、自分で少々驚くほどの数々の意図を発見し、自分ては描かな かったつもりの数多のものを発見した。自分を貧弱だと思っていたのに、その生徒のおかげで一 国 王度に豊かにな 0 たのを感じた。時にはそれまで知らなか 0 たあまりの富を前にして、ちょ 0 びり と高慢の心が湧きそうになったりした。「とにかくそれは真実なのだ」と彼は心につぶやい 放ちばん奥にある、あの顔、それしか見えない。間接的人間化について語るとき、彼らの言おうと 追するところは、己にはよくわからない。しかし、それの効果によって、己はさらに進歩したのだ」 しかし程なく彼は、その星に関するこうした窮屈な抑制を追い払った。「先に進むのは星だ」と とど 彼は言った、「己はルイズと子供たちとのそばに止まる」 弟子たちにはもう一つ別の功績もあった。自己に対してきわめて厳格たることをョナに余儀な 特に彼の良 くさせたことである。弟子たちはその話のなかでヨナを非常な高みに置くから、 心、制作力についてはそうであったから、そうなるともういかなる弱味も彼には許されぬほどだ くだり った。こうして、彼は、困難な条を終えたとき、ふたたひ仕事にとりかかる前に、砂糖やチョコ あまた やみ

8. 転落・追放と王国

落 改悛した判事とはなんのことですって ? ああ、この話はあなたの好奇心を掻きたててしまっ たようですね。これは信じていただきたいのですが、少しも悪意があったわけではないので、も っとはっきり説明できるのです。ある意味で、それはわたしの職務と同じですからね。しかし、 ます、いくつかの事実を並べなくてはならない、そうすれば、わたしの物語もよくわかっていた だけるというものです。 数年前まで、わたしはパリで弁護士をしていました。実をいえば、かなり有名な弁護士でし た。むろん、昨日申したのは本名ではありません。わたしには専門がありました、気高い訴訟事 転件というのです。寡婦と孤児を扱うことをそう言うのですが、なせでしようね、怪しけな寡婦も いれば、凶暴な孤児だっているんですから。とはいえ、ごくわすかながらでも、被告に犠牲者ら しいものを感すると、それだけでわたしの弁護服は活動を始める。それもすさまじい活動ぶりで、 あらし まさに嵐のごときものでした ! 弁護服に血が通っているみたいだったのです。毎夜、わたしは 正義の神と寝ているのだ、とみなが本気で思ったほどでした。わたしの正確な口調、正当な感 おさ 動、わたしの弁論の説得力と情熱、抑えつけた憤激などをごらんになったら、あなたもきっと感 心したでしようよ。生れつき体格にはめぐまれていたし、気高い態度を示すのは楽でした。それ か

9. 転落・追放と王国

理的な神、つまり偶然のせいにしましたがね。それでも、その後は用心ばかりしてますよ。 こうして注意するようになると、自分には敵がいると気づくのは造作もないことです。まず職 業上の敵、それから交際上の敵、親切にしてやったやつもいれば、もっと親切にしてやるべきだ ったやつもいる。しかし要するにこんな敵がいるのは当り前のことなんで、それがわかったから といって大して苦にもならない。それどころか、自分がほとんど知らない、あるいは全然知らな い人々のなかにも敵がいる、ということを認めるほうが、すっと難かしかったし、つらい一、とだ こう思いこんで った。というのはそれまでわたしは、あなたにも見ぬかれたようにごく単純に、 王 いたのです。つまり、おれを知らない人々も、近づきになったらおれを好きにならすにはおれま と というふうにね。ところがこれが大違い ! わたし自身は全然知りもせす、先方もわたしを 落遠くから知っているにすぎない人々のなかに、特にわたしに対する反感があった。おそらく彼ら は、わたしがぬくぬくと幸福に浸りきって暮していると思ったのでしような。赦しておけん、と ね。成功した様子も、下手すると人を怒らせるものですよ。一方わたしの毎日は、はち切れんば かりに仕事が詰っていて、ひまがないままに、たくさんあった依頼を断わりました。ついで同じ ようにひまがないために、わたしは断わったことをつぎつぎに忘れてゆきました。ところが頼ん だほうの生活は充実していなかった。だから彼らはわたしが断わったことをいつまでも覚えてい たんです。 こんな次第で、たとえばですな、女たちは結局わたしには高いものにつきましたよ。わたしが ゆる

10. 転落・追放と王国

これがわたしという男なんです》と、嘆きながら言う。検事の論告が終る。しかし同時に、わた しが同時代人にさしだしてみせる肖像は、鏡のようなものになる。 灰まみれになって、爪で顔をかきむしり、ものうけに髪をむしりながら、しかも目だけは鋭く 光らせて、わたしは人類全体の前に立っている。相手に与える効果を見きわめながら、自分の数 多い恥を簡単に語って、こう言うのです、〈わたしは最低中の最低の人間なんだ〉そして話の途 中に、気づかれないように〈わたし〉から〈われわれ》に移ってゆく。最後に〈これがあるがま まのわれわれだ〉と言うところまで来たらしめたもの、わたしは彼らに、彼らの姿を暴露してや 王 ることができるわけ。そりやわたしだって彼らと同じです、同じ泥水に浸っているんですから。 と 追しかしわたしは、それを識っている点優位です。わたしにはそれを話す権利がある。それが有利 落なことはむろんおわかりでしよう。自分を糾弾すればするほど、わたしがあなたを裁く権利は増 大するし、さらにありがたいことにあなたがあなた自身を裁くようにそそのかすことになる、こ あわ いつはわたしの心を慰めてくれる、まったく ! われわれは奇妙で憐れな存在ですよ。ちょっと でも自分の過去を振返ったら、われながら呆れ返って憤慨するようなことがいくらだってある。 試してみたらいかがです。聞いてあげますよ、崇高な同胞愛をもって、あなた自身の告白を傾聴 しますよ。 笑わないでくださいよ ! まったくあなたって人は扱いにくい相手だ、ちらと見たときからわ かりましたよ。しかしね、結局はあなただってゆくところまでゆく、避けられつこない。たいて あぎ